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第十八話「メリィグッドエンド」

「…………あ、れ……?」


 気が付いたときには、視界に映っている光景の全てが変わっていた。

 まるで時間が断裂したかのような感覚。

 数秒経って、ようやく脳が情報を処理し始めた。


「ここは……」


 場所は、メリィが時を止める前にいた魔王の玉座のある部屋。

 いつの間にか、ケーキを食べていた部屋から移動していた。

 ハヤトはキョロキョロと周囲を見渡す。

 視線の先に、いない。

 魔王メリィが、見えない。

 逃げられたのかもしれないという不安にハヤトが駆られた瞬間、後方からけたたましい音が響いた。

 扉が周囲の壁ごと破壊された音だと、振り返ってから気づいた。


「な、なんだ!?」


 視界に映ったのは、想像とは違う光景。

 エストスが援護に来てくれたのだと最初は思った。

 しかし。


「なんで、お前たちが……?」


 そこにいたのは、魔王軍幹部のグレイと勇者の弟エリオル=フォールアルド。そして、エストスとこの部屋の入り口を守っていた魔族たち。

 種族もなにも関係のなく、彼らはそこにいた。


「私も正直よくわかっていないんだ。いつの間にか、全員でこの扉を破っていた」


 外部の状況が分かっていないエストスには、現状を把握するための情報が少なすぎるようだ。

 ハヤトほどではないが、戸惑った顔でエストスは言った。

 そして、エストスの横にいたグレイが口を開く。


「本当はこの手で魔王を殺そうと思っていたところだったが、その必要もないみたいだな」

「何を、言ってるんだ……?」


 困惑したハヤトが声を絞り出すと、グレイの横にいたエリオルがこちらを指差した。


「それはこっちのセリフだ。お前が魔王をそこまで追い込んだのだろう?」

「……え?」


 ぎこちない動きで、ハヤトは視線を指の差す先へ向けた。

 どうりで、見渡しても見つからなかったわけだ。

 メリィはハヤトの目の前で、両手を広げて倒れていたのだから。


「どうなってんだよ、これ」


 思わず、ハヤトはそう呟いた。

 止まった時間の中でメリィと話して、もう戦う意思はないと思っていた。

 だからもう、メリィが降参をしておしまいだと。

 そう、思っていたのに。


「……本当に、残念だなぁ」


 そんなことを、メリィは呟いた。

 本当は傷一つないはずなのに。

 もう少しも動けないかのような素振りで。


「こんなところで終わっちゃうなんて残念だなぁ! もう少しで全部が上手くいったのになぁ!」


 そんな叫びが。

 ハヤトの耳を右から左へと通り抜けていった。

 だが、グレイは怒りをあらわにして、


「本当に、俺たちごと殺すつもりだったのか……!」


 震える声。

 メリィは笑顔で、それにこたえる。


「そうだよ! みんながいなくなるのが、一番平和になるだろうから!」

「そんなくだらない理想のために、シアンを使ったのか」

「もちろん!」

「キサマ……ッ!」


 まるで、数分前までの自分を見ているようだった。

 怒りに顔を歪ませるグレイは、ハヤトを睨みつけた。


「おい、サイトウハヤト。さっさととどめを差せ。時間が勿体ない」

「…………あ?」


 その言葉を、ハヤトは理解できなかった。

 頭の中で改めて言葉を反芻させていると、他からも声が上がる。


「ここまで来て何もしないというのは少し残念だが、今回の手柄はお前にくれてやろう! なにせ僕は勇者だからな!」

「君の怒りはよく分かっているよ。だがまあ、もし嫌なら私がその役目を引き受けても構わないよ。私の手は既に汚れているからね」

「…………、」


 体が浮いているような感覚だった。

 だが、ハヤトの思考が追い付くよりも先に、さらなる声が飛ぶ。


「我ら魔族を破滅させようと謀り裏切った、憎き魔王を殺せ!」

「そうだ! 我等では勝てなくても、あのサイトウハヤトならば!」


 声を上げたのは、部屋を守っていた魔族たち。

 魔族も人間も、全員が横並びなっていた。

 全ての命が一つになって、たった一人の少女を敵とみなして立っていた。


「まさか……」


 まるで頭に電流が走ったかのような感覚だった。

 どうしてこんなことに気づかなかったのだろう。

 メリィの目的は。

 シアンを暴走させ、魔族と人間を見境なく苦しめ、その混沌の中で両者の隔たりをなくすこと。

 ではない。

 真の目的は、その先にあったのだ。


「お前の言っていた、『主人公』って、そういうことなのか……?」

「…………あははっ」


 メリィは、笑っていた。

 そうしている間にも、後ろから魔王を殺せという声が響く。


「ずっと、これを目指してきたっていうのか……!?」


 最初から。

 世界を平和にすると決心をした、その瞬間から。


「メリィを殺せ!」

「魔王を殺せッ!」


 人間と魔族の両者から同格の怒りを一人で背負い込むことで。

 この世界の悪を魔族や人間ではなく、メリィという個人に向けることで。

 共通の敵を作り、人間と魔族の隔たりを埋める。

 それが、今までメリィがやってきたこと。

 肝心なのは、その先だ。


「そんなことを、考えて生きてきたのか……?」


 出来上がった共通の敵。

 では、それを殺すのは誰か。

 魔族が殺せば、また新たな魔王が生まれる。

 人間が殺せば、また魔族は極東へ追いやられる。

 だからこそ、サイトウハヤトだった。

 どこからともなくこの世界に現れ、人も魔族も関係なく手を差し伸べ、国にも魔王軍にも属さなかった完全なる第三者。

 人間と魔族は仲良くできると、胸を張って主張できる説得力と強さを持つ者。

 それが、メリィの設定した『主人公』。

 そしてこれが『主人公』に課せられた最後の使命。


「ここで俺がお前を殺して、完結だって。そう、言うつもりか」


 魔王メリィが全てを懸けて描いた物語、その終点。

 最後まで全てを裏切り、最悪の魔王として君臨し、殺される。

 そうして諸悪の根源が消え、人間と魔族は歩み寄る。

 ここまで含めた筋書きが、サイトウハヤトが『主人公』の物語。

 だからメリィは時の止まった世界であんなことを言ったのだ。


 こんな大きなものを、メリィはハヤトに背負わせる気だった。

 メリィを殺し、人間と魔族は仲良くできるのだと。

 今こうして、横並びになって一つの目標を目指せたではないかと。

 そう言って、世界に本当の平和をもたらす。

 異常な重圧が、突然全身に襲い掛かる。

 体重が倍になったかのような感覚だった。


「それで、いいのか」


 本心から出た言葉だった。

 ハヤトのそんな呟きに、メリィは大声でこう返す。


「あーあ! 残念だなぁ! 名残惜しいなぁ! まだまだやりたいことはたくさんあったのになぁ!」


 瞳に涙を浮かべながら、メリィは叫んでいた。

 目からどうにか涙を溢さないように、唇を血が滲むほど噛み締めていた。


「ここで終わりなのはとっても悔しいけど、ここまで来たら覚悟を決めるしかないなぁ!」


 周囲はまるで汚物を見るような目でメリィを見ていた。

 ここまで追い込まれてもなお、人間も魔族も根絶やしにしてやろうとする悪意に満ちた魔王。

 だが、しかし。

 他人からは魔王の負け惜しみのように聞こえるこの叫びが。

 ハヤトにだけは、全く別の意味に聞こえてしまって。


「そうやって、戦ってきたのか」


 本当は強くなんてないのだと言っていた。

 それでも魔王という皮を被り続けてきたのだ。

 この瞬間のためだけに。

 サイトウハヤトに殺されるためだけに。

 ならば、今やるべきことはやはり。


 ハヤトは拳を握りしめた。

 体中に力が入る。

 怒りというよりも、使命を感じた。

 拳を振り上げる。だが、下ろせない。

 腕が震える。メリィを殺すことを、ためらっている自分がいた。


「早くしろ、サイトウハヤト。やらないというのなら、俺がやる」


 グレイの低い声が響く。

 シアンを暴走させたことによる怒りで、もしグレイが手にかけようものならメリィは見るも無残な姿になるまでボロボロにされるだろう。

 それにメリィが課した使命のためにも、自分の手で殺さなくてはならない。

 背中からだけでもハヤトの迷いを察したのだろう。

 エストスが優しい声色でハヤトに話しかけた。


「君が相手の命を奪うことに抵抗を覚える気持ちはよくわかる。しかし、相手は魔王だ。君がここに来た理由と意味を思い出すといい」

「ここにきた、理由」


 きっとそれは、魔王を討つことへ背中を押すための言葉だったのだろう。

 かつて彼女も、理想のために命を奪ったことのある身だったから。

 だからハヤトは、その場で目をつむった。

 視界が闇に染まった瞬間、これまでの全てが走馬灯のように駆け巡った。


 この魔王城に来たときのこと。

 ランドブルク。ドルボザ。ドーザ。

 スワレアラの王都。エルフの里。スタラトの町。

 長いようであっという間だった異世界での生活。

 たくさん戦ってきた。たくさん拳を握ってきた。

 その理由。その意味。

 最初に拳を握ろうと思った、その原点。


「……ああ、そうだった。そうだったよ」


 そう、ハヤトは呟いた。

 メリィを見下ろすその目に、もう迷いはなかった。


「俺はそのために、この世界に来たんだった」


 やるべきことは、覚悟は、決まった。

 もう、どこにも迷いはない。

 揺らぐことのない決意を持って。



 サイトウハヤトは、握りしめた拳を振り下ろした。


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