第二話「女王からの依頼」
やっぱりそうか。クリファらしくはないと思ってたが、そういうことか。
「もう一度、久しぶりって言った方がいいか? クリファ」
俺の言葉を聞いて、無表情だったクリファはニヤリと笑って、
「くっくっく。おぬしも分かっておるのお、ハヤトよ。うむ、久しぶりじゃ。そのほかの皆も、よく来てくれたのお」
急に明るく色づいたクリファの声を聞いて、ピンクの姉妹は恐ろしそうに抱きあう。
「なななな、なんなのですかこの女王さんは!? 急に人が変わったみたいに話し始めやがったのです!」
「そう言ってやるなって。こっちが本当のクリファだから」
俺が言うと、笑顔でクリファは立ち上がり、頭の上の王冠と豪華なローブを外して金の椅子に置いて、凝った肩をほぐすようにグルグルと右腕を回しながらこちらへと歩いてきた。
「本当に、王という立場は身も心も凝ってしまって仕方がない。昔馴染みならまだしも、あのようなこの国に仕えてくれている者の前では妾は『王』ではなくてはならんからのお」
「それで、俺たちの前では『王』でなくていいのか?」
「冗談はやめんか。おぬしらの前でまでそんな硬くなってしまっては気が狂ってしまう。他の者がいないときは敬語も礼儀もいらん。妾はただの『クリファ』じゃ」
やれやれといった表情でまた息をつくと、クリファはおびえるように抱き着くボタンを見て、
「おぬしは、前にハヤトと出会ってすぐに泊まった宿にいた娘じゃな?」
ピクっと、ボタンが反応した。
まあ、当然か。初めて会ったときは、クリファたちのせいでシヤクが奴隷として売られると思って、出合い頭にナイフ突き立てたこともあったし、クリファが悪くないとしてもいいイメージがないのは仕方ない。
「それが、どうしたなのですか」
「本当に、申し訳なかった」
王であるはずのクリファが、ためらいなく頭を下げた。
案の定、ボタンは目を丸くしている。
他の皆も、黙ってその行方を見守っている。
「とても、辛かったじゃろう。これもすべて、妾たちの不甲斐なさが原因じゃ。本当に、申し訳なかった」
深く深く、まだ一四歳の王は頭を下げる。
「……もう、いいなのですよ」
ピンクの少女は、呟いた。
「私の両親はもうこの世にはいないなのです。でも、シヤクがいる。まだ未来を諦める時期ではないことぐらい、知ってるなのです。だから顔を上げろなのです。一国の王が簡単に頭を下げちまったら、箔が落ちるどころじゃないなのですよ」
「……感謝する」
頭を上げると、クリファは俺たちを見回して、
「では、改めて今回の依頼についての説明をするかの」
その場で立ったまま、クリファは続ける。
「今回の依頼は、先日送った手紙にあったように『王都郊外に出現したダンジョンの探索と脅威となる魔物の排除』じゃ。それはもう知っておるな?」
「初耳だね」
「初耳って感じ?」
「初耳なのです」
「初耳なのでございます」
「よく分からないけど知ってるぞ!」
あ、やっべ。
とりあえず準備しろって言っただけで、他は何も説明してなかったわ、やっべ。
ここに来るまでの道のりも三日間あったのに依頼の話なんて誰もしなかったんだもん。俺のせいじゃないよ。
「……ハヤト」
「は、はい。何かございましたか女王陛下」
冷や汗ダラッダラな俺にただでさえ鋭い目を、獲物を狙う鷹のようにさらに細めたクリファは、ぬるりと右手を前に出す。
「【王の重圧】」
「どうしてこの世界の少女たちはこんなにも暴力的なのおおおおおおお!!」
ドガンッ! と不可視の重圧が空気ごと鈍器となって俺を上から叩きつけた。
油断していたところへ急激な圧力を受けた俺は、思わず膝と手をついて四つん這いになる。
体制を戻そうとするが、どうやっても体を起こせない。
どうなってんだ? こっちはカンストステータスなのに!
「やはりおぬしは格が違うのお、ハヤト。妾の力で地に伏さない男は世界でもお前だけじゃろうて」
「んなこと聞いてねぇよ! さっさとこのやべえ力をどうにかしてくれ!」
「慌てるな。未熟な妾はこの力を数分ほどしか維持できん。しかもとりあえず全力でやってたから……ほれ見てみろ、もう力が弱まってきとる」
クリファの言う通り、少しだけ力が弱まってきた。
これなら立ち上がれそうだが、
「よっと!」
これから立とうとしていた四つん這いの俺を椅子にするように、クリファが俺の背に腰かけた。
まだまだ未発達のため、骨が若干当たって痛いが、そんなこといったらここにいる全員から集中砲火されてきたねえ花火になりそうなのでやめておく。
「お前の失態に対する罰じゃ。妾の説明している間、しばらく椅子になっておれ」
「ちくしょう……! こればかりは素直に俺が悪いから反論できねえ」
抵抗もできないまま椅子になる俺を見て、満足そうに笑うと、クリファはようやく本題に入る。
「では今回の依頼について……」
「その前に一ついいか?」
「なんじゃ」
再び話の腰を折られて、少し不愉快そうにクリファは問いかけたエストスを見る。
当のエストスは、さも当たり前のことのように真顔で、
「その男は君みたいな少女が大好きな変態畜生野郎だからそうやって椅子にしても罰にはならないよ」
「そうじゃったのかハヤト!?」
「何言ってんの!? 充分に罰だよ!? クリファも真に受けないで!」
俺の背中の上で暴れるせいで余計に負担がかかるから勘弁してくれ!
ふとエストスを見たら悪ガキのような笑みを受けベていたので奴は後で仕返しをしてやろう。
「……まあよい。話を戻すぞ。今回の依頼は、先ほども言ったように『ダンジョンの探索』じゃ。危険な魔物がいれば出来る限り討伐もしてほしい」
「それなら君の国の兵士を使えばいいのではないのかな?」
「そうしたいのは山々なんじゃが、事はそう簡単ではなくてのぉ」
俺の背中の座り心地が良くないのか、少し座る位置をずらしながらクリファは続ける。
「王の代替わりとはかなり繊細なものなのじゃ。大きい変化の最中に他の国に攻め込まれるなんて話もよく聞く。ただでさえ、妾は幼くして王となった。妾の王位継承に納得のいっておらん者、今が好機だとする者も多くおる。全ては妾の器の小ささゆえの事じゃが、だからといって見栄を張っても仕方がない。じゃからしばらくは内部の警備と国境付近に兵士たちを配置せねばならん」
「だから、フリーの俺たちに白羽の矢が立ったってことか?」
「うむ。ハヤトたちの実力は妾がこの身をもって知っておる。それに、確かおぬし、まだギルドに登録しておらんのじゃろう?」
「そうだね。ゆえにこの男は未だに無職だ」
「どうしてそれだけ食い気味に言うのかなエストスさん!?」
さすがにここばかりは全力でツッコまないと俺が無職ということがネタになりそうなので全力で否定してみるが、他のみんながまったくもって無関心なのはさてこれいかに。
「ギルドに登録しておけば、過去のクエストの記録などからその力量に合うクエストをすぐに探せるし、冒険者という肩書きも正式につく。それに出来高によるが、報酬も弾んでやろう。どうじゃ? 悪い話じゃなかろう?」
「それもそうだな。それじゃあ受けるよ。お前からの依頼」
「さすが妾の見込んだ男よ。それではさっそくギルドへの登録から始めてくれ。あと、期限は特に設けるつもりはないから、危険を感じたら逃げてもよいからの。何かあって死んでしまわれては困る」
なんだその好条件。メリットしかないじゃないか。
何か裏がありそうで怖いな。
「後から実はこうだったんですー。とか言われても俺は知らないからな?」
「面倒な男じゃのぉ。これでも妾は恩を返しておるつもりじゃ。ただ、今はもう立場が立場じゃ。何もなしに褒美を与えてしまっては悪い噂も立つやもしれん。そうなったら誰も得しないじゃろう?」
「なるほど。確かに」
こうやって俺が納得して頷いてる時もクリファの椅子になっていることだけは忘れないでほしい。
まあ、それだけ評価してもらってる事は素直に喜んでおくか。
「話が長くなってしまったの。妾も暇ではない。そろそろお前たちの部屋へと案内させるとしよう」
ようやく俺を椅子から人間に戻してくれたクリファは、金ピカな椅子の上に置いてあった王冠とローブを再び身に付けると、
「では、また何かあったら来るとよい。時間があればまた話をしようではないか」
「ああ。息苦しくなったらいつでも呼べよ」
「うむ。妾の権力を全て用いて召喚してやろう」
なにやら穏やかではない言葉が聞こえたが、クリファの粋な冗談として受け取っておこう。
可愛らしく笑うクリファに背を向けて、俺たちは部屋を出る。
そこにはルミウロと呼ばれていた案内役が待機してくれていたので、そのまま部屋へと案内される。
「六人ということでしたので、当初の予定よりも大きな部屋を用意させていただきました」
「あ、なんかすいません。勢いでみんな連れてきちゃって」
「気にする必要はありませんよ。クリファ女王があそこまで嬉しそうに客人を招くのは初めてですから。数人増えるくらいで文句は言いませんよ」
「……バレてんじゃん、クリファ」
なにが王として凛々しく振る舞うだっての。
多分、俺たちの会話も聞こえていたんだろう。それでも、形だけは聞いてないという計らいをしてくれているルミウロには感謝しなくては。
「みんな知っていますよ。なにせ、前の王もあのような人でしたから」
「確かに、宴をしたときに一番はしゃいでたのあの人だったような……」
血の繋がりなど関係なく、親が親なら子も子なんだな。
そんなことを思っていたら、俺たちの泊まる部屋に着いたようで、
「この部屋です。お食事も一日三回、決まった時間にお運びします。お好きにお使いください」
ルミウロが扉を開けると、昔テレビで見た、高級ホテルのような部屋がそのままそこにあった。
大きなリビングには体が全て沈んでしまうのではと思うほどのソファーや、エストスが喜びそうなティーカップと肘掛付きの椅子。そして少し進んでみて寝室へ行くと、それはそれはふかふかなベッドが三人分ある部屋が二つ。
室内の装飾もそうだが、やたら高価そうなツボや絵が飾ってあるのが怖い。
なんで怖いって? そりゃあ……
「ふっかふかだー!」
「うっひょー! 魔王軍出てきて正解って感じー!」
先頭を切ってベッドへ飛び込んだのはバカ魔族二人。そして視線を移すとエストスは既にティーブレイク中。
ボタンなんて「こんな、こんな豪華な部屋に、タダで……⁉︎」と震えながら部屋の中を歩いていた。
「え、えっとぉー。じゃあギルドの登録に行こうと思うんだけど……」
「ああ。行ってくるといい」
紅茶を飲みながら、エストスは簡単に言った。
「え? みんなは行かないの?」
「シアンとリリナは言わずもがな、私もギルドに登録する必要はないからね。そもそも、クエストを受けるのは君だけだから他は必要ないんじゃないのかい?」
「そ、そんな! 俺だけで行くってのか⁉︎」
ここまできて一人とか寂しい! せめて、せめてだけか一人だけでも!
「あ、あの……」
クイクイ、と誰かが俺の袖を引っ張った。
視線を向けるとそこにいたのは、濃いめのピンク色で、姉よりは大人しめなフリフリの服をまとった少女。
「私、行ってみたいなのでございます……」
照れくさそうな上目遣いで、シヤク=ベリエンタールはそう言った。
「まったく! どうして依頼の一つも仲間に連絡出来んのじゃ! このアホったれが!」
「だ、だってたくさんお金もらえるって聞いたから浮かれちゃったんだよ!」
「知ったことか! ちゃんと恩を返そうと思った妾がアホみたいではないか!」
「ごめんって! 謝るから許して!」
「ふんっ! どうして妾はおぬしなんかを……」
「え? 俺なんかがなに?」
「【王の重圧】ァァァア!!!」
「どうしてぇぇぇええええ⁉︎」




