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第五話「ただの姉」

 世界に勇者アルベルの名が広がり始めた頃に彼と冒険していたうちの一人、ルル=アーランド。

 ランドブルクの第一王女として、本来ならばルージュではなくルルが女王になるはずだったと、ハヤトはミアリーから聞いていた。しかし、公に知られている情報では、ルルは魔王討伐に失敗して戦死し、ルージュがランドブルクを治めることになったとされている。

 だが、自分たちの目の前にいる今のルルが持つ肩書きは、王女でも女王でもない。


「本当に、魔王軍になったの?」

「ええ、そうよ」


 妹からの問いかけに、ルルは頷いた。

 死んだと思っていた姉と再会したのだ。きっと、訊きたいことも話したいことも山ほどあるに違いない。しかし、ルージュはそれをグッと堪える。


「どうして、魔王の宣言した期間を無視して攻撃を始めたの?」

「それが今の私たちにとって必要なことだったからよ」

「必要なことって?」

「今は言えない」


 ハヤトたちの求める答えは得られなかったが、魔王が故意に約束を破ったことは分かった。

 やはり魔王軍は、最初から世界全てを敵に回すつもりだったのだ。

 しかし、世界を敵に回したという現状の割に、ルルは落ち着いていた。


「一つ訊かせてくれ」


 ここではっきりさせておきたいことを、確認しておかなければならない。


「メリィを倒せば降伏するってのも、嘘だったのか?」


 魔王を倒せば完全降伏。それが本当ならばこのまま進むべきだし、嘘ならば体勢を立て直す必要だって出てくるかもしれない。

 返答には期待していなかったが、想像よりも素直にルルは答えた。


「それは本当よ。メリィを倒せば全てが終わる」

「本当なのか?」

「私は別に、あなたたちに嘘をつくためにここにいるわけじゃないわ」

「じゃあ、どうしてあなたはここにいるのかしら」


 問いかけたのはテリアだった。

 その表情には、どこか怒りが見えた。

 対して、ルルは冷静な表情で、


「あなたたちがここに来るって思っていたからよ。まあ、本当にこんな豪華なメンバーがくるとは思っていなかったけど」

「……それで、私たちに会ってどうするつもりだったの? まさか、昔話でもするつもり」

「半分正解ね」


 それだけ言ったルルは、隣に並んでいる二つの墓石に視線を移した。

 どこか懐かしそうな顔で、ルルは墓石を撫でる。

 訝しげにルルを見つめるテリアは、何かに気づいたのかルルに近づく。

 敵対しているはずの魔王軍幹部とリーンリアラの盟主は、すぐ隣に並んでその墓石を眺めていた。


「ルージュ、ミアリー。あなたたちも、何か声をかけてあげなさい。二人もきっと、喜んでくれるわ」

「まさか――!」


 顔色を変えたルージュは、走って墓石へと駆け寄った。続いて、ミアリーもその前に立つ。


「六年前、私たちは魔王討伐のためにこの地に渡り、そしてこの場所で負けた」


 そう語りだしたルルの言葉を聞いて、ハヤトにもなんとなく予想がついた。

 確かアルベルが六年前に極東に来たときは、彼を含めて四人のパーティだったということ。実際にはルルは生きていたが、伝えられた話はアルベル以外の三人が死亡。

 他に何もない新たにポツンとある二つの墓石が意味することを、ハヤトはようやく理解した。


「……そっかぁ」


 乾いた大地に、一滴の雫が落ちた。

 次いで、ポツポツといくつもの涙が溢れ始めた。

 改めて、自分の妹が死んだという現実を突きつけられた。もしかしたら、まだどこかで妹が生きているかもしれないという希望が、完全に消滅した。


「ミア、死んじゃったんだ」


 そこにはリーンリアラの盟主はいなかった。ただ妹を想う姉が、いるだけだった。

 テリアはそのまま膝をつき、墓石の前で静かに泣いていた。

 ルージュも、目尻に涙を貯めている。無造作に瞬きをしたらこぼれてしまいそうだった。

 だが、そんな中、ミアリーだけはルルを見つめていた。

 ミアが死んだことは辛いに決まっている。泣いているテリアの背中を見るだけでも胸が締め付けられるはずだ。

 でも、彼女はそんな悲しみの中でもここに来た意味を忘れていなかった。


「帰ってきなさい、ルル」

「それはできないわ」

「居場所なら私たちが作ってみせる」

「もう、そういう問題ではないの」


 呟くルルの瞳は、寒気がしそうなくらい冷めていた。

 その冷えついた目でルージュとミアリーを見つめながら、


「でも、これだけは覚えておいてほしい」


 一体、どんな感情が込められているだろうか。

 突き放すような厳しさの中に、誰にも理解できないような悲しみがあるようにも思えた。


「私たちは、あなたの敵になったつもりはない」

「だったら、どうして戻ってこないの」

「私はただ、メリィの味方でいようとしているだけ。それ以上も、それ以下もない」


 以前にドーザで出会った時も、ルルは同じことを言っていた。世界を救うために、メリィの味方でいるだけだと。

 だが、こんな事態にまで発展しているのに、その言葉を素直に肯定することは出来ない。


「だからって、戦争を起こすなんて間違ってるだろ。誰だけの人が苦しむと思ってるんだ」

「正しいかどうかなんて気にしていないわ。最終的に目的地へと辿りつければそれでいい」

「そんなの、黙って見逃せるわけないだろ!」

「知っているわ。ここでこの場所に来れるあなただから、メリィはあなたを指名したのだもの」

「なに……?」


 ハヤトは訝しげに顔を強張らせるが、ルルは変わらぬ調子で、


「さて、そろそろ時間かしら」


 ルルが空を見上げた瞬間、ハヤトたちの視界に大量の魔物が現れた。

 墓石や会話に気を取られて、ここまで接近していることに気づいていなかった。

 津波のように四足の魔物がこちらへと押し寄せてきている。

 そして、いつの間にかルルはハヤトたちから離れ、翼を持つ魔物の上に乗っていた。


「待ちなさい! 逃げる気!?」

「ええ。一足先に魔王城へ行くとするわ」


 バサバサと翼を羽ばたかせ、ルルは空中へと飛び上がる。

 すかさず、エストスが魔弾砲を、ミアリーが紫の斬撃をルルへと飛ばすが、


「――【守護の衣(ラーテル・カーテン)】」


 淡い緑色の光が、球状にルルと魔物を包み込み、二人の攻撃を完全に封じた。

 以前にドーザでハヤトが攻撃したときも、彼の拳すらあのスキルは防いだのだ。簡単な攻撃で壊れるとは思えない。

 無駄だと判断して二人が攻撃を止めると、ルルはハヤトを見下ろして、


「足止めのような手を使っておいてなんだけど、できる限り早く魔王城へ来なさい。取り返しがつかないことになるわよ。世界も……シアンも」

「おい! どういうことだ!」

「気になるのなら、急ぐことね」


 それだけ言って、ルルは飛び去ってしまった。

 すぐに追いたいが、大量の魔物が迫っている以上、さきにあれをどうにかしなければ。


「リリナ! お前の力で言うことを聞かせることはできないのか!?」

「よく分からないけど、あーしよりも強い力で命令がされてるから無理っぽいって感じ!」

「使えないなおい!」

「うっさい! 他にいる野良の魔物だったらできるって感じ!」


 ハヤトとリリナがいつもの調子で口論していると、くすっという笑い声が聞こえた。

 両目を軽く袖で拭ったテリアが、穏やかな笑顔でそこにいた。


「楽しい人たちね。私も、いつまでも泣いていられないわ」


 向かってくる魔物の群れを見つめるテリアは、自分の従える魔物が背負う荷物から何か細長いものを取り出した。

 それで何かを察したのか、ルージュとミアリーが表情を変えた。


「珍しい、ですね。テリア姉さまが武器を持つなんて」

「こんなにも頑張らなきゃいけない理由ができちゃったら、気合を入れるしかないわよねえ」

「では、私たちも戦うとしましょう」

「いいえ、あなたたちは先に行きなさい」


 その言葉を聞いた瞬間、ハヤトたちの空気が変わった。


「おい! いくらなんでもあの量を一人は無理があるだろ! みんなで全部倒してからいけばいいじゃないか! それに、最悪逃げて魔王城へ向かったっていいんだぞ!」

「そうなんだけどねぇ。先を急がなきゃいけないのに、私はここから逃げられないのよ」


 テリアはそう言って、妹のミアの名前が刻まれた墓石へ視線を移した。


「妹のお墓、守ってあげたいのよ。リーンリアラの盟主ではなく、ただ一人の姉として」

「なら、私も残ります」

「いいえ、あなたはルルを追いなさい、ルージュ」

「ですが……ッ!」

「大丈夫よ。魔物はあなたたちの言うことを聞くように命令するから」


 テリアの魔物には、ハヤトたちが極東で必要な飲食物も積んである。それさえあれば、魔王城へと向かうのに支障はないが、しかし。


「それでは、テリア姉さまはどうするんですか!」

「あの魔物たちを倒したら、すぐに後を追うわ」

「ですが、徒歩では……!」

「だったら、あーしも残るって感じ」


 うんざりしたようなため息を吐いて、リリナは前に出た。

 確かにリリナなら制圧に向いたスキルもあるし、ある程度なら魔物への命令もすることができる。


「いいのかしら。別に私とは関わりはないでしょ?」

「そもそも、魔族のあーしがここにいる時点でおかしいっての。それに、あーしがこっち側にいるのは、簡単に自分の命を懸けて戦う馬鹿たちと戦おうとしたからって感じだし。また命を懸けようって馬鹿がいるんなら助けてあげたいって感じ」

「でも、あなたは魔王に奪われた仲間を助けたいんじゃないの?」

「あーしの力じゃあ、魔王のところまで行っても足を引っ張るだけって感じだから。役に立てるときに役に立っておきたいって感じ」

「……そう、ならお願いしようかしら」


 嬉しそうに笑ったテリアは、リリナと肩を並べた。

 リリナも可愛らしい八重歯を見せながらこちらにグッと親指を立てた。


「ってことで、シーちゃんこと絶対助けろって感じだかんね、ハヤト!」

「おう! 任せとけ!」


 ハヤトも同じく親指を立てて返事をすると、いち早く魔物へ乗り込む。

 次いでエストス、遅れてミアリーとルージュが乗った。


「テリア姉さま。必ず生きて戻ってきてください」

「あらあらぁ。随分プレッシャーかけるじゃない」

「当然です。私たちが手にする平和な世界で、あなたの席だけ空席だなんてあり得ません」

「嬉しいこというじゃない。俄然気合が入ったわ」


 満面の笑みで、テリアは言った。

 ハヤトたちの乗った魔物が翼を広げ、ふわりと体が浮く感覚があった。

 あの二人ならば大丈夫だ。きっと、無事に追いついてくれるはずだ。


「絶対に死ぬんじゃないぞ!」

「当たり前! そっちこそ死ぬなって感じ!」


 それだけ言って、ハヤトたちは魔物に乗って魔王城へと飛んでいく。

 それを見送ったリリナとテリアは、意識的に何度か息をして気持ちを整える。


「では、はじめましょうか」

「よっし。久しぶりの戦闘、気合入れるって感じ!」


 関節を伸ばして準備運動をするリリナ。

 テリアはその場で直立したまま、右手には金色の繊維で織られた鞭を持っていた。

 押し寄せる魔物の大群を前に、テリアはそっと呟く。


「ミア。あなたのお墓、私が絶対に守ってあげるからね」


 ただ、一人の姉として。

 テリア=ルーズリアは、武器を構えた。


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