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第七話「平和な世界の作り方」

「どうして戻ってこないの!」


 ミアリーによって放たれた紫の斬撃が、淡い緑色をした光のローブをまとうルルへと向かう。


「スワレアラもドルボザもランドブルクもリーンリアラも、私たちがいれば手を取り合って平和な世界を作り上げられる! なのに、どうして!」

「本当に、それで世界は救われると思っているの?」


 ルルは防御の姿勢を取らず、ミアリーへと距離を詰めた。

 緑のローブに斬撃が直撃するが、ローブには一切の綻びすら見られない。

 しかしそれでも、ミアリーは剣を振るう。


「そうよ! 四国の力があれば、世界中の人たちを幸せにできるわ!」


 両者の剣がぶつかり、つばぜり合いとなって拮抗する。

 いや、両手に握る二本の剣を持つミアリーが、左手だけで剣を握るルルに押されていた。

 だが、追撃をすることなく、ルルはこう問いかける。


「じゃあ、魔族は?」

「……ぇ?」


 ミアリーの想定のはるか外にあった問い。

 予想だにしない角度からの言葉に、ミアリーは言葉を失う。

 対して、ルルは悠然と、


「あなたの見つめる未来の中で、魔族も笑っているの?」

「…………、」


 答えることはできなかった。

 きっとミアリーの描く未来で笑う人たちは、全て人間だろうから。

 ミアリーの沈黙が返事だと判断したのか、ルルは続ける。


「そう、当たり前よね。私だって、六年前はそんなこと考えたこともなかった。私たちの生まれるずっと前から、人間と魔族の間には埋めることのできない距離があったんだから」


 物心ついたときから、魔王軍は存在していた。

 魔族が敵であるという思考が、世界の常識だった。

 だがしかし、ルルはそんな常識に疑問を投げかける。


「でも、それでいいの? あなたの考える平和な世界に、魔族の居場所はあるの?」

「それは……」


 世界を救うというその『世界』というものに、果たして魔族は入っているのか。

 しかし、そんなことは可能なのだろうか。

 いつの間にか、剣を握る力が弱くなっていた。ルルも脱力したような動きで数歩後ろへと下がる。


「さっき、リリナと一緒にいたわよね。なら、本来なら魔族と人間はともに暮らせるということも分かっているはずよ。世界を救うというのなら、魔族の居場所は極東でいいだなんてあり得ない」

「だからって、そんなこと……」

「ほぼ不可能、でしょうね」


 ルルはそう言い切った。

 当たり前だ。人間と魔族の隔たりは、簡単に消え去るものではない。


「でも、どうすれば……」

「簡単よ」


 ルルは、不敵に笑った。


「全部、壊しちゃえばいいのよ」

「は……?」


 血の気が引くような感覚にミアリーは襲われた。

 しかし、むしろルルは愉快そうに語る。


「人間と魔族が争うという構図ごと、世界を壊してしまえばいいのよ」


 ミアリーは次の言葉を紡げなかった。

 目の前にいる旧友が何を言っているのか、少しも理解ができなかったから。


「簡単な問題じゃない。例えば誰か二人が喧嘩をしていて、それの喧嘩をやめるために最も楽な方法は片方を殺すこと。そうすれば、それ以上の喧嘩は決して起こらない」


 そこまで聞いて、ようやくミアリーの理解が追い付く。

 だが、その結論を口にすることは出来なかった。

 もしそうだとしたら、彼らのやろうとしていることは本当に――


「じゃあ、あなたたちの目的は……?」

「ええ、そうよ。魔王軍以外の全てを殺す。そうすれば、世界は平和になる」


 あまりにも恍惚な笑みは、ミアリーには演技にすら見えるほどに現実味がなかった。

 これは世界を平和にするとか救うとか、そういった次元の話ではない。

 単なる虐殺。単なる殺戮。

 そんな未来を得るために、彼女は魔王軍として命を懸けるつもりなのか。


「嘘をつかないでください!!!」


 叫んだのは、ルージュだった。

 ミアリーたちの会話を聞いていたルージュだったが、耐えきれずに槍を構えて突進した。

 スキルによってまとった赤い光のローブによって、脚力と腕力が格段に向上しているため、凄まじい速度で距離が詰まっていく。


「お姉ちゃんは、そんな人じゃなかった! あなたはずっと、誰かのために戦い続けてきたじゃないですか! それが間違っているとお姉ちゃんなら絶対に分かるはずです!」

「……はぁ、一度はっきり言っておいた方がいいみたいね」


 向かってくる槍を、ルルは避けようとはしなかった。

 緑の光をまとった左手を前に突き出し、槍を防ぐ程度の小規模な盾を作り出す。

 正面から衝突した槍と盾が閃光のような火花を散らした。

 しかし、左手で作った盾一つで槍を防ぐルルは、右手に持つ魔弾砲をルージュへと向けた。


「ルル=アーランドは六年前に死んだ。ここにいるのは、魔王軍幹部のルルよ」


 その言葉を言うと同時に、躊躇いなくルルは引き金を引いた。

 ドン、という鈍い音が空気を揺らす。

 ルージュの体を容易に飲み込める大きさをした紫の塊がほぼゼロ距離で発射された。


「ルージュ!」


 援護をするために接近していたミアリーが、引き金を引いた瞬間に紫の斬撃を作り出し、ルージュの横に盾として設置していた。

 しかし、正面から魔弾砲の射撃を受けて耐えられるほど、ミアリーの生み出した盾の強度はない。

 ゆえにミアリーはルージュと盾の間に入り、盾を斜めに向くように瞬時に調節。弾の軌道を逸らすことに専念をする。

 結果的に、紫の弾は二人に直撃することなく魔王城の壁を撃ち抜いた。

 しかし、


「ミアリー姉さま!」

「私は、大丈夫」


 軌道を逸らすだけでも、盾は持たなかった。

 強引に軌道を変えたことで、ミアリーの右腕はボロボロになっていた。美しい顔も、右の頬にわずかに削れたような怪我がある。

 しかし、痛みで動きが鈍ることはなかった。ルージュを抱えると、ミアリーは距離を取るために後ろへと下がる。

 途中で何発かルルが魔弾砲を打ってきたが、弾速はそこまで速くないので、ある程度の距離があれば回避することは困難ではない。


「ごめんなさい。私が怒りに任せて攻撃してしまったから」

「泣くのは後にしなさい、ルージュ。あなたは女王でしょう」

「――! ……はい。分かりました」


 ミアリーとルージュは並んでルルを睨みつける。


「もう、あいつは話し合いができる頭じゃない。覚悟を決めて、戦うしかないわ」

「そうですね。勝って、強引に連れて帰る以外に方法はなさそうです」

「頑張ろうとしてくれているところ悪いけど、私は帰るつもりも負けるつもりもないわ。メリィの計画が全て成し遂げられるまで、私はあの子を支え続けなきゃいけない」


 それはまるで、洗脳されてしまっているように見えるかもしれない。

 だが、ミアリーたちにはそう見えなかった。言葉や仕草の節々に、彼女たちの知っているルル=アーランドが感じられるのだ。

 彼女はきっと、本当に平和な世界を望んでこの選択肢を選んだ。

 だが、しかし。


「そんなの、間違ってる」


 間違ったことを間違いだと正して、本来の道へと戻すことが友の役目だと、ミアリーは思っていた。

 だから、はっきりと断言する。


「平和は、誰かの命を散らした屍の上に築くべきものじゃない」

「私の知っている優しいお姉ちゃんなら、きっと戻ってこれるはずだよ」


 友は、妹は、決して彼女を見捨てようとはしなかった。

 ただ、会話で説得するのが無理なだけだ。だったら、一度殴って頭を冷やさせるしかない。


「ミアリー姉さま、私が前へ出ます。援護を」

「任せなさい。あなたの槍で、あの盾をぶち抜いてやりましょう」


 直後、二人は同時に走り出した。

 ミアリーの紫の斬撃はルルには効かない。攻撃が通るとすれば、ルージュの槍だけだ。

 ゆえに、ミアリーは紫の斬撃をいくつも作り出してルージュの足場を作りながら援護に回る。

 ルルはカウンター狙いなのか、その場から動く気配はなかった。

 だが、それなら好都合。


「絶対に、倒す……!」


 ルージュのスキルは、ルルとは違い防御力はない。攻撃を受ければ布の服を着ているのと変わらない怪我を追ってしまうだろう。

 だが、その代わりに魔力を体にまとうことで体の外部にも筋肉を拡張したかのような爆発的な力を手にすることが出来る。

 むろんそれは、脚力も。


「ミアリー姉さま!」


 その声とともに、ルージュは空中へと飛び上がった。それに合わせて、ミアリーは紫の斬撃をいくつも飛ばす。

 ただ脚力が上がるだけでは、直進することしかできないが、ミアリーによっていくつもの足場が確保されたことで、ほぼすべての角度からルルを狙えるようになった。目にも止まらぬ速さで高速移動するルージュは、完全にルルの背後を取り突進した。

 数瞬遅れて反応したルルは、盾を作るよりも先に魔弾砲を向けて引き金を引いた。

 だが、ルージュは止まらない。


「この弾ごと貫いてみせる……ッ!」


 防御力がないため、弾を槍で貫いたとしてもある程度のダメージは当然に負う。

 それを承知でルージュは突き進み、自分の体よりも大きい紫の弾丸を貫いた。


「これで――」


 ルルへ届いた、はずだった。

 しかし、そこには誰もいない。視界が紫の弾丸で奪われた一瞬の隙に、ルルはどこかに消えていた。訳が分からず、呆然と床に突き刺さった槍を引き抜く。

 その、直前。


「ぁああああぁあぁぁあああぁあああ!!!!」


 悲痛なミアリーの叫び声。

 慌てて視線を上げると、後方で援護をしていたはずのミアリーの右肩を、ルルが剣で貫いていた。

 ありえない。いくらルルとはいえ、あんな位置まで一瞬で走ることは出来ないはずだ。

 しかし、すぐに答え合わせの時間はやってきた。


「ふッ――」


 ルルが短く息を吐いた瞬間、魔弾砲がドッという音を鳴らした。そしてそれは推進力となって剣で貫いたミアリーごとルルの体が宙に浮き、剣が突き刺さったままミアリーは壁に衝突した。

 串刺しにしたミアリーを壁に固定したルルは、冷めた表情のまま、


「あんなの工夫のうちにも入らない。六年前からまったく成長していないのね。失望したわ」


 後方へと向けていた魔弾砲を、ルルは至近距離でミアリーへと向けた。

 引き金を引かれるわけにはいかない。ルージュは全力で地を蹴った。


「やめろぉぉぉおおおおおおおお!!」


 しかし。

 ドッ! と。

 魔弾砲の衝撃で、半球形に壁が抉れる。

 そして、崩れていく壁の中心には、気を失ったミアリーが血だらけのまま剣に貫かれてぶら下がっていた。

 体中の血液が沸騰しているような憎悪が体の底から湧き上がる。


「この馬鹿野郎がァァァア!!!」

「感情を原動力にするのは構わないけど、怒りは上手く扱わないと逆効果よ?」


 冷静なルルは、激情に任せたルージュの槍を紙一重でかわし、ミアリーを突き刺していた剣から左手を離した。

 体勢を整えるより先に、牽制するようにルルは魔弾砲を撃つ。

 ルージュは槍を地面に突き刺して体を宙に浮かせ、上から攻撃を狙うが、対してルルは空になった左手を顔の高さでわずかに伸ばしたまま、


「いろいろ訓練すると、盾ってかなり汎用性が高くなるのよ」


 自分の頭上に緑色の光を感じたルージュがかすかに視線を上げると、体の大きさ程度の盾が水平に作り出されていた。

 そして、ルルが伸ばしていた左手を下ろした瞬間、緑色の盾が勢いよく下がり、ルージュを盾と床で挟み込んだ。


「あなたを抑え込むには、私の力をかなり集中させなきゃいけないから先にミアリーを倒すことにしたんだけど、正解だったみたいね」


 スキルで強化されているはずのルージュの体は、全力の圧力によって動かない。

 必死にもがく妹を、ルルは悲しそうに見下ろした。


「安心しなさい。殺すつもりはないわ。もう少ししたら治してあげるから」

「ふざけるな……ッ!」

「ふざけてないわ。何度も言ってるでしょう。私はただ、メリィの味方なだけよ」


 ドドドドドッッ!!! と。

 自分の盾を解除した瞬間に、ルルは何発もの魔弾砲を撃ちこんだ。

 ミアリーよりも鍛え抜かれた体を持つルージュと言えど、こんな一方的な攻撃には当然耐えられない。

 かすかな息が残ってはいるが、全身から血が溢れ、横に立つルルの靴を湿らせた。

 しかし、ルルはそんな光景に顔色一つ変えない。


「さて、もうそろそろかしら」


 ルルは城の中の気配に意識を尖らせる。

 魔族とともに過ごしてきたことで、ルルは身に覚えのある強力な魔力ならばある程度の距離まで感知が出来るようになっていた。

 最初にミアの墓でハヤトたちを迎えたのも、ハヤトたちの魔力を感じ取ったからだった。

 そして、意識を集中させるルルの頬がピクリと動いた。

 知っている魔力の塊が二つ。凄まじい勢いでこの場所まで迫っていた。

 一つは魔族で、もう一つは人間。

 相当に強力な魔力がゆえに、ルルは誰かまで気づいていた。


「へえ。面白い組み合わせじゃない。メリィの計画は上手くいっているみたいね」


 そう呟いたルルは、自らのスキルによってミアリーとルージュを多い、ゆっくりと彼女たちの治療を始める。


「あなたたちも、最後の瞬間を見るべきよ。歴史が生まれる場所に、証人は多い方がいい」


 そんな独り言を呟くルルは、どこか寂しげにも見えた。


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