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第十三話「罪滅ぼし」

 スワレアラ国の南側に位置するスタラトの町から馬車で一時間ほどの場所にある山の中に、ポツンと一つの里が存在する。

 そこはスワレアラの人々は決して近寄らない、嫌われた場所。

 大昔にあった奴隷制度の犠牲となったエルフを筆頭に、住む場所を失った人々や魔族が暮らす小さな里。

 人々はそこを、エルフの里と呼んだ。

 誰とも関わらないがゆえに平和だったその里では、時折迷い込んでくる魔物を撃退するだけで十分といえるはずだった。

 しかし、


「なんなの、この量は……!」


 鮮やかな緑色の髪をポニーテールに結びあげたエルフの女剣士、エリヴィア=ハーフェンは肩で息をしながら言った。

 美しい白肌には大量の汗が滲み、均整のとれた顔は疲れで歪んでいた。

 スワレアラの至る所で魔物と魔族が暴れているという話をさきほど聞いたが、その余波がエルフの里にもやってきていた。

 低く見積もっても普段の数十倍の魔物たちが溢れている。


「多対一は得意だけど、これはさすがに疲れるよ……!」


 エルフの里には戦闘要員は少ない。

 この山のふもとで魔物を押さえなければ、戦えない里の人たちは一たまりもない。

 負けるわけにはいかないのだ。


「【颶風エルゲイル】ッ!」


 エリヴィアの握る剣が、緑色の風で覆われ倍以上の長さにまで伸びて魔物たちを薙ぎ払う。

 しかし、斬っても斬っても魔物はいなくならない。


「お姉ちゃん、大丈夫!?」


 ふわりとエリヴィアの横へ空中から降りてきたのは妹のリヴィアだ。

 彼女も少し離れた位置で戦っていたが、その量に苦しんでエリヴィアと合流をしたようだ。

 このエルフの姉妹がいなければ、エルフの里は魔物の波にのまれてしまう。


「頑張ろう、リヴィア。少しくらいなら里のみんなが倒してくれるはずだから、私たちはとにかく数を減らそう」

「ふっふっふ。このリヴィア=ハーフェンに不可能などなし! 必ずあの獣どもを討ち取ってみせよう!」


 リヴィアは声を上げて、強引に気持ちを高ぶらせる。

 互いに顔を見るだけで疲弊していることは分かっている。

 それでも、守りぬかなければならないのだ。

 握力がなくなってきている状況でも、必死に剣を握りしめてエリヴィアは魔物を倒していく。

 しかし、それも長くは続かない。


「……ちくしょう」


 魔物が強いわけではない。

 それでも、何百という数を相手にすれば次第に体力が底をつく。

 剣を振ったときに、力が入らず遠くへ放り投げてしまったのだ。

 カラカラと、剣が転がる音が響く。


「お姉ちゃん!」

「私はいい! とにかく魔物の量を減らしなさい!」


 叫んだエリヴィアは、予備の短剣を抜いて構える。

 守りぬいてみせる。

 数か月前にこの里を守ってくれた、あの青年のように。

 覚悟を決めたエリヴィアが、決死の特攻を始めようとした瞬間だった。


「せァア!」


 ザンッ! と、目の前にいた魔物が大剣で両断された。

 いつの間にいたのは自分よりも数段大きな体をした女剣士。


「あなたは……」

「よく二人で耐えてくれた。後は私たちに任せてくれ」


 白い短髪の隙間から、女剣士の優しい瞳が見えた。

 直後、凄まじいスピードで女剣士は魔物たちを蹂躙していく。

 そのときにエリヴィアは、女剣士の鎧にスワレアラの国章が刻まれているのを見た。


「どうして、スワレアラが……?」


 数百年前、スワレアラがエルフたちを奴隷として酷使していたことによって、エミラディオート一族による奴隷解放以降、両者は一切の関わりを絶って暮らしてきた。

 スワレアラの領土内にエルフの里があるとはいえ、スワレアラ側はずっとそれをないものとして扱ってきたのだ。

 それなのに、どうして。


 「私はスワレアラ国騎士副団長ラディア=ミエナリア。私たちは、罪滅ぼしをしにきた」


それだけ言って、白髪の女剣士はその場で大剣を掲げた。

 エリヴィアの視線がそれによって上がった瞬間、彼女の視界に大量の兵士が映った。

 何十……いや、百はくだらない兵士たちがここに来ていた。


「かつて我々スワレアラは、私利私欲のために彼らを虐げ、迫害し、解放ののちもこの辺境においやった! さらにはその罪を忘れ、素知らぬ顔で今日まで過ごしてきた! だが、それでいいわけがない! 時間だけで私たちの贖罪は果たされない! 両者を隔てる巨大な溝を、埋めていこうではないか! 彼らもこのスワレアラの土地に住む以上、誇り高きスワレアラの一員であるのだから!」


 ラディアが声を張り上げると、それを聞いた兵士たちが一斉に鬨の声を上げた。

 士気の高まった兵士たちは、大量の魔物たちをさらに物量で押していく。

 呆気に取られたエリヴィアは、その場で魔物たちが倒されていくところを眺めていた。


「名は、なんという。エルフの剣士」

「エ、エリヴィア=ハーフェン」

「そうか。いい名だ」


 そう言って、ラディアは優しく笑った。


「これでスワレアラの犯した罪がなくなるとは思っていない。だが、少しずつでも歩み寄ってきてほしい。私たちも時間をかけて、贖罪をしていくつもりだから」


 普通ならば、そう簡単に信用などしないだろう。

 だが、エリヴィアは違う。

 敵の敵意の数と質によって身体能力を高めるスキル【敵対心に抱擁を(オディウムアルメン)】によって、エリヴィアは相手が自分に対して敵意を持っているのかどうかが判断できるのだ。

 だから分かる。この女剣士が、心の底から自分たちに歩み寄ろうとしていることが。


「……信じます。あなたたちのことを。みんなが許すと言ってくれることはないだろうけど、私が架け橋になります。ともに、戦ってください」

「ああ。もちろんだッ!」


 きっと、時間はかかる。

 しかし、確実に。

 数百年前に作られた大きな隔たりが、埋まろうとしていた。

 そして、スワレアラとエルフの剣士が背中を合わせた直後。


「――ッ!?」


 その気配をいち早く感じ取ったのは、エリヴィアだった。

 全身が潰されそうなほどの圧力を感じる。

 ただの敵意と殺意でこの規模なんてありえるのか。

 とにかく、危険であることには変わりない。


「ラディア! 北東方向に異様な気配がする! すぐに兵士を逃がして!」

「わかったッ!」


 魔物を斬り倒して視界を開き、ラディアが部隊に命令を出そうとした瞬間。


「アァァァァアアアアアアァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」


 その咆哮によって、空気が震えた。

 直後、その叫び声がした辺りで魔物と兵士がどちらも吹き飛ばされて宙を舞った。


「全員! あれから距離を取れッ! 余裕のあるものは怪我人を安全な場所まで運べ!」


 ラディアとエリヴィアは謎の敵の方へと走っていく。

 そうして、すぐに敵の全貌が見えた。


「な、に……あれ」


 それを人と呼ぶには、あまりにも歪だった。

 背中には巨大な翼。

両手の先には強靭な爪。

 足は獣のように筋肉で太くなっていた。

 なのに、その中心には人の頭があるのだ。


「あの顔は、確か……!」


 その顔に、ラディアは見覚えがあった。

 金色の短髪。整った顔だしの青年。

 数か月前、サイトウハヤトをドーザへと送ったテレポート使い。

 魔王軍幹部の、名はレアドか。


「やつは魔王軍幹部だ! 剣に自信のないものは後方へ回れ! 死ぬぞ!」

「あれは私たちで倒すしかないね……!」


 そうして、二人は剣を構えた。

 だが、彼女たちは知らない。

 レアドが魔王に裏切られて致命傷を負った際、持っていた魔晶石を強引に体に結び付けて一命をとりとめたことも。

 一命をとりとめたはいいものの、あまりにも不安定だったがゆえに多くの魔力が必要になったことも。


 そして魔力を得るために、大量の魔晶石は必要だったことも。

 魔物と魔族が集中しており、かつリーンリアラから瞬間移動で飛べる距離にあったのがこのエルフの里の周辺であったことも。

 エルフの里に瞬間移動するために魔力を引き出した際に、複数の魔晶石の魔力が暴走したことで理性が飛び、魔晶石を求めるだけの獣になってしまったことも。

 ただそこで戦っていた彼女たちには知る由もない。

 しかしそれでも、時間は進む。


「アァァァァアアアアアアァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」


 魔晶石を求める化け物が、災害のように暴れ出す。


「来る……!」

「絶対に守りましょう、ラディア!」

「ああ!」


 そして、始まる。

 誰も真実を知ることがないまま、殺し合いだけが始まる。

 魔王によって引き起こされた、殺し合いが。


時系列的には、シアンの暴走→レアドのエルフの里襲来→獣人四兄弟→ハヤトたちの魔王城攻略 です。分かりにくくてすいません。悩んだ結果、こうやって物語を構成しようと思いこの順になりました。

続きもよろしくお願いします

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