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第十八話「女王は微笑む」

 その少女は、王のみが座ることの許された豪奢な椅子に堂々と腰掛けていた。

 人が一人いるだけではあり余るほどの空間に、ポツンと彼女はいた。

 王という存在はいつだって孤独だと、幼い頃に父が言っていた気がする。その通りだ。王とは常に頂点でなくてはならない。故に、並ぶ存在がいない。

 だからこそ、例外的な存在がこれ以上ないほど心地よかった。助けてほしいときに素直に助けてくれと言える彼らが、ただの『クリファ』として自分と接してくれる彼らが、泣きたいほどありがたかった。


 が、しかし。

 今は、『王』として行動しなくてはいけないようだ。

 女王は、おもむろに口を開いた。


「なんの用じゃ、アルバトロス。次の公務まではもう少し時間があるはずじゃが」


「申し訳ございません。少しお話をさせて頂きたく、参上致しました」


 巨人のためにでも作られたのかと思うほどの大きな扉を開けてこの空間へと入ってきたのは、普通の兵士よりも高価な素材で作られ、その左胸に一際大きくスワレアラ国の国章が刻まれた鎧を身につけた、爽やかな風貌の騎士。

 スワレアラ国騎士団長、アルバトロス=ゴルゴーラだった。

 そんな彼を見て、クリファはこう言った。


「それで、妾を討つか? それとも脅すか?」

 

「……知っておられましたか」

 

「これでも一国の王じゃ。シンボルとしての王になるつもりはないからの。それなりの努力はしておるつもりじゃ」


「そうですか。なら、話は早いですね」


 そう言うと、アルバトロスは腰に備えられた剣を抜いた。

 次いで、開かれた扉から次々と兵隊がやって来る。

 百にも及ぶ兵がクリファを囲み、全員の握る剣の切っ先が女王へとむく。


「悲しいの。妾にはここまで王としての人望がなかったのか」


「そんなことありませんよ、女王陛下。私の下につくと剣を握ってくれたのは全体の兵士の三割程度ですから」


「兵士の半数以上を国境付近に配置している今の状態では、この城の戦力の過半数はお前の下についたということでよいのか?」


「さすが陛下。その頭の回転。女王としてその場に座るだけはあります……が、」


 華麗な装飾の一切ない、実用性だけに特化した素朴な剣を掲げ、アルバトロスは歪んだ笑みを浮かべた。


「安心しろ。隣国との関係が複雑になっている今、公にクーデターを起こしているわけじゃない。全てこの城の中で終わらせてやる。だからさっさとその席を俺に譲れ!」


「…………くっ」


 クリファの口元から、声が漏れた。

 しかし、


「くっくっく……!」


 その声に絶望などは一切混じっていない。

 むしろこれは、笑っているのではないかと思うほどに――


「アルバトロス様ッ‼︎」


 張り詰めた空気を破るように、一人の兵士が王座の間へと足を踏み入れた。

 息を切らし、頬に汗が伝っている。

 怪訝な顔で振り返るアルバトロスに、兵士は必死に声を上げる。


「城内の制圧を命じられた兵士のほとんどが、何者かによって倒されました‼︎」


「……なんだと?」


 舌打ちをしてクリファに向けた切っ先を逸らすと、アルバトロスは低い声で、


「そんな訳がないだろうが! 今はこの城のほぼ全員が俺の指揮下にいるんだぞ! 敵は何人だ⁉︎」


「そ、それが……」


「なんだ! さっさと言え‼︎」


「たった、四人です……!」


「…………は?」


 信じられないと言った顔で思わず顔を歪めたアルバトロスに、兵士は補足するように続ける。


「客室に招待されていた四人によって、兵士たちが倒されました。しかも、死者は一人も出ておらず、全員が気絶させられていると……‼︎」


「客室? 四人だと? 私が客として呼べと言ったのはサイトウハヤトだけだったはずだ! そのサイトウハヤトも今はダンジョンで――」


「はっはっは‼︎ いやぁ、愉快愉快! 手元に酒がないのが勿体ないくらいじゃ!」


 百を超える兵に囲まれているにも関わらず、腹を抱えて笑うクリファ。

 あまりにも場違いなその笑い声は、アルバトロスの苛立ちをさらに刺激した。


「何がおかしいッ‼」


「なに、ここまで簡単にいくとは思わなんだ。単純じゃよ。妾の知り合いにこう言っただけじゃ――







「裏切り者がいるからもし何かあれば助けてくれ、か」


 高価そうな家具で彩られた客室の中で、白衣を着た女性は紅茶を飲んでいた。

 クリファから話を聞いたときは素直に信じられなかったが、情報収集のために外へ出たときにハヤトたちと会えたのは僥倖だった。

 なにせ、自分の眼からはあの貴族が糸を引いていると一目で分かったからだ。

 クリファにはハヤトがダンジョンへ行くのを邪魔しないように動いてほしいと言われていたので詳しく話すことはなかったが、結果的には正解だったのだろう。

 それにしても、だ。


「アロリミエリの血を受け継ぐ女王から助けてくれと依頼されるとはね。なんとも皮肉なことだ」


 一度はその血を根絶やしにしようとした自分が、その血を守るために動くことになるとは。

 だが、これも罪滅ぼしの一つだ。断る気などなかった。

 問題は、すぐ近くのベッドでごろごろと惰眠を貪る二人の魔族と、妹がいなくて心配なのか、そわそわしすぎて無駄に凝った裁縫を始めているピンクの少女にどう説明するか、なのだが、その手間もすぐに省けそうだった。


「いたぞ! この城の内部なら生死は問わない! 行けッ!」


 鍵がかかっていたはずの客室のドアを力で強引にねじ開けて、武装した兵士が数人ほど部屋の中へと侵入してきた。

 もうすでに剣は抜かれており、いつでも切れることをその姿で伝えていたが、この客室にいる四人にとっては、その程度では恐怖を感じる原因にはなり得ない。

 そもそも、敵がもうすぐ来るだろうと知っていたエストスが動き出した時点で、勝敗は決していた。


「――【神の真似事(リアナイテーション)】《組立ビルド》」


 遠く昔に、この城の人々の命を奪い取った銃が、エストスの腕にガントレットごと形成された。

 既に魔力がその中で循環しているのか、エストスの体を巻き付くように紫の煙が覆っていた。

 そして、白衣をなびかせてエストスは地を蹴る。


「な――」


 ドッ、という鈍い音が、兵士の頸椎に打たれた。

 状況を理解できぬまま、目の前にいたはずの味方が倒れ、代わりに両手に銃を持った女性が立つ。反射的に他の兵士たちが攻撃の体勢に入るが、エストスはすでに宙に魔弾砲を打ち、その反動で体を兵士の死角へと移動させていた。

 ドドド、と数回、リズミカルな音が部屋に響いた。

 たった数秒で、客室に入ってきた兵士を気絶させると、エストスは一呼吸おいてから何も分かっておらずポカンとこちらを見ている三人に言う。


「……という訳だ」


「いやどういう訳なのですか!?」


「なんでもクリファが裏切り者に襲われるらしいから、城の中にいる兵士たちを片っ端から気絶させてほしいらしい」


「ん~? みんな敵なのか?」


「敵ではあるが、別に悪いことをしているわけではない。だから殺す必要はないぞ」


「そもそもシアンはもう誰も殺さないぞ!」


 褐色の少女は右手を上げて主張していた。

 その隣にいた赤毛の少女は、難しい顔をしながら頬をかいていた。


「えっと~。あーしは戦いとか苦手って感じなんだケド……」


「この場合は君が一番制圧向きだろう。確か眠りを誘うスキルがあったはずだ。あれをばら撒くだけでも充分だろう」


「あ、マジ? ならあーしにも出来るって感じ!」


 無邪気に笑うと、ベッドから飛び降りてウキウキと屈伸するリリナ。

 続くようにシアンもおり、ピョンピョンとジャンプをしながら戦闘準備を整えていた。

 その様子を見ているピンク色のメイドは、戦々恐々とした顔で、


「え、えっと。私はただのメイドだから戦いなんて出来ないなのですが」


「そういえば多く兵士を倒してくれれば金を出すと言っていたような……」


「よっしゃぁ‼ ボッコボコにしてやるなのですよォ‼」


 ボタンがやる気になったので、四人は一斉に外へと飛び出し、それぞれが戦いを始める。

 それはあまりにも圧倒的だった。

 たちまち眠る兵士や、突如身長が伸びたシアンのパンチで意識を奪われる兵士。

 さらには守銭奴メイドの短剣によるみね打ちで一瞬のうちに城内の兵士たちが戦闘不能になってくる。

 たまに「俺は敵ではない!」と叫ぶ兵士もいたが、四人全員が一切躊躇わず出会う兵士全てに攻撃していたのはハヤトに報告しない方がいいだろう。

 そして、一人の兵士がこの異常事態に気づきアルバトロスのもとへ走りだしたところで、時間は今に追いつく。


 クリファによって先手を打たれ、奇襲に失敗したと初めて気づいたアルバトロスは、得意げに笑うクリファを睨みつけていた。


「だが、この状況がお前にとって不利であることは変わりない――」


「――【王の重圧(バレウス・プレヴェア)】」


 クリファが右手を水平に上げてそう呟いた瞬間、夥しい数の兵士が、一斉にその頭を垂れ、そのまま体ごと地面に叩きつけられた。

 これこそが王の力だと言わんばかりに、強さを見せつけるが、アルバトロスの表情は変わらない。


「ここまでは予想済みだ。だが、やはり話できいた通りだな。幼いうえに力を発現してからまだ数ヶ月。歴史書にあるほどの威力ではない。俺に対して使わないのも、この量を制圧するので精一杯だからだろう? しかも、その力の使用中は身動きが出来ないらしいじゃないか。攻撃してくださいと言っているようなものだ」


「よくしゃべるやつじゃのお。まあ、確かにお前の言う通り、妾はまだまだ未熟じゃ。じゃが、それで勝ったと思ったのなら、お前はずいぶんと浅はかじゃな」


「はっ。頼みの綱のサイトウハヤトは今頃ダンジョンの中だ。外で暴れているだろう四人の客人とやらも、俺がお前を殺すことを防ぐことには間に合わないだろう。いや、むしろあいつらがお前を殺したことにするのもいいかもしれないな」


「……はぁ。可哀そうなやつじゃな。お前は」


「なに……?」


 苛立ちを小さな声に乗せて、アルバトロスはクリファを睨みつけた。

 そんな視線をものともせず、クリファは口角を上げた。


「お前は何もわかっとらんのじゃ。ハヤトのことを」


「なにが、だ……?」


「あのバカのことを何もわかっとらんと、そう言ったのじゃ」


 アルバトロスの確認できない程度で、クリファの右手が震え始めた。

 王としての力を使う体力がどんどんと減っていっているのが分かる。しかし、それを顔に出すことはしない。頬を流れる汗も、拭うことをしなかった。

 王として、クリファは言う。


「お前が郊外のダンジョンにハヤトを派遣するように誘導しておるのはわかっておった。それでも、妾はハヤトをあのダンジョンへ送った。これが何故だか分かるか?」


「…………、」


 返事はない。

 クリファの口から発せられる事実に、アルバトロスは耳を傾けているだけだった。

 元々知っていたなどというクリファの言葉への動揺を、見せないために。

 しかし、クリファからの追撃が飛ぶ。

 そう、それは、信頼という名の。


「もしお前があのダンジョンで誰かを犠牲にしようとしていたのなら、あの男は躊躇いなく助けに行く。だったら最初からダンジョンに行かせた方が早いであろう?」


「何を、言って……⁉︎」


 分かっているのだ。

 自分をかつて救った男というのは、そういう男だと。

 図々しく、傲慢に全てを救おうともがき、本当にそれを叶えてしまう、そんな夢を現実にしたような人間なのだと。

 彼が救うと言ったのなら、クリファにとってそれはもう救われているようなものなのだ。

 助けてと言えば、もう救われているのだ。

 そんな信頼を押し付けても、それでも笑ってみせるのがあの男なのだから。


「あの男は妾の期待を決して裏切らない。この信頼は決して揺るがない。妾の信じたあの男は、お前如きの策に敗れるほど弱くない」


 確信はなかった。

 あるのは信頼だけだった。

 彼ならば、こんなピンチならば絶対に助けにきてくれると。

 疑うという感覚は一切なかった。

 だから笑うのだ。このままだと殺されてしまうという恐怖など、どこにもないのだから。


「来るぞ、あの男は。妾のようなか弱い小娘を助けるためじゃったら、死に物狂いでな」


 直後。ドンッ! という乱暴な音とともに後方の扉が大きく開いた。

 まるで開くのにも一苦労な扉を拳一つでこじ開けたような、そんな音だった。

 全員の視線が、開かれた扉へと向く。

 そして扉を開いた張本人は、全力疾走でここまできたことで切れた息を整えるために数回呼吸をしてから、口を開いた。


「悪い、遅くなった。クリファ」


 思わず上がりそうになった口角を精一杯に抑えて、クリファは答える。

 アルバトロスには決して見せることのない、乙女のような表情で。


「気にするでない。待っていたぞ、ハヤトよ」


 本来ならばそこにいるはずのない人間をその瞳に映したアルバトロスは、驚嘆に目を丸くし、声を荒らげる。


「な、なんで……ッ!? お前はダンジョンにいるはずじゃ……‼」


 困惑するアルバトロスの言葉を聞いて、ハヤトは指を差して声を上げる。


「ああ? お前がラディアに俺を殺させようとしたやつか⁉︎ 危うく本当に死ぬところだったんだからな!? 覚悟しとけよ、バーカバーカ!」


「餓鬼のようにわめくでないぞ、ハヤトよ。さて、さっそくじゃが、妾を助けろ。もうそろそろ限界じゃ」


 兵士たちを押さえる力が尽きたクリファは、右手をだらん、と下ろした。

 すると、今までクリファの力に身動きが取れなかった兵士たちが次々と立ち上がり、握っていた剣の切っ先をクリファからハヤトへと向ける。

 しかし、彼は肩を少し回すと、クリファに向かってこう答えるのだ。

 彼女が信頼した、あの時の笑顔で。


「ああ、任せろ。俺が全部、救ってやる」

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