第十一話「気軽に少女のスカートに触れてはいけない」
クリファと別れ、俺はシヤクとともにギルドへ行き、白金の冒険者であるレイミアとラディアの二人と合流し、ダンジョン攻略をするためにその入り口まで来ていた。
場所は王都の郊外。人の賑わう大通りの喧騒などは一切届かない、国の中心と呼ぶにはあまりも寂しすぎる場所だった。
元々家が少ない地域だったが、ダンジョンなどが近いからかほとんど住宅はなく、森林のような場所にダンジョンの入り口はあった。
廃坑のような雰囲気の入り口を進むと、昨日ラディアが言っていたように洞窟に似た構造をしていた。
もちろん、ある程度進むと魔物はちらほらと出てくるが、当然のごとくその魔物たちは一瞬で白金の冒険者や俺の拳で粉々になっていた。
それは別に気にすることではなくて、俺が一番に違和感を持ったのは、レイミアが普通に立って俺の横を歩いてることだった。
「なんか、こうやってレイミアと並んで歩くと違和感があるな」
「まあ、昨日の私だけ見てるとそう思うだろうね~。でも、基本的に私はやるときはやる女だからよ~」
「自分でそういうこというやつの信頼性って低いはずなのにこの状況だとまったく否定できないな」
話し方だけは昨日通りにおっとりなのでさらに違和感があるのだが、これ以上は気にしてもしょうがない。
今回の目的は鉱石採集地点にいる、深層並みの強さをもつ魔物の掃討。そして余裕があれば実際に深層へ行ってさらに魔物を討伐することだ。
なので現在は道中の魔物を倒しながら何か所かある鉱石採集地点へ向かっている最中だ。
メンバーは俺、レミリア、ラディア、シヤク。
ただ、そこで疑問がまた一つ。
「なあ、シヤク。どうしてダンジョンに来てるのにいつもと同じピンクの衣装なんだ?」
動きやすい格好は前提だと思っていたために前日に注意してはいなかったのだが、まさか本当に可愛らしいスカートでくるとは思っていなかった。とりあえず忘れていたのか、それとも故意なのかだけでも確かめようと訊いてみると、
「この服はお気に入りだからなのでございます!」
なんて、ドヤ顔で言われてしまった。
「いや、そういう問題じゃないと思うけど……」
「そういう問題なのでございます! なぜならこのピンクは、フリフリスカートは、私やお姉ちゃんのアイデンティティなのでございますからっ!」
「…………、」
いや、えっへんと胸を張られても。
常識人だと思っていたが、あのなのですピンクメイドお姉ちゃんのせいで余計な常識まで染みついてしまったのだろう。可哀そうに。
まあ、今回は特別に心配する必要はないか。
というのも、シヤクは魔法の実践練習としてついてきているので、魔物の数や強さなど、シヤクの安全が確保できるとき以外は三人で戦うことになっているからだ。
少し申し訳なさそうにしていたシヤクだったが、レミリアの「私が魔法を使うところを見て、少しでも吸収してね~」という言葉だけで一気にやる気満々になってくれた。
ただ、真面目すぎてレイミアの疲労が溜まっていくのは目に見えて分かるほどだが。
「あの、魔法の出力先に杖ではなく指を使うときに、同じ魔力の消費でも威力が違うときがあるのはどうしてなのでございましょうか?」
「魔力を魔法に変換するときは出力先の大きさに合わせた不可視の魔法陣が詠唱によって無意識に自動展開されるんだけど、それで形成される陣に出力も依存するから入り口が狭いときに威力が変わるように見えるんだよ~。まあ、実際に使用している魔力量は同じだから対象に対する威力には変化はないんだけどね~」
シヤクはなるほどと何度も頷いていたが、正直、俺には何がなんだかさっぱりだった。
レイミアもちゃんと答えてはくれているが、そろそろ限界だという顔で俺やラディアに視線を送ってきている。
ダンジョンの中で魔法に関するメモを取るのはおそらくシヤクだけだろう。その意欲には脱帽だった。
ここまで積極的に学ぼうとするシヤクに一度教えると言ってしまった以上は退けないのだろう。苦い笑みで答えるレイミアを見て、俺とラディアは真顔で、
「この調子だと、帰ったら数日は部屋から出ることすらしないだろうな、レイミアは」
「俺もそんな気がする。でもまあ何もしてないのにただ飯をむさぼり食ってふわふわのベッドで今もぐっすりと寝てるだろう馬鹿どもを知っているから、まだマシとまで思ってしまう俺がいるよ」
ちなみに、俺は俺でラディアに剣を教えてくれと頼んでみたが、「私が基本の型をいくつか教えるから、それをすべて毎日千回ずつ素振りしろ。一週間やったらまた見てやる」と言われたので俺の剣士ライフもおそらく始まることすらしないだろう。
と、シヤクの質問パレードやラディアとの会話をしているうちに最初の採集地点に到着した。
少し離れたところから確認してみると、確かにこの周辺だけ道中で見かけた魔物よりも数段大きく、爪もやたら鋭い魔物が多くみられた。
「さて、どうするかな」
「制圧なら、私とレイミアで行こう。ハヤトはここで待機して、私たちが倒し損ねた魔物を倒すのと、不意打ちへの準備をしていてくれ」
「さすがラディアさんです。頼りにしてます」
なんて頼りになるのだろう。
俺の前にラディアが出ると、レイミアもそれに並ぶ。
こうしてみると、とてつもない身長差だった。
六〇センチほどの差があるその二人は、互いに目を見合わせて、
「いつもと同じでいい? ラディア」
「ああ。任せるぞ、レイミア」
たったそれだけの作戦会議で、二人は動き出した。
まずはラディアが背負っていた大剣を地面と水平に構える。
次いで、その大剣にレイミアが飛び乗ると、すぐさまラディアが剣を振り、レイミアを宙へと放り投げた。
ダンジョンの天井すれすれまで飛んだレイミアは魔物たちの注目を集めるために指笛を高々と鳴らした。もちろん、魔物の視線は一斉に上へと上がる。
「ハッッ‼」
その隙を、白髪の剣士は一切見逃さない。空中にいるレイミアを中心に円を描いて魔物たちを集めるように外から魔物たちを切っていく。そして、みるみるうちに囲い込み漁のように魔物がレイミアの真下へと集まっていく。
「――《デレシオン》」
レイミアの口から、魔法の名前のようなものが聞こえた。
すると、レイミアの真下に位置している多量の魔物たちの足元に半径一メートルほどの光の円が浮かび上がった。
そして、さらにレイミアの口が動く。
「――《フィオメーテ》‼」
宙に浮かんだレイミアの声が響くと同時、魔物たちの足元の円から柱のような冷気が噴出した。瞬く間にその冷気は固体となり、氷として魔物たちの体の大部分を呑み込んだ。
命を奪うまでは至らずとも、完全に行動不能の氷のオブジェとして魔物たちは拘束された。
それだけでももう決定的だが、さらなる追撃をするのはラディアだ。
「ハァァッ‼」
たった一振りで、ラディアは凍りついた一〇体近くの魔物を一斉に上下に両断していく。さらに間髪入れずにもう一太刀。数瞬のうちに幾度と振られるその剣は、ほんの数秒で全ての魔物の命を刈り取った。
何が倒し損ねた魔物を頼むだ。
そもそも、この二人がそんなミスをするはずがない。
それほどまでに、圧倒的だった。
ようやく空中から降り、ラディアに受け止められるレイミアを見て、俺はシヤクに問いかける。
「なあ、さっきのレイミアってさ。詠唱をしてなかったよな?」
昨日教わった魔法の基本は、詠唱と呼号だ。
それがあって初めて魔法が成立すると思っていた俺は、魔法の呼号だけで魔法を扱うことに理解が出来なかった。
ただ、戸惑いながらも頬に汗を流し、レイミアの姿を見つめるシヤクはゆっくりと口を開いた。
「元々、詠唱は魔力を変換するための型なのでございます。ゆえに、その型の原理を完璧に理解していれば、詠唱をしないで自分で魔力を練って出力することで、理論上は可能なのでございます」
「でも、俺なんか変換どころか量の調節だけでもあんな難易度だったんだぜ? あんな一瞬で、しかも実戦で、さらには連続で。ありえるのか、そんなこと」
「できてしまうから、天才魔法使いなのでございますよ、レイミア様は」
背筋に寒気が走った。ほんの少しでも魔法を使うという難しさを知っているから、その異常さが身に染みる。やはり、白金のクイネは伊達じゃない。
ラディアだってそうだ。自分の身長ほどもある剣を、あれだけの速度で的確に振り、完璧に全てが魔物の急所を切っていた。
これが、スワレアラ国最強の冒険者。
「やっほ~。大丈夫だった~?」
最強には到底見えない声で手を振るレイミア。
少し笑いながら、俺は答える。
「ああ。おかげさまでな」
「とりあえず、ここの魔物は一掃した――」
と、ラディアが別の場所へその足を向けようとしたとき、ピタリとその動きが止まった。
その理由は、俺からも分かった。
「まだ、一〇体くらいか?」
「ありゃ~。思ったよりも多いね~」
少し面倒そうな顔をしたレイミアだが、すぐに何かを思いついたのかこちらへと顔を向け、
「じゃああの群れ、シヤクちゃんが倒してみよっか~」
「ええ!? あ、あれを私がやるなのでございますか?」
「そだよ~。大丈夫大丈夫。昨日練習したやつをぶっ放せば大体は倒せるはずだから~」
「は、はい……」
戸惑いながらも、シヤクは背負ったリュックから木製の杖を取り出した。
これは、魔法を使う際に出力先としてイメージしやすいからとレイミアがシヤクに今朝プレゼントしてくれたものだ。
それを手に、シヤクは少し遠くで佇む魔物の群れを見つめる。
幸い、向こうはまだこちらに気づいていない。シヤクの練習にはうってつけだった。
おもむろに、シヤクは口を開く。
「【滔々と巡る生命の淵源よ。澎湃と舞う命脈の鼓動よ。】」
――と、詠唱を始めるシヤクを見てレイミアの表情に変化があった。
静かに俺の隣に立つと、シヤクの集中を切らさぬように耳元でレイミアは囁く。
「あの子、緊張で練ってる魔力量が凄い少なくなってるよ。どうにかできる案はない~?」
「はあ? どうにかって、どうやって」
「精神的な問題は私の専門じゃないよ~」
ちくしょう、変な役割だけ押し付けてきやがった。
ただ、シヤクに自信をもってもらうためにも、この魔法は成功してほしい。
俺は詠唱を続けるシヤクを見つめる。
「【踊り、弾け、爆ぜ、凍てつけ。靡く万象を造次顛沛に封じ込めよ。】」
長い詠唱をここまで暗記しているのだ。それだけも十分だが、シヤクには是非初めてを成功で終わらせてほしい。そのためにはどうするか。
要するに、シヤクの使う魔力量が増えればいいわけだ。なら、あの気持ちによって力が増加するスキルを利用するのが一番だろう。
ならば、どうするべきか? 声をかけてしまったら昨日のように魔法が暴発して俺の方へ飛んでくるなんてこともあり得る。なら、視線は魔物のままでシヤクの感情を揺さぶればいいいってことだ。
そこで、一つだけ案が浮かんだ俺は、レイミアに小さな声でそれを伝える。
ニヤリと、レイミアが笑った。
「ほ、本当にやるのか?」
「いい案だと思うよ~?」
笑顔のレイミアは、詠唱で集中しているシヤクの後ろへと歩いていく。
まったく気づかないシヤクは、それでも詠唱を続けていた。
「【氷晶瞬き牙となり、大輪閃き矛となれ】」
詠唱が終わったのか、杖を全方へとシヤクが振りかざした。
俺がレイミアにアイコンタクトをすると、レイミアはこくりと頷いた。
そして、悪ガキのような笑顔を浮かべたレイミアが、ピンク色をした、シヤクの、いや、ベリエンタール姉妹のアイデンティティに手をかけた。
「よいしょ~~~っ!」
「へ……?」
ぶあっ! と、シヤクのスカートが逆巻いた。
シヤクが下着までピンク色なことは今初めて知ったところだが、問題はそこではない。
スカートめくりをされたことに気づいたシヤクは、顔を真っ赤にしながらそれでもここで止めるわけにはいかないという状態に追い込まれ、やけくそで叫ぶ。
「ぐ、《グランデリオ・フィオメーテ》ぇぇぇええええええええええ!!!!」
バキンバキンッッ‼ と暴走した魔力によって、杖の先から洪水のように氷が流れ、数秒の間に魔物たちがシヤクの生み出した氷山に飲まれてしまった。
あまりの威力に、全員が声を失う。
「……レイミアさん、うちのシヤクは合格ですかね……?」
「これを平常心で出せれば、是非魔法学校に編入すべきだね~」
この騒動を完全なる第三者で見ていたラディアは、スカートめくりに対しては「まったく……」とため息をつくだけだった。
だが、当の本人は許してくれないようで。
「……ハヤト、さん」
「は、はいっ! なんでしょうかシヤク様!?」
「こんなこと思いついたのは、ハヤトさんなのでございますよね……?」
「そだよ~。私はやっただけ~」
おいおい! それはずるいだろレイミア!
そう、俺が文句を言おうと口を開こうとすると、
「……見ましたか?」
「……はい?」
主語の抜けた問いに対して、思わず俺は訊き返してしまった。
しかし、
「……見ましたか?」
異常な威圧感が、俺に襲い掛かってきた。
慌てて俺は取り繕う。
「み、見てないぞ! ほら、お前たち姉妹はやっぱりピンクが好きなんだな~ってことぐらいしか――」
「……見ましたか?」
「……綺麗なピンク色でございました」
負けた。
だってさ、怖すぎるんだもん。
俺の言葉を聞いて、シヤクはプルプルと震えだす。
俺は腹をくくって、体にぐっと力を入れた。
「この馬鹿ハヤトさぁぁあああああああんッ‼」
「やったのは俺じゃないのにぃィィぃいいいいッ‼」
真っ赤な顔のシヤクのパンチは、それはそれは痛かった。
ステータスカンストの俺は、無傷ながらも見事に壁に突き刺さっていた。
結局、この後は好きなだけ王都で本を買ってもよいという理不尽な契約を結んだことで、ようやく俺は許されたのだった。




