第七話「あなたの後ろに」
「死ぬかと思ったぜ。いや、冗談抜きに」
「安心しろ。私も過去にレイミアの練習を手伝って同じ痛みを経験している。辛さはよく分かるさ」
場所を図書室から中央の中庭に位置する訓練所へと移した俺は、訓練所の隅に設置されているベンチにラディアと二人で座っていた。
ちなみに、シヤクとレイミアは訓練所の中で別の魔法を練習している。なんでも、知識なら個人でいくらでも詰め込めるから魔力を扱う感覚を覚えるのが優先なんだとか。
まあ、教えるとか言いつつ、面倒くさがりなレイミアは芝生になっている訓練場に寝っ転がりながら指導をしているのだが。
「それにしても、ラディアとレイミアって正反対だよな。なんかこう、全部がさ」
座っているのにこの女剣士は俺よりもずっと大きいことが一瞬でわかる。
横に立てかけてある大剣だってそうだ。
なんだあれ、モ◯ハンでもやるのこの人。
そりゃあ、ゆるキャラみたいなレイミアとは似てる似ていないのレベルじゃない。
「それは私の見た目や言動に女性としての魅力を感じないと言いたいのか?」
「え、いや、そういうわけじゃ」
戸惑う俺を見て、ラディアは「冗談だよ」と笑う。
「自分でも思うさ。こうも対照的な人生もあるのかとな」
ベンチに座る際に横に立てかけた俺の身長以上の長さがある大剣を撫でながら、ラディアは続ける。
「私たちの共通点は冒険者であることだけだ。それ以外は全て違う」
「まあ、明らかに魔法を使うって見た目じゃないしな」
「私だって好き好んでここまで体を鍛え上げたわけではないよ。使えないんだ、私は。魔法が一切な」
使えない……?
使わないと言わないということは、何か事情があるのだろうか。
思ったことが顔に出てしまう俺の性分が分かってきているらしく、俺が何かを言う前にラディアは言う。
「私は生まれつき魔力がないんだ。それこそ、そこらの生まれたての赤ん坊のほうがまだマシなくらいにな」
「そんなこともあるのか? 魔力は生命力でもあるんだろ?」
「魔力は生命力の一部だ。全てではない。だからこそ、その魔力を補うために体を鍛える必要があったんだ」
「でも、何も冒険者になる必要もないんじゃないか? 魔力がないってそれだけでハンデだろ?」
素直な感想だった。
だからだろうか。ラディアの方も素直に返事をしてくれた。
「私は郊外の貧困街出身だ。体を張る以外に多く金を稼ぐ方法がなかった」
「そう、なのか」
「気にする必要はない。私のような人間は腐るほどいるからな」
俺よりか一回り以上も大きな体なのに、女性らしく優しく笑うラディアに俺は安心感を覚えた。
「確かに、俺も冒険者になったのは生活費稼ぎのためだし、そんなもんなのか」
「そういえば、王都で始めてギルドの登録をしたと言っていたな。ギルドなら王都でなくとも登録出来るのに、どうしてわざわざここへ?」
「ここの女王様から直々にダンジョンを探索してくれって頼まれてな。そのために来たんだよ」
「ダンジョン……? ああ、あの外れにあるやつか。確かに、最近は強い魔物が多いと聞くな」
「それで、今は王の代替わりで国の兵士をダンジョンなんかに回してられないから俺たちに依頼が来たってわけ」
シヤクがテンパって魔法を暴発させているのが遠目に見えるが、俺たちは気にせず話し続ける。
なるほど、と頷くラディアは、威圧感すら感じる腕組みをして、
「一緒に行く仲間はいるのか?」
「いるけど、なんか外に出て魔物倒すってテンションじゃないんだよなぁ。シヤクを連れて行くのも危ないだろうし、最悪、俺だけで行くかな」
自分で口にしてみるとかなり不安になってきたが、ここで救いの手、現る。
「ならちょうどいい。実は私たちもあのダンジョンの魔物討伐の依頼を受けていてな。明日にでも行こうと思って食事をしていたところなんだ。よかったら同行してもいいか? 強いやつがいるに越したことはない」
「俺は構わないけど、いいのか? お前たちは凄腕冒険者なんだろ。伯が落ちるっていうか。銀クイネの俺と一緒だと評価が下がったりとか……」
世間体と他人からの評価を気にする人種の俺は、そんなことを気にしていたが、ラディアは豪快な笑いでそんな不安を吹き飛ばす。
「絶対に生きて帰ってくる冒険者の条件は、決して驕らず、自らの実力を過信せず、常に危機に敏感であることだ。強い魔物がいるというのに、世間体など気にして強者を見過ごすほど私は馬鹿ではない」
「そっか。でも俺はお前たちが思うような強者でも聖人でもないから、それだけは先に言っておくよ」
「ああ。ならば弱さを知る者同士一稼ぎといこうじゃないか。改めてよろしく頼む。サイトウハヤト」
ゴツゴツとした手が、俺の前に出された。
どれだけ剣を振ってきたのだろう。女性らしい手はタコで完全に覆われてしまっていた。
でも、泣きそうなほどありがたい。
さすがに一人でダンジョンに潜って金稼ぎは寂しすぎる。
「いや、本当によろしくお願いしますラディアさん。マジでありがとうございます」
スワレアラ国屈指の冒険者が一緒とか、心強いどころの話じゃないだろ。
本当にありがたい。
「それなら、少しダンジョン攻略について話をしておきたいな。あの二人が落ち着いたら、また別の場所へ動こうか」
それなら、シヤクの練習もキリのいいところできりあげてもらわないとな。
練習場へいるシヤクへ、俺は大きな声で、
「おーい、シヤク! また場所を移動することになったから、そろそろ練習を止めにしてくれないかー?」
練習中だったシヤクは、その真面目さゆえか絶賛詠唱中にも関わらず俺の方を向いて、
「は、はい。わかりましたなので――」
「あ、詠唱が完了してからそこで止めたら変換された魔力の行き場がなくなって術者の意識の向いてる方向に――」
なんか、ドでかい氷が俺の目の前に飛んできた。
椅子に座って完全に保護者づらをしていた呑気な俺は当然、反応に遅れるが、
「ハッ――‼」
氷を切る、という動作でまさかスパッ、という耳障りの良い音色が聞こえるとは思わなかった。
さすが白金の冒険者。反応に遅れた俺の代わりに瞬時に大剣を持って縦に大きく一振り。
一刀両断された氷は俺とラディアを避けるようにして壁に突き刺さった。
「あ、ありがと……」
「気にするな。これぐらい準備運動にもならない」
ちょっと。女性なのに今まで出会ったどの男よりも格好いいってどういうこと?
危なく惚れるところだったぜ。
「だ、だだだ大丈夫なのでございますか!?」
魔法を暴発させてしまったシヤクが泣きそうな顔でこちらへ走ってきていた。
大剣をまたベンチに立てかけると、ラディアは穏やかな顔で、
「ああ。心配ない。お前こそ大丈夫か? 魔力の暴発は術者の負担がかかると聞くが」
「は、はい! 全然大丈夫なのでございます! ほらほら、お姉ちゃんのお手伝いでついたこの力こぶも健在なのでございますよ!」
んっ、と頬を膨らませて細い腕に出来た小さなこぶを見て、ラディアは安心したのかシヤクの頭を軽くなでると、訓練場でいまだに寝転んだままのレイミアの元へと歩く。
「やっぱりそうなる~?」
「ああ。誰も怪我はしていないが無事に壁は大破だ。ほら、後始末だ。行くぞ」
面倒くさい~と嘆くレイミアの後ろ首を掴むと、子猫を運ぶ親猫のような感じでラディアは歩き始める。
後始末、という単語を聞いて、巨大な氷によって壁に出来た二つの穴をようやく認識した俺とシヤクは途端にあわあわと震えあがる。
「え、嘘。これって弁償かな? そんなことないよね?」
「む、無理なのでございますよ……!? このシヤク=ベリエンタール、これほど壊れた壁の修理費を出せるほどお小遣いをもらってないなのでございますぅ!」
ガクガクブルブルな俺たちを見て、ラディアは落ち着いた様子で、
「安心しろ。これぐらいならいつもレイミアがやらかしていた。私たち二人で頭を下げてくるから、先にさっき行った店で待っていてくれ。事情を話せば、グラントさんなら待ち時間用のつまみぐらいは出してくれるはずだ」
「え? いいの? 俺たちも謝った方がよくない?」
「いや、そもそも学長に無断で生徒ではない者にここを使わせているとなると余計に話がこじれる。こいつ一人の責任にした方が都合がいい」
「あ、そう? じゃあお言葉に甘えて」
「ちょっと引くのが早すぎなのでございますよハヤトさん!?」
そんなこと言われても、その方がいいと言うのならその通りにした方がいいだろう。
それに怒られるの好きじゃないし。
「まあまあ、ここで食い下がるっても誰も得しないって言うならお言葉に甘えるべきだ。ありがとう、ラディア。次は俺がおごるよ」
「ああ、それでは遠慮なく」
レイミアを片手にぶら下げてラディアは歩き始める。
まあ、全ての責任を負うと言われて不本意そうな顔をしているレイミアは力なくぶら下がったまま口を突き出して、
「え~。学長の説教、長いからヤダ~」
「うるさい。監督不行き届きだ。教え子の責任はお前が取れ」
「や~だ~」
子どものようにバタバタと暴れるが、ラディアは気にせず校舎の中へと消えていった。
その後ろ姿を見送って、俺たちはコソ泥の如く抜き足差し足で魔法学校から出て、王都の町中を歩いていた。
最初はシヤクも申し訳なさそうな顔していたが、少し話しているうちに気が楽になってきたようで、魔法のことについて話してくれた。
それと、朝に見た時よりバッグが膨れていることに関してはまた本のタイトルやらで話が止まらなくなりそうなので聞かないでおいた。
「えっと、さっき行った店だから、あそこの角を右か?」
「はい。そのあとに突き当たった場所を左に曲がってすぐのところにある路地に入れば着くなのでございます」
「凄い。よく覚えてるな」
「暗記は昔から得意なのでございますよ! お気に入りの本ならばほとんど暗唱できるなのでございます!」
それはもう特技というよりも能力に近いのでは? というツッコミをしないで苦笑いしていると、シヤクは何かを見つけたように、
「あ! あそこに本屋さんがあるなのでございます!」
「え? それがどうか――」
「少しだけ見てくるので、先に行っててくださいなのでございます! 王都ならば私の待ちに待っていた小説の新刊がもう発売されているかもしれないなのでございますゆえ‼」
あの量の荷物を持っているのにあのスピードで動けるシヤクって本当は凄い子なのでは? と思いながら俺はシヤクの後ろ姿を見送る。
じゃあ先に行くか? いや、さすがにシヤクを置いていくのは良くないか。
まあ、どうせラディアたちを待つんだし、ここでシヤクを待ってても――
「やぁ~~っっと、一人になってくれたねぇ」
真後ろから、耳に小さく囁く声が、鼓膜から脳髄までを犯すかのように甘く響いた。
「なッ――!?」
飛び跳ねるように、俺はその音源から慌てて距離を取った。
なんだ、これ。
おかしい。これは、おかしい。
違和感があるとか、そんな問題じゃない。
どうして、どうしてだ。
どうして俺は、こんな禍々しい気配が真後ろに近付くまで気づかなかったんだ?
確かに、俺はそういった気配のようなものに鋭敏なわけではない。
でも、ここまでの嫌な気配なら俺でも気づけたはずなんだ。
なのに、何故。
それに、おかしいのはそれだけじゃない。
「どうしたの~? そんな顔して。あ、そっかぁ! ハヤトくんって、私のこと知らないんだっけ! それはびっくりしちゃうよねぇ! これは失敬失敬!」
どこにでもいそうな少女の姿をしたソレは、言う。
「あのね、本当はずっと話したかったんだよ? でもね、ほら、他の人がいると話したいこと話せないでしょ? だからね、ハヤトくんが一人になるの待ってたんだぁ」
真っ黒な長髪をツインテールで二つにまとめ、毛先はほどよく膨らんだ胸の下まで垂れていた。
身長は一五〇半ば程度だろうか。服装も奇抜なわけではない。黒を基調にしているだけで、街中にいても目立つことは決してないだろう。
派手な露出も、奇抜なセンスもない。
ごくありふれた、ただそれだけの見た目なのに。
「お前は、誰だ……?」
絞り出すようにようやく俺の喉から出てきてくれた声を、少女は明るく受け止める。
「あー! そうだそうだ! まだ自己紹介もしてないや!」
この異常な雰囲気を無視すれば、彼女はどこにでもいるようなただの少女のはずなのだ。なのに、それなのに。
それなのに、彼女は笑ってこう言った。
「私、メリィ! みんなの大嫌いな魔王だよ!」




