第七話「エルフ族最強の剣士」
走る馬車の後方約二〇〇メートル。
もの凄い量の魔物がいた。
本当にすんごいよ。数えようと思ったけど三〇くらいでやめたし。
数は大体二〇〇体いるかいないか。
負けることはないだろうけど、それでも嫌になる数だった。
「……どうする? あれ」
「とりあえず、ここで倒しておかないとこのままエルフの里へ魔物たちが到着してしまうだろうね」
「なら、俺たちだけ降りて馬車は進ませちゃうって感じが一番いいか?」
「問題ないだろうね」
それじゃ。魔物退治といきましょうか。
俺とエストスは荷台の椅子から立ち上がり、リヴィアとシアンを見る。
「あいつら倒してくっから、少し先で止まっててくれ。すぐに追いつくから」
リヴィアとシアンは首を縦には振らなかった。
「嫌よ! 私も戦うわ!」
「シアンも戦うぞ!」
思わず笑ってしまった。
まあ、シアンが強いのは知っているし、リヴィアも弱くない。魔物からも特別強そうな雰囲気はないし、別にいいか。
「わかったよ。怪我すんなよ?」
「……ふっ、我が力の前にはあのような有象無象など塵の山も同然よ!」
「そういえば中二病だったなお前!」
なぜかノリノリで一番に馬車を降りるリヴィアに続いて、四人全員で魔物の群れへと向かう。
「よっしゃ! それでは、エルフの里を守るための緒戦と参りますか――」
「間に合ったァァァァアアア‼︎」
すさまじい叫び声が、後ろから聞こえた。
何⁉︎ 今度は何があったの⁉︎
慌てて後ろを振り返ると、こちらへと走る人影が一つ。
かなりのスピードで向かってくるのは、俺と同い年くらいの少女だった。
それを見て、声を上げたのはリヴィアだった。
「お、お姉ちゃん!」
「あれがお姉ちゃん⁉︎」
よく見てみると、確かに少女はリヴィアに似ていた。
近づいてくると、その細かな姿が見てとれた。
エルフを特徴づける長い耳。
リヴィアと同じ鮮やかな緑色の長髪は高めの位置で結ばれており、ポニーテールの尾が動くたびに綺麗になびいていた。
服装はかなり軽装で、濃い緑色のノースリーブに茶のホットパンツ、そして髪と同じように風に吹かれるマントを羽織っているだけだった。
武器は腰に差してある剣が一本。
しかも短剣というには長く、だからといって長剣とも言えない、包丁の三倍ほどの長さの剣だった。
そんなリヴィアのお姉ちゃんが、全力ダッシュでやってきた。
「やあやあやあ! 大丈夫ですかねそこの人たち……って、リヴィア⁉︎ なんでここに⁉︎」
なんとも元気なリアクションを取る自分の姉に、リヴィアも大きな声で返す。
「お姉ちゃんこそ! 今は見回りの時間じゃないでしょ?」
「魔王軍の魔物は決まってこの方角から来てたから、こっち側の見回り頻度は増やしてるの! そしたら魔物の気配がして来てみたんだよ!」
姉妹が会話している間にも魔物はこちらへ向かってきていた。
「おい! もう魔物はすぐ目の前だぞ! そんな会話してる場合じゃねぇって!」
「お! そうだったそうだった! よぉーし! さっそく開戦と行きますか! みなさんは下がってて!」
言って、微妙な長さの剣を抜くと、俺たちの横を抜けてリヴィアの姉は一番前に出た。
「お、おい! 俺たちも戦うから……」
「ハヤト! 下がってて!」
俺を止めたのは、リヴィアだった。
わけが分からず、たまらず声を上げる。
「何言ってんだ! 一人で戦わせるわけにはいかないだろ!」
「違うの」
リヴィアは首を振った。
「お姉ちゃんは、一人で戦う方が強くなるの」
「……どゆこと?」
「見てれば分かるわ」
俺たちを止めて下がるリヴィアを見て、リヴィアの姉は笑顔で親指をグッと立てた。
「ありがと、リヴィア! それじゃ、すぐ終わるから待っててね!」
そう言って、魔物へと相対した瞬間だった。
「【颶風】」
ゴォ‼︎ という風の唸り声が聞こえた。
リヴィアと同じように風を使う力だと思ったが、どうやらリヴィアとは違う毛色のようだ。
風をまとっていたのは、彼女の剣だったのだから。
「さあ! 魔物ども! 私を見ろ!」
叫び、リヴィアの姉は剣を高々と天へと向けた。緑色の風をまとっているからか、剣の長さは何倍にも伸び、二メートル近くまでになっていた。
当然、魔物たちの視線は嫌でも彼女へと絞られる。
「な、何やってんだ! あれじゃあ、囲まれておしまいだろ⁉︎」
「慌てるんじゃないわよ。あれが、お姉ちゃんの戦い方だから」
「はぁ? あんなヘイト集めていいことなんてあるわけないだろ! 援護をしないと――」
俺がリヴィアの姉へと歩み寄ろうとすると、エストスが俺の前に立った。
「待て、ハヤト」
いつもは落ち着いているエストスが、少しだけ動揺しながらかけている眼鏡を外し、リヴィアの姉の背中を一身に見つめる。
「彼女、どんどんと強くなっているんだ。今、この瞬間にも」
「……え?」
緑一色の草原の中、ポツンと立つ彼女の持つ剣がまとう風が、次第にその強さを増していく。
俺の目にも、その力の上昇は明らかだった。
「――【敵対心に抱擁を】」
ポツリと、リヴィアが呟いた。
「私のお姉ちゃんが持つ、【颶風】とは別の、もう一つのスキル」
姉の背に見える憧憬をその瞳に焼きつきそうなほどに映すリヴィアの口から出る声は、溢れ出た昂ぶる心そのもののようで。
「自分が受ける敵意の分だけ、自分の力を強化する力。そして風を操り、武器にまとわせる力。この二つを持つ私の姉が、エリヴィア=ハーフェン。エルフの里の歴史でも類を見ない、歴代最高の剣士……!」
その声が聞こえていたのか、エリヴィアは高々と剣を掲げたままこちらを振り返る。
「っていうわけだから、ここは私に任せなさいな! 多対一は私の専門なんだぜい☆」
二〇〇にも及ぶ魔物たちは、風によって何倍にも伸びた剣を持つエリヴィアへと向かって走っていく。
だからこそ、彼女は強くなる。
「あはっ! すてきっ☆」
全ての視線を集め、全ての敵意をかき集めたエリヴィアは、剣を静かに横へと倒す。
「消えなよ。私たちの敵」
スッ、と紙で指を切った時と同じ音が、俺の鼓膜を柔らかく叩いた。
それが数十体の魔物を一度で横薙ぎに切った音だと気づいたのは、上下二つに分かれた魔物が倒れ、消えていくのを見てからだった。
「なんだ⁉︎ 今の速さ⁉︎」
「恐らく、リヴィアの言うとおり彼女のスキルなのだろう。私たちの前に現れた時と魔物の前に立った時では、ステータスが三倍ほど違う」
「さ、三倍⁉︎ そんなに変わるものなのか⁉︎」
「実際に変わっているのだから仕方ない。それに、あれを見れば言わずもがなだろう?」
俺は再びエリヴィアへと視線を戻した。
もう既に半分以上の魔物が消えていた。
そして、今もなお、エリヴィアは風によって巨大化した剣を使って魔物たちを切っていく。
あるいは振り下ろしで、あるいは振り上げで、あるいは回転で、あるいは横薙ぎで。
まるで草原の上を踊るようにエリヴィアは魔物たちを大量に切っていく。
ミキサーでかき混ぜているのかと思うほどに瞬く間に魔物たちが切り刻まれ、みるみるうちに魔物の数が減っていく。
そして、
「最後の一匹!」
風をまとった剣が、最後の魔物を両断した。
絶命した魔物たちが消えていくその塵の中に、エリヴィアは一人凛々しく立つ。
「お姉ちゃん!」
「おうおう妹よ! 元気そうでお姉ちゃんは嬉しいぞー!」
姉の胸に飛び込むように抱きつくリヴィアは、頭を撫でられながら幸せそうに笑っていた。
エリヴィアは視線を俺たちの方へ向けると、
「それで? リヴィアが帰ってきたってことはあなたが勇者アルベルってことでいいの?」
「残念ながら、俺は勇者じゃねえよ」
「へ? じゃあなんで? リヴィアは応援のために勇者を見つけるってスタラトの町まで行ったのに」
「聞いて、お姉ちゃん! こいつは見た目と言動に関してはアレだけど、勇者アルベルと互角に渡り合える力を持った男なの! だから安心して!」
あれ? 全く褒められてない気がするのは気のせい?
笑顔のまま、さらにリヴィアは続ける。
「それにこちらの方はエストス=エビィッ⁉︎」
「……私はエストスだ。この見た目と言動はアレだが充分な力を持った男と旅をしている」
フルネームを言われることの都合が悪かったのか、エストスはリヴィアの口を右手で押さえて耳元でそっと囁く。
「私のことは、出来る限り秘密にしてほしい。いいかな?」
コクコクコクッ! っとリヴィアが何度も首を縦に振ったのを確認して、エストスは手を離した。
そして、最後に残る自己紹介は、
「シアンはシアンだ! よろしくな!」
「……シアンちゃん、でいいんだよね?」
「ああ。俺も最初は迷ったが間違いなくシアンだ。仲良くしてやってくれ」
「そっか、それじゃあ――」
剣が、抜かれた。
「とりあえず死んでみる?」
ピタッと、首筋に刃が触れる紙一重で、エリヴィアは剣を止めた。
~Index~
【エリヴィア=ハーフェン】
【HP】2000
【MP】1500
【力】 220
【防御】230
【魔力】200
【敏捷】250
【器用】210
【スキル】【敵対心に抱擁を】【颶風】




