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第二十一話「『魔人』」

 それは、唐突に現れた。

 確証はないが、おそらくエストスが石碑の文を読み上げたのがきっかけだったのだろう。

 あまりにも明らかな変化がそこに訪れた。

 エストスの作った半径三十メートルほどのクレーターからほんの少し離れた場所にある、歴史を感じさせながらも劣化しているようには見えない不思議な石碑。

 その根元から波紋のように、地面が波打った。

 まるでそれは、エストスがスキルを使ったときのような――


「やはり、そうなのか」


 これだけの異常事態の、その中心にいるエストスは、眉一つも動かすことはなかった。

 波打つ地面は周囲に生い茂る木々を根から揺らし、拠り所を失った樹木は次々と倒れていた。


「一体、これは……⁉︎」


 あまりにも突然の変化に頭がついていかない。

 俺はとにかく倒れる樹木の下敷きにならないようにシアンとリリナの手を取って一つに集まる。


「お前もこっちに来い! 危ないぞ!」


「……私は、いい」


 俺が伸ばす手を見つめて、エストスは呟いた。


「これは、私の力を応用したものだ。だから、私が片を付ける」


 波打つ地面の中心で、エストスは寂しそうに石碑を見下ろす。

 変化は、さらに訪れた。

 石碑を中心にして蠢いていた地面が、こぶのように膨れ上がり始めた。

 石碑を押し上げるように盛り上がる地面は、エストスの身長を超えて二メートル以上まで、いや、三メートルに近づこうというところでようやくその動きを止めた。


「私個人がこのスキルで作った最高傑作は、ハヤトの持つ魔道書と、この魔弾砲だ」


 語るように、エストスは言う。


「だが、もしエミラディオート一族が真の危機と対面したときに全てを失わぬよう、私たちはその全員の叡智を集結させてあるものを作り上げた」


 エストスのすぐ目の前の石碑が、更なる変貌を遂げる。

 ぐじゅ、ぐじゅ、と土が何かと混ざるように動き始めた。変化していくそれは、少しずつ、少しずつ、人の形を造り上げるように四肢を形成していく。


「魔力増長循環型自立式人型砲台」


 その四肢に、指はなかった。関節のついた鋭く長い三角錐が楕円の胴体に付いており、西洋の兜のような頭部が違和感なく存在していた。

 まるで精巧な折り紙細工のようにも、俺には見えた。

 茶色い土だったはずのそれは、いつの間にかその色を透き通るような純白に変え、魔弾砲と同様に紫の煙に包まれていた。

 妖しさすら感じそうなそれを見て、エストスは言った。


「あれは私が『魔人』と名付けた、エミラディオート一族の全てが詰まった最高傑作だよ」


「『魔人』……?」


 魔人っていう割には、人って見た目じゃないだろ。

 手足も尖ってるだけだし、ちょっと浮いてるし、機械と呼ぶにも違和感のある形容しがたい存在だ。


「あれは、人なのか?」


 これが、今、俺が思った率直な感想だった。

 その名前とあまりにも食い違うその存在を前に、俺は素直にそう思ったんだ。


「……『魔人』と名付けただけだ。人では、ない」


「それで、どうして急にあれが地面から出てきたわけだ?」


 宙に静かに浮かぶ魔人を見つめて、エストスは言う。


「あの石碑にもあるように、この付近――おそらく地下だろうが、我々の遺産が残っているようだ。多分、私があの遺跡に封印された後にまた別の何かを隠したのだろう。そして、私の場合はユニフォングだったように、私たちの作る封印にはその全てを担った番人のような存在がいる」


「それが、あれってわけか……!」


 つまりは、エストスが仲間の遺産を手に入れるにはあの魔人を倒さなきゃいけないってことか。

 同じような状況だったユニフォングだって倒したんだ。

 今回だってきっと簡単に――


「問題は、簡単ではないんだよ」


「いい加減に俺の思考を見ただけで読むのやめてくれない? そろそろ怖いんだけど」


「私の封印は、いつか誰かが私を外へ出すという希望を皆が込めて、封印としては充分だが、強者なら倒せるレベルで、なおかつ簡単に解放されるようになっていた」


 俺の要請は見事にスルーされたので、俺は素直に返事をする。


「確かに、封印って割には魔物を倒せば終わりってかなり単純だな」


「ああ。そして今回もあの魔人を倒せば入り口は開くはずだ」


「だったら簡単じゃねえか。今すぐにでも俺がぶっとばして――」


 すっ、という風が切れる音が、耳をかすめた。

 血が流れてから何かが頬を薄く切ったのだと気づいた。

 後方に倒れていた木々が、バスケットボールくらいの大きさの円でくりぬかれていた。

 なんだ、今の。速すぎて見えなかった。


「言っただろう。私の封印は、簡単だったんだ。誰かが解けるように、初めから設計されていた」


 繊細な糸を極限まで張りつめるような緊張を感じた。

 隣のエストスも、話しながらほんの少し重心を下げ、外していたはずのガントレットをいつの間にか装着し、魔弾砲を握りしめていた。

 言わずもがな、シアンも既にスキルで体を成長させ、リリナも後方からの支援のために見晴らしのいい場所へと走っていた。


「あれは、『魔人』は、そう言ったものではないんだ」


「どういう、ことだ?」


 頬に汗を流しながら、エストスは呟いた。


「私たちはあの『魔人』を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 その言葉を聞いても、何を言っているのかが分からなかった。

 勝てるように設計していない。

 頭の中で反芻させても、どうにも意味が分からない。

 ただ、納得せざるを得ないのだろうか。

 だって、さっきの攻撃は、


「……ヵ…………」


 擦れるような耳障りな音が、魔人のどこかから響いた。

 人型と呼ぶには鋭利すぎる尖った右腕の先端が、機械的に動いて俺に向いた。


「なん――」


 俺の身長を超えるほどの太さをした紫の光線が、異常な速さで俺へと突き進んできた。

 不意の攻撃であるはずなのに避けられたのは、奇跡だっただろう。

 いや、避けられてはいなかった。

 ガン、ガン、と、右腕の脈が弾けているかのような感覚。

 避け切ることが出来ずに右腕が紫の大砲に飲まれた。

 右肩から先に着ていた服は塵に消え、代わりに擦り傷とそこから溢れた血が右腕を装飾していた。

 そして、視線を後ろへと向けると、百メートル近くに渡って後ろにあったはずの木々が消滅していた。


「嘘だろ……?」


 ステータスがカンストした俺の体に、簡単に傷が生まれた。

 剣で切られてもちょっとしたかすり傷程度のはずなのに。

 痛みはあれど、外傷なんてしないはずなのに。

 あの威力は、勇者の放ったあの一撃にも匹敵するのではないのか。


「こんなの、俺以外のやつじゃ当たった瞬間に即死レベルじゃねえか」


「だから言っているだろう。勝てるように設計されていないんだ」


「じゃあどうすりゃいいんだよ! まともにあれと正面から戦えるのは俺しかいないけど、どうすれば勝てるんだ!? 殴るだけでいけるのか!?」


「私に、考えがある」


 小さく、しかしそれでいて力強く、エストスは言った。


「あの魔人は、元々私の【神の真似事(リアナイテーション)】を使って造ったものだ。私の力は無機物を好きに変形させる力だ。命がないものなら、触れるだけで解体できる」


「だったら、あの魔人にお前が触りさえすれば一瞬で解体できるってことか!?」


「……ああ」


 深く、エストスは頷いた。

 つまりは俺があの気味悪い魔人の注意を引き付けてエストスに隙をつかせて触らせればその時点で勝ちってことか。

 そう思ったら、なんとかなる気がしてきた。


「エストス! 今から俺たちが全力で魔人の気を引く! あとはなんとかしてくれ!」


「最初からそのつもりだったが、感謝する。死なないでくれよ」


「こっちのセリフだっての! よし、行くぞ!」


 俺はわざと魔人の視界に入るように全力で走り、光線を避けながらシアンとリリナがいる方へと叫ぶ。


「シアン! リリナ! エストスのバックアップだ! 死なない程度に全力で囮だ!」


「がってんだ!」

「りょーかいって感じ!」


 連携した二人も、俺と同じように魔人の視界に入るように立ち回る。

 ただ、単純な身体能力で劣るリリナはどうやってスキルを応用しているのか分からないが、魔人の周囲に白い霧のようなものを生み出し、囮である俺やシアンに向く光線の標準を少しでもずらすようにと動いていた。

 エストスが造った存在なだけあって、魔弾砲のように無尽蔵に紫色の光線が俺たちを呑み込もうと迫ってくる。

 威力や速度は、明らかに魔弾砲の上位互換だ。

 既に俺たちを狙って打ったが外れた光線は、森を巨大なスプーンでえぐり取るように木々を呑み込んでいく。

 シアンも当たったら無事ではいられないというのを本能的に理解しているのだろう。無理に動くことはせず、囮としてだが回避にもっとも神経をすり減らしていた。

 そして、


「ありがとう。これで、終わりだ」


 俺たちの動きの陰で魔人に気づかれずにその背後をとったエストスは、その手に握る魔弾砲を手放し、楕円形で子どもの紙粘土工作ででも見るような胴体にそっと手を当てた。


「すまない。私たちのわがままで生み出した君を、私のわがままで壊すことになるとは」


 わずかに唇を噛んで、エストスは呟いた。


「【神の真似事(リアナイテーション)】《分解リセット》」


 変化が、訪れるはずだった。


「……ヵ…………‼︎」


 グルンッ! と魔人の頭部が一八〇度回転し、鉄仮面がエストスを睨んでいるように見えた。


「な、んで……⁉︎」


 たしかに、エストスの右手は魔人の胴体へと触れていた。そのはずなのに、壊れるどころか欠けた箇所すら見つからない。

 エストスのスキルが、通じない。


「どうしたんだエストス!」


「スキルが発動しないんだ! 魔力切れでもないのに、発動しない!」


 普段冷静なエストスを見ているからこそ、その焦りの重大性を身に染みて感じた。

 そして、エストスの目の前には、標的を定めた魔人。

 囮として動いていた俺やシアンはエストスとは反対の位置にいる。

 助けに行くにも、数秒かかる。

 慌てて、俺は地面を蹴った。


「まずは逃げろ、エストス‼︎ そこは危な――」


 音もなく、魔人の頭部に紫色の球体が出現した。一秒もかからず人の頭くらいの大きさになったそれは、躊躇いなくエストスに向かって光線となり放たれる。

 間に、合わない。

 急な動揺が、エストスの反応を遅らせていた。

 その視界が紫の光で染まる。

 そして、


「【疾風神雷アウライル】‼︎」


 風が、吹いた。

 エストスを抱えて魔人の前を駆けたのは、緑色の風にその身を包み、同じような緑の髪をなびかせる、子生意気なお年頃のエルフ。


「大丈夫ですか、エストス様!」


 リヴィア=ハーフェンが、運命を捻じ曲げた。


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