第二十一話「さあ、結末へ」
「目覚めたのか……クリファよ」
呟いたのは、ボロボロの服を着た本物の国王、ランドロランだった。
彼は血の繋がっていない娘と、見えない力によって地面に押し付けられている偽物の国王の二つをその視界に移していた。
呟きの意味がわからなかった俺は、国王に問いかける。
「目覚めたって、一体どういう意味なんですか……?」
小さな声で、ランドロランは呟く。
「クリファ=アロリミエリ=スワレアラ。それが、クリファの本当の名前だ」
その言葉を聞いて、ピクリと眉をひそめたのはボロボロになったエリオルを抱えるエストスだった。
「なるほど。そういうことか。ようやく納得がいったよ」
なんだなんだ。いっつも俺を置いてけぼりにしてるじゃんこの二人。俺もまぜてよ。
「エストスさん。解説をお願いします」
「ずっとずっと昔、私はこの国の王を殺した」
「それは、もう知ってることだけど」
「じゃあ、もう一つ教えてあげよう。私が殺した王の名前は、マリアン=アロリミエリ=スワレアラ。もう分かるだろう?」
ゾクッと、背筋に寒気がした。全てが繋がった感覚に身が震えていたような気がした。
「じゃあ、クリファの本当の親は……⁉︎」
「そう。私が殺した真の国王の血を受け継いだ、正真正銘の王家の末裔だ」
そうか。奴らにクリファの親の血を探られたくなかったから、「クリファと血の繋がっていない事実」が最も都合の悪い事実のように振る舞わなくてならなかったのか。
でも、だからって、
「だから、抵抗せずに何年も地下に閉じ込められてたっていうんですか……⁉︎」
「そうだ」
躊躇いもなく、ランドロランは頷いた。
「そんな、そんなにも本家の血が大事だって言うんですか⁉︎ それだけで命を懸けるなんて──」
「何を勘違いしているんだ。血統が大事など、私は一度も言っていない」
「なら、どうして……?」
「クリファが本家の血を受け継いでいると知られれば、まだ力に覚醒していないクリファは確実にその命を狙われる、ということは考えつかないのか」
あ、そうか。あれだけの力を持っていた偽物の国王をあんな簡単に行動不能に追い込む力だ。恐れないわけがない。
じゃあ、つまり。
「理由なんて最初からたった一つだ」
ランドロランは、視線に映るクリファを愛おしそうに見つめ、口を開く。
「クリファは私の大切な娘だ。守るためならこの命、いくらでも削ってみせる」
ボロボロの服で、栄養の足りていない痩せ細った身体で、ランドロランは力強くそう言った。
ちくしょう。格好いいじゃんかよ……‼︎
「さて、そろそろ決着をつけようか」
ガチャガチャと身につけた装備で音を鳴らしながら、エストスはクリファの力によって地に這いつくばる偽物の国王の元へ歩き、しゃがむ。
「ふむ。やはり私の作った変装具のようだね」
異常な圧力で声が出せずパクパクと口を開閉するだけの偽物の体に、エストスはそっと触れる。
「【神の真似事】《分解》」
一瞬で、その化けの皮は消え去った。
偽物の国王が這う場所にいたのは、いかにも犯罪に手を染めていますと主張するような体格と鋭い目つき、そしてエストスの装備に似たガントレットとグリーブを装備した男だった。
それを見て、ランドロランは口を開く。
「奴隷商のトップ、リケルド=レアラリドか。やはり私の偽物になるのならお前だろうな」
「ふむ。やはりお前が元凶か。今すぐ殺してやりたいところだが、今は取り押さえるべきだろうね。ハヤト、手伝ってはくれないか?」
「おう? どうした?」
「とりあえず、この王女を楽にさせてやろう。君が代わりにこの偽物を抑えてくれ」
言われた通り、俺は偽物の上にまたがると、エストスは偽物の装備するガントレットを見る。
「まぁ、これくらいなら私が作れるだろうし、壊してしまって構わないな。ハヤト、ぶん殴って腕と足のやつを壊してくれ」
「え、俺って殴った時に拳にくる痛みは魔道書を貰った時と変わらないから出来れば魔法とかで壊せる方法を教えてほしい──」
「──壊してくれ」
「よっしゃいくぞ歯ァ食いしばれ俺ェエエエエ‼︎」
ドガンッ、という凄まじい衝撃が俺の拳から全身へと走る。しかも、それを四回も。
昔にストレスが溜まって電柱を殴って自分の拳にヒビが入った時のことを、俺はなんとなく思い出していた。
エストスに逆らうと魔導書がリセットされて俺のステータスが初期に戻っちまう。クソ、やっぱりエストスには逆らえねぇのか……⁉︎
そして、俺が拳の痛みで苦しんでいる正面で、気を張っていたクリファの力がフッと抜け、フラフラと千鳥足でこちらへと近づいてくる。
気がつけば、偽物の国王だった奴隷商、リケルドはクリファの力から解放されて力なく倒れていた。恐らく長時間の圧迫で気を失っているのだろう。完全なる無力化だった。
そして、それを成し遂げた少女が、俺の目の前に立つ。
力なく前に立つクリファを俺は優しく抱きしめる。
「……頑張ったな、クリファ」
「…………頑張った、のじゃ」
ぎゅっと俺の服を掴んで、クリファは俺の胸元に顔を埋める。
「怖かったのじゃ……、怖くて、怖くて……、妾は…………辛くて」
緊張の糸が切れたクリファは、十四歳の、それこそ等身大の少女として泣いていた。
怖いに決まってる。辛いに決まってる。色々あったのに、よく頑張ったよ。
「お疲れ様。本当によくやったよ」
「……ハヤト、ありが──」
「おっと、それは俺よりももっと先に言うべき人がいるんじゃねぇか?」
まだ出会ってすぐの俺よりも、感謝すべき人がいるじゃないか。
俺はそっと後ろへ視線を送る。
いるのは、娘に危険が及ばぬように地下で何年も耐え忍んだ一人の父親。
「……父上」
おぼつかない足取りで、クリファは血の繋がっていない父親の前へ行く。
「……すまなかった。ずっと、私はお前を騙していた」
「いいえ。もう、そんなことはよいのです、父上」
小さな体で、クリファはランドロランを抱きしめる。
「血が繋がりなど、本家の末裔かなど、そんなことはどうでもよいのです」
本当に、本当に俺からは、その時のクリファの笑顔は太陽のように優しく、輝いて見えた。
「妾の名は、クリファ=エライン=スワレアラ。スワレアラ国第一王女にして、国王ランドロラン=エライン=スワレアラのたった一人の娘です。妾を守ってくれて、本当にありがとうございました……!」
「ああ…………、ああ……‼」
親子は静かに抱きしめあっていた。
よかった。守れた。俺に何かできたのかはわからないけど、きっと、少しだけでも力になれたはずだ。
「これで、一件落着でいいんだよな?」
「ああ。そうなるだろうね」
俺は大きく息を吐いた。
ボタンも妹と一緒に帰った。他の奴隷の人たちも、奴隷商を倒し、本物の国王も助けた。
完璧なハッピーエンドだ。
すべてが終わったんだ。ボタンの店にいるシアンが待ってるはずだ。
せっかくここまでのことをやってのけたんだ。シアンにもたくさん美味しいものを食べさせてあげよう。
「それじゃあ、帰りま──」
突然、ドカンッ! という音が、どこか遠くで聞こえた。
何か、嫌な予感がした。胸騒ぎがするというのはこういうことなのか、と俺はなんとなく思った。
「なんだ、あれ……?」
俺は今いる王家の宿の五階から、音がしたほうへ視線を移す。
なんとなく、俺が見ている方角に覚えがあった。
「あの煙が上がってる場所って、ボタンの店がある辺りじゃないのか……?」
どうしてだろうと思っている俺の視界に、エストスが映った。
「残念ながら、私にもわからないね。シアンには【変装】を使っているのだから、彼女の素性が発覚する心配はないのだろう? まぁ、以前にシアンに会ったことがあるというのなら、話は別だろうけど」
あれ、今、なんて言った?
ふと、俺の視界にエストスが抱える自称勇者のエリオルが映って、
「……勇者…………?」
稲妻のように、俺の思考が駆けた。
──僕の名はエリオル=フォールアルド! 勇者である兄、アルベル=フォールアルドに追いつくために修行中の勇者だ!
まさか、
──だって、シアンは魔王軍の幹部だぞ? ついさっき自分が勇者だー、とか言う奴にやられたのに助けてくれたってことは、にーちゃんも勇者の敵じゃないのか?
まさか、
──ああ。本当はここで兄と合流する予定だったのだが、こんなことになってしまっては無視できるわけないからな。
まさか……ッ⁉
俺は、静かに拳を握った。
「シアンがさ、俺と出会ったきっかけはさ、死にそうになってたシアンを俺が助けたことなんだ」
「急にどうしたんだい。なれそめを話すならまた今度でも──」
「シアンは、家出の最中に出くわした勇者に殺されかけたんだ」
「…………なるほど。そういうことか」
察しがいいエストスは、これだけで気づいてくれた。
おそらく、あの煙はボタンの店で鉢合わせてしまったシアンと勇者であるエリオルの兄が戦っている煙なのだろう。
でも、それだけじゃない。
「俺さ、言ったんだよ。『魔王軍幹部だってバレると色々とヤバイから何があっても戦うな』って、シアンに言ったんだ」
俺と出会う前にシアンが負けたのは、魔王のセクハラでかけられた呪いのせいでスキルが使えず、本気を出せなかったからだ。
でも、今のシアンは俺が呪いまで治したから、エストスの封印の核だったユニフォングをワンパンできるほどの力を持っている。
「あいつ、俺との約束、守ると思うか?」
「彼女なら、きっと守るだろうね」
当たり前だ。魔王軍幹部だからって、シアンは敵なんかじゃない。魔族だとか言ってけど、普通に笑って、普通に怒って、普通に怖がって、楽しそうにご飯を食べる、普通の女の子なんだ。
どうして、そんな普通に過ごそうとしているシアンが、生まれた環境だけでこんなにも命を狙われなければいけないんだ。
「エストス、お前が理不尽を許せないって言う気持ち、今ならよくわかるよ」
「行くのだね?」
「ああ」
「やはり、君は不遇の死を遂げたとか、偶然運よく選ばれたとかではここにいない」
優しく笑ってエストスは俺の背中を押してくれた。
「ここで迷わず助けに行くと走れるからこそ、君はここにいる。選ばれるべくして君は私の魔導書に選ばれたんだ。頑張れ、ハヤト。応援しているぞ」
「ああ。頑張る」
シアンの元へ行く前に、俺はクリファに話しかける。
「クリファ、一つ頼みがある。俺のために、最後に一つだけ頑張ってくれないか?」
「別によいが、どうしたのじゃ?」
「まだ、俺は全てを救えてなかったんだ。だから、行かなきゃいけない」
クリファは笑って答える。
「ハヤトがそういうのなら、貴様に救われた妾が断るわけにはいかんのぉ。ほれ、言ってみよ」
「ありがとう。じゃあ──」
クリファに一つ伝えてから、俺は走り出す。
ステータスのカンストした走りは、速すぎて曲がり角の多い街中ではあまり機能しない。
それでも、時々勢い余って壁にぶつかった痛みなど無視して、俺は走る。
「生きててくれ、シアン……‼」
間に合わせるために、俺は全力で走り続ける。
最高のハッピーエンドを、手に入れるために。
「よいのか。学者よ」
「何がだい?」
「お主も相当の力を持っておるのじゃろう? ハヤトと共に行ったほうがよいのではないのか?」
「なんだ。そんなことか」
「……?」
「あの魔道書は私の最高傑作だ。あの力が完全に機能している以上、私が横にいても邪魔にしかならないだろう?」
「まぁ、あれだけ規格外の力なら、そうなのじゃろうな」
「ただ、一番の理由は別だけれどね」
「じゃあ、なんだというのじゃ?」
「簡単さ。男が女を助けに行くというのに、他の女がついていくのは余りにも無粋だろう?」




