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第一話「クソ勇者」

 頬が痛い。

 俺は焚き火の中で燃え上がる薪や小枝を、そこら辺に転がっていた木の棒で突きながら頬を撫でていた。


「あのさ。普通出会って二秒で顔面殴るってあり得ないでしょ? お前、馬鹿だな? さてはお前馬鹿なんだなクソ勇者」


「うるさい。避難に遅れた人かと思って声をかけたら見知らぬ顔を見たから思わず殴っただけだ。僕は悪くない」


「あぁ⁉︎ てめぇ、見知らぬ顔とか言いやがったな⁉︎ 俺の顔は忘れたくても忘れなれないだろうが! あ、もしかして自分が負けた過去を忘れたくて俺という存在を記憶から消しちゃったのかなぁ〜??」


「相変わらず腹の立つ。切るぞ」


 べろべろばぁ〜っと舌を出して渾身の煽りをしていたが、鞘から少しだけ覗かせた刀身を見て俺は慌てて舌をしまった。

 魔道書からの恩恵に甘えている俺とは違い、このクソ勇者の力は本物だ。一度体験したから分かる。ここでこいつと無駄に戦うのは一番の悪手だ。

 それにしても、だ。


「よくもまあ、大嫌いなはずの俺の言葉をこんなに素直に信じてくれたよな」


「お前のことが嫌いなことは事実だし、お前の放った言葉にも罪はない。それだけだ」


「あ、お前今、言う必要ない言葉から言い始めやがったな」


 実は、出会い頭に顔を殴られたとき、すでにクソ勇者には事情を話していたのだ。

 クリファに頼まれ王都に行ったこと。

 そして、全てが落ち着いたかと思ったら魔王が現れてめちゃくちゃにされ、この場所へ送られたと。

 この男のことだから、「何ッ⁉︎ 魔王がスワレアラ国の王都に⁉︎ 今すぐ行かなくては!」とでも言って走り出すと思っていたのだが。


「お前は、ここがどこだか知っているのか?」


「いいや、知らない。生まれて初めてだ」


「ここはドーザ。スワレアラ国のはるか南方に位置する町だ。馬車などの移動手段を使って、どれだけ急いでも一ヶ月はかかる。今から向かったところで魔王はいない。どれだけ急いでも間に合わないなら、今はこの場所を優先させるべきだ」


 そう言いながら、アルベルは見渡していた。風には砂塵が舞い、退廃的な雰囲気すら流れるこの町を。

 アルベルの言い分は分かるが、俺としては一秒でも早くシアンたちを合流をしたい。というよりも、彼らが無事かを確認したい。もし無事であるなら、アルベルの言う通り特別急ぐ必要もない。時間はかかるとしても、スワレアラ国に帰れることはもう分かっているのだから。


「それで。お前とスタラトの町で出会ったのがたしか二ヶ月前だったはずだ。それなのにどうしてここにいるんだ」


「貴様に負けてから大体二週間後、つまりは一ヶ月半前ぐらいだな。僕はある情報を得た」


 火の中でパチパチと薪が鳴る様子を眺めながら、アルベルは言った。


「魔王軍が、『女神の心臓』を狙っていると」


「なんだそれ?」


「僕も詳しくは知らないが、莫大な量の魔力が詰まった、魔晶石に近い結晶らしい。そして、その『女神の心臓』が魔王軍に奪われる前に、と思っていたのだが……」


「まさか、この町がボロボロで誰もいないのって」


「ああ、二日前だ。僕が着いた時にはもう魔王軍の魔物たちがこの町を襲っていた」


 俺が目を丸くしたのを見て、落ち着けと言うようにアルベルは視線を俺に向けて、


「安心しろ。町の人たちは避難させた。怪我をしていた人もいたが、重傷を負った人はいなかった。今は少し遠くのドルボザに頼んでそこに一時的に待機してもらっている」


「そう、か。それはよかった」

 

「だが、まだこの町に魔王軍の残党が残っていてもおかしくない。だからこうして町を歩いていたんだ。あの機械たちも、もう役に立ちそうには見えないからな」


 言って、アルベルは周囲を見渡した。

 先ほども見たように、動かなくなったドラム缶に両手を付けたような機械がいくつも無造作に転がっていた。


「そういえば、あれってなんなんだ」


「防衛用の警備ロボットらしい。僕も初めて見た。なんでも、この町にしかない技術で魔晶石を原動力にして動かしているんだとか」


「警備ロボット、ねぇ。それにしてはほぼ全部ぶっ壊れてるみたいだけど」


「まあ、警備といっても数台の魔物に囲まれたら手も足も出なかったようだな。日常的な町の治安を守る分には充分だったんだろう」


 なるほどなぁ、と俺は軽いため息を吐いた。

 やらなければならないことは山ほどあるはずなのに、いざ何かをしようとするとどうしたらいいのか分からなくなる。

 どうしたものかとなんとなくアルベルに視線を送ってみると、不快そうな顔で、


「そんな目で僕を見ても何も変わらないし、何かを手伝うこともしないからな」


「分かってるっての。だからどうやって急ごうかって考えてるんだよ」


 半ば強がるように、俺は魔道書を開いた。

 いろいろと問題はあるこの魔道書だが、頼りになることは間違いない。

 何か解決するような手はないものか。


『…………ト』


 もしテレポート系のスキルが習得できるなら問題は一瞬で解決だ。このクソ勇者の顔をもう見ることもないし。

 分厚い魔道書をペラペラとめくってみるが、それらしきものは見つからなかった。

 やはり、肝心なところで役に立たないところが欠陥品だな、という感じだ。


『……える、………ヤト』


 わずかに、本当に囁き声にも満たないほどの音量で、それは俺の耳に届いた。

 魔道書から、声が聞こえる。

 不思議に思って耳を近づけてみると、それははっきりと聞こえた。


『聞こえるか、ハヤト。聞こえたら返事をしてくれ』


 それは俺のよく知る、白衣を着たショタコン学者の声だった。


「え、エストス!? エストスなのか!?」


 俺が思わず声を荒らげると、数秒の間を空けてから返事が届く。


『よし、成功だ。いろいろ話したいことはあるのだが、まずは回線を安定させたい。その魔道書のどこかに【通信コール】というスキルを習得できるページがあるはずだ。それを使ってくれ』


「あ、ああ」


 言われるまま、俺はその【通信コール】というスキルを習得し、さっそく使ってみた。すると、小さかったエストスの声がはっきりとした音量で魔道書から聞こえてくるようになった。


「これで、いいのか?」


『よし、成功だ。実は、今の通信はかなり強引に道を作って無理矢理繋げたから不安定だったんだ。だがまあ、今もレイミアとシヤクが魔力を使って回線を維持してくれている。手短に話そう』


 間髪入れずに、エストスは続ける。


『まず、私たちは全員無事だ。負傷者も、魔王の反射でシアンが拳を怪我をしただけだし、それももうレイミアが治してくれた』


「じゃあ、メリィはどうしたんだ」


『君を飛ばしたあと、すぐにいなくなったよ。もう一人の魔王軍の男にも逃げられてしまった』


 あのテレポート使いか。確か、レアドとか言ったか。メリィがご丁寧に紹介までしてくれていたやつだ。だが、逃げられたとしても誰も怪我していないのなら……


『君のことだから私たちが無事で安心しているところだろう。だが、私たちは君を失った。だから君を取り戻すために全力を尽くすつもりだ。ハヤト、君の現在位置は分かるか?』


「えっと、ドーザって町だ。そこからかなり南に行った場所らしいんだけど」


『ドーザ……? どこかで聞いたことある名前だな』


 そういうと、エストスは会話を止めて他の誰かから情報を聞き始めた。

 一分間ほど待ったところで、聞こえたのはこれまた聞き覚えのある少女の声。


『ハヤト。妾じゃ』


「ああ、クリファか。どうしたんだ?」


『おぬしは今、ドーザにいるんじゃな?』


「そうみたいだ。俺がここについて何も知らないからあれだけど」


『それは問題ではない。問題は、どうやっておぬしらが合流するかじゃ。運よく、おぬしへの依頼の報酬分の金が残っておったからな。ドーザまでの資金と足は妾が全て用意する。じゃからおぬしは休暇をもらったつもりでエストスたちが着くまでの一ヶ月半をそこで過ごすとよい』


「え? マジ?」


 なんと。解決してしまった。

 俺はここにいればいいのか。いや、でもいいのか? いざ何もしなくていいと言われると不安になってくるな。

 と、俺はそわそわとしてると、クリファの笑い声が聞こえた。


『くっくっく。安心しろ。ここにいる者たちは、妾を含めて全員ハヤトに救われた者たちじゃ。今度は妾たちの番じゃろう。王は借りを作らん生き物じゃ』


 なら、その言葉に甘えてもいいのだろうか。

 逡巡している間に、会話の相手がクリファからエストスに変わった。


『そういうわけだ。だがまあ、君も一ヶ月以上も何もしないというもの退屈だろう。先ほどレイミアから聞いたのだが、そのドーザには「女神の心臓」があるらしいね?』


「知ってるのか? なんでも、魔王軍も狙ってたらしいけど」


『ドーザという名に聞き覚えがあったのは、私がスキルを女神リアナからもらったときにその話を聞いたからなんだ。それは間違いなく、女神リアナの魔力が込められた石だ』


 女神リアナ。名前だけは何度か聞いたことがある。確か、俺の魔道書も超レアな素材と女神リアナの魔力を混ぜ込んで作ったものだと聞いているし。

 だが、それがどうしたのだろうか。俺とは関係ない気がするが。


『君の魔道書の欠陥が、「女神の心臓」に含まれる女神の魔力を使うことで改善されるかもしれない』


「うっそ、マジで!?」


『あくまで仮説の域は出ないが、可能性は高い。だから、それを探してみてはどうだい?』


「あ、はい。そうします。お湯すらまともに出ない魔道書なんてまっぴらです」


 それから数回の会話を重ねた後、もうそろそろレイミアたちの負担もあるから一旦通信を切ることになった。

 どうやら、エストスは俺へ連絡を取るために魔道書への回線をレイミアに手伝ってもらって強引につなげたらしいのだが、安定させるためには俺から【通信コール】を使う必要があるらしく、向こうはエストスの作った環境で受信に全力を注がなくてはならないということみたいだ。

 そのため、ドーザに出発してからはその環境を作ることも、その場にレイミアが居合わせてくれることも期待ができないため、また合流するまでは連絡は取れないと言われた。

 つまり、話したいことがあれば今のうち、なんだが。


「そういえば、シアンは大丈夫か? 声がしないけど」


 少しの沈黙があって、エストスが返事をした。


『シアンは君がいなくなったショックで今は眠っている。それだけ、君は彼女に必要とされているんだ。次に会った時は精一杯抱きしめてあげてくれ』


「ああ。血を吸われるのも我慢するって言っておいてくれ」


『分かった。言っておこう。では、また会おう、ハヤト』


 俺の魔道書からの声は、完全に消えた。

 一〇分にも満たない会話だったが、心から安心した。

 さて、これから俺がやるべきことが決まったわけだが。

 隣で俺を睨んでいるアルベルへ向かって、俺は提案をしてみる。


「あのさ、一緒に『女神の心臓』を探し――」


「嫌だ」


「だ、だよね~」


 さて、どうしたものか。

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