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第二十四話「正義の定義」

 拳が痛い。

 ガンガンと脈打つたびに痛みが体を駆けていく感じがした。

 しかし、それを痛がっている暇はない。

 俺は煙の上がる瓦礫を見つめる。

 ガタン、と山積みになっている建物の残骸が動き出した。


「そうだよな。勇者だもんな。知ってるよ。立つに決まってるさ」


 あのエリオルの兄だ。今までずっと皆を守ってきた本物の勇者だ。一発殴ったぐらいで勝てるだなんて元々思ってないさ。

 口に溜まった血を地面に吐き捨てて、アルベルはふらふらと立ち上がる。


「油断したよ。【勇者の一撃アングリフ・ヘルリヒト】は強力な技な分、反動で少しの間動けなくなるんだ。この技を破れるやつが存在しない以上、デメリットにはならないと思っていたのだがな」


 そりゃそうだ。ステータスカンストしてても相殺で精一杯の攻撃だぞ。むしろお前が魔王をやってもいいんじゃないのか?

 そんなことを思いながら、俺はアルベルの前まで歩く。


「さすが勇者だよ。死ぬかと思った」


「ほざけ。お前があの魔族を助けたのなら、回復魔法だって使えるんだろう? こっちは今ある最強の技を破られ、おまけに今すぐ全快できるときた。今の僕じゃお前には勝てないさ」


「じゃあ、お前の負けだからここで回れ右して帰るってことでいいか?」


 静かに笑うと、アルベルは俺を見る。


「嫌だね。勇者は逃げないから勇者なんだ。勝ち負けじゃない。悪がそこにいるのなら、僕は死んでも戦い続けるさ」


「おうおう。勇者様は頑固ですなぁ」


 俺は頭をかいて、目の前にいる勇者に言う。


「だったらよ、お前が悪だと思ってた悪が目の前からいなくなったら、お前が戦う必要はもうないよな?」


「何を……?」


 アルベルが不思議そうに眉間にしわを寄せた瞬間、このスタラトの町全体に少女の声が響いた。


『スワレアラ国の民たちよ! 妾の声を聞けッ‼』


 ようやくか。まぁ、色々準備があっただろうし、仕方ないか。


「よく聞いてろ、バカ勇者。この国の女王が、全てを話してくれるだろうから」


 スピーカーから響くかのように全体へ通る声は、おそらく魔法か、エストスの道具を使っているんだろう。


『妾の名はクリファ=エライン=スワレアラ。スワレアラ国第一王女…………だったものじゃ』


 王女だったクリファは、少しだけ弱い声で言った。そして、一呼吸置いてから、またクリファの声が続く。


『……まず先に、民たちに謝らねばならないことがある! ……この数年間。我らが国王、ランドロラン=エライン=スワレアラは、偽物じゃった!』


 アルベルの顔が、明らかな動揺で歪む。

 説明しろと言外に訴えてきているが、大事なことは全部クリファが言ってくれる。


「まぁ、聞いてろ。大事なのはこれからだ」


『さらにこの偽物は、偽物の王として権力をほしいままにし、この国では大罪である奴隷売買にまで手を出した! これは我が国の大いなる失態である! こんなことを許してしまった力のない我が王族をどうか許してほしい!』


「なんだ、これは……ッ⁉」


「言った通りだ。お前は誰がこの場で悪なのかを分かってなかったんだ」


 さぁ。ここからだ。あの城を出るときにクリファと頼んだことが問題なかったのなら、このクソ勇者との不毛な戦いは終わるはずだ。


『ただ! この偽物はたった今撃退され、本物の国王ランドロラン=エライン=スワレアラは救出された! ……勇者、エリオル=フォールアルドとその仲間、サイトウハヤトたちの手によって‼︎』


 そう。これが、俺がクリファに頼んだことだ。


「お前が呑気にここに来るまでにさ、お前の弟は死に物狂いで戦った。俺たちと一緒にな」


 俺が頼んだのは、このスタラトの町での事件解決の主人公をエリオルにして、その仲間として俺をこの国全体に伝えてもらうことだった。


「さぁ、どうする。国の英雄になった弟の仲間たちが、目の前にいるぞ。この国の危機を救った奴らを、お前は悪と呼べるのか?」


「笑わせるな。誰がなんて言おうと魔王軍は敵だ。僕は何度でもお前たちを悪と呼ぼう」


「シアンが魔王軍幹部だっていうことは、実際に見たお前しか分からないっていうのにか?」


「……なに?」


「今、シアンを魔王軍幹部のシアンと判断できる要素はどこにもない。お前と対抗できる力も、特徴の耳も尻尾も、どこにもない。お前しか、シアンが魔王軍だって分からないんだよ」


「だったらどうした。僕だけ知っていれば、それで充分だろう」


「勇者ってのはさ、みんなが正義だと思うことを先頭に立ってやるから勇者なんだよ」


 当たり前だろうという顔でアルベルは俺を見つめる。

 まだ分かってないのかこのバカは。


「じゃあ、この国を救った英雄の仲間を街を壊しながら追いつめている奴は善と悪、どっちなんだろうな?」


「……そういうことか」


「シアンが魔王軍だとお前しか分からない以上、今、この瞬間においては、俺たちが絶対の正義だ」


 そして、クリファからのダメ押しが、町中に響いた。


『もう一つ、民たちに伝えなければならないことがある‼ 妾の本当の名はクリファ=アロリミエリ=スワレアラ! 大昔に消えたとされる【王の重圧(バレウス・プレヴェア)】を正当に受け継いだ本家の血筋を持つ者である‼ そして、その力が覚醒したことによって、たった今、このスワレアラ国の王は妾に継承された‼』


 そうか。なったんだな。本当に。


『そして、正式に女王となった妾は罪深き奴隷商たちとその仲間を一人として逃す気はない! よって、妾たち王族と、勇者エリオルとその仲間、サイトウハヤトたちと敵対している者を、妾は全て悪と定義するッ‼』


 笑って、俺は目の前のアルベルを見る。


「だってよ。これ以上やったらどれだけお前が正義だとしても、周りは正義と認めてくれないぞ」


「……外道が」


「違うね。元々お前と戦う必要なんてないからお前が帰ってくれるためにはどうするか考えた結果だ。これ以上誰かが傷つく必要はないんだから」


 はあ、と大きく息を吐くと、アルベルは剣を鞘に納める。


「……ここで手を引いたとしても、俺はお前たちを認めないぞ。そいつはどうやっても悪に変わりはない」


「大丈夫だ。シアンは俺が守る。シアンには、もう誰も殺させない」


 躊躇いのない俺の言葉を聞いて、少し間を開けてから、アルベルは言う。


「お前が道を踏み外したと思うようなことをしたら、いつだって僕はお前を切りに行くぞ」


「あぁ。その時は間違えた俺の顔をぶん殴って目を覚まさせてくれよ」


 歩こうとしたところで、俺のパンチのダメージが残っているアルベルは躓いて倒れた。

 思わず俺は手を差し伸べたが、俺の手を取らず、アルベルは足に力を入れる。


「いらん。一人で立てる」


「プライドがお高いことで」


「プライドのない勇者なんて、お前も見たくはないだろう?」


「ははっ、確かにな」


 パンパンと服についた砂埃をはらうと、アルベルは口を開く。


「弟がどこにいるのか知っているか?」


「ラスボスと戦ってボロボロだったけど、傷は俺が治しておいた。もうすぐ帰ってくるはずだけど」


「そうか。弟は少しの間お前に預けよう。僕は一人で力を伸ばす必要があるみたいだ」


「そうかい。元気でな」


「覚えておけ。次に会ったときは、僕は君よりも強くなっている」


「じゃあ俺もその時までにはもっとマシなパンチを打てるようにしておくよ」


 俺が言うと、アルベルはそれ以上何も言わず振り返り、静かに俺の視界からいなくなった。



 そして残ったのは、俺とシアンだけだ。騒ぎが落ち着いたらきっとこの辺りにも人が帰ってくるだろうけど、今は大通りとは思えないほどの静寂に沈んでいた。

 俺は後ろに立つシアンの元へ歩く。


「ごめんな。遅くなった」


 シアンは何も言わず、俺の腹に顔を埋める。

 俺の服を掴む手が震えているのを感じて、俺はシアンの頭にそっと手を置いて優しくなでる。


「ありがとう。俺との約束を守ってくれて。これで、本当にハッピーエンドだ」


 顔を埋めたまま、シアンは言う。


「ハヤトは、いいのか……?」


「……どうした?」


「きっと、シアンと一緒にいたらまたハヤトたちに今みたいに迷惑をかけて――」


「バカ。んなこと関係ないって言ってんだろうがくらえデコピン二連撃」


「んにゃにゃ……っ!」


「何があったって守ってやるから安心しろ。ほれ、みんなのことへ帰るぞ」


「……うんっ!」


 一八歳と呼ぶには幼すぎる笑顔で、シアンは歩き出す。

 俺の歩幅に合わせるために早歩きをするシアンと一緒に、俺は皆の元へ歩き出した。




「ハヤト。右手、血が出てるぞ?」

「あ、そうだったな。いろいろあって回復すんの忘れてた……って、やめろよ吸ったりするなよ!?」

「す、吸わないぞ! シアンはハヤトが心配で……」

「……え? あんなに事あるたびに吸ってたのに?」

「た、確かにそうだけど、でも……」

「でも、なんだ?」

「……シアンは、ハヤトの隣にいるだけで、なんだかマンプクだ…………」

「……てい」

「んにゃ……っ!? シアンは何もしてないぞ!? どーしてデコピンしたんだ!」

「いや……、これは、なぁ。そうでもしなきゃいかんでしょうよ」

「わ、分からないぞ! ……むぅ~! シアンはなんだかハラペコだ!」

「待て待て待て! この流れでその空腹ってことはやっぱり」

「がぶがぶっ!」

「ですよねぇぇぇぇええぇええええええええええええ‼」


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