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エピローグ

 大切な人が、消えていなくなった。

 目の前で起こった現象の理解は出来る。同じ魔王軍だ。レアドの力がテレポートであり、それは誰かを指定した位置に送るだけで、その存在が世界から消えたわけではないと。

 しかしそれでも、魔族の少女はこう感じてしまったのだ。


 奪われた、と。


「まおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお‼‼‼」


 激昂。

 魔王軍から飛び出して、偶然出会っただけ。そんな出会いで人生が変わり、幸せを知り、毎日が楽しくて仕方なかった。自分は世界から嫌われていないのだと、守ってくれるのだと言ってくれた。

 彼がいれば、どんな世界でも怖くないと。

 そう、思って、いたのに。


「ハヤトを、返せぇぇぇええええええ‼」


 シアンの足元にあった床が、蹴りだした衝撃で砕けて舞い上がった。

 過去にエストスを縛る封印を司る魔物、ユニフォングを倒したときに使用した巨大な五本のかぎ爪が、シアンの右の拳から出現した。

 それを躊躇いなく、シアンは魔王メリィへと振り下ろす。


「あのさ、この女王様はいいの?」


 そう、シアンが爪を突き立てたのは、クリファを人質に取っていたメリィだ。それはクリファを避けてメリィへと攻撃を当てる自信があったのか、それとも。

 いずれにせよ、だ。

 その攻撃は、メリィに届くことはなかった。


「激おこシアンちゃんには悪いんだけどさ。私の目的はもう達成したから帰りたいんだけど」


 あれだけの壮絶な一撃を前にしても、メリィの顔は駄々をこねる子ども見るかのような呆れた表情だった。

 その腕の中。鬼気迫る勢いで突進してきたシアンを恐れて目をつむってたクリファが、少しずつ目を開く。

 割れていた。あれだけ強靭に見えた漆黒の爪が、無残にも根元から。


「ぐ、ぅぅうう……」


 自分の拳から出ている爪が折れたためか、右手を抱えて苦しむシアンだが、苦痛に顔を歪めながらも彼女は立ち上がる。

 そんな様子を、メリィは無表情で眺めていた。


「レアド。先に行ってていいよ。待ち合わせ場所で、また」


「え、いいんですか? 周り敵ばっかりですよ?」


「大丈夫大丈夫。シアンと少し遊ぶだけだから」


「は、はぁ」


 と、レアドが頷いた途端、その背後に紫色の煙が漂った。


「逃がすわけがないだろう。ハヤトをどこへ送った」


「テ、【テレポ――」


 ドガァン‼ というすさまじい爆音が、レアドに向かって放たれた。

 しかし、引き金を引いたエストスの眉間にはしわが寄ったままだ。

 手ごたえが、なかった。

 視線を左右に振ると、その中にメリィの瞬間移動で救出されたレアドが確認できた。


「もうさ~。逃げるならとっとと逃げる! あのお姉さんめっちゃ怒ってるぞ~?」


「当たり前だろう。彼は私の大切な仲間だ。命を奪われたわけではなくとも、心の底から激怒するぐらいには腹が立つ」


 声を荒らげることはなかったが、その言葉の重みにレアドは思わず唾を呑み込んだ。

 ただ、ここにいる人間の中でどれだけの人数がエストスの言う『大切な仲間』という言葉に込められた思いを理解することが出来ただろうか。

 そして、それを奪われる悲しみを再び味わった彼女の気持ちは、きっと。


「その男を助けるためにクリファを手放したな」


 誰かの声を挟む間もなく、エストスは眼鏡を外した。

 同時に、エストスの双眸が大きく開かれ、宝石のような瞳の中で黒目がいくつもの歯車のような形に代わり、それらが一斉に回転し始めた。


「もう二度と、私の仲間を奪わせるものかッ‼」


 基本的な視力の大幅な上昇に加え、視界に入れた人物のステータスを視認することのできるスキル【分析眼アナライズ】をその両目に宿すエストスは、ようやく魔王軍の二人をその視界に納めた。

 エストスのスキルでは、相手のスキルの細かな情報まで確認することは出来ない。しかし、相手が所有するスキルの数程度ならば視ることができる。

 現状、恐ろしいのはメリィの底が見えないことだ。

 ハヤトがエストスに告げたメリィの力は、瞬間移動、未来予知、反射。この三種類だ。もしエストスが確認したときにスキルが三種であったなら、それ以上の力はメリィにはない。

 そうなれば、対策の一つぐらいは思いつくかもしれない。


「シアン! そのレアドとかいう男を逃がすな! ハヤトの転送先は必ずその男が知っているはずだ!」


「分かったぞ‼」


 純粋な敏捷力と、魔弾砲による技術力。その二つがほぼ同時に高速で動き出した。

 その動きの速さと、二人の憤怒に、戦闘向きではないリリナだけでなく、レイミアとラディアさえ身動きが取れずにいた。

 クリファも、スキルを使おうにもあの動きの速さでは二人を巻き込むかもしれない上に、反射によって自分が潰される可能性があるため、ただそれを見守ることしかできない。

 おそらく、世界でもこの戦いに割って入れる者は数人しかいないだろう。

 それほどまでに、強く、そして。


「だからさぁ」


 しかし。


「用が終わったから帰るって言ってるじゃん」


 それ以上に、魔王は圧倒的だった。

 エストスの目的は、ただメリィのステータスを確認できる程度に彼女を視界に入れればいいだけだった。

 しかし、どういうわけかメリィはそれを極端に嫌う。ゆえにそれが打開策のきっかけになるとエストスは踏んでいたのだが。


「なんだ、これは……ッ‼」


 常人では目にも止まらぬ速さで移動し続けているはずなのに、瞬間移動で常に死角に回られる。

 さらに、レアドとともに移動しているため、レアドだけを確保することもできない。

 これがハヤトのいう未来予知なのか。大きく広げた手のひらで水をすくおうとするかのような、苛立ちさえ覚える手ごたえのなさ。

 これでは埒が明かない。

 エストスは思考を切り替え、メリィを追うシアンの方向を自分の死角にして、そこにメリィを誘導しようと考えた。

 もし未来予知がメリィ自身ではなく誰かの未来を見ているのなら、エストスの予想しない方向からシアンが攻撃すれば隙をつけるかもしれない。

 そして、数秒のうちにその瞬間は訪れた。


「逃がさないぞッ‼」


 エストスの死角。さらにメリィの死角から、シアンの爪が襲う。

 が、しかし。


「今だよ、レアド。早く」


 再び、シアンの爪がメリィの後頭部に届く寸前で根元から割れた。

 それと同時に、レアドはメリィへ返事をすることすらなくその言葉を口にした。


「――【転送テレポート】」


 ふっ、とレアドの姿がこの城の広間から消えてなくなった。

 そして、わざと自分の死角にメリィを誘導してしまったエストスは、メリィのステータスを確認することもできない。

 たった一人、広間に残ったメリィはあざとい笑みを浮かべた。


「大丈夫だよ~。ハヤトくんはきっと死なないし、君たちもきっと彼と再会できる。だからそこまで怒ることないってば」


 ケタケタと笑いながら言うメリィの言葉を途中で、何かかすれた声が聞こえた。


「……えせ」


 音源は、二度も爪を折られ、右腕からボタボタと血を流すシアン。

 いつの間にかシアンの変装具が外れていた。露わになったのは、ヘルハウンドを象徴する灰色の耳と尾。さらにヴァンパイアを象徴する鋭い牙。

 それら全てをむき出しにして。毛を怒りで逆立て、割れそうなほど牙を鳴らし、シアンは叫ぶ。


「ハヤトを、返せぇぇぇぇええええええええ‼‼‼」


 もう拳から爪は出なかった。

 しかしそれでも、シアンは拳を握った。

 思い出していた。誰も対抗できないような圧倒的な力に向かっていった。あの右の拳を。

 彼だって、血を流す拳を握って自分を守ってくれたのだ。

 だから、今度は。

 自分が、この拳を握る番なんだ。

 そんな願いを。

 そんな想いを。


「あはっ」


 魔王は、嗤う。


「また時間が経ったら回収しにくるから、それまでにショックで自殺しないでね?」


「ぁ……?」


 攻撃が跳ね返ることはなかった。

 右の拳から、それ以上の血は流れなかった。

 ただ。


「どこ、だ」


 魔王メリィはもう、そこにはいなかった。

 ズザァ! と、相手を失った拳と前への勢いをそのままに、シアンは床に体を擦りながら着地した。

 摩擦による怪我もあるはずなのに、そんなものを一切気にかけず、シアンはすぐに立ち上がってキョロキョロと周りを見渡す。

 魔王がいない。レアドがいない。

 ふと、エストスを見つけたシアンはゆっくりと近づいて問いかける。


「あいつら、どこだ……?」


 魔弾砲を握る手をブルブルと震わせながら、エストスは呟く。


「……すまない」


 エストスの噛みしめる唇から、血が溢れていた。

 対して、シアンの表情はむしろ脱力していた。

 まるで、心にぽっかりと穴が開いてしまったような。


「なあ、エストス」


 少しずつ、シアンの体が小さくなっていた。

 スキルが解かれ、子どもの体に戻っていく。

 そして、シアンは再び問いかけた。

 無邪気に親の帰りを待つ、子どものような声で。



「ハヤトは、どこだ?」



 エストスは一瞬目を見開き、息をのむ。

 次いで、その見開いた目から涙があふれ出した。まばたきなどしていないのに、ボロボロと。

 ガシャン、と魔弾砲がエストスの手から落ちた。

 そして、空になった手を顔に当て、エストスは崩れるようにその場に腰を落とす。


「……すまない…………ッ‼‼」


 遅れるようにして、シアンの眼からようやく涙がこぼれた。

 また、シアンは周囲を見る。

 わずかに頬に涙を流すリリナ。エストスのように崩れ落ちて泣くクリファ。悔しそうに拳を握りしめるラディア。呆気に取られて放心するレイミア。

 足りない。

 いるべきはずの人がいない。


「……ハヤト」


 すとん、と糸が切れた人形のように。

 魔族の少女は崩れ落ちた。

 死者ゼロ。王族や貴族、さらには一般人への被害は一切ないこの事件は公になることなく、歴史にも刻まれない出来事なのだろう。

 しかし、その場に居合わせた者は。

 サイトウハヤトという人物に救われた者たちは。

 きっと、一生忘れることはないだろう。

 この悔しさを、この怒りを。

 そして、


「あぁあぁああぁぁぁぁぁあああああああああ‼‼‼」


 胸を抉られるような、悲痛な少女の泣き叫ぶ声を。


 これにてスワレアラ国王都編、完結です。三章まで読んでいただきありがとうございます。いかがでしてでしょうか。感想やレビューなどお待ちしております。もしよければブックマークや、最新話の下にある評価を押していただけると嬉しいです。次は四章「砂と機械の町編」です。今までとは違い、三章から地続きのように続きます。三章の内容について細かなことは活動報告に書きますのでお時間があればどうぞ。


 四章では、一章で出てきたあいつが活躍します。ぜひお楽しみに。



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