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第一話「ともに背負う」

 力を失い、魔王はただの少女となった。

 そんな少女が、自分の命を犠牲にして世界を救おうとしていた。

 確かに、たった一つの命と引き換えに世界の平和が訪れるのならば、それは尊い犠牲なのかもしれない。

 しかし。


 世界の全てから憎まれ、恨まれ、死んだ後も最悪の存在として歴史に刻まれることは、果たして正解なのだろうか。

 皆が笑って暮らせる世界になってほしいと願う少女が、死んで当然だと言われることは、果たして正解なのだろうか。


 だから彼は、サイトウハヤトは、結論を出した。

 世界を救うことはすなわち、この少女も含めて全てを救うことだと。

 やるべきことは最初から変わらない。

 ただ、全てを救うために拳を握ればいい。

 その手始めに、今この手に抱きかかえている、世界を敵に回した少女を助けることにしよう。


「さて、どうするかな」


 ハヤトは小さく呟いた。

 威勢よく世界を救うと叫んだが、明確な方法があるわけではない。

 とにかく落ち着いて考える時間が必要だ。

 シアンを助け、メリィを救い、世界を平和にする方法を見つける時間が。

 だが、そんな余裕があるわけがない。


「気が狂ったようだな。殺すか」

「おのれ、敵に回ったかサイトウハヤト!」


 グレイとエリオルがほぼ同時に動いた。


「【闇帝獣牙ヴェスティア・レオラ・キュリアーデ】」

「【勇者の煌剣(クラウ・ソラス)】《天使エンジェル》!!」


 ハヤトの力を知っているからこそ、最初から全身全霊だった。

 両者が使ったのは、ハヤトにはまだ見せたことのない奥の手。

 純白の翼を生やすエリオルと、漆黒の鉤爪を伸ばすグレイ。

 二人はほぼ同時に、そして一瞬で、ハヤトへと剣と爪を立てた。


「速すぎだろ……ッ!」


 メリィを抱きかかえているハヤトは、体をひねって庇うように二人に背を向けた。

 二人の攻撃が同時に背中を襲い、凄まじい痛みが体を突き抜ける。


「が、ぁあ……!」

「ハヤトくん!」

「悪い、メリィ。上手く受け身取ってくれ!」


 メリィを持ったままであの二人と戦うのは不可能だ。

 ハヤトはメリィをできるだけ優しく投げ、次の攻撃の動作に入っていた二人と向き合う。


「おらァ!」


 右の拳で白く輝く剣を殴りつけ、その勢いを使って体を回転させ、回し蹴りでグレイの爪を弾く。

 だが、二人の速度と威力はハヤトよりもわずかに劣る程度で、すぐに次の攻撃が向かってくる。

 軽打ではそのうち攻撃をさばききれなくなる。

 ハヤトはエリオルからの攻撃をあえて体で受け、渾身のパンチをグレイへとぶつける。

 驚異的な反射でハヤトの攻撃を両腕で受け止めたグレイだが、威力を殺すことは出来ずにそのまま壁へと吹き飛んだ。

 すぐにこちらへと戻ってくるだろう。

 しかし、グレイにばかり集中するわけにはいかない。


「エリオルてめえ、強くなりすぎだろ……ッ!」


 エリオルの剣を受け止めた左手から、わずかに血が流れていた。

 相手の攻撃で出血したのはいつ以来だっただろう。

 純粋な攻撃力だけなら、アルベルに近づいているのではないのか。


「くそ、最初から厄介すぎるだろ!」


 後ろにメリィがいる以上、むやみに下がるわけにもいかない。

 ハヤトは受け止めた剣を握って動きを封じ、拳を振った。

 パンチが当たる直前、背中に生えていた翼を防御に回していた。

 グレイと同じように吹き飛んだが、おそらくダメージはほとんど入っていない。

 だが、一時的でもエリオルとグレイから距離を取れた。

 これで少しでも体勢を立て直せるはず……


「……残念だよ、ハヤト」


 呟いたのは、紫の煙をまとうゴツゴツとした銀色の銃を向ける白衣の女性。

 黒縁の眼鏡、腰辺りまで伸びた黒髪、艶麗な体つき。

 いつも仲間としてともに戦ってくれたエストスが、ハヤトへと敵意を向けていた。


「君のことは、今でも大切な仲間だと思っている。こんな馬鹿げたことをしているのは、一時的な気の迷いだと信じている」


 いいながら、エストスは引き金に指をかけた。


「だから、私が君の目を覚まさせてあげよう。いつか君が、私にしてくれたように」


 ドガガガガガガッッ!!!

 ハヤトの強さを一番知っているエストスだからこそ、渾身の攻撃でハヤトへ立ち向かう。

 ほんの少しだけ振り返る。

 瞳に涙を貯める少女が、そこにいた。


「絶対に引くわけにはいかねえんだよッ!」


 魔弾砲のすべてを打ち消すことは不可能だ。

 全神経を注いで、魔弾砲を受け流すことに集中する。

 後ろへと流れている魔弾砲によって、魔王城の最上層の壁に無数の穴が空いていく。

 壁も半壊し、ハヤトの手にも血がさらに溢れてくる。

 しかし、決してハヤトは諦めなかった。


「…………、」


 エストスは引き金を撃つ手を止めた。

 百近くの魔弾砲を放ち、ガントレットが反動に耐えきれなくなってきたらしい。

 腕の痛みに、エストスは顔を歪ませていた。

 異常な猛攻に、入る隙間を見つけられなかったのか、グレイとエリオルも少し離れた位置で隙を伺っていた。

 と、そこで。


「……なに、これ」


 聞こえたのは、女性の声。

 全員の視線が、粉々に砕けた玉座の間の入り口へと注がれる。


「……ルル」


 呟いたのは、メリィだった。

 力なく座り込むメリィ。それを庇うハヤト。敵対するかつての味方。

 それを見たルルは、震えていた。


「どういうことなの、これは」


 メリィがスキルなしでは戦闘能力のない少女であることを知っている、ハヤト以外の唯一の人物。

 明言はしていなかったが、メリィの言っていた一人とはルルなのだろうと、ハヤトはその一瞬で察した。

 ルルはメリィがこれから死のうとしていたことも知っているはずだ。

 ならばつまり。


「なんで、生きてるの」


 納得できないのは、メリィが生きているということ。

 それは、世界を救うために命を犠牲にするはずだったメリィが死んでいないことへの驚き。

 ではなく。


「死ぬんじゃ、なかったの」


 ただ、命があることへの疑問。

 その目に光はない。秘密を共有した大切な友人とは思えない、冷たい視線。


「ふざけるな」


 そんな言葉とともに溢れたのは、大粒の涙。

 ルルの視線の先に、世界の平和などない。

 彼女の目には見覚えがあった。

 それはかつて戦った、昔の勇者アルベルの目。


「お前が死ぬつもりだっていうから、私はすべてを捨てたのに」


 蓋を開けてみれば、どうしようもなく対照的だった。

 メリィはずっと、世界を救うために人々を苦しめてきた。

 嫌われ、指を差され、その先に人間と魔族の共存があると信じて。

 しかし、ルルは逆だ。


「フィオリオとミアの命を無駄にしないために、あなたが死ぬ運命を選んだのに」


 ずっと。

 彼女はずっと、それだけしか考えていなかった。

 かつての仲間を殺した魔王軍への復讐。

 その元凶である魔王の死。

 ただ、それだけのために。

 メリィが必ず死ぬ運命を支えるために、ここまでやってきたというのに。


「どうしてお前が、救われようとしている」


 魔王軍のせいで苦しんだ人々をずっと見てきた。

 魔王軍によって魂を失った屍を、気が遠くなるほど埋めてきた。

 その憎しみを忘れたことなど、一度もない。

 復讐の炎は、一切くすぶってなどいない。

 だからこそ、許せない。


「この世界でお前だけは、救われちゃいけない! お前だけは絶対に、地獄の苦しみの中で死んでいくべきなんだッ!」


 大切な仲間を。

 愛する人を。

 祖国を。

 妹を。

 親友を。


 全てを苦しめる覚悟を持って、それ以上の痛みをメリィが背負うと言っていたから、この瞬間のために全てを捧げてきた。

 それなのに。

 あろうことかこの魔王は、救われようとしている。

 あれだけの罪を重ねてもなお、生きようとしている。


「許せない許せない許せない許せない!!!」


 髪をぐしゃぐしゃに掻き、全身を悶えさせて。

 言葉に出来ない咆哮じみた叫びを上げた。

 そんな様子を、ただ茫然とメリィは眺め、


「……ルル」


 きっとどこかで。

 ルルだけは自分の気持ちを理解してくれているのだと。

 全てを受け入れて、その上で手を貸してくれているのだと。

 淡い期待があったのだろう。

 しかし、ルルは心の底から拒絶し、否定する。


「もしかして、私のことを友達か何かだと思ってるの? 笑わせないで! お前のことはずっと死ねばいいと思ってた! いつも、いつでも!」

「…………、」

「六年前のあの日から、心の底から笑ったことなんてない。思わずあなたを殺そうとしたことも何度もあった。未来予知と反射がなきゃ、最初から殺してた」

「…………、」

「私はあなたを許さない。ここで必ず殺す。楽に死ねると思うなよ。簡単に罪を償えると思うなよ。世界はお前を認めない」


 メリィが返事をすることはできなかった。

 彼女にあるのは、純粋な絶望。

 本当の意味で自分が世界を裏切り、見捨てられたという実感。

 声も出すことができないメリィに対して、ハヤトは優しく、


「大丈夫だ、メリィ」


 世界から拒絶された少女の肩に手を置く。

 何があっても、自分だけは。

 彼女を肯定すると決めたのだから。


「俺が一緒に、背負ってやるから」

「……うん」


 弱い返事だった。

 だがそれでも。

 まだ生きたいと思ってくれているのなら。

 自分が命を懸けるには充分だ。

 ハヤトは拳を握って、目の前に立つ者たちへと叫ぶ。


「いいかお前ら! 俺が世界を救ってやる! だから道を開けやがれ!」


 当然、そんな要求が通るはずもない。

 返事すらもこなかった。

 メリィも不安そうにハヤトの手を握っている。

 しかし、ハヤトだけは笑って、


「安心しろ、メリィ。俺が『主人公』だっていうなら、きっと都合のいいことが起こるに決まってんだ」


 それは単なる虚勢だった。

 実際に打開策があるわけでもない。

 だが、こうやって胸を張らなければ何も進まない。

 勝つか負けるかではない。

 今やるべきは、ひたすらに前に進み、未来を切り開くことなのだから。


「さあ、かかってこいや世界! まとめて俺がぶん殴って――」



 ――ォォォォオオオオオオオオオオオッッッ!!!



 ハヤトの声が、謎の咆哮によって掻き消された。

 そして、その直後。


 ドガァァァアアアアンッッ!!! と。


 エストスの魔弾砲によって穴だらけになっていた壁が破壊された。

 そして入ってきたのは、赤黒い鱗で巨躯を覆い、強靭な爪と牙を携え、剛健な翼を生やし、鋭い眼光を光らせる圧倒的な存在感を放つ生物。

 間違いようのない。

 龍が、ドラゴンが、そこにいた。


いろいろやることがあって、三日に一度更新できるか分からないです。できる限り早く投稿できるようには頑張ります。感想とかいただけるとありがたいです。是非に。

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