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第九話「屋根の上で静かなお話」

 時は夕飯。場所はエルフの里の宿。

 俺はクタクタ。シアンはツヤツヤ。

 間違いない。シアンは強くなっている。初めて会った時よりも一噛みで吸う血の量が思いっきり増えていた。

 疲れに震える手で、夕食を口に運びながら、俺は魔道書を開いてみる。


【HP】9999/9999

【MP】6000/9999


 とりあえず回復魔法を使ったからHPは全快しているが、そのせいでMPが想像以上に持っていかれた。

 まさか吸われながら回復魔法をかけ続けて血を補充し続けるなんてことをすることになるとはな。

 しかも痛みに耐え続けたせいで身体に傷はなくても精神的な何かが狂うかと思った。

 それなのに、だ。


「ち、ちょっと! 私の肉取らないでよ! 自分の分があるでしょ!」


「もうシアンのお皿には何ものってないぞ!」


「だからって人を取るんじゃないわよ! あああ! 私の肉が⁉︎」


 あれだけやっても乱闘騒ぎが起きそうになるなんてなんて無尽蔵な胃袋なんだ……

 さすがにリヴィアが可哀想なので、リヴィアの肉にフォークを突き刺して丸かじりしようとするシアンの頭にポンと手を乗せる。


「シアン。また今度飲ませてやるからそれはリヴィアに食べさせてやってくれないか?」


「おー! わかったぞ! ハヤトの血はウマウマだからな!」


「慣れたからいいけど言葉だけ聞くと本当に物騒だなちくしょう」


 大きくため息を吐いて、俺は席に戻りまた夕食を食べ始める。

 メニューは山菜だと思われる葉と、ステーキ、そして豆に火を通した簡易サラダのようなものだった。

 ステーキは美味しいし、山菜も苦味はあまりないので特別豪華なわけではないが中々に満足できるものだった。

 全てを平らげたあと、痛みに耐え続けた余韻で未だに俺を苦しめる頭痛をどうしようかと遠くを見ていると、いつのまにかリヴィアを膝に乗せて頭を撫でていたエストスが言った。


「少し外の空気を吸ってきたらどうだい? エルフの里は自然の中心だ。少しは楽になるんじゃないか?」


「おう。そうだな、じゃあちょっと出てくるわ」


 立ち上がり宿から出ると、心地のいい風が体を包んでくれた。

 空気が美味しいと感じたのは生まれて初めてかもしれない。

 気分が良くなってスーハーと深呼吸を繰り返していると、頭上から声が聞こえた。


「あれー? 誰かと思えばハヤトくんじゃないか! どうしたのー?」


 可愛らしく宿の屋根に座って手を振るのはリヴィアの姉、エリヴィアだった。


「ああ。ちょっと外の空気を吸おうと思ってな」


「なるほどー! それならちょっとお話しようよ! ほらほら、隣においで!」


 エリヴィアは笑顔で自分の横を叩いた。

 外で一人ってのも寂しいからな。

 それに可愛い子と話せるなら是非って感じだし。

 俺は周りを見渡し、梯子がどこかを探すが、見当たらない。

 これはもしや、脚力だけで屋根へ行くというアレをやるってことか。

 やったことはないけど、多分大丈夫だろう。

 俺は二階建ての宿の屋根を目指して足に力を入れる。

 ふわっと体が浮いた。


「お、行けた行けた。届かなかったりしたらどうしようかと思ったぜ」


「さすがハヤトくんだねー。さあさあ、こっちに座って!」


「んじゃ、失礼して」


 ストンと腰を下ろすと、この宿以外の建物がほとんど一階建てだからか、エルフの里のほぼ全てが視界に入った。

 あまり知識がないからわからないが、三〇〇人規模の里ならこれくらいの大きさなのか。


「どう? エルフの里は」


「いい人たちばっかりだったな。よそ者の俺たちを快く歓迎してくれて、まだ何もしてないのに宿も飯も準備してもらって。申し訳なくなってくるくらいだよ」


「あははっ、気にしなくていいよ。この里は世話焼きな人が多いからね。それによそ者だからって仲間外れにするような人は、ここにはいないから」


「エルフってもっと他の種族と関わらないイメージがあったんだけど、そうでもないんだな」


 遠くに見える森を眺めながら、エリヴィアは口を開く。


「昔はそんな感じだったって聞いたよ。私が生まれたときはもう変わっていたから実際に見たわけじゃないけど」


「確か、スワレアラ国の事件がきっかけだったんだっけ?」


「言い伝えによるとね。他の種族と関わりをほとんど持たないエルフたちは、ピンチになっても誰も助けに来ないから、奴隷を集めるには格好の獲物だったみたい」


 なるほどな。援軍がないって確信していたら、確かにやりやすい。


「というか、エリヴィアはなんでここにいるんだ?」


「今は油断できない時期だからねー。夜も誰かが見張ってないといけないから」


「見張りだけなら、誰かに任せてもいいんじゃないか? 何も前線にいるエリヴィアがやらなくても」


「うるさいぞ小童め、とりゃ」


 エリヴィアの細い指が俺の頬を優しく突いた。

 慌てる俺を見て、エリヴィアは楽しそうに笑う。


「これは私がやりたくてやってることだからハヤトくんに口を挟む権利なーし!」


「お、おう」


「ちょっとちょっとぉ? 動揺しすぎなんじゃないのかね? あんなに女の子に囲まれてるのに、実は経験少ないのかな?」


「なっ! ち、ちげーし! 俺は山ほど経験積んだプレイボーイだかんな! 馬鹿にすんなやい!」


「あははっ! 私を相手にして感情を隠そうとは随分と無謀なことをするじゃあないかハヤトくん!」


 そうだった! エリヴィアのスキルは自分に対する負の感情で力が増すから、嘘とかついたときの感情も負の感情に含まれるのか!


「ちくしょう! 便利なスキルだな」


「そんなことないよ。むしろ、辛いことのほうが多いくらい」


「そう、なのか?」


 エリヴィアは少しだけ目を細めた。


「私ね、たまにスタラトの町まで買い物に行ったりするんだ。近場で色々なものが揃っているのがあそこくらいだから。あ、もちろんフードを被ってエルフだってバレないようにはしてだよ?」


「それがどうかしたのか?」


「一回ね、エルフだってバレちゃたときがあったの。そしたらさ、特に周りは騒いだりはしなかったんだけど、やっぱり痛いくらいの嫌悪と敵意がしてさ。とっても辛かった。知ってはいたんだけど。私の場合はもっと鮮明に感じ取っちゃうからさ」


「……そっか」


 少しだけ寂しそうなエリヴィアは、「でもでも」と再び笑う。


「ハヤトくんたちを見たときにね。敵意を全く感じなかったの。逆にこっちがびっくりしちゃったよ」


「まあ、種族とかで敵だとか俺はいうつもりはないよ。魔王軍幹部と馬車に乗ってここまで来てるわけだしな」


 「あははっ。そうだね! 確かに!」


 屋根に座りながらエリヴィアはパタパタと足を振った。

 楽しそうに体を揺らし、長い緑の髪を束ねたポニーテールが文字通り馬の尾のように揺れていた。


「なんだか、リヴィアがハヤトくんを連れてきた理由がわかったよ」


「え? 単純に助けが必要だったからじゃないの?」


「それも理由の一つだろうけど、もっともっと大事なことがあるんだと思う」


 エリヴィアはぐっと顔を近づけて、俺の胸元にそっと指先を当てる。


「その、とっても綺麗な心だよ。人を欺く気なんて欠片もない、純粋で、強い心」


 随分と評価してもらったけど、さすがに過大評価じゃないか?

 嘘が下手なのは認めるけど。


「俺はそんな清らかな心を持った聖人なんかじゃないよ。ただやりたいことをやってるだけだから」


「でも、リヴィアがなつくなんて珍しいんだよ? やりたいことやって、それがリヴィアには正しく見えたから、ハヤトくんを連れてきたわけだし」


「そうなのか? あんまり思わないけどなあ。だいぶ辛辣なこと言われてるし」


「そんなことないよ! 私から見ると一目瞭然! ちょっと癖のある喋り方のときもあるけどね」


 ピンと指を立てて力説するエリヴィア。

 うーん。やっぱり嫌われてると思うんだけどなあ。


「そういえば、リヴィアのあの急に出てくる中二病はどうしてなんだ?」


「中二病? えっと……喋り方だから急に難しい言葉を使うときってことかな?」


 俺が頷くと、エリヴィアは申し訳なさそうに頭をかく。


「あー……、あれはねー。ほら、あの子、私の戦う姿を見て育ったからさ、ほら……最初は『私を見ろー!』って、真似してたんだけどさ。どんどんそれが大袈裟になった結果あの喋り方に……」


 なるほど。本人はこいつだったのか。とは言っても本人が悪いことは何もないし、むしろ健全な姉妹って感じがしてほほえましいな。


「リヴィアもエリヴィアにかなり憧れてるみたいだから。まあ仕方ないか」


「本当にね。私よりもよっぽどリヴィアのほうが才能あるのに……」


 しょんぼりとするエリヴィア。

 というか、明らかにエリヴィアのほうが強いんじゃないか?

 リヴィアはエリヴィアがエルフ族最強の剣士って言ってたんだし、自己評価が低いのか?


「俺から見たらエリヴィアのほうがよっぽど強いと思うけどな」


「うーん。今はまだ私のほうが強いけどねー。時間の問題じゃないかなー」


「そんなにか?」


「もちろん! なにせ私の妹だからね!」


 えっへん、と誇らしそうに胸を張るエリヴィア。あまり大きくない胸がぐっと前に押し出されて嫌でも視線がそちらへと向いてしまう。

 ごまかすために、少しどもりながらもとにかく喋る。


「妹だから、強いのか?」


「そうだよ。リヴィアはあまり自分に自信がないんだけど、私はいつかリヴィアは、世界で一番速い、最強の戦士になれる。それこそ、たまにリヴィアがドヤ顔で言ってるみたいに、『我が神の速さにひれ伏すがいい~!』ってのが現実になったり!」


「ははっ。そうなったら面白いな」


「むむっ! さてはハヤトくん、冗談だと思ってるな~? エリヴィアお姉さんは本気なんだぞ~。うりゃうりゃ!」


 ぐいぐいとエリヴィアがひじをわき腹に押しつけくるがさっきからかなりの近さにドキドキが止まらない。

 このノリをどうにかしないと彼女がいない十九歳はどうにかなってしまう!


「エ、エリヴィア! それよりも、ここで見張りをしてたってことは、ほとんど休んでないんだろ!? 俺が見ててやるから休んでいいぞ!」


「えー、大丈夫だよ! 私は元気いっぱいなんだから!」


 地味に頑固だなあ。さて、どうするか。

 少し悩んでから、俺は勇気を出して指先をエリヴィアの額にとんと当てる。


「俺がやりたいからやるって言ってんだ。エリヴィアが口を挟む権利なーし!」


 心底驚いたようで、目をまんまるに見開いて言葉を失うエリヴィアは、そっと噴き出すように笑う。


「……ズルいなぁ。心の底からそんなこと言うなんて」


「まあ、嘘をつくのは苦手だからな」


 エリヴィアは少しだけ俺を見てから視線を下げると、今までとは少し違う細い声で、小さく呟く。


「……じゃあ、少しだけ甘えちゃおうかな」


 ぽつりと言った途端、倒れるようにエリヴィアは俺の膝の上に横になった。


「お、おい! 何もここで寝ようとしなくても――」


 言いかけて、もうすでにエリヴィアは寝ていることに気づいて慌てて口を閉じた。

 すやすやと眠るエリヴィアの顔を見て、俺は静かに呟く。


「なんだよすぐ寝やがって。本当はめっちゃくちゃ疲れてんじゃねぇか」


 起こすのもあれだし、見張りもしなきゃいけないから、このままでいいか。

 エリヴィアの寝息と、風で木々が揺れる音、そして宿の一階から聞こえるシアンとリヴィアの声を暇つぶしに聞き流しながら、俺はエルフの里を見渡す。


「この里、守ってやりてぇな……」


 涼しげな風を受けながら、心だけは温かくなるのを、なんとなく感じていた。


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