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第九話「魔王は嗤う」

 魔王は、笑ってケーキを食べていた。

 彼女が投げかけた言葉に呆然とする俺など、遠く置き去りにして。


「仲間……だと?」


「うんっ! それがね、今のところ一番私たちにとって都合がいいんだよね〜!」


 みなが住みやすい世界にするために、俺が仲間になるのが最も都合が良い。

 だから、魔王軍にこい。

 それに対する俺の答えは、


「ふざけるなよ」


 怒りで体が震えているのがわかった。


「ふざけるなよ! お前、自分でなに言ってんのか分かってんのか⁉︎ 好き勝手自己中心的に言うのも大概にしろ!」


「えー? そうかなぁ? 私的には世界のことを考えて言ってるんだけどなぁ」


「みんなが住みやすい世界を作るためなら、誰かの居場所を奪って、傷つけてもいいってか⁉︎ 笑わせるんじゃねぇ! そんなの自己満足じゃねぇかよ!」


「でも、そう言うならハヤトくんのとりあえず自分の守りたい人を守るって考え方も自己満足じゃない? 結局、今までたくさんの冒険者を殺してきたシアンを味方にしたのも、そんなシアンが可哀想だからっていう同情でしょ?」


「なん、だと……?」


 妙に落ち着いた声で、魔王は続ける。


「ハヤトくんが自己満足で世界を守るって言うなら、私は自己満足で世界を救うって言うよ。そうなれば、ハヤトくんはそんな私に、そうやって怒鳴りつけることはできないでしょ?」


「そんな屁理屈、通用するかよ! 自分を正当化するために適当なことをほざきやがって! 俺は自分の欲のために誰かを傷つけたりなんかしねぇ!」


「じゃあ、勇者アルベル=フォールアルドは?」


「ぁ…………?」


 かつて俺の前に立ちふさがった男の名前を、魔王は口にした。


「あの勇者はね。何年も前から私たちを邪魔してるの。壊すはずだった街は壊れず、奪うはずだったものは何も奪えず、彼がいるだけで計画は全て台無しになった」


 魔王だからこそ知る、その男の逸話。

 きっと、後世にまで語り継がれるだろう男の話を、魔王は続ける。


「彼に救われた人は数え切れないよ。本当に、魔王軍からしたら邪魔なんだけどね」


「……、」


「でさ。そんな男をぶん殴って何を君は主人公になったつもりでいるの? 人殺しを退治しようとした英雄を力で追い払って。よくそんなことをしておいて自分の欲がなんだとか言えたもんだよ」


 呑気にケーキを頬張る魔王の言葉は、ズブズブと俺の心を食い散らかしていた。

 良いも悪いも滅茶苦茶にし、俺の芯を揺らす魔王は、厭らしくほくそ笑んだ。


「あぁ。その動揺した顔、可愛いなぁ」


 寒気が、俺を襲う。

 命が強張っていた。

 本能が、この魔王を恐れていた。


「私ね。とっても好きだよ。ハヤトくんのその人間臭いところ」


「な、にを……」


「好きなんだぁ。その中途半端な心」


 魔王は語る。

 清々しいほどに満面の笑みで。

 好きなんだ。好きで好きで堪らないんだと。

 そう、わらうのだ。

 この魔王は。

 底無し沼のような、延々と続く果てしない闇をその顔に浮かべて。


「厚かましい正義感も、清く潔い下心も、清々しい自己肯定も、押しつけがましい慈愛も、ハタ迷惑な善意も、甘ったるい友情も、思慮分別のある相対悪も、吐き気すら覚えそうな自己満足も、正々堂々平等な暴力も、その他諸々の全部も。全部全部全部が。私にはこの世のどの宝石よりも輝いて見える。だからね、私は大好き。だぁいすき♡」


 ドロドロと、魔王は嗤う。

 俺を。俺の全てを。

 魔王は嗤う。

 そして。

 魔王は大きく、ため息を吐いた。


「あのさ。人がこんなに楽しそうに話しているのに、なんでこんなことするの?」


「残念だが、その男を弄ぶのは君の仕事ではない。さっさと立ち去るといい」


 白衣を着た女が、魔王の後頭部に銃口を当てていた。

 彼女が自分の視界に入っていたことにようやく気付いた俺は、慌てて声を上げる。


「エ――」


「『エストス、撃つんじゃねえぞ! まだ何もしてねぇし、されてねぇ!』……かあ。本当にお人好しだね、ハヤトくんって。ってか、あなたがエストス? よろしくね。マゼンタから話は聞いてるよ〜!」


 後頭部へ銃口を向けるエストスの方を一切見ずに、魔王はそう言った。


「…………ハヤト。これは、どういうことだ」


 俺が言いたかったことも、エストスの名前も、全てを先に言いながら笑う魔王。

 その気味の悪さは既にエストスにも伝わっているようだった。


「俺が訊きたいくらいだ」


 俺が返事をすると、魔王は少し不機嫌そうな顔をして、


「ぶぅ〜! ハヤトくんは私と話してるの〜! 邪魔しないでよね。あ〜あ。なんだか興醒めしちゃったなぁ」


 子どものように拗ねる魔王は、ストレスを食欲で紛らわせようとしているのか、残っていたケーキに手をつけ始めた。

 そして、銃口を突きつけられているのにもかかわらず、少女が呑気にケーキを食べるという異質な光景は、当然のごとく他の客を騒がせた。

 もぐもぐとケーキを咀嚼しながら、魔王は俺を見る。


「それでさ。どうかな、ハヤトくん。仲間になってくれる?」


 ピクリ、とエストスの表情が歪んだ。

 おそらく、メリィが魔王だということまでは気づいていないまでも、魔王軍の重役であることは気づいているだろう。

 だが、そんな状況でエストスは俺に問いかけたりはしない。

 何も言わず、エストスは眼鏡に手をかけて――


「うーん。今、あなたに『視』られるのはちょっと嫌だな~」


 俺の視界に映っていた魔王が、一瞬のうちにエストスの後ろにいた。

 速いのでは、ない。本当に、認識する次元の移動ではなかった。


「瞬間移動……!?」


「半分正解っ!」


 ビシッと指を俺に立てると、エストスの視界に映ることを嫌がる魔王は少し不満げな表情を浮かべた。


「邪魔も入っちゃったし、今回はここまでかな~」


 ふらふらと体を揺らす魔王メリィへ、俺は声を絞り出す。


「……なあ、メリィ」


「はいよ~? あ! 質問の答えはいらないよ! もう君は来ないって知ってるから」


「……は?」


 どういうことだ。

 まだ何も言っていないし、もし行かないとしてもこいつの性格なら俺の口から答えを聞くほうが自然じゃないのか?


「また近いうちに顔を出すから、その時までに心変わりしたら教えてね~」


 手を振るメリィを見て、このままでは一方的に逃げられると思った俺は慌てて手を伸ばす。


「お、おい。まだ話は――」


 俺が手を伸ばしきったときには、もうすでに魔王の姿は跡形もなく消えていた。

 残ったのは、動揺を抑えきれない俺と、難しい顔をするエストスと、店に漂う異様な雰囲気と喧騒のみ。

 逃がしてしまったという気はしなかった。

 むしろ、ようやくあの気持ち悪さから解放されたように、俺は感じた。

 俺が言葉を失って呆然としていると、後ろから可愛らしい声が聞こえた。


「どうしたなのでございますか? なんだかお店がとってもざわざわとしてるなのでございますが……」


 そこにいたのは、膨らんでいたリュックをさらにパンパンに腫れあがらせたピンク色の少女、シヤクだった。

 おそらく、本屋から出たら俺がいなかったので少し周りを探してみて、ザワザワとしているここに足を運んでみたのだろう。

 幸いなのは、シヤクが魔王と出会わなかったことであろうか。

 こんな小さい子を不安にさせるわけにはいかない。

 大きく深呼吸をして、俺は無理矢理口角を上げた。


「あ、いや。俺がエストスにちょっかい出したら銃取り出しちゃってさ! それで店の人たちが慌てちゃったってだけだよ。な、エストス?」


「……ああ。そうだね。迷惑になるだろうから、早く出ようか」


「そうだ、それがいい! すいません、お代はちょっと多めにここに置いておくんで、お釣りは大丈夫ですから!」


 ほんの少しだけ訝しげに首を傾げるシヤクの背中を押して、俺たち三人は半ば強引に店の外に出た。

 やはり、魔王の気配はもうどこにもない。

 瞬間移動ではないと言っていたが、あれは一体どういう原理だったのだろう。

 俺の心を読んでいるときもあったし、不気味でしかない。

 ただ、今はもうシヤクがそばにいるから、一旦あの魔王のことは忘れよう。

 俺はエストスに今までの経緯を説明して、ラディア達との合流場所である店までエストスも来ることになったので、三人で歩き出そうと現在位置を確認していると、シヤクが少し遠くを指さした。


「あの、ハヤトさん。あそこで運ばれているのって、レイミア様なのでございませんか?」


 目を凝らしてみると、見覚えのある豪華なローブを垂れ流した少女が、巨躯に担がれて運ばれていた。

 向こうもこちらに気づいたらしく、柔らかい笑顔で手を振ってきた。


「あれ〜? まだこんなところにいたんだ〜。これだとラディアの方が早く着いてるんじゃないのかな〜?」


 レイミアの言葉に違和感を覚えた俺は、シヤクの「レミリア様を担いでいる人はどなたなのでございましょうか?」という声でようやく気が付いた。

 言われてみれば、レミリアを担いでいるのがラディアではなく、同じくらいの体格をした爽やかな男の騎士だった。

 彼はラディアとは違い、一般的によく見る剣を腰に差し、豪華な鎧で身を覆っていた。

 スワレアラ国の国章が鎧の左胸に描かれているところを見ると、この国の兵士なのだろうか。

 じろじろ見ていたら、その爽やか騎士と目が合ってしまった。


「おやおや。あなたはサイトウハヤトさんではないですか?」


「え、あ、はい。そうですけど」


「すいません。こちらから一方的に城でルミウロが案内しているのを見ていましたので。私はスワレアラ国の騎士団をまとめている騎士団長、アルバトロス=ゴルゴーラと申します」


 なんと。このイケメン、頭を深々と下げて挨拶してくれるではないか。

 なんだろう、この好きになれない感じ。

 それは置いておいて、まずは無知な俺が騎士団長という役職を知るところからだ。


「なあ、エストス。騎士団長ってどれくらい凄い人?」


「この国の全ての兵士の長だ。ハヤト風に言うなら、めっちゃヤベェ人、だね」


「うっひゃ〜。そりゃあめっちゃヤベぇな。てか、なんでそんな凄い人がレイミアをかかえてこんなところを歩いているんだ?」


 俺の率直な感想に、アルバトロスは笑顔で答える。

 

「ああ。少し魔法学校の学長に用があって顔を出したら、なぜか叱っても一向に反省しないレイミア様を引き取ることになりまして。ラディアの下まででいいからと渋々運んでいるわけなんですよ」


「あ、じゃあ後は俺がレイミアを運びますよ。どうせラディアのところまで行くつもりだったので」


 なぜか得意そうに笑うレイミアを横目に、俺はアルバトロスの肩に乗っている干物を俺の肩へと移す。

 少女の重みとその他のもろもろから解放されたアルバトロスは、文字通り肩の荷を下ろし壮快に肩を回した。


「おお。それはありがとうございます。これでもかなり多忙な身でして、仕事が山積みなのですよ」


 そりゃあ、騎士団長だなんて仰々しい肩書きの人が暇なわけがないだろう。多分、魔法学校長とかの偉い人の頼みで断れなかったとか、そんな簡単な理由なのだと俺は思った。

 俺の肩へと場所を移したレイミアは、アルバトロスへ手を振りながら、


「ありがとねアルバトロス〜。仕事頑張って〜」


「はい、ありがとうございます。それでは」


 再び深く頭を下げると、すぐに踵を返して城の方へと歩いていった。

 その背中が見えなくなった瞬間に、俺は口を開く。


「随分と爽やかな男だったな」


「ああ。ハヤトの嫌いそうなタイプだ」


「よく分かってるな。俺、あんま得意じゃないわあの人」


「はっきり言うね〜。あれ? そっちのお姉さんは知り合い?」


 俺とエストスの会話を聞いて、その時にエストスの存在を認知したレイミアが首を傾げるので、俺はエストスの耳元へそっと口元を近づける。


「なあ、魔道書のことって言っていいのか? レイミアが色々見てみたいって言ってるんだけど」


「君が信用してもいいと思うなら、構わないよ。なにせ作ってからかなり時間が経っているから、私にも分からないことが多々ある。もし何か分かるなら頼るべきだ」


「えっと、今から言うことは他の人に言わないでくれるか? 結構凄いこと話すから」


「うん。いいよ〜?」


「この人の名前はエストス=エミラディオート。俺が持ってる魔道書を作った人だ」


 この一〇秒ほどの沈黙の間に、この天才の脳みそはどれだけ回転したのだろうか。

 魔法学校の図書室の本の中身が全て頭に入っているのなら、当然エストスの名が記された歴史書にも目を通しているはずだ。

 表情は変わらずとも、頬に汗が流れていた。

 その事実と、この魔道書を造ったという事実を繋ぎ合わせ、レイミアはようやく口を開いた。


「……エストス=エミラディオートって、あの?」


「どういう認識かはわからないが、恐らく君の想像しているとおりだと思うよ」


 エストスの言葉を聞いて、レイミアは不敵に笑った。


「まだまだ勉強しなきゃな~。ねね、たくさん聞きたいことあるんだけど、いい?」


「ああ。私なんかでよければいくらでも」


 青髪の天才と白衣の天才は互いに楽しそうに笑う。

 すると、レミリアがはやくエストスと話したいのかそわそわし始めた。


「ハヤト~。はやくグラントさんのところに行こ~?」


「あ、ああ。そうだな」


 俺が歩き始めると、レミリアは思い出したように、


「そういえば、この時間で、君たちもグラントさんの店に行ってないってことは、面白いものが見れるかもよ〜?」


「面白いもの?」


「何かは、行ってからのお楽しみだよ~」


 やたらレミリアがニヤニヤしているのでかなり気になるので、俺は少し歩くスピードを速める。

 五分程度で、つい昼ごろにも来た店へとやってきた。

 木製の扉を開いて中へと入る。

 すると、


「いらっしゃいませ〜!!」


 エプロン姿のままノリノリで料理を作っていたラディアが、笑顔で俺たちを迎えてくれた。


「なあ、エストスさん。そういえばどうしてあんな都合よく店にいたんですかね?」

「可愛い少年を探しにきただけだ。特別な理由はない」

「まあ特別ではないだろうが特殊には違いねぇな⁉︎」

「むしろ、私が少年を探そうとしているときに君を見つけて私の方が驚いたよ。もしかして、君も少年になりたいのかい?」

「え、それってどういう意味? 俺で人体実験でもやるつもりじゃねぇだろうな!?」

「なに、痛くはしないから安心して――」

「さあラディアの元へいざ行かんっ‼」


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