第十七話「メリィバッドエンド」
そして。
マゼンタとアスルがドーザを目指し、リヴィアたちがレアドを討ち、グレイとエリオルが魔王城へと到着したことで。
ようやく遡った時が現在へとつながる。
ハヤトはゆっくりと進んでいく。
魔王のいる部屋へと魔族たちが案内し、エストスはきっと外で戦っているはずだった。
やるべきことは、魔王メリィを倒すこと。
それだけを考えればいい。
「……また会ったな、メリィ」
「うん! 会いたかったよ、ハヤトくん!」
ゴテゴテとした装飾がなされた大きな玉座に、メリィはちょこんと座っていた。
まるで久しぶりに会った友人の元へと向かうような顔だった。
警戒心など一切感じさせない素振りで、メリィはハヤトの元へ歩く。
「ねえねえ、ハヤトくん。今、世界がどんなことになっているか知っている?」
「お前が宣戦布告の約束を無視して世界中で魔王軍を暴れさせてるってことか」
「う~ん、それは一昨日までの話だね! 実は、世界はもっとめちゃくちゃになっているのです!」
ビシッと人差し指を立ててメリィは言った。
だが、この部屋の外にグレイがエリオルとともに来ていることも、シアンが神喰化して暴走していることも、ハヤトは知らないのだ。
だからメリィは、笑顔でハヤトに説明する。
「私ね、魔王軍も敵に回しちゃった☆」
「…………は?」
ハヤトは耳を疑った。
何の目的があって、そんなことをする必要がある。
魔族が極東以外でも生活できるように戦争で土地を奪い取る、ならまだわかる。
なのに魔族を敵に回したら、それこそ意味がないではないか。
「多分もう、マゼンタとかは気づいてるんじゃないかなぁ。分かりやすく意味ありげな言葉をたくさん言ったつもりだし」
「おい、待てよ。何言ってんだ」
「私ね、前にハヤトくんに会ったとき、この世界を住みやすくしたいって言ったでしょ?」
それは覚えがある。
メリィと始めてスワレアラの王都で会ったときだ。
ひたすら気味悪く、理解ができないとしか思えなかったが。
「だからね、一旦この世界の人間と魔族のほとんどを殺しちゃえばいいって思ったんだ」
「なに、を……」
「だってさ、だってさ、人間と魔族がいたら、絶対に争いが起こるんだよ? 何百年もそれを見てきた私が言うんだから間違いない。うん、間違いない」
うんうんと頷きながら、メリィは続ける。
「でもさ、やっぱりこの世界には強い人間も魔族もいるから、簡単に全滅なんて狙えないわけですよ、はい」
当然だ。今までこの世界を旅してきて、いくらでも強い相手なら見てきた。
人間でも、魔族でも。
ハヤトはまだ敗北をしたことはないが、今までの敵が束になって攻撃してきたら、勝てる気はしなかった。
「そこで、シアンの出番です!」
「どうして、そこでシアンが出てくるんだ」
「シアンはね、魔族の中でも貴重な女神の力を受け入れる器を持つ子なんだよ」
魔族にとって、女神の魔力は毒のようなものだ。
実際、かつてリリナがハヤトの血を飲んだときは、聖水を血で割ったようなものだと、毒として扱っていたはずだ。
それなのに、シアンは好物のようにハヤトの血を飲み続けた。
あの魔道書によって全身に女神の魔力が宿っているハヤトの血を、だ。
「それで私は、かつて女神リアナからもらった力をシアンに流し込んで暴走させた。今のシアンは、見境なく魔力の宿る生物を襲うただの獣だよ」
「……ちょっと待てよ」
ハヤトはこめかみの血管を浮き上がらせてメリィの胸ぐらをつかんだ。
「ふざけるな! シアンを道具として扱ったっていうのか! 暴走させたってなんだ! 俺がお前に勝ったら、シアンを返すって言ってたじゃないか!」
「うん。全部嘘だよ。シアンの暴走は止まらない。あの子は死ぬまで世界中の命を奪い続ける」
「メリィイイイイイ!!!!!!」
ハヤトはメリィの胸倉をつかんだまま、叩きつけるように放り投げた。
抵抗もせずに、メリィは地面を転がる。
「あいつが今までどんな気持ちで戦ってきたと思ってんだ! 善も悪も知らないまま人を殺し続けてきて、ようやく命を奪うことの重みを知って、少しでも贖罪をしたいからって戦ってきたんだぞ! それなのにお前は、そんなシアンの覚悟と願いを奪ったっていうのか!!!!!」
「うん。そうだよ。私が全て奪って、私が全部を裏切った」
少しふらつきながらも立ち上がり、メリィは言った。
ハヤトと出会ってようやく知った命の尊さ。
それを奪ってきたことへの罪の意識。
誰かを守るために戦いたいという願い。
その全てを、この魔王は壊したというのか。
「私のことなんて、許さなくていい。肝心なのは、その先だから」
「なに……?」
「確かに私はシアンの暴走を止める方法を知らない。だから、放っておけば死ぬまであのまま。でも、元に戻る可能性がないわけじゃない」
「どういうことだ」
「ハヤトくんが、助けてあげて。この戦いが終わったあとで」
乾ききって、力のない笑顔だった。
まるで、何かに押しつぶされそうな。
「こうするしかなかったんだぁ。たくさん考えたんだけど、これしか私には思いつかなかったから」
泣きそうな声で、メリィは言った。
「こんな間違った方法で何を言ってんだよ。どれだけの人が苦しんだと思ってる」
「うん。知ってる。だから、そのためにハヤトくんがいるんだよ」
意味が分からなかった。
こいつは今、俺になにを望んでいるんだ。
俺が勝てば、メリィの企みは全て水を泡だ。
なのに、まるでそれを望んでいるような。
「何百年にも渡り、人間と魔族は敵同士でした。ですが、魔王メリィはその全てが邪魔になって、人間も魔族をまとめて殺してしまおうと考えたのです」
まるで、昔話でもするかのような口調でメリィは語る。
「魔王は部下たちを裏切り、世界中の人々を殺すために動き出しました。しかしそこに、救世主が現れたのです」
メリィは笑って、ハヤトを見た。
「これが、この世界の歴史になる。そして、あなたが私の待ち望んだ『主人公』」
意味が分からなかった。
しかしメリィは満足そうな顔でハヤトの元に歩み寄る。
「これにて、世界が知るべき表の歴史は一区切り。説明お~わりっ!」
ハヤトの目の前に立ったメリィは、ハヤトへと手を伸ばして、
「じゃあ、ハヤトくん。ちょっとだけ、デートしようか」
メリィがハヤトの手を取った瞬間、二人を除く世界の全てが停止した。




