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第十九話「反省しやがれ」

 俺は何となく、高校の頃に聞いた言葉を思い出していた。


「四面、皆楚歌す。ってな……」


 クリファのいる王座の間。ドアを開けて視界に入ったのは百を優に超える兵士たち。

 ここに来るまでにも数人ほど兵士を倒してきたし、途中でエストスたちにも会った。

 クリファが危ないということは皆知っていたようで、シヤクを預けると他の兵士の相手を引き受けてくれた。

 普通なら死亡フラグなのに、ここまで信用できる言葉は初めてだった。


「ここまでお膳立てされちゃ、情けない戦いは出来ないよな」


 思わず上がってしまう口角を抑えて、俺は前方で刺すような敵意をこちらへ向けるアルバトロスを見る。

 彼だけでなく、ほかの兵士全員の切っ先が俺に向いていた。


「殺して構わない! 行けッ!」


 さすがに百人が同時に攻撃してくるってのは、捌き切れる気がしなかった。

 怪我はしないと分かっているのだが、だからといって攻撃を全て受けてもいいなんてことはない。だって痛覚は変わってないからね。

 チャンバラをしていたときに間違えて腕にぶつけて異常な痛みを経験したことある人はよくわかるだろう。

 だから俺は、新たな手段を使うことにした。


「【我等を導く万物の理。道を開き、答えを示せ。】!」


 次いで、俺は兵士たちの向こう側に立つクリファへ叫んだ。


「目ぇ閉じろォ! クリファ‼︎」


 反射的にクリファが目をつぶった瞬間、俺も目を閉じる。

 そして右手を高々と上げると、それと同時にある言葉を口にする。


「《リュミエール》‼︎」


 俺の右手から、白い光が花火のように弾けた。

 本来ならば暗闇での光源として使われる、魔法初心者用の光魔法。

 以前は俺のカンストステータスが裏目に出たために失敗に終わったが、この失敗を俺は逆手に取った。


「な――ッ⁉︎ 視界が……」


 強力な閃光弾となった俺の魔法によって、その場にいたほとんどの兵士の視界が白に染まり、その動きが止まった。

 これなら、後はもう作業にも近い。


「よいしょーッ!」


 右腕を全力で前に振る。

 直撃した兵士は一人もいない。しかし、俺の全力のパンチが起こした風圧によって、視界を奪われていた兵士たちの体が浮く。

 その攻撃を認識できていないため、踏ん張ることできずにいとも簡単に兵士たちの体が部屋の奥へ吹き飛んでいく。

 それを数回繰り返し、残ったのは数人の兵士とアルバトロスだけ。


「クソッ! またお前に邪魔されなければならないのか!」


「また? お前、今回以外に何をしたんだ」


「……知らないな」


 答えようとしないアルバトロスだが、彼の後方からクリファが声を上げた。


「まさか、おぬしが父上を……⁉︎」


「どういうことだ、クリファ」


「父上が偽物とすり替わっていたのは三年前。そして、ほとんど同じ時期に騎士団長になったのがアルバトロスじゃ」


 クリファが言う時期の一致がもし正しいのなら、これを偶然と片付けるのは間違っているだろう。


「……もっと早く、あなたを殺しておけばよかった」


 思ってみれば、クリファの父親である前国王になりすましていたのは奴隷商のトップだったはずだ。それに、今回は貴族とアルバトロスが繋がっており、その貴族は鉱石資源の収入も扱っていた。

 もし、アルバトロスが長い期間、裏で回っていた汚い金と深く繋がっていたのなら、これはもう間違いないだろう。


「スタラトの町での事件をあそこまで大きくするつもりなんてなかった。そもそもは水面下で奴隷売買を行って終わりのはずだったんだ。それなのに、お前が関わってあんな事態に。全部を水の泡にしやがって!」


 私怨にも近い感情をその剣に込めて、アルバトロスは俺へとまっすぐ進んでくる。

 だが、俺は動かなかった。


「お前はそんな理由で、剣を握ってるのか」


 かつて俺に剣を向けた男のことを、俺は思い出していた。

 確固たる信念をもって、あいつは名前もしらない誰かを守るために剣を握っていた。自分の背負っているものを守るために、あいつは俺に怒りを向けた。

 きっと、俺はあの剣がシアン以外に向いていたのなら手を貸すだろう。おそらく、これから先に出会ったとしても、俺はそうするだろう。

 ただ、守りたいものが違っただけだった。

 あいつは、守るために力を使っていた。


「自分のためだけに。自分の地位と富のためだけに剣を握ってるのか、お前は」


 誰かを犠牲にして自分だけが幸せになろうと、目の前の男は剣を握っていた。

 そんなことを認めるわけには、いかなかった。


「あのとき、クリファがどれだけ辛かったと思ってる」


 クリファは自分を責めていた。自分の知らないところで民が苦しんでいることをしなかったからと。

 父親に血が繋がっていないと告げられたとき、クリファがどれだけ絶望したと思ってる。

 他人だけでなく、自分すらも信じられなくなったクリファが、どれだけ。


「あんなことがあっても、それでも王として頑張ってるクリファに剣を向けるってんなら……」


 俺は、拳を握った。

 やらなければならないことが、分かったから。


「俺が叩き折ってやるよ‼ そんな腐った信念のこもった剣なんてよォ‼」


 アルバトロスの振った剣をめがけて、俺は拳を振った。

 さすがは騎士団長の剣筋だ。かなり速い太刀だし、確実に俺の首筋を狙っていた。

 でも、あの勇者に比べればまだまだだ。

 俺の拳が、剣とぶつかった。雷が腕を貫いたような激痛が一気に襲い掛かる。

 だが、ここで止まるわけにはいかない。

 歯を食いしばって、俺は拳に力を入れる。


「ぶっ飛べやこの下種野郎がぁああああッ‼‼‼」


 剣が俺の拳で二つに割れた。そして、腕を振り切った俺の拳はそのままアルバトロスの顔面へと向かう。

 そして、剣を割った拳がアルバトロスの頬へと到達し、砕くような鈍い音が空間に響いた。

 バゴンッ‼ と吹き飛んだアルバトロスの体が壁に衝突し、豪華な鎧が粉々に砕けた。


「ガ……ァ……!」


 かろうじて意識のあるアルバトロスだが、視界が揺れているのか立ち上がることはできずに顔を上げるだけだった。

 そこへ俺はゆっくりと近づく。周りに残っていた兵士も、アルバトロスが一撃でやられた事実を目の当たりにして戦意を失っているようだった。

 口から血を流し、せき込みながら割れた歯を吐き出してアルバトロスは俺を睨む。


「……殺せ、よ」


「いやだね。絶対に俺はお前を殺さない」


 道中、俺はエストスやシアンたちが倒した兵士を見ていて、全員が気絶していることに気が付いた。

 あいつらは変わろうとしている。消えない罪を上書きできるほどの行動をしようと、少しでも自分を変えようとしている。

 もう誰も殺さないと、誰かを守るために戦いと言ってくれた。


「死ぬことは罪に対する償いにはならない。罪を償うために必要なのは行動だ」


「……な、に?」


「でも今は……」


 俺は拳をまた握って、それをアルバトロスへ振り下ろした。


「夢の中で、反省しやがれ」


 ゴッ‼ と再び鈍い音が部屋の中に響いた。

 完全に意識を失ったアルバトロスは、力なく倒れている。

 俺は視線を上げて、クリファを見る。


「これで、よかったんだよな」


「うむ。それでこそハヤトじゃ。助けてくれてありがとう。感謝する」


 クリファは悠然とした笑みを浮かべた。

 スキルを使用した疲労が回復してきたのか、ゆっくりではあるがこちらへと歩きクリファに、俺は声をかけた。

 ここに来た理由が、クリファを助けることだけではなかったからだ。


「そうだ、クリファ。あのさ、レイミアってやつがお前に伝えてほしいことがあるっていうんだ。今回のダンジョンで俺を殺せって脅されてた友達を助けたいからって」


「ふむ。レイミアが妾にか。言ってみよ」


「えっと、『必要なものを全部持ってきてくれ』だってさ」


 正直、俺はレイミアが何を言っているのかわからなかったのだが、クリファの元へ急がなくてはならなかった俺はレイミアの言ったことをそのままクリファに伝えた。

 本人もこれを言えば通じるはずだと言ってたのだが、本当に大丈夫なのだろうか。

 俺が不安そうに返事を待つと、クリファは大きく頷いた。


「うむ。分かった。すぐに用意しよう。場所は分かるか、ハヤトよ」


「えっと、ミルウルって貴族の屋敷だって」


「そうか。ではさっそく準備に取り掛かるとするかの」


 そう言ったはずなのだが、クリファは俺の前から動かなかった。


「あれ? 行かないの?」


「何を言っておる。妾をおぬしが運ぶんじゃろう?」


「初耳なんですけど」


「うるさいのぉ。妾は力を使って疲れておるのじゃ。ほれ、さっさと妾を運べ」


「はいはい。わかりましたよ」


 言われるまま、俺はクリファの肩と膝に手を回して、女王様をお姫様だっこした。

 すると、背負われるつもりだったのか、予想外の顔をしてクリファが恥ずかしそうにこちらを見つめる。


「な、ななな、なんじゃこの持ち方は……!?」


「何って? ダメだった?」


「い、いや……! ダメ、というわけではないんじゃが、その。顔が、近くて……」


「別にどうやっても顔は近くなるだろうって。ほら、さっさと行くぞ。どっちだ?」


 俺が問いかけると、クリファは小さく指で方向を指示した。

 言われるままに、俺はその方向へ体を向ける。

 と、クリファの頬が赤くなっていることに俺は気がついた。


「クリファ、大丈夫か? なんだか顔が赤いけど」


「な、なんでもないッ! さっさと走らんかこの馬鹿っ!」


「わかったよ! わかったからジタバタするな! また変なとこ触ったら嫌だろ!?」


「へ……?」


 俺が今朝のことを思い出させたからか、クリファはさらに顔を赤くして、ついには目尻に小さな水分の塊をため込んで声を上げた。


「ばっ、【王の重圧(バレウス・プレヴェア)】ぁあああああッ‼


「今回は本当に俺は何もしてないんだけどぉぉぉおおおおお!?


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