第十六話「勇者の血筋」
時はわずかに遡り、レイミアがリヴィアの元へ向かう少し前のこと。
場所はスワレアラ国王都、国立魔法学校の図書室。
そこの椅子に腰かけるのは、歳は違えど背丈がほぼ同じ二人の男女。
「んで、勇者くんの弟くんが私になんのようなのかな~?」
ふわふわとした声で言ったのは、重たい青い髪と気の抜けた瞳が特徴的なスワレアラ国騎士団長、レイミアだった。
その向かいに座るのは、レイミアの髪よりも濃い青色をした防具を身に着けた少年。
「こんなときにすまない。だが、どうしても知りたいのだ。僕の力の正体について」
つい先ほど、魔王軍が約束を破ってスワレアラへの攻撃を開始したという知らせが回っていた。
レイミアにも仕事があるはずだが、今は防衛線を張って守りを固めれば十分だと、少しだけ話をする時間をもらったのだった。
だから、エリオルはグレイのときに使った力が何だったのかを見極めるためにここに来た。強くなるためには、自分の力を正しく知っておく必要がある。
「いいけど、答えたらちゃんと力になってもらうからね~」
「ああ、もちろんだ」
当然、エリオルもタダでレイミアの時間を奪うつもりはない。
スワレアラでの防衛線に加わることを条件に、エリオルはこの場にいた。
「それじゃあ言質取ったことだし、調べよっか」
そう言うと、レイミアは両手を広げてエリオルに行動を促す。
まずはその目で見てから、ということのようだ。
エリオルはふうと息を吐いてから剣を抜き、それを上へと掲げた。
その瞬間。
「わお」
エリオルの剣の先へ、どこからともなく白い光が稲妻のように現れた。
あまりにも怪奇な現象に、レイミアは目を丸くする。
剣に届いた白い光をじっと見つめて、エリオルは口を開く。
「【勇者の煌剣】《天使》」
輪郭のはっきりしていなかった白い光が凝縮されて細長い剣となり、さらに彼の背中から彼の身長の半分はくだらない翼が二つ、生き物のように生えていた。
興味津々な顔で椅子から降りたレイミアは、エリオルの翼をちょんちょんと触る。
「すごーい。ちゃんと羽根だね~。思ったよりも柔らかいけど、魔力が凝縮されているから防御しても使えそうだね~」
「この白い魔力は、一体どういうものなんだ。自分の魔力という感覚がないんだ」
「だろうね~。さっきの光もそうだけど、明らかに外部から力をもらってるみたいだからね」
ちょこちょこと歩くレイミアは、本棚へと歩いて一冊の本を取ってもどってきた。
「ちょっとこれ、見てもらえるかな」
「ん、なんだこれは」
エリオルは白い翼を折りたたんで本を覗き込む。
そこに書かれていたのは、魔法についての記述ではなく、歴史だった。
「君の力さ、多分女神リアナの魔力を使ってるんだよ」
「女神リアナ……?」
「今はもうリーンリアラでしか知られていない女神だからね~。歴史書とかちゃんと読み込んでいる人じゃないと知らないよね~」
「その女神リアナという者が、僕に力を?」
「うん。少し前に、すっごい頭のいい人と話す機会があって、いろいろ聞いたんだよね~」
レイミアは、ハヤトがドーザに飛ばされ、エストスたちが迎えに行くまでの間で様々なことを聞いていた。
当時のスワレアラのことや、女神リアナのこと。
そして、女神リアナが数百年前にこの世界に降り立ち、数人の人間や魔族に力を与えたということ。だが、そこでレイミアは疑問を抱いたのだ。
どうして、それだけの力を与えておきながら、今の世界にはまったくその名を聞かないのか。
「多分ね、女神リアナはこの世界に直接干渉ができなくなったんだと思う」
歴史を見る限り、エストスたちに力を与える前は自らの手で人々を助け、信者を増やしていたらしい。
だが、エストスたちに力を渡してすぐ、女神リアナは歴史から消えた。
エストスから話を聞く限り、力を渡したときにしばらく会えなくなるとは言っていたらしいが、おそらくそれが理由だろう。
「でも、どうにかして魔王が人々を苦しめる状態を打破したいと考えた女神はきっと、こんなことを考える」
「僕たちに、間接的に魔力を送る……?」
「あれ、意外と理解が早いね。んじゃあ、続き」
レイミアは開いていた歴史書をとんとんと叩いて、
「君、出身は?」
「リーンリアラだ」
「やっぱりね。きっと、女神リアナは自分がこの世界にいられなくなるってことを予想して、世界へと干渉できる媒体を残していたんだと思う」
「それが、僕だと?」
「正確に言うなら、君たちの一族だね」
どこかで、彼の兄である勇者アルベルも同じような光を扱って攻撃を放つことができるらしいということを聞いた。エリオルの翼を見る限り、彼も同じ原理のはずだ。
リーンリアラには、女神リアナが拠点していた場所の跡地である女神の祭壇がある。ということは、そこにいた一族に何かしらの力を与え、力を求めたときに剣を伝って魔力を渡していたということだ。
「勇者アルベルは、フォールアルドとして生まれた時点で勇者だったわけだ」
「なら、僕も勇者ということだな!」
「その力を使いこなせば、そう言ってもらえるようになるかもね~」
へらへらと笑いながら、レイミアは言った。
「でも、女神の魔力の質と量でいいたら、ハヤトくんが持っていた魔道書が一番すごかったね~。あれ多分、そのうち魔力がすごすぎて勝手に動くんじゃないの~」
「それはその、笑うべきなのか」
「半分冗談で半分本気だよ~。女神の魔力の可能性を体験している君なら、よくわかってるんじゃないかな?」
「まあ、そうだな」
レイミアの独特な雰囲気にエリオルは言葉を詰まらせた。
と、突然図書室の扉が開かれた。
「レイミア様! 王都内に魔王軍幹部と思われる敵が現れました!」
「……わかった、すぐに行くね~」
レイミアは立ち上がるとエリオルの肩に手を置いて、
「ちょっとその翼で空を飛んで、敵のところまで飛んで行ってもらっていいかな~。道中でもう少しだけ話したいから」
「ああ、わかった」
図書室から出てすぐに、エリオルはレイミアを抱えて翼を広げた。
魔法学校の中庭から、小さな天使が上空へと舞い上がる。
風をかき分けながら、猛スピードで滑空していく中で、レイミアは楽しそうに、
「さすがだね~、女神の力って」
「それで、話したいこととはなんだ」
「うん。その力についての説明はしたけど、どう使ったらいいのかってことは言ってなかったでしょ?」
「そんなものがあるのか? 僕はそこまで考えてこの力を使っていないのだが」
「そりゃあ、一族にスキルとして遺伝してるんだから感覚で扱えるでしょ~。でもね、スキルってのは訓練すればもっと上手に扱えるようになるんだよ」
かつて自分のスキルを制御しきれずにクリファを傷つけてしまったレイミアだからこそ言えることだった。
元々自分の力とはいえ、使っているのは女神の魔力。
いわば借り物の力だ。それを自分のものとして扱うというのは少し不自然ではないだろうか。
「それが女神の力だって自覚できた以上、君はそれの力を外部のものだと思って扱った方がいい。もっと繊細に、もっと入念に、女神の魔力を感じて、知って、扱えば、きっと今よりももっと強くなれる」
「……本当か?」
「すぐに、とは保証できないけど、必ず強くなれるよ」
「なら、努力しよう」
「うんうん。努力、大事だよね~」
そうやってレイミアが頷いている間に、魔王軍幹部のいるという場所までやってきた。
暴れているのは、灰色の獣。
その姿には、見覚えがあった。
「あいつか……!」
エリオルはすぐに高度を下げて地上へ下りると、白い光をまとった剣を構えた。
「こんなに早くお前と会うことになるとはな、魔王軍幹部の……」
「グレイだ。そういえば、名乗っていなかったな」
低い声を響かせて、グレイは言った。
その横で、レイミアもまっすぐに立つ。
「せっかくの再会に水を差すようで悪いけど、素直に一対一をやらせるつもりはないよ。全力でやらせてもらうからね」
そう言って、レイミアがスキルを使って左の手に風を、右の手に炎を宿した直後だった。
臨戦態勢だったグレイが、ピクリと動いた。
「……少しまて。妻から連絡だ」
「…………、」
あまりにも素直にそう言ってきたため、二人は呆然とその場に立っていた。
どこからともなく取り出した手鏡を使って、グレイは会話を始める。
何を話しているのかは聞こえないが、グレイの表情に焦りと動揺が伺えた。
そして、会話を終えると、グレイは顔を上げて、
「事情が変わった。スワレアラへの攻撃をすべて中断する」
「……何を、言っている」
戸惑うエリオルを無視して、グレイは声を張り上げた。
「魔王軍全員に告ぐ! 魔王メリィは我らを裏切り、魔族もろとも世界を滅ぼす計画を立てていた! 直ちに魔王城へとも戻り、魔王を討伐し、魔族への攻撃を止めさせる!」
その言葉に、レイミアとエリオルは耳を疑った。
元々魔王を倒すという方針で四つの国がまとまった矢先に、魔王軍の部下すら標的を魔王へと変えてしまった。
だが、そんなことがありえるのか。
「罠って可能性もあるよね。まだ警戒は解かないよ」
「なんでもいい。この国から出ようとする魔族や魔物には手を出すな。それだけでいい。攻撃をしたら反撃して構わない」
「……本気だったら本気で、余計に信じられないけどなぁ」
「俺だってマゼンタからの言葉でなければ信じていなかった」
それだけ言ったグレイは、その場で踵を返した。
しかし、その背中をエリオルが引き留める。
「ま、待て!」
「なんだ。お前に構っている暇はなくなった。魔王を殺したらまた来る。そのときに戦ってやろう」
「違う。僕も、魔王城へ連れていけ」
「……なに?」
グレイは眉間にしわを寄せた。
エリオルは隣にいるレイミアへと視線を移して、
「こいつらがスワレアラを攻撃しないのなら、僕の前線に加わるという約束もなくなるということでいいか」
「う~ん。さすがにそれだと勿体ないから、今度何か一つお願いきいてもらってもいい?」
「構わない。ありがとう」
ペコリと頭を下げたエリオルは、グレイの元へ歩いて、
「僕の翼を使えば、極東まで一日で着く」
「……なるほどな。まったく面倒なガキに目を付けられたものだ」
はあ、とため息を吐いたグレイは、魔力によって体を変形させ、エリオルよりも小さな体をした少年へと姿を変えた。
「これで運べるか」
「おお!? な、なんだその姿は……」
「空を飛んでいくのだろう。この方が都合がいいだろう」
「そ、それはそうだが……」
急に自分よりも小さな背丈になって、エリオルは目に見えて動揺していた。
心なしか、レイミアも自分よりもグレイの身長が低くなった姿を見て嬉しそうだった。
「ほら、さっさと運べ。時間がない」
「わ、わかった」
躊躇いながらも、少年姿のグレイを抱っこしたエリオルは、翼を大きく羽ばたかせた。
足が地面から離れたところで、エリオルは振り返って、
「次はこの力を使いこなせるようになって戻ってこよう」
「うん。頑張ってね~」
緩んだ笑みで手を振って、レイミアはエリオルを送り出した。
視線を下ろすと、本当に魔族や魔物が引き上げていく。
どうやら、本当に魔王を討つつもりのようだ。
戦争がなくなったのはいいことなのだが、なにやら悪い予感がした。
頭の回転が速い天才レイミアはその違和感に気づいた。
「ラディアのほうは、多分魔王のこと、伝わってないよね」
エルフの里が襲われているという連絡があった瞬間、ラディアを部隊長にして里へと送ったのだ。
負けることはないと思うが、無益な戦いだ。
すぐに使者を送り、戦いをやめさせて――
「レ、レイミア様!」
「ん~、どうしたの? 怪我人とかかな~」
「い、いえ! ただいま、ラディア副騎士団長からの伝達が届きまして」
「……内容は?」
「それが、正体不明の敵が現れ、苦戦していると――」
兵士からの言葉が終わるより先に、レイミアはスキルを使って風を生み出し、空へと飛び上がった。
「怪我人はすぐに医療室へ! 国民に事情を説明するのは後日でいいから、今日一日は警戒を解かずに待機命令を! 撤退している魔族と魔物には手を出さず、守りを固めることを重視!」
「は、はいッ!」
クリファがランドブルクへと行ってしまっている今、全体へと指示を出せる人物はそうはいない。
留守の間は前国王のランドロランに任せればいいが、兵士たちへの指示はレイミアが出さなければならない。
すべての指示を終えたレイミアは、全速力でエルフの里の方へと向かう。
「絶対に死なないでね、ラディア……!」
小さく呟いて、レイミアは高速で空を進んでいった。
次の話から時間が現在へと追い付きます。
すべてを敵に回したメリィとの邂逅を果たすハヤトに、メリィが告げた言葉とは。
今回は短めで、あと数話で六章が終わります。その次が最終章です。どうか最後までお付き合いをお願いします。




