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第二十二話「何度だって」

「大丈夫ですか、エストス様!」


 リヴィア=ハーフェンの腕に抱かれ、エストスは目を丸くした。


「……ああ、大丈夫だ。ありがとう」


「えっ⁉︎ あ、は、はい! え、いや、やっぱりお礼なんて! 私は当然のことをしたまでで……!」


 素直に礼を言われてあたふたとするリヴィア。

 エストスはリヴィアのまとう風がつい先程まで見ていたものとは別の力だと一目で見抜き、笑った。


「その力。ようやく目覚めたみたいだね」


「は、はい! 自分でもよく分からないですけど、なんかドクンってなって!」


「ははっ。昔にその力を持っていたやつも同じような事を言っていたよ。間違いない、それは本物の神の力だ。どうか正しく使ってくれ」


「……はい!!」


 満面の笑みで頷くと、リヴィアはエストスをその手から降ろした。

 視線を移すと、そこには魔人が物静かに浮かんでいるだけだった。


「あれは、一体……?」


「私が昔に造った。だが……」


 エストスの言葉が濁った理由が、俺にはなんとなく分かった気がした。

 曰く、あの魔人はエストスが造ったもので。

 曰く、エストスのスキルは無機物にだけ使用することができて。

 では、エストスのスキルが効かないあの魔人は。


「……ヵ」


 意思を持つようなかすれた音が、俺の鼓膜を気味悪く撫でた。

 嫌な、予感がした。

 エストスの力は元々女神からもらったものらしい。それが神の力だとするのならば。ありえないが、不可能とは言い切れない。


「まさか……」


 俺は、魔人を見つめた。

 およそ人とは呼べない、純白の物体。

 これを認めていいのか、迷っていた。

 だが。でも。あれは、


「生きてる、のか……?」


 俺の呟きを聞いて、エストスは目を細めた。

 そして、再び魔人は鋭く尖った手の先をこちらへと向ける。


「ヵ……ヵヵ……‼︎」


 紫の光線が、再び俺たちを襲う。

 光線自体は異常な速さだが、予備動作も大きい上に打つ方向まで分かっている。

 危険なことには変わりないが、回避の難易度は高くない。

 横に転がるようにして光線を回避した俺は、ゆっくりと魔人を見上げる。


「ぶっ壊すしか、ないんだよな」


 もし、あの魔人が生物なのだとしても、戦わなくてはいけない。

 だって、そうしなければエストスの仲間たちが残したものを彼女に見せることが出来ない。

 きっと、石碑にはエミラディオート一族だけに読める文字が書かれていたのだから、エストスのために作られたはずだ。

 だから、なんとしてでもエストスにはそこへ連れていってやらないと――


「逃げよう、ハヤト」


「ぇ……?」


 エストスの小さな呟きが、俺の鼓膜から心臓までまとめて揺らしたように感じた。


「何言ってんだよ! この下にはお前の仲間たちが残したものが詰まってんだろ⁉︎ お前が行かなかったら誰の目にも触れず、永遠にこの下に残ることになるんだぞ!」


「……それで、いい」


 何を、言っているんだ。

 いい訳、ないだろ。

 自分に置き換えて考えても、大切な仲間が俺のために残したものがあるというなら、俺はきっと見たいと言うだろう。

 それに、形見にもなるかもしれない。

 ここで引いたら、それに詰まった想いだって、眠り続けるんだぞ。


「仲間たちが残したもんを、お前が見なくてどうすんだ! 大切な仲間だったんだろ⁉︎」


「その大切な仲間たちは、私のわがままで死んだんだ‼︎」


 震えた怒声が、俺の心を貫いた。


「私が奴隷を助けると意固地になったから、結果的に私たちの一族は私を残して全て死んだんだ‼︎」


 こうなってしまったら、もう、止まらない。

 溢れ出す。エストスの底で眠っていた濁った何かが。


「私があんなことを言わなければ、みんなは死なずに済んだんだ! 私が軽率に自分の意思を貫いたから、皆が犠牲になったんだ‼︎」


 エストス=エミラディオートの心に沈んでいた巨大で、強大な罪が、俺たちの前に姿をあらわす。


「私のせいで死んだ! みんな、私を恨んでいるはずだ! そんな私に、皆の想いを荒らす権利なんてないんだ!」


 きっと、エルミエルに行ったときに、やたら過去のものばかり探していたのも、そういうことなんだろう。

 皆が直前に遺したものではなく、昔から残っていたものだけを見て、思い出す。

 それ以上は、怖かったのだろう。

 もし、大切な仲間たちが遺したものが自分への恨みだったら。


「今でも夢に見るんだよ! 私を恨む皆のことを! あの日から、ずっと!」


 握る拳も、声も、おそらく、心も。

 はっきりと、震えていた。

 どれだけ、辛かったのだろうか。

 最初は、素直に助けたいという気持ちだったのだろう。

 それから後ろへと引き下がれなくなった瞬間が、決定的な分岐点が、確かにあったはずだ。

 あの時きっと、一歩前へ進まなかったら、もっと別の未来があったはずだと。

 仲間たちの命を散らすこともなかったんだと。


「これは私の罪だ! 勝手に皆を死なせてしまった私が、今更幸せになんてなれない! いや、なってはいけないんだ‼︎」


 涙を流して、エストスは叫ぶ。

 俺はただ、そう言うエストスを見ていて。


 ふと、気が付いた。


 そうか。そういう、ことか。

 エストスの正面に立った俺は、静かに問いかける。


「そうか、つまりはお前、怖がってんだな?」


「なにを……」


 ヘタクソな虚栄で着飾っている馬鹿の胸倉をつかんで、俺は叫んだ。


「お前がここでわがまま貫いて俺たちが死んじまうことが、怖くて仕方ねぇんだろって言ってんだよ‼︎」


「――ッ‼‼‼」


 ようやくわかった。

 今まで分からなかったエストスの心の底が、ようやく見えた気がした。


「もう二度と大切な仲間を失うのが怖いって、そう思ってんだろ!?」


 誰かのために自分の命を懸けられる。

 俺の知っているエストス=エミラディオートは、そういう人間だ。

 ボタンを助けると決めたときも、メリットはないはずなのに、エストスは喜んで頷いてくれた。

 そんなやつの仲間が自分のために死んでいったとしたら、どうだ。

 そして、またそんな危機がやってきたとしたら、どうだ。

 その答えが、これだ。


「……だったら、なんだ」


 かつて間違えた選択肢を、今度は間違えぬように。

 自分の意思を、貫かぬように。

 結果、逃げるという選択肢を選んだエストス。

 それを分かってて、俺は憤慨していた。


「俺たちを失いたくない大切な仲間だと思ってるから、自分のことは我慢して逃げればいいってことなんだろ!?」


「だったら、なんだって言うんだ‼」


 襟をつかむ俺の腕を、エストスはガントレットをつけた手で握る。


「怖いさ‼ 怖いに決まってるじゃないか‼ 私は一度全てを失った! もう失うなんて耐えられない!」


「だから、逃げるってのかよ」


「そうだ! 何かを失うなら、私の意思などドブに捨ててしまえばいいんだ!」


 腹が立って、仕方なかった。

 なんでだ、エストス。

 なんでなんだよ。


「そんなに俺たちのことを大切な仲間だと思ってくれてるなら、なんで助けてくれって、一緒に戦ってくれって言わないんだ!」


「私だってそう思った! だからさっきはリリナに助けを求めたさ!」


「勝てるってわかってたから、死なないって分かってたから言ったんだろ!? お前が求めたのは囮や後方支援だろ! 肝心な部分はいつだって自分が先頭に立とうとしてんじゃねぇか! 今この瞬間に俺に言わないのは、死ぬ可能性のほうが高いからだ! 違うか!」


「……ッ‼」


 言葉はなくても、図星なのは一目でわかった。

 きっと、エストスが変わろうとしてるのは確かだ。

 何かが変わってきているのは、間違いない。

 でも、苦しいんだ。

 これ以上求めたらまた失ってしまうのかもしれないという恐怖で、一杯なんだ。

 だから、


「俺が、救ってやる」


「…………、」


「失うのが怖いなら、失わせない。俺が全部守ってやる。お前の罪も、ここで終わりにしてやる」


 お前が苦しみ続けてるその罪から、幸せになってはいけないっていう罰から、俺が解放してやる。


「何を、言って……」


 戸惑うエストス。

 でも、答えは簡単だ。

 そもそも、罪なんてないはずなんだから。


「俺たちがお前を大切な仲間だって思ってるように、お前が大切だって思ってた仲間たちも、俺たちみたいに、いや、俺たち以上にお前が大切だったに決まってんだろ!」


 当たり前のことだ。

 だから言ってやればいい。

 当たり前のことに気づけない、怖がりなエストスに。


「大切な仲間のわがまま一つきいたくらいで、お前の仲間がお前を恨むわけないだろうが! それだけ優秀な頭持ってて、そんな当然のことも分からねぇのかよ!」


「――‼︎‼︎」


「そんな仲間に申し訳ねぇと思うなら、さっさとあの魔人ぶっ倒して、入り口開いて、そんで仲間のところ行って、地面に頭擦り付けて気が済むまで謝ってこい! それでいい! それでいいんだよ!」


「どう、して……!」


 表現するにはあまりにも複雑な感情に顔を歪ませて、エストスは叫ぶ。


「なんなんだ君は! これは私の問題なんだ! どうして君まで背負う必要がある!?」


「この分からず屋がァ!」


 ゴンッ! と俺はエストスに頭突きをした。

 お前がきっかけだったんじゃないか。

 お前のおかげで、俺はみんなを救えたんじゃないか。

 言ってやるさ。俺の心に通る一本の筋を。

 何度でも。何度だって。


「何度だって言ってやる! 俺は全てを救うためにこの力をもらった! お前が背負ってるものも全部、俺がまとめて救ってやる! だからお前は黙って、下がって、俺のわがままで勝手に救われろ!」


 わがままでいい。

 自己満足で構わない。

 それで少しでも誰かが救われるなら。

 何もなかったはずの俺がこれだけの力をもらった理由があるとしたら。

 このために、俺はここにいるはずだから。

 俺はエストスを掴む手をそっと離し、力なく腰を落とすエストスに背を向け、魔人へと歩き出す。


「……ハヤト」


 弱弱しく、エストスが俺の名を呼んだ。


「なんで君は、そこまで……」


「なんで、か」


 少しだけ考えて、俺は言った。


「理不尽じゃんか。誰かのためにこれだけ頑張ったのに幸せになっちゃいけないなんて」


 無意識に笑っていたことに、後から気が付いた。

 呆けた顔で、エストスは俺を見る。


「お前、嫌いだろ? そういうの。俺も嫌いだ」


「でも、死ぬかもしれないんだぞ……?」


「何度も言わせんな、恥ずかしい」


 ボタンを助けると決めたときだって、結局のところはどうしようもない理由だった。

 格好つかないだろうけど、だけど、これが俺だから。


「可愛い女の子の前で格好つけたくなる年頃なんだよ」


 特別な理由なんていらない。

 助けたいと思ったから、助けるんだ。

 救ってやりたいと思ったから、戦うんだ。

 そこには正義も悪も、必要ない。


「よお、魔人。気味わりぃ面してんな」


 紫の煙にその身を包む、純白の四肢と胴体を持った魔人。その正面に、俺は立った。


「…………ヵヵヵ……!」


 生きている、のだろうか。

 エストスの力が通じなかったんだ。

 つまりは、そういうことだろう。


「ずっと、守ってきたんだな。お前は」


 自分を造った一族の遺産を守るためだけに生きた魔人。

 その役目を終えようとしてる今、報われることは、きっとないのだろう。

 だからせめて、数百年の間この場所を守り続けた魔人に、終止符を。


「長い間、墓守ご苦労さん。待ってろ、俺がぶん殴って眠らせてやるから」


 全てを終えるための第一歩が、数百年の歳月を超えてようやく始まった。


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