番外編「エストスお姉さんはショタ勇者を甘やかしたい」
ところで、皆さんは覚えているだろうか。
俺がクリファと初めて出会い、彼女を匿うとなったとき、エストスへの交渉材料に使った言葉を。
覚えていない人のために言っておこう。俺は、あの時こう言ったのだ。
『この子を上手く匿うことが出来たなら、この俺が全身全霊をかけてエストスとあの自称勇者のエリオルの二人っきりの入浴時間を確保しようじゃ――』
食い気味にエストスからの返答がきてしまったが、俺は確かにこう言ってしまった。
そして、全てを終えて、家をもらい、俺はこの約束を果たさなければならなくなった。
聞いてくれよ。そんなこと事言ったっけ? ってすっとぼけたらさ、エストスはなんて言ったと思う?
「そうか。ならば魔道書を出せ、《分解》してやる」
怖かったよ。どっかのクソ勇者の必殺技なんてかわいらしくみえるくらいだったね。
というわけで、俺は全身全霊をかけてエストスとあの自称勇者のエリオルの二人っきりの入浴時間を確保しなければならなくなったわけだ。
「……まさか、国を救ったお礼をさせてくれって言われて、町の人に『じゃあ、町の大浴場を一つでいいから半日貸し切りにしてくれ』って頼むことになるとはな」
「一人で何を呟いてやがるなのですか。それよりもなんで私たちは貸し切りになった大浴場の陰からこそこそと覗きをしているなのですか。私はハヤトさんがさすがにそこまでの変態だとは思ってなかったなのですよ」
「何言ってんだ。俺は断じてエストスのあの不健康そうな顔からは想像もできない栄養分配によってできたあのけしからん山脈を拝もうとはこれっぽちも思ってないぞ。いいか? 断じてだ」
「……、」
なんだよボタン。そのこんなやつを格好いいと思ってしまった自分が恥ずかしいとでもいうような顔は。俺は何も悪いことはしてないんだよ。
俺はこのボタンのゴミを見る目をなんとかするために説明しなければならないんだ。
「いいか、ボタン。俺がやらなきゃいけないのは覗きではなく彼を守ることなんだよ」
「……? それはどういう…………?」
俺は静かに浴場の中に一人で立つ少年を指さした。
「おい! 風呂に入るから来いと行ったのに誰もいないとはどういうことだ! この勇者エリオル=フォールアルド、そのような外道な行為に寛容になれるほど大きな器は持っていないぞ!」
十二歳の勇者、エリオル=フォールアルドの声が大浴場の中で寂しく響いていた。
もちろん、俺たちは返事をすることはできないのだ。
だって、
「大丈夫だよ、小さな勇者くん。君を独りになんてしない。ちゃんと私がここにいるよ」
俺は文字通りに固唾をのんだ。
「来やがったぞ。あんな格好いいセリフ言ってるけど、あれが黒幕だボタン。絶対に目を離すなよ」
カラカラと音を立てて扉を開け、中へと入っていた不健康そうな誘惑ボディなお姉さん、エストス=エミラディオートがやってきた。
しかも、
「ハ、ハヤトさん! あの人、何も隠さず少年の前に来ているなのですよ!? 手に持つタオルは飾りなのですか!?」
「クソッ! いい感じに湯けむりが邪魔してエリオルのちっせぇブツしか見えねぇ! こうなりゃ風を使う魔法を今すぐにでも習得して――」
「やっぱり下心たっぷりじゃねぇかクソ野郎キィィィィック‼」
ドゴンッ! とすさまじい音が後頭部に響きわたり、壁に顔面が突き刺さった。
無理矢理に壁から頭をひっこぬいて、俺は少し呼吸を整える。
「いや、すまん。少々取り乱した。さぁ、観察だ」
俺はまた再びエストスが何か大変なことをしでかさないかを観察する。
「どうだい。かゆいところはないかい」
「あ、頭ぐらい僕は一人で洗える! いいから離せ!」
「なに、気にすることはない。視たところ体の疲労と魔力の消費が激しいようだね。しっかり休まないと大変だ。君が動く必要はない。楽にするといい」
そう言いながらわしゃわしゃとエリオルの頭を洗い続ける。なんだか恥ずかしがりながら「や、やめろォー!」という悲鳴が聞こえるがこれはスルーしておこう。
と、いうよりも。
「待てよ。あいつ今、『視たところ』って言ったのか?」
「言ってたなのですね。それがどうかしたなのですか?」
「いや、あいつは特別な目を持ってて、ステータスか状態とか、とにかく『なんでもよく視える』んだとさ。確かシアンが魔王軍幹部だっていうことも一目見ただけで分かったらしいし」
「なるほどなのですよ…………って、魔王軍幹部ゥ!? い、いいい一体それはどういうことなのです!? あのシアンちゃんは魔王軍だったなのですか!?」
急に突き付けられた事実にボタンは目も体も右往左往しながら慌てふためくが、気にするところはそこではない。
「そういえば、あいつ眼鏡してないぞ……?」
「無視!? 今までで一番大事なことを言ったのにそこを無視なのですか!?」
エストスのスキル【分析眼】は見えすぎて疲れてしまうからという理由で彼女は普段は眼鏡をかけているのだが、今は外して裸眼だ。
つまり……
「あいつ、エリオルの全部を『視る』つもりだぞ……!?」
頬から冷たい汗が流れるのを、俺は感じていた。
そして、視線は湯煙に巻かれるあの二人。
小さな少年の背中を流しながら、エストスは静かに口を開く。
「大変だっただろう。すまないね。君みたいな少年を戦いに巻き込んでしまって」
「何を言うんだ。僕は勇者だぞ。戦いがあり戦う理由があるなら僕は迷わずそこへ行くだけだ」
「……いいんだよ。君みたいな可愛い少年がそんなに辛くて痛い思いをしなくて」
「僕がそこで逃げたら他の誰かが辛くて痛い思いをするんだ。だったら僕が行く」
まったく曲がることのない少年の意思を聞いて、エストスはエリオルの体を洗う手を止めた。
彼の小さな背中を静かに眺めて、ゆっくりと、言う。
「とても、頑張ったんだね。よく分かるよ。全部『視える』から」
「まだまだだ。僕はまだまだ未熟だ。これで頑張ったと褒められる筋合いはない」
「……そうか」
エストスは細く白い腕をエリオルの首に絡ませた。
「でも、それでも君は頑張ったんだ。君のような可愛い少年がそこまでの決意をしているだけでも素晴らしいんだ。もっと自分を誇っていいんだよ」
とってもいいことを言っているエストスなのだが、後ろから抱き着かれた瞬間の背中の感触が摩訶不思議すぎてエリオルの顔が真っ赤になってしまっていた。
「お、おっ、おっ……!?」
「照れている顔も可愛いね。行く場所がないならつい先日家を確保したからそこに住んでもいいんだよ。掃除洗濯食事、なんでも私が面倒を見てあげよう。君の辛いと思うことを、私が背負ってあげよう。とても、とてもいい提案だろう?」
言いながら、肩から腕へ撫でるように触れるエストスの動きに、ついにエリオルは耐えられなくなって、
「ぼ、僕は遠慮させてもらうからなぁあぁあああああ‼」
エリオルは、逃げるように大浴場から去っていった。
ポツンと浴場に残ったエストスを見て、俺は安堵の息を吐きだす。
「よかったぜ。一時はどうなるかと思ったが、あのガキ勇者の色々なことが守られて――」
「『視えて』いるんだよ。ハヤト」
「――ッ!?」
あれだけ女神のような優しく柔らかな顔をしていたはずのエストスの口から、この世の物とは思えないほど禍々しい声が溢れる。
「邪魔をしなかったことだけは褒めてあげたいところだけれど、あれほどあからさまに見られると『全て視える』私からしたらとても不快だったのだけれど」
「い、いや。俺はさ、そうじゃなくてさ。エリオルが大丈夫かなって心配だったのよ。だから見てただけであって決してあなたの気分を害すつもりなんて毛頭なくて――」
「【神の真似事】《組立》」
どこで調達したのか、いつの間にか全裸のエストスは誰にも負けないであろうフル装備に早変わりしていた。
「いや待て待てエストス。お前、それをここで打ったらどうなるかわかってんだろうな? 分からないとは言わせないぞ。第一、こんなことが悪いなんて言われたら俺だって言いたいことが――」
「私の可愛い少年との時間に余計なものが入り込んだ時点でそれはもう罪なんだよ」
ドンッ! と爆音が響いて、次の瞬間には俺の体は壁に突き刺さっていた。
次からちゃんとエルフの里編です。よろしくお願いします。




