第八話「世界の敵」
巨大な魔王城の階段を、ひたすらに上る。
ハヤトの後ろを走るエストスは、少し息が上がり始めていた。ペースを落とそうかと思ったが、構わずに走れという視線を無言で送ってきたため、ただ黙々と階段を駆け上がる。
そして、無限にも感じた階段に終わりが来た。
「……やっぱり、素直に通してくれるわけないよな」
階段を上った先にはやけに広い空間が広がっており、そこには武装をした魔族たちが奥にある大きな扉を塞ぐように立っていた。
軽く見ただけでも、五〇人以上はいる。それに、皆が皆そこらの敵よりも強く見えた。さすがに、簡単に魔王の元へは辿り着かせてもらえないということか。
そう思って、ハヤトが拳を握った瞬間だった。
「……どういうことだ、これ」
ハヤトたちの前にいた魔族たちが一斉に横に動き、ハヤトの前に道を作ったのだ。
浪人しているときに見た参考書に載っていたモーセが海を割る光景にも似ていた。
意味が分からなかった。魔王に勝てば戦争に負けるというのに、その魔王の元へ向こうから招き入れるというのはどういうことなのだ。
そんなハヤトの疑問に答えるように、一人の魔族が前に出た。
「魔王様から『サイトウハヤトだけを部屋にいれるように』との命令があった。この先の部屋で魔王様も一人でお待ちだ」
「そんな見え見えの罠に自分から突っ込めっていうのも無理が無いか?」
「我々も罠を仕掛けていいなら道中に仕掛けている。だが、命令だ。この魔王城では、サイトウハヤトを一人でこの部屋に招き入れることだけに集中しろと言われている」
「意味がわかんねえよ」
「我々の知ったことではない。早く進め、サイトウハヤト」
魔族の男は持っていた剣を横に振ってハヤトの動きを促す。
ハヤトはすぐ後ろにいるエストスへと視線を移して、
「ちなみに俺が一人で行ったとして、こいつはどうするんだ?」
「サイトウハヤト以外は排除しろとの命令だ」
「心配するな。これくらいの相手なら私一人でも十分だ。先に行っていてくれ」
「大丈夫か?」
「ああ、これが最後の戦いなのだろう? 少しくらい働くよ」
エストスは笑っていた。最初に会ったときに比べて、本当によく笑うようになったと思う。前にあった目のクマも消え、過去を清算した。
今のエストスになら、きっと命を無駄遣いするような戦い方もしないはずだろう。
「帰ったら美味しい紅茶、淹れてくれよ」
「もちろんだ。シアンを助け、スワレアラの家でまた食卓を囲むとしよう」
「そうだな。それが一番だ」
既にエストスは魔弾砲を両手に握っていた。
ハヤトは小さく頷いて、魔族たちの間を歩いていく。
ゆっくりと、両開きの巨大な扉が開いた。一人分だけ開いた扉の中心を、ハヤトは静かに歩いていく。
そして、その背中を見送ったエストスは深く息を吐いた。
「うっかり私の攻撃でその扉をぶち抜いてしまうかもしれないが、構わないね?」
「それをさせないために我々がいる」
エストス一人対魔族五〇人。数の上では圧倒的不利だが、百年以上前に、エストスが革命を起こしたときも同じような戦いは何度もしてきた。
それに、ハヤトが一人であの魔王と戦うのは楽ではないはずだ。魔弾砲で敵を制圧しながら、扉を破壊してハヤトの援護に回る。
やることは決まった。あとは行動に移すだけ。
「さあ、私も戦うとしよう」
そう言って、エストスが魔弾砲を構えた瞬間だった。
ドガァァァァァァン!! と、得体の知れない何かが魔王城の壁に大きな穴が開いた。
エストスと魔族たちの視線が、一斉にその何かへと集まる。
罠だと思ったエストスは最初、その何かに対して魔弾砲を向けたが、
「ま、待て! 僕だ!」
崩れた壁によって生じた煙が、白銀の翼によって吹き飛ばされた。
そしてその中心にいたのは、青い防具に身を包み、白く光る剣を握りしめた少年。
「君は……!」
さすがエストスというところか、彼がエリオル=フォールアルドだということはすぐに分かったらしい。
すぐに魔弾砲の銃口を下げたエストスは、しかし訝しそうな顔で、
「どうして君がここに……?」
「それは――」
エリオルが口を開こうとした瞬間、彼の背後から別の声が聞こえた。
「この茶番を、終わらせに来た」
言ったのは、エリオルの後ろにいる、彼よりも同じかそれ以下の背たけをした褐色肌の少年。その外観は、以前にドーザで見たラウムという少年にそっくりだった。
一瞬、エストスはその姿に動揺を見せたが、すぐにわずかに眼鏡をずらしてその正体を確かめる。異常なほど、強力な魔力を宿す彼はそこらにいる一般人ではありえない。
彼の言葉から感じる威圧感もそうだ。間違いなく、魔王軍側の人間。
しかし、なぜそんな人物とエリオルが一緒にいるのだろうか。疑問は絶えない。
それはエストスと相対する魔族たちも同じなのだろう。ほぼ全員が説明を求めるような顔をしていた。
「細かい説明をしている時間はない」
そう断言した少年は、すぐにその姿を灰色の毛に覆われた四足獣へと変える。
その姿は間違いなく、エストスも見たことのある魔王軍幹部グレイだった。
「最低限の説明ぐらいは、訊かせてくれるんだろうね?」
彼の隣にエリオルが立っていることで、わずかながらでも信用したのだろう。エストスは戦う姿勢を崩した。
しかし、魔族たちは構えた武器を手放せないでいた。目の前の事態に混乱しているのだろう。
「全員、武器を下ろせ。俺たちの敵は、そいつではない」
「そ、それはどういう……」
戸惑う魔族たちを横目に見ながら、グレイは口を開く。
「俺はメリィから、人間たちが準備をしている段階で一気に攻撃を仕掛けて人間たちを滅ぼし、この世界を魔族だけが住む世界にすると言われた。そして、そのためにシアンの力が必要だとも」
グレイは魔王のいる部屋へと続く扉を睨みつけた。
「だが、違った。メリィの目的は、人間をこの世界から消すことではなかった」
「では、魔王様は一体、何を……」
そんな素朴な疑問に、グレイは即答しなかった。
言ってしまえば最後、これから先の行動すべてが変わってしまうのだろう。魔王軍幹部がそれを言うことの重みを知っているからこそ言い淀む。
しかし、
「メリィはシアンを利用して、人間も魔族も見境なく殺すつもりだ」
「…………は?」
魔王軍幹部が口にしなければ、不毛な争いが続いていってしまう。
これまでの全てが無駄になるという次元ではない。
これからの全てすらもなくなってしまうなんて、魔族だって望んではいないのだから。
「魔王メリィの目的は人間と魔族、その全てをこの世界から消し去ることだ」
多くの命が存在するはずの空間に、凪のような静寂が流れた。
一番理解できないのは、魔族たちのはずだ。
自分が信じてついてきた魔王が、自分たちすらも殺そうとしているなんて。
ましや、そんな奴を守るためにここに立っているだなんて。
だが、それが真実なのだと断言するように、グレイは一際低い声で、
「メリィは魔族も含め、本当の意味で世界を敵に回した。魔族すらも殺すつもりなら、俺はやつの味方でいる気はない」
つまり、だ。
これから先の戦争は、人間VS魔族ではない。
すなわち。
「人間か魔族かはもう関係ない。これから先はただ、世界と魔王メリィたった一人との戦争だ」
――では、ここで。
時は二日ほど遡る。
舞台は森に囲まれた西の国、リーンリアラ。
今は廃れてしまった女神リアナを祀る、女神の祭壇にて。
ハヤトたちがランドブルクへと着く前に、すでに起こっていた最初の悲劇を見てみることにしよう。




