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エピローグになるはずだった何か

 鈍い音が、空間を揺らす。

 勢いよく殴りつけたせいで、床は大破していた。

 だが。


「……どうして」


 ハヤトの拳は、メリィの顔の横を通り過ぎ、床を貫いていた。

 もうそこに魔王メリィはいない。

 いるのは死を待つだけのか弱い女の子だった。


「俺さ、思い出したんだよ。この世界で、何をしたかったのか」


 ハヤトは立ち上がり、振り返る。

 グレイもエリオルもエストスも魔族たちも、その行動に戸惑っていた。

 そんな彼らへまっすぐな視線を向けて、ハヤトは言う。


「ごめん。俺にはこいつのこと、殺せない」

「ふざけるな。なら、俺が殺す」


 一歩前へ出てきたグレイに対して、ハヤトは穏やかな声で、


「申し訳ないけど、メリィは殺させない」

「なに……?」


 グレイはあからさまに顔を歪ませた。

 次に口を開いたのはエストスだった。


「ハヤト。まずは理由を聞こう。その魔王を殺さないのはなぜだ」

「こいつのことを救ってやりたいって、思ったから」


 それだけだった。

 ただ、メリィを救いたいと思ったのだ。

 だが、当然その気持ちは理解されない。


「ハヤト。すまないが、その魔王は何人もの人を殺し、戦争を起こし、世界を混乱に招いた。さらにシアンも兵器として利用されているんだぞ。それでも君はその魔王を庇うというのか」

「ああ、そうだ」

「君とは価値観が合うし、戦う姿も勇ましいと思っていたが、さすがにこれだけは譲れないな。仲間として、君の間違いを正す必要がある」


 エストスは魔弾砲を構えた。

 今まで何度かふざけ半分で向けられたことはあったが、明確な敵意を持って銃を向けられたのは初めてだった。

 さすがエストスだ。睨みつけられただけで背筋が凍る。

 次いで声を上げたのはエリオルだった。


「正気なのかサイトウハヤト! そいつは魔王だぞ! 僕たちが倒すべき宿敵だ! それを守って何になる!」

「別に何かが欲しいわけじゃない」

「じゃあ、なぜ!」


 その問いに対し、ハヤトはこう答える。

 忘れてしまっていた、この世界にきた理由を。


「俺は全てを救うために、この力をもらったんだ」


 腰に巻いた鉄製のホルダーに入った、一冊の魔道書。

 いろいろなことがあってすっかり忘れていた。

 でも、触ればいつでも思い出せる。

 この世界で最初に救ったのは、魔族だった。

 この世界で最初に助けを求めてきたのは、人間だった。


「人間とか魔族とか勇者とか魔王とか、関係ないんだ」


 きっとこれは正しくない。

 正しいのはエストスたちで、メリィの決断で、間違っているのはハヤトだ。

 でも、だからなんだって、そう思った。

 最初に拳を握ったのは、正義とか悪とかそんな理由じゃなかったはずだ。


「目の前で女の子が泣いてるなら、助ける以外の選択肢なんてないんだよ」


 それはかつて、いつかの自分が言った言葉。

 思ってみれば、あのときと同じに感じた。

 規模が違うだけだ。ただみんなが笑えるためにどうすればいいのかを考えて、上手くいかなくて、それでも必死に正解を探して。

 そうして辿り着いた先で、目の前にいる女の子が泣いていた。

 人間か魔族かなんて、関係ない。


「いつの間にか、正義の味方になったつもりだった。俺は元々、そんなやつじゃなかったのに」


 この世界に来る前は、何もない人生だった。

 努力もせず、現状に甘んじ、何かを持っている人間に勝手に嫉妬して。

 死んで当然の人生だった。

 点数にしたらほんの五点。それなのに、ちょっとしたきっかけでこんな力を手に入れた。

 周りが評価をしてくれて、勘違いをしていた。


「俺はただ、目の前で辛い思いをしている人がいるなら、手を差し伸べてあげたいんだ。そのための力なんだ」


 ハヤトを見つめる者たちは、言葉を失っていた。

 気持ちが分かっても、理解ができないのだ。

 きっとそこにいるのがただの少女ならば納得しただろう。

 しかし、相手は魔王だ。


「笑えない冗談だな」


 グレイは一蹴した。

 敵意と殺意をむき出しにして、ハヤトへと迫っていく。

 むき出しの牙が今にもハヤトごとメリィを食いちぎろうとしていた。


「お前が突然どうしてそんなことを言い出したのかは分からないが、とにかくそいつを殺すことは確定だ。どうしてもどかないというのなら、殺すぞ」

「覚悟の上だ」

「それなら、遠慮はしないぞ」


 強靭な爪が振り上げられた。

 その場の誰も予期していなかった戦いが始まろうとしたその瞬間。


「もうやめてよッ!」


 叫んだのは、ちっぽけな少女だった。

 もうどこにも戦う力のない、魔王だった少女。

 世界中から憎まれ、命を狙われる少女。


「どうして余計なことをするの! これで終わりだったのに! ここまでは完璧だったのに!」


 あと一歩なのだ。

 その拳を振り下ろしてくれれば世界は平和になるのに。

 人間と魔族が歩み寄る未来が、目の前にあるのに。


「私を殺せばみんなが笑える未来が来る! それなのに躊躇う理由なんて一つも――」

「お前が笑ってねえじゃねえかッッ!!」

「――ぇ……?」


 断裂した時間の中で。

 この世界で彼らしか知らない会話があった。

 そこには悪の魔王なんていなくて。

 みんなが笑って暮らせる世界を夢見る、一人の少女がいた。

 卑しく嗤うのではない。ただ純粋に、子どもが将来の夢を語るような朗らかな顔で、平和を語っていた。

 そんな少女が笑顔になる権利すら、ないというのか。

 罪を償う機会すら、与えないというのか。


「世界中の人が笑顔になるっていうなら、どうしてお前は泣いてるんだよ! どうしてお前だけが背負わなきゃならないんだよ!」

「当たり前でしょ! 私のせいでこんなことになった! 私は救われちゃいけないんだ! 止められなかった責任をとらなきゃいけないんだ!」

「責任を取るのは当然だ! でもな、それはお前が救われちゃいけない理由はならないんだよ!」


 納得できなかった。

 この世界で誰よりも平和を望んだ張本人に、平和になった世界を生きる権利がないだなんて。

 メリィのやってきたことは、確かに許されることではない。

 でも、それをあんなに後悔して、苦しんで、悩み抜いた先にある結末がこんなものだっていうのなら。


「俺が救ってやる」


 これが、答えだった。

 だからハヤトははっきりと告げる。

 世界のために命を捨てようとした、一人の少女へ。


「俺がお前を救ってやる。この世界の全てを、敵に回しても」


 それがどれだけ険しい道のりかはよく分かっている。

 でも、それでも守ってあげたいと思える尊い笑顔があった。

 戦争を終わらせる。人間と魔族の溝を埋める。シアンの暴走を止める。

 やるべきことは、たくさんある。

 だが、何よりもまず、目の前で泣いているこの子を救ってあげたい。

 彼女を救って、それからちゃんと世界を救うのだ。

 それこそが本当の意味で全てを救うことだと思うから。


「お前を救って、世界も救って、平和になった未来を見せてやる。今まで苦しめてきた人々に、一緒に頭を下げてやる。この世界の全ての理不尽を、俺が退けてやる」


 彼女が生きてきた数百年の間、誰一人として手を差し伸べてくれた人はいなかっただろう。

 誰に助けを求めることも出来ず、魔王として戦うことしかできなかったのだろう。

 だから、せめて自分だけは。

 この非力な少女にこう言ってあげるべきなのだ。

 ハヤトはそっと、右手を差し出した。


「お前がまだ、ほんの少しでも死にたくないって、美味しいもの食べて、誰かと笑って、なんでもない毎日を過ごしたいと思ってるなら、この手を取ってくれ」


 自分の前に差し出された手を、メリィは呆然と見つめていた。

 誰に差し出されているのか分からないとでも言いたげな顔で。


「本当はずっと、待ってたんだろ。いつか誰かが、こう言ってくれる日を」


 誰にも言えなかった言葉を。

 誰にも言われなかった言葉を。

 言われずに死んでしまう運命だったのなら。

 そんなもの、変えてしまおう。


「お前は笑っていい。救われていい。地獄の果てまで付き合ってやる。だからさ」


 言わないでくれという顔をしていた。

 それを言われてしまったら、もう戻れないと確信していた。

 泣きながらメリィは首を振る。

 しかしそんなこと関係ないと、ハヤトは笑う。


「生きようぜ、メリィ」

「……ハヤト」


 ぽつりと、メリィは呟いた。

 涙で目を腫らしながら、唇を震わせて、必死に言葉を紡ぐ。

 精一杯に絞り出したたった一言。

 心の底に閉じ込めていた、ちっぽけな願い。

 力なく、それでも明確に。

 メリィはその手を、ハヤトへ伸ばした。


「……死にたくないよ……っ」


 それだけ聞ければ、十分だった。

 メリィの手を取ったハヤトは、少し笑って彼女の頭を優しく撫でた。


「安心しろ。必ず救ってやる」


 ハヤトはメリィから手を離すと、振り返って動きを止めていたグレイへ言う。


「悪いな。やっぱりこいつは殺させない」

「そうか。残念だ」


 凄まじい速度で爪が振り下ろされた。

 それを右手で弾いたハヤトは、渾身のパンチを繰り出した。

 咄嗟に片手でそれを防いだものの、衝撃に耐えきれずにグレイは後ろへと地面に足をつけたまま飛ばされる。

 エストスも少し引き金を引くことに悩んでいる様子だった。

 その隙にハヤトは両手でメリィを横抱きに抱える。


「行くぞ、メリィ」

「えっ、えっ? どこに……?」

「決まってんだろ。一緒に世界を救いに行くんだよ!」


 命を捨てようとする少女はもういない。

 彼女と一緒に逃げながら世界を救ってみせよう。

 そうしてようやく、全てを救えるのだ。


「最初っから絶体絶命だけど、絶対に守ってやるからな」

「うん……っ」


 ハヤトの腕の中で、メリィは小さく頷いた。

 楽な道ではない。

 だが、それを乗り越えた先に、必ずそれはあるはずだから。

 小さく武者震いしたハヤトは、不敵に笑った。


「さあ、この最高に愉快な異世界を救ってやろうじゃねえか!」


 最後に訪れる最高のハッピーエンドを手に入れるために。

 手始めに、この一人の少女を世界から救うことにしよう。


 これにて、第六章世界VS魔王メリィ編は終了です。

 おそらく最初の二話程度を投稿したあと、また少しだけ更新を止めると思います。そう長くはかからないと思います。ずっと書きたかったところなので。

 では、改めて。

 次回より最終章 欠陥魔道書と歩く愉快な異世界編です。

 細かいことはもう言いません。彼らとともに世界を巡り、全てを救うことにしましょう。

 ……ずっとそばにいてくれた、新たな仲間を加えて。


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