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第十七話「再出発」

「どうなってんだよ、これ」


 『災い』に憑りつかれて意識を失ったはずだったのに、気が付いたら怪我や疲労などがまるまる回復しているうえに、さらに俺の周囲を猛烈な勢いで渦巻く炎が覆っていた。

 怪我を治してくれたのはおそらくシヤクだろうけれど、この炎はどういうことなんだ。

 意識が途絶えたせいで記憶があいまいだ。しかも視界も炎に隠されて何も見えない。

 とりあえず立ち上がってみる。

 『災い』が憑りついたときの倦怠感のようなものは綺麗になくなっていた。

 念のために魔道書でも確認したが、ステータスも完全に元通り。

 これなら、炎の中を強引に進んでも大丈夫だろう。

 まずはシヤクを探さなくては。


「――いた! ハヤト‼」


 その声は、俺の頭上から響いた。

 見上げると、そこにいたのは白髪の剣士と、それに担がれる青髪の少女。

 風の魔法でも使っているのだろうか。周囲の炎が不規則に揺れて彼らを避け、落下するスピードも明らかに遅かった。

 俺が落ちたときにレイミアがいればどれだけ楽だっただろうか。


「そうだ。シヤクがお前に落とされたんじゃねぇか! ラディア‼」


 崖から落ちてからいろいろなことがあったのでうっかり記憶が薄れてしまったが、元々の事の発端はラディアではないか。

 俺が声を上げると、ラディアは苦しそうな顔をして、


「すまなかった。謝って済むことではないことはわかっている。この償いは私の命をかけて――」


「だったらシヤクを見つけてくれ! 炎のせいであいつがどこにいるか分からないんだ!」


 俺がそう叫ぶと、目の前に降りてきたレイミアが口を開く。


「多分、シヤクちゃんはまだ生きてるはずだよ」


「どうしてわかるんだ」


「この炎から、シヤクちゃんの魔力を感じるから。これ、シヤクちゃんの魔法だよ」


 燃え盛る炎をその小さな瞳に移しながら、レイミアはそう答えた。

 でも、シヤクってこんなにも規模の大きい魔法を使うことができるのか?

 どう考えても、状況が異常だ。

 シヤクが無事であるわけがない。


「感情が高ぶると身体能力が覚醒するスキル、だよね?」


「ああ。そうだ」


「きっと、怒ってるんだと思う。理由は分からないけど、魔力がそう叫んでる。なんとなくだけど、そんな気がする」


「この規模の魔法って、あり得るのか?」


「私の全力と変わらないんじゃないかな。条件がかなり限定されるけど、もしこれを恣意的に使えるなら国内でもトップクラスだね」


 レイミアにそこまで言わせるほどの規模の魔法を使っているのか、シヤクは。

 でも、今のシヤクは魔法を教わって間もない素人だ。

 ノーリスクでこのレベルの魔法を使えるわけがない。


「レイミアは、どう思う?」


「このままだと、どれだけ一時的に魔力が増加していようと命まで削れて廃人になるかもしれない」


「助ける方法は?」


「本人に魔力の供給をやめさせるのが一番だけど、たぶん今のシヤクちゃんの精神状態なら気絶させるしかないかな」


 となれば、この炎の中からシヤクを見つけ出して意識を落とす。

 それがシヤクを救う最善の手段。

 ただ、こんな炎の中では息をすることだって難しいんじゃないのか。


「……私が、道を開こう」


 おもむろに口を開いたのは、ラディアだった。

 大剣を構え、レイミアの風魔法によって作られた安全地帯から出ようとするラディアの肩を、俺は掴んだ。


「待てよ。いくらラディアでもこの炎は無謀だろ」


「いい。私のような愚かな者の命など、ここで燃やし尽くすくらいで丁度いい」


 シヤクを突き落としたことを悔いているのか、ラディアは自暴自棄になっていた。

 生気の抜けた目をしているラディアへ、俺は言う。


「ふざけるなよ」


「……、」


「勝手に死に急ぐことが償いになるわけないだろ」


 エストスの贖罪に苦しむ姿を見てきた俺は、言わずにはいられなかった。

 シアンだって、今までの自分を変えて、少しでもこれまでの罪を償えるようにって頑張ってるんだ。

 全てを救うと決めた俺でも、心まで簡単に救えるわけじゃあない。

 それでも、少しでも力になってやりたい。

 またみんなで食卓を囲んで笑いたい。

 だからその想いを、俺は言葉に乗せる。


「シヤクを突き落としたお前のせいで、俺たちはこの状況にいる。謝ったからって許されることじゃない」


「……ッ」


 血がにじむほどに、ラディアは唇をかみしめる。

 悔しいという感情が刺さるように伝わってくる。

 だが、その気持ちがあるなら、ラディアはきっとやり直せるはずだ。


「でもな、もしお前に償いたいって気持ちがあるなら、まずは全員で生きるんだ。それでシヤクが助かったら、恥も外聞も捨てて、死に物狂いで謝れ。それで許されなかったら、許されるような行動をしろ」


 大剣を持つ手を震わせながら、ラディアは俺の言葉を聞いていた。

 レイミアも、無表情でラディアの背中を見つめている。


「何か事情があったんだろ?」


「……ぇ?」


「お前がもしシヤクに許してもらえて、それで俺の、俺たちの助けが必要なら言え。俺が全部救ってやる」


 ラディアの行いがどれだけ罪なことであっても、俺はこいつを味方だと思ってる。

 見捨てることは決してしない。

 見捨ててやるものか。絶対に死なせない。

 レイミアも、同じ気持ちのはずだ。


「私も、絶対にラディアの味方だよ。言ったでしょ。大切な友達だって。私が守るって」


「…………、」


 体を震わせるラディアは、わずかに口を開き、そして言う。

 胸に溜まる苦しみを、吐き出すように。


「助けて、くれ。私に、償うチャンスをくれ……」


 それは屈強な戦士の声ではなく、助けを求める、女性の声だった。

 待ってましたとばかりに、俺はラディアの前に出る。


「任せろ。そのために俺はこの世界に来たんだからな」


「私の事も忘れないでよ~。ラディアを助けるのは私の仕事だからね~」


 へらへらと笑いながら俺の横に立つレイミア。

 二人で並び、荒れ狂う龍のように不規則な動きをする炎を見つめる。


「道を作ってくれ。俺がシヤクのところまで行く」


「はいよ~。きっと、この規模の魔法を使ってるってことは、今のシヤクちゃんはそこらの岩よりも硬くなってるだろうから、殴って気絶させてね~。怪我は私が全部治すよ~」


「ありがとな。じゃあ、行こうか」


 俺がそう言うと、コクリと頷いたレイミアは静かに目を閉じた。

 きっと、肌で炎から感じる魔力をたどり、シヤクの場所を探しているのだろう。


「――見つけた」


 直後、レイミアは右腕を水平に上げて、シヤクがいるだろう方向へその手のひらを向けた。

 そして、ゆっくりと口を開いた。


「――《グランデリオ・フィオメーテ》‼」


 レイミアの手のひらから生じた巨大な氷が、炎の壁を両断した。

 そして炎を二つに割いた氷がその姿を徐々に変えてトンネルのように変形し、俺の前に道を作り出した。

 そうして作られたまっすぐに伸びた氷のトンネルの先に、薄紅色の少女が見えた。


「見えたぞ! シヤクだ!」


「長くは持たない‼ ハヤトッ‼」


「ああ‼」


 俺はすぐさま地を蹴り、氷のトンネルを駆ける。

 凄まじい炎の勢いに耐えてはいるものの、もうすでに俺の頬に溶けた氷の水滴が落ちてきていた。

 でも、それももうおしまいだ。

 レイミアの完璧なアシストのおかげで、ほんの数秒でシヤクの元までたどり着くことが出来た。

 可能なら、本人の意思で魔法を止めるのが一番だ。


「シヤク! 大丈夫か!?」


 俺が声をかけても、シヤクからの返事はなかった。

 それどころか、意識が朦朧としているのか、目の焦点が定まっていない。

 こんな状態で、魔法を使い続けていたのか。


「…………な……」


 シヤクの口から、わずかに言葉が漏れていた。

 耳を近づけてみると、その言葉が聞き取れた。


「ハヤト、さん。私が、守って……」


 ふらふらと今にも倒れてしまいそうになりながらも、そう呟きながらシヤクは魔法で炎を生み出し続けていた。

 ああ。この子は、こんなにも俺を想ってくれていたのか。

 その想いに、俺は救われたのか。


「ありがとう、シヤク。俺はもう大丈夫だ。だから、今は眠っててくれ」


 きっと、今のシヤクの体はスキルで強化されているはずだ。

 意識を奪うには、中途半端な手加減では足りないだろう。

 こんな方法でしか君を救えない俺を、どうか許してほしい。

 静かに、俺は拳をシヤクの後頭部に振り下ろした。

 ゴッ、という鈍い音が聞こえた瞬間、空間を埋め尽くしていた炎が消え、変わるように暗闇が空間を埋めた。

 そして、倒れるように気を失ったシヤクが俺に体を預ける。

 口元に手を当て、息をしているのを確認し、俺は【治癒ヒール】でシヤクの怪我を治した。


「ハヤトッ!」


 風の魔法で体を浮かせたレイミアが、俺の元へと飛んできた。

 俺の腕の中で眠るシヤクの顔を見て、レイミアは胸を撫でおろす。


「よかった。無事なの?」


「ああ。ちょっと乱暴に気絶させちまったけど、怪我も治しておいたし、息もある。でも一応専門家から見たらどうだ?」


「……うん。命に係わることにはなってないけど、あれだけの魔法で魔力だけじゃなくて精神もすり減らしてるみたい。しばらくは安静にしたほうがいいね」


「そっか。でも、無事でよかった」


 これで、シヤクをつれてこのダンジョンから出れば、とりあえず第一の目標は達成だ。

 だが、まだ問題は残っている。


「それで、これからどうするんだ。ラディア」


「…………、」


 どう答えるべきか、かなり迷っているようだった。

 でも、そもそもラディアがどうしてこんなことをすることになったのか、その理由を知らない俺は話を聞く必要があるんだ。


「私が説明するよ」


 言葉に悩むラディアの代わりに、説明してくれた。

 貴族に脅されて俺の命を狙っていたこと。

 俺の命を奪うためにシヤクを使ったこと。


「――じゃあ、俺たちとダンジョンに行こうってところから、俺を殺すつもりだったのか?」


「いや、元々私たちの受けたクエスト自体がそのために用意されたものだ。このダンジョンで事故に見せかけて殺す予定だった」


「そう、だったのか」


 と、俺はそこで今朝、クリファと話したことを思い出した。


「待てよ。そのクエストって、誰からの依頼なんだ?」


「もちろん、私を脅したミルウルだ」


「でもさ、事前にそのクエストがギルドにあったってことは、俺たちがダンジョン攻略をするってことを知ってたってことだろ?」


「……そっか。それは、おかしいよね」


 低い声で、レイミアが呟いた。

 理解が追い付いていないラディアのために、俺は説明する。


「俺たちのクエストは、クリファがわざわざ俺たちのために用意してくれたものなんだ。クリファは俺たちと親密な関係だってことを公にはしてないはず。それなのにこのクエストを俺たちが受けるって知っていったことは、だ」


 俺はクリファの言っていたことを思い出す。

 今朝、マッサージをしている時に彼女はこう言っていたはずだ。

 そう、確か。


「――スワレアラ国内に裏切り者がいる」


「どういうこと」


 すぐに問いかけてくるレイミア。

 俺も考えながら話しているので、思考を巡らせながら必死に言葉を紡ぐ。


「鉱石の採掘量などの問題点がありながら、クリファにこのダンジョンに異常なしと報告することを指示した人がいるみたいだ。まるで――」


「このダンジョンが怪しいと思わせるように、ってこと?」


「ああ。その不可解な報告があったから、信用できる俺たちにクリファは依頼をしたんだ。でも、もしそれがこの状況を作り出すための誘導的な報告だったら」


「スワレアラ国内の裏切り者と、ミルウルが繋がっているということか……!?」


 クリファとの会話のおかげで二つのことが繋がった。

 そして、この仮説が正しかったとしたら。

 この状況を作り出すことが裏切り者の狙いだとしたら。


「待てよ。ってことは、俺もレイミアもラディアもこのダンジョンにいる今が、一番相手の動きやすい時間ってことなんじゃないのか?」


 一応、俺はこの国では一目置かれている立場だし、レイミアとラディアに至っては名の知れた最強の冒険者だ。

 それら全員が不在で、しかも上手くいけば暗殺まで実行されていた。

 最悪でも時間稼ぎだと思っているのだとしたら、動くのは今しかない。

 それは、つまり。


「クリファが危ない……‼」


 裏切り者とやらが誰かは分からないが、すぐにクリファの元へ急がなくては。

 俺の切羽詰まった声を聞いて、レイミアは唇を噛んだ。


「裏切り者がクリファを狙っているってこと……?」


「ああ。その可能性が高いと俺は思ってる。だからすぐにでもクリファのところへ行かないと」


「じゃあ、私とラディアはミルウルのところへ行くから、そっちはハヤトに任せるよ」


「分かった。ならさっそくこの崖を上るとするか」


 そうは言ったものの、魔法が使えない俺にとっては、さすがに脚力だけでこの崖を上るのは難しいだろう。

 ここはやはりレイミアの手を借りるのがもっとも早いと思うが。

 ちらり、と俺はレイミアを見る。


「貸し一つだよ~?」


「ああ。ちゃんと返すから安心して――」


「ハヤト、吐くなよ」


 なぜか、ポンと俺の肩に手を置いて悲しい声を出すラディア。

 どうしてだろう。凄い不安になってきた。

 しかし、俺がやっぱり自分で頑張って上るからと言おうとしたときには既にレイミアの風魔法で体が浮いていた。


「行くよ~。せーのっ」


 ゴォォオ‼ と烈風が俺の体を猛スピードで上昇させた。

 なるほど。これはまずい。


「待って! 吐く! 吐いちゃうからもっと優し――ぐぅああああああぁあぁ!?」

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