第六話「魔法ってなあに?」
「魔法ってねー。基本的にセンスはいらないんだよー」
俺に背負われている青髪の天才魔法使い、レイミアはぶかぶかのローブを揺らしながら魔法について話していた。
今は魔法学校への道中なのだが、シヤクは一言も聞き漏らすまいとレイミアの言葉に耳を傾けていた。
「才能がなくても魔法は使えるってことか?」
「使うだけなら、努力だけで充分だよー。ただ、威力や規模は本人の魔力に依存するから魔法使いとして成功したいなら才能も必要だね」
「あ、あの! 回復魔法は特に難易度が高いと聞いているのですが、それにも才能は必要ないなのでございますか?」
「うーん。回復魔法は魔力の使い方が繊細だからねー。実践的に扱いたいのなら難易度は高いだろうねー」
「そ、そうなのでございますか……」
返答を聞いて少し俯くシヤクを見て、レイミアは首を傾げる。
「使いたいの? 回復魔法」
「は、はい……」
「じゃあ、もし回復魔法が使えるとしたら、君は何に使うの?」
思考を巡らせる数秒間を経てから、シヤクは顔を上げる。
「私は、目の前でたくさんの人が傷つく姿を見てきたなのでございます。でも、私は何もできなくて。お父さんもお母さんも、ハヤトさんがいなかったらきっとお姉ちゃんともこうして会うことも出来なかったなのでございます。だから、私の前で傷ついて、苦しむ人たちをもう見たくない。だから、回復魔法を使いたいなのです」
シヤクは元々、奴隷として売られる直前に俺たちが助けた女の子だ。
それに、ボタンの店に行かなかったらこうしてここにいることもなかったかもしれない。
俺では想像しきれない地獄も、きっと経験したのだろう。
それでもなお、シヤクは誰かを癒すために魔法を学びたいと言っている。
応援、してやりたいな。
「……そうなんだ」
シヤクの過去をしらないレイミアは、それだけ言ってへらっと笑う。
「なら、教えてあげるよ。頑張ってね~」
「あ、ありがとうなのでございます!」
そして、レイミアを背負って歩くこと約一〇分。
ねずみ色のレンガで造られた、大規模な城にも近い形をした建造物が目の前に現れた。
学校と言われれば学校なのだろうが、日本生まれ日本育ちの俺からすると学校にしては物々しい雰囲気を肌で感じた。
だが、俺の背中にいる青髪少女は表情を全く変えず、
「私がいれば勝手に入っても大丈夫だから、どんどん進んじゃって~」
「はいはい。かしこまりー」
言われるまま中へと入っていくと、案の定門番らしき警備兵がやってきた。
「お、おい! この魔法学校は部外者の立ち入りは禁止されて――」
「ルミオ~。訓練場と図書室使うけどいいよね~?」
「れ、レイミア!? 訓練場って、お前レベルの魔法使いがどうして!」
「ちょっと魔法を教えることになったから~。いいよね~?」
「お、お前が魔法を教えるだと!? そんな見え見えの嘘を信じれるか!」
なにやら普段のレイミアがなんとなくわかるような会話が繰り広げられてるが、疑心暗鬼に陥る警備兵の前へラディアが歩く。
「残念ながら、本当のことだ。私が保障する」
「ら、ラディアか。なら、信じるしかないな。……分かった。俺が話をつけておくから自由に使え。くれぐれも何かを壊すなんてやめてくれよ」
「はいよ~」
ローブの裾でぶんぶんと手を振るレイミアを背負ったまま、俺は先へと進んでいく。
入り口を通ってさらに中へ足を進めてみると、大きな廊下が中央の中庭を囲むように配置されており、魔法の練習中なのか、何かを呟きながら手のひらから火や氷を生み出す少年少女が数人いた。
それを横目に、俺はレイミアに指示された道を進む。
教室のような部屋を四つほど通り過ぎてから、やたらでかい扉の前にやってきた。
言われるまま、俺は両開きの分厚い扉を開く。
「……すっげぇ」
本の密林とでも言えばいいのか。
四面が本棚で埋め尽くされており、膨大な書物の滝をシヤクは目が回りそうなほどぐるぐると回転しながらアイススケーターかのようにピョンピョンと跳ね回る。
俺の背に乗ったまま、レイミアは本棚の数か所へ指を差す。
「んじゃ、あれとあれとあれ、もってきて~」
「いやいや、これだけの量の本をここから指差されてもわからねえって」
「ん~? じゃあ『アルゴル=ルミアの魔法全書』と『治癒、回復における魔力調節技術』と『糸と雷』の三冊で」
さらっと本の名前を出されたが、どうしてレイミアはこの莫大な量の本棚を遠くから指さしてタイトルまで指名できるんだ?
俺が戸惑っていると、レイミアがいつものようにニタニタとした笑みを浮かべて、
「これでも私は『魔導博士十位』を修めてるからね~。ここにある本の中身は全部頭に入ってるよ~」
「信じられないという顔をしているが、本当だぞ。『魔導博士十位』というものはそれだけ厳しいものだ」
正直、天才を舐めていたかもしれない。
おそらく、本をすべて覚えているのだけではなく、それらすべてに精通し、応用できるのだろう。
そんな凄い人に軽く魔法を教えてくれとか言った俺ってもしかして凄い身の程知らずだったりするのかな。
横にいるシヤクの顔を見る限り、後悔はしていないが。
「あのっ! これらの本は全て読んでも大丈夫なのでしょうか⁉︎」
「本当はこの学校の生徒だけしか読んじゃダメだけど、私がいるから大丈夫だよ〜。でも、暴発すると危ないから黙読は絶対ね〜」
「は、はいっ!」
レイミアに指定された本を探す俺の周りで、何冊もの本を取って塔のように積み上げていくシヤク。
流石にその量はここで読み切れないだろ。
一方でたった三冊だけを取ればいい俺はすぐに図書館内の机に座る。
「シヤクちゃんだっけ〜? 君も座りなよ〜」
気の抜けた声でポンポンと机を叩くレイミアの指示通り、シヤクはサッと椅子に座る。
「それじゃあ、魔法についてざっくり説明するよ〜」
言いながら、レイミアは俺が持ってきた本のうちの一つ、『アルゴル=ルミアの魔法全書』を開いて、
「魔法って、魔力を別の力に変換する方法なんだよね〜。でね、今まで沢山の人がその方法について研究して、一種の型のようなものを作ったんだ〜。その型が今、私たちが使ってる魔法だよ〜」
「そうなのか。そういえば、さっきギルドで使ってた青い炎も魔法なんだよな?」
「そうだよ〜。まあ、私の場合は一般的な型にアレンジを色々と加えてるから参考にはならないんだけどね〜」
確か、一言「まもれ」って呟いてから魔法を唱えて青い炎を出してたな。
でもあれはお手本にしちゃダメなのか。
うんうんと勝手に頷く俺の視界に入るように、開いた本のとある文章をレイミアは指差して、
「基本的に、魔法を発動するためには魔力を魔法用に変換するための『詠唱』とその魔力を魔法として出力するための『呼号』の二つが必要なんだよ~。ほら、ここ見て~」
《リュミエール》という魔法のページには、その魔法の解説と詠唱があった。
どことなく中二心をくすぐられた俺は、そのページにあった詠唱を思わず読み上げる。
「【我等を導く万物の理。道を開き、答えを――」
「はい、ストップ」
読み上げようとした俺の口に、レイミアがそっと指を当てた。
今まで感じたことのない妙な圧力に、俺は思わず詠唱を止めてしまった。
だがレイミアは相変わらず、にへら~と笑って、
「説明したでしょ~。魔法は『型』なんだよ。魔力を魔法用に変換するっていう一番難しい作業を一般化したのが詠唱なんだから、それを唱えると自動的に魔法が発動しちゃうから気をつけてね~」
「あ、そうなのか。すまん」
「君は魔力も強そうだから、間違えて発動したら周りに被害がでちゃうよ~」
「そんな簡単にでちゃうのか。もっと難しいと思ってたんだけど」
「簡単に出来ちゃうための型だって言ってるでしょ。難しいのはこっからだよ」
レイミアは指をピンと立てて、
「『詠唱』は、それを読み上げるだけで魔力を魔法用に変換できる。でも、その魔力量とかの調整は全部術者の仕事なんだよ〜」
「って言っても、何をすればいいんだ?」
「魔力を出力したい体の部位に集中させて適切な量の魔力を送るだけ。言葉では簡単だけど、やってみないと分からないだろうね〜」
レイミアが「んっ」とアゴで俺も同じように指を立てろと促してくるので、俺も同じように人差し指を上へ向ける。
「今から使う《リュミエール》は光を生み出して周囲を明るくする魔法だよ〜。もし調節を間違っても何か被害が生まれることはないだろうからお試しでやってみなよ〜」
言われるまま、俺はもう一度魔法の詠唱をするために本へと目を落とす。
口が渇いて思わず唇を舐めた。
スキルではない単純な魔法な訳だから、俺の魔法使いキャリア再来まである貴重な瞬間だ。
ほんの少しの緊張をため息で吐き出し、俺は口を開く。
「【我等を導く万物の理。】」
詠唱の最中に、俺は自分の意識を指先へ集中させる。
明かりを灯す程度だ。マッチの火ぐらいの規模でいい。指先からほんの少し滲むだけのイメージで。
「【道を開き、答えを示せ。】」
感覚的に、自分の中を流れる何かが少しだけ変わった気がした。
詠唱は終わった。燃料はある。あとは、発火させるだけ。
「《リュミエール》」
カッッ‼︎‼︎‼︎ っと、異常な光量が巨大な図書館を白に染め上げた。
視力が回復して俺の視界に白以外の色が映るまで、なんと一分以上もかかった。
正直死んだかと思ったが、目の前にいるレイミアはケラケラと笑っていた。
「ね? 難しいでしょ?」
何度もまばたきをしていまだに点滅する視界を正常へ導きながら、俺はレイミアを見る。
「どうなったんだ……?」
「ん〜。赤ん坊を撫でてって頼んだら大砲を打ち込んじゃったって例えなら分かりやすい?」
「大失敗、ってわけか……」
ほんの少しだけって思ってやったのに、こんなにも感覚とずれてしまうものなのか。
がっくりと肩を落とす俺へ、レイミアは「気にすることないよ〜」と笑う。
「多分、根本的な魔力が強すぎるんだと思うよ。君の場合は火力はあるけど繊細な調節は特訓が必要だね〜」
「うーん。魔道書で覚えた回復魔法を使った時はもっと簡単だったんだけどなぁ」
「当たり前だよ〜。君のその魔道書は、私が今まで説明した魔力の『詠唱』を丸々それ自体がやっちゃってるんだもん。言うなら、その魔道書は後天的に才能を与える装置って言ってもいいんじゃないかな〜?」
「後天的に才能を、か。そう言われると凄さが分かってきたよ」
「でしょ〜? これ、昔の人が築き上げた魔法の研究と努力に対する暴挙だよ〜。これ見てブチ切れる魔法使いも多いんじゃないかな〜」
「うわ。そりゃ大変だ。今のうちに知れてよかったよ」
なんとなくでこの魔道書を見せた相手がレイミアでよかった。
安心して深く息を吐いたところで、レイミアの視線は隣にいるシヤクへ。
どうやらラディアが守ってくれたらしく、俺の魔法の暴発で視界が狂うことはなかったようだ。
「んじゃ、次はシヤクちゃんだね〜」
「は、はいっ!」
「回復魔法も、基本的には詠唱と呼号で発動は出来るんだけど、大事なのは魔力の調整なんだよね〜」
説明しながらレイミアは俺が持ってきた本のうちの一つである『治癒、回復における魔力調節技術』を開いて、
「回復魔法の場合、一番大事なことは人に直接生命力として魔力を流し込むことなんだよ〜」
「人に使うから繊細に力を扱わなきゃいけないってことか?」
「そうだね〜。基本的には、その人の中にある生命力の量っていうのは決まってるんだよね。それ以上に流し込んじゃうと、今度は体の方が耐えられなくなるんだよね〜」
俺的に解釈すると、元々その人のHPは決まっているから、オーバーチャージするとヤバいってことか。なるほどな。
だからこそ、HPの限界を1でも超えないように調節しなきゃいけないから、繊細な調節が必要ってことか。
「も、もし、その人の限界を超えて魔力を流し込んでしまったらどうなってしまうなのでございますか……?」
「聞いたことあるのは『雷が頭からつま先まで往復し続けてるかと思った』かな〜。生命力ってそれだけ凄いんだよね〜」
「そ、そんなヤバいのか……」
「まあ、今のは失敗の中でもかなり酷い例だから、そこまで怖がることはないよ〜。さっそくやってみよっか〜」
言うと、レイミアは回復魔法の詠唱が載ったページを開き、シヤクの手を掴む。
「んじゃ、実験台第一号サイトウハヤトさ〜ん。手を出してくださいね〜」
「そのゆるい声のせいであんまり実感湧かないけど結構ヤバいこと言ってない? 気のせい?」
なんだか雲行きがあやしい気がするが、レイミアの独特な雰囲気に呑まれて言われるままに手を出す。
レイミアは自分が握っていたシヤクの手を俺の手のひらにポン、と乗せて、
「それじゃあ、やってみよっか」
「は、はい……」
どこもなく緊張しているのか、言葉を詰まらせながらシヤクは詠唱の書いてある本へ目を移す。
「【歪み、捻れ、撓る鎖よ。】」
と、俺は目の前のシヤクの顔が赤くなっていくのに気づいた。
「どうした、シヤク? 顔赤いけど」
問いかけると、詠唱を中断してシヤクは視線をずらす。
「と、殿方の手をこうやって握るのは初めてなので……」
「あ、お、そ、そっかぁ」
こんなウブな反応をされたのはこの世界に来て初めてなので俺まで照れくさくなってきた。
変な沈黙が流れる前に、シヤクが思い出したように詠唱を再開する。
「【歪み、捻れ、撓る鎖よ。今再び一糸へ還れ。】
詠唱が完了する直前に、俺はなぜかボタンが前に言っていたシヤクのスキルのことを思い出していた。
確か、恥ずかしかったり、嬉しかったり、ドキドキしたりすると身体能力が上がるってスキルだったような。
嫌な予感がした。
頬を汗が流れた。
男に耐性がないシヤクが、こうも顔を真っ赤にして俺の手を握っているということは、つまりはそういうことなのか?
「あの、本当に繊細にね? シヤク、お前のスキルがあるとなんか良くないことが――」
「《エルステヒルフェ》っっ!!」
「うぎゃあぁぁぁああああぁああああ!?」
本当に、回復魔法の暴発は雷が俺の体を往復しているような痛みがするのだと、一秒にも満たない刹那に俺は文字通り痛感していた。
~Index~
【シヤク=ベリエンタール】
【HP】150
【MP】200
【力】 75
【防御】50
【魔力】100
【敏捷】80
【器用】150
【スキル】【情念開花】




