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第十一話「獣と化け物」

〜Index〜

【アスル】 

【HP】8000

【MP】6500

【力】 820

【防御】800

【魔力】730

【敏捷】900

【器用】750

【スキル】【不平等な博愛】【双生撃】【双生撃】【這這】


 【双生撃】が二つあるのは、アクルとガクルからそれぞれもらっているからで表記ミスではありません。おそらく、この世界で同じスキルを二つ持つのはアスルだけです。どうなるのかは、この話を読んでからのお楽しみに。


 気弱だったその獣人は、復讐の炎に燃える獣となった。

 魔王軍の中では平凡的な力を持つ四人組の全ての力が、たった一人に集約された。残りの三人の命を犠牲にして。


「ガァァアあああぁぁぁッッ!!」


 四人分のステータスが積み重なった上に、姉のスキル【這這クロスト】でさらに能力を底上げしたアスルの一撃は、百年以上の樹齢の木々をいともたやすくへし折っていく。

 だが、そんなアスルの攻撃をお遊びのように受け止め反撃をするのは、青白い光をまとった化け物。


「……血、ハ?」


 その異常な速さの打撃は、音と空気を置き去りにする。

 ドッ、とアスルの腹にシアンの拳が直撃した後から、遅れて強風がアスルをさらに吹き飛ばす。

 その衝撃が尽きるまでに、五本の木が折れた。

 だが、ギリギリのタイミングで片手を強引に防御へ回したアスルは、すぐに立ち上がって走り始める。


「殺してやる。殺してやる殺してやる殺してやる殺してやるッ!」


 彼女の頭の中にあるのは、殺意ただ一つ。

 家族を殺したこの化け物の息の根を、完全に止めることだけ。

 だが、シアンの力は異常だ。正面からやりあえば確実に負ける。先ほどのやりとりだけで、アスルは確信した。

 アスルとシアン、狂気に憑りつかれた両者に残された違い。


「どんな手を使ってでも、絶対に殺す……ッ!」


 今のシアンにはもはや、まともな思考は出来ない。ただ目の前にいる存在を殺し、捕食する。ただそれだけしかできない化け物だ。

 対してアスルは、シアンを殺すためだけに思考を巡らせ続けていた。

 これが、獣と化け物の違い。

 殺意に染まりながらも、その獣には理性がある。その中で最善を選び、ただ死を受け入れるなんて馬鹿なことはしない。

 もがいて、苦しんで、そんな中でシアンを殺す選択肢を探し続ける。


「どうすれば殺せる。どうすれば、苦しませられる」


 しかし、そう簡単に方法が思いつくわけがない。アスルは迫りくるシアンの追撃をギリギリのところで回避をしながらその機会を伺う。

 時間はない。シアンの攻撃が速すぎて、避けきれずにもう何回も体をかすめていた。

 そして、かすめただけのはず場所の肉が抉れて、大量の血が溢れているのだ。

 急所に当たれば、一撃で死ぬ。それだけは避けなければならない。

 しかし、アスルの力が弱いわけではない。こちらの攻撃が入れば少なからずダメージは入るはずだ。

 だがら、隙を作れ。


「がァア!」


 アスルは隣にあった大木を殴りつけてへし折り、自分とシアンの真上に落とす。

 これで一瞬でもシアンの気が逸れれば儲けものだ。

 だが、その行動の結果はアスルの想像とは別のものになる。


「……ぇ?」


 自分ごと下敷きになる覚悟で木を負ったのに、その大木は意思を持っているかのようにアスルだけを避け、シアンに向かって落ちていったのだ。

 さすがに無視を出来ないシアンは、倒れてきた木を殴り飛ばす。木が倒れてくることに関しては、シアンにとって問題ではない。

 肝心なのは、そのために使った一秒にも満たない一瞬だ。


「死ね……ッ!」


 すかさず、アスルは渾身の蹴りをシアンの顔面に叩きこんだ。

 会心の手ごたえだ。バチバチと青白い光を散らしながら、シアンは遠くへと吹き飛んでいく。

 本来はすぐに追撃するべきだが、アスルはその場で立ち止まっていた。

 原因はもちろん、自分の横で倒れている大木だ。

 なぜ、これが自分を避けたのかが分からない。

 周囲には誰もいないはずだ。誰かが大木に何かをしたわけではない。

 ならば、どうして。

 直後、胸の奥で何かがうごめく感覚があった。まるで、何かを伝えようとするかのような……


「アクルにい……ガクルにい


 感じたのは、何があっても笑って励ましてくれた優しい兄と、どんなときも黙って助けてくれた温かな兄の心。

 自分の中にかすかに残った二人の力が、何かを訴えかけている。

 と、アスルはふと何かに気づき、近くに落ちていた小枝を手に取った。

 そしてアスルはその枝を、自分の腕に突き立てた。


「……これって」


 アスルは息を呑んだ。理解のできない現象が、起きていたのだ。

 バキ、と。自分に突き立てたはずの枝が見えない何かに阻まれて折れたのだ。

 意味が分からなかった。シアンからの攻撃を無効化できないのに、自分から自分への攻撃は阻まれる。

 ただ、その理由を考えるとするのなら。


「【双生撃ツイングリフ】の力が、変化している……」


 否、それはないはずだ。スキルが突然の覚醒によって目覚めるという話は聞いたことがあるが、スキルの内容自体が変わるだなんて聞いたことがない。

 では、答えは単純だ。

 スキルの力を、今まで誤認していたのだ。

 アスルは二人のスキルを思い出す。

 アクルとガクルは、それぞれが【双生撃ツイングリフ】というスキルを持っていた。その力は、同じスキルを持つ者同士での意思疎通と互いへの攻撃を成立させないこと。


 だが、本当にそうなのか。

 本質をはき違えているのではないか。

 アスルは思考を巡らせる。心拍数が異常に上がっているからか、頭がよく回る感覚があった。だからだろうか。結論には、すぐにたどり着いた。

 

「……まさか」


 【双生撃ツイングリフ】という同じ名前を持ちながらも、アクルとガクルが持っていたそれは、別のスキルと互いに認識してのではないのだろうか。

 そっくりな一卵性双生児でも、まったく別の性格を持っていた二人のように。

 まったく同じ名前と力を持ちながら、スキル自体はそれぞれが別のスキルだと認識していたのなら。

 たとえばその本質が、別の【双生撃ツイングリフ】を持つ対象への攻撃を成立させないことにあるのなら。


「私の中にある二つの【双生撃ツイングリフ】が、反発しあっているの……?」


 アクルとガクルがやっていた連携を、アスル一人の体に宿している状態。

 つまり、今のアスルには、自傷行為は絶対に成立しない。

 そしてさらに、アスルの脳裏に浮かぶ一つの可能性。


「これなら……」


 そう呟いた直後、近くに尋常ではない気配。シアンだ。

 顔に叩き込んだはずの攻撃の後はもうなかった。回復してしまったのだろう。凄まじい勢いで突進してくるシアンを前に、アスルは全神経を集中させる。


「来い。壊してやる」


 音速にも近い速度で繰り出されたシアンの拳を、アスルは避けなかった。

 ドンッ! と、シアンが置き去りにしていた音と風が木々を揺らす。


「……??」


 シアンは不思議そうに首を傾げた。

 攻撃は当たったはずなのに、自分の拳が砕けていたのだ。


「一か八かだったけど、上手くいった……ッ!」


 不敵な笑みを浮かべながら、アスルは呟いた。

 【双生撃ツイングリフ】による自傷行為の無効化を彼女は利用してこの攻撃を防いだのだ。アスルは自分の胸元に視線を下ろす。

 アスルは、自分に向かっていたシアンの腕を掴んで自分に対して押し付けようとしていたのだ。

 つまりは、シアンの拳でアスルは自ら死のうとしたのだ。


「私が私を傷つけることはないのなら、あなたの手を使って私が死のうとしても、その拳は届かない……ッ!」


 そう、やったことは単純だ。

 シアンの行為を、強引に自傷行為に捻じ曲げた。

 ただそれだけ。

 これが自傷行為だとスキルが認めるかという不安はあった。しかし、この可能性に賭けなければ、勝利はない。

 そして、だ。


「……?? トドカ、ナイ……?」


 シアンの攻撃が無効化されたうえに、アスルは今もその拳を押し付け続けているのだ。さらに、理性を失ったシアンはまだその異変に気付かずにアスルの胸を狙おうと拳に力を入れている。

 化け物であることが功を奏した。


 シアンの拳がスキルによって反発し続けることで、拳がその圧力に耐えきれずに潰れ始めているのだ。

 もうすでに、シアンの右の拳は手首から先がぐちゃぐちゃに壊れていた。

 しかし、当然そこまで上手くいくわけではない。

 本能だけで動いているとはいえ、拳が潰れれば当然その手を引く。

 やることは変わらない。向かってくる攻撃を当たる前に押さえて自分に当てようとするだけでいい。


(右が潰れたなら、次は左……!)


 そう思って、アスルが意識を左手に向けた瞬間だった。


「……血……ッ!」


 潰れたままの右手を、再びシアンはアスルへと放ったのだ。

 本能で動いているがゆえに、そういった意識の流れを機敏に受け取り、壊れた理性はためらいなく壊れた拳を使う。

 勝てると思った油断。意識の隙。

 それが生んだわずかな隙間にシアンの攻撃が向かう。

 しかし、アスルが死を直感した刹那。


「少し荒いから、受け身をちゃんと取りなさい」


 シアンの拳が届くよりも先に、アスルのわき腹に蹴りが入り横に吹き飛ばされた。

 アスルを蹴った本人も、姿勢を低くしていたのかシアンの拳には当たらず、空振りでわずかにバランスが崩れている間にその人物は距離を取る。

 アスルは体を起こす。蹴られた場所に痛みはなかった。彼女を助けるための行動だったとそれだけで分かる。


 視線を上げてその人物を見る。

 漆黒のハイヒール。真っ白な肌。扇情的な体つきを、黒のドレスでさらに艶麗にしたその人物に、アスルは見覚えがあった。

 否。魔王軍に所属しているならば必ず知っている人物だ。


「ずっと逃げる機会を失っていたけど、あなたのおかげで時間が稼げた。感謝するわ」


 魔王軍幹部マゼンタが、そこに立っていた。


遅れてごめんなさい。ちゃんと続き書くからね。

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