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第四話「開戦」

 その場にいた全員が、その報告に耳を疑った。

 スワレアラが、魔王軍に侵攻されていると。

 しかし、それはあり得ないはずだ。だって――


「どういうことじゃ! 魔王が宣言した日までまだ一ヶ月以上の期間があるはずじゃろうが!」

「で、ですが、この伝令にはそのように書かれておりまして……」

「この目で見る限りは信じられん! その紙をよこせ!」


 クリファは従者の握る手紙を奪い取ると、自分の目でそれを確認する。

 みるみるうちに青ざめていく顔を見るだけで、それが本当のことだと分かった。


「間違いなく、レイミアの文字じゃ……」

「レイミアか。こんな手紙を飛ばしてまで悪ふざけするやつじゃないからな」


 本当にスワレアラには現在進行形で魔王軍が進行しているということは、メリィがハヤトたちにあれだけの舞台を整えて嘘をついたことになる。

 それならば、この攻撃がスワレアラだけというわけがない。

 最初に口を開いたのはミアリーだった。


「そこの従者! 各国に連絡をすることのできる者を今すぐここに連れてきなさい!」

「は、はい!」


 その従者が出ていったあとすぐ、鎧を着た兵士がこの部屋へと入ってきた。どうやらランドブルクの人間のようだ。

 おそらく、会議室の外でもこの話が広まっているのだろう。それに対する指示をルージュへ訊きにしたようだ。


「すぐに部隊を編成して極東の谷周辺の守りを固めろ! 壁上にも人数を増やし、時間が許す限り大砲の準備を進めなさい!」

「はッ!」


 敬礼をした兵士はすぐに走っていった。

 そして、入れ替わりで他の三国と連絡を取るための従者が複数人入ってきた。

 クリファ、ミアリー、テリアの三人は、それぞれの指示を従者に伝え、それを書き留めた従者たちは連絡のために再び走って出ていく。

 伝達が終わり、一気に会議室に沈黙が流れた。

 その中で、椅子に体重のすべてを預けて天井を眺めるミアリーは、ため息を吐いて、


「魔王の言うことを素直に信じたこっちが馬鹿だったってことね」

「ただ、向こうが裏切って攻撃をしたということは、こちらも何も遠慮しなくていいってことよ。これで本当の意味で、魔王軍は世界全てを敵に回したことになる」


 落ち着かないピりついた空気が部屋を満たす。

 そんな中、少し悩みながらもルージュはこう言った。


「予定より早いですけど、もう魔王城へ向かった方がよくないでしょうか……? これ以上後手に回ってしまっては、魔王城へたどり着くことが困難になってしまいそうな気が……」

「でも、これじゃあ魔王の言っていることが本当だと確信がないわ。もしこれで魔王を倒したとして、降伏しなかったらどちらかが燃え尽きるまで戦争が続くことになる」


 メリィの宣戦布告が嘘だった以上、もう一つの約束だった完全降伏も嘘かもしれない。

 でも、本当にそうなのだろうか。


「俺は、行くべきだと思う」

「……理由を聞かせてもらえるかしら」


 ハヤトは思い出す。始めてメリィと出会ったスワレアラの王都での会話と、ドルボザでの会話。

 わずかだったが、メリィがどんな人物なのかは分かった。常におちゃらけて、芯を捉えるとこのできないぼやけた輪郭。

 だがハヤトは、まるで道化のように笑うメリィの中に、何かを感じたのだ。

 魔王という皮の奥にある、本質のような何か。

 浮ついた態度の中にある真実が、ある気がした。


「メリィはきっと、この状況をずっと前から想定してたんだと思う。きっと、二ヵ月という期間を設定したのも、あえて裏切って世界を敵に回すためだ。証拠は、ないんだけどさ」


 そう思う、という曖昧な結論なのだが、それでもどこか確信じみた何かが自分の中にあった。


「降伏するかは別として、あいつは本当に魔王城で待っているはずだ。どちらにせよ、あいつを倒さなきゃ何も進まないんだ。すぐにでも、行くべきだ」

「でも、部隊を編成するにもある程度の時間がかかるわ。どれだけ早くても一日はかかる」

「それなら、最初にミアリー姉さまの言った少数メンバーで行くのはどうでしょう?」


 反対の声を上げたのはテリアだった。


「でも、最初とは状況が違うわ。もうすでに魔王軍が待ち構えてる可能性だってあるのよ」

「……行くしか、ないわね」


 ミアリーは剣の柄を触りながら立ち上がった。

 続くように、ルージュも立ち上がる。


「はい。それではすぐに極東へ行きましょう」

「ルージュ、あなたまで……! 自分の立場をもっと考えて――」

「テリア姉さまだって、行きたい理由があるのでないですか?」

「――!」


 ハヤトには何のことだか分からないが、ルージュの言葉にテリアは顔を歪ませた。

 きっと、ハヤトの知らない理由があるのだろう。噛みしめるような顔で思考を巡らせたテリアは、静かに立ち上がる。


「……わかったわ。行きましょう」


 結論は出た。ハヤトたちはすぐに会議室から出て、極東へ行く準備を始める。

 エストスとリリナにも会議室での話を伝え、支度を促した。

 荷物などを確認が終わったタイミングで、俺は肩を叩かれた。

 振り向くと、そこにいたのはクリファだった。


「ハヤト。もう、行くのじゃな」

「ああ、準備ももうできたからな」

「……必ず、生きて帰ってきてくれ。お前の家があるスワレアラは、絶対に妾が守ってみせる」

「おう。頼んだ」


 ハヤトが笑うと、クリファも安心したように頬を緩ませた。

 そして、近くにいたエストスに気づいたクリファはそちらへ視線を移す。


「おぬしも、死ぬなよ」

「まさか、スワレアラの女王にそんなことを言われる日が来るなんてね」


 笑いながら軽い声で返したエストスに対して、クリファは真剣な顔で、


「もうスワレアラは同じ過ちを繰り返さない。おぬしが全てを懸けて守ったエルフの里を、今度は妾たちが命を懸けて守りぬくと誓おう」

「……これはこれは。どうやら数百年の間に、スワレアラは良い国になっていたみたいだ」

「当たり前じゃ。妾の国じゃからな」

「なら、君を信じよう、クリファ=アロリミエリ=スワレアラ。一緒に守るとしようか、この世界を」

「妾はクリファ=エライン=スワレアラじゃ」

「おっと。これは失礼」


 上品に頭を下げるエストスに、クリファも笑顔で答えた。

 数百年の時を超えて、歴史の中に埋もれた何かが溶けていくようだった。

 王として胸を張るクリファは、これからスワレアラに戻って魔王軍との戦いに向けた支援の準備を始める。


「テリアからリーンリアラの従者を何人かここで回してもらうことになったから、リーンリアラと上手く連携して他国に物資を回すつもりじゃ」

「大変そうだな」

「実際に戦うおぬしたちよりは、ずっと楽じゃよ」

「でも、俺にはできないよ」

「なら、ハヤトには妾の代わりに世界を救ってもらうとするかの」

「ああ、任せろ」

「うむ! 信じておるぞ」


 クリファと固い握手をして、ハヤトは踵を返す。

 すでにテリアがここに来るために乗ってきた大きな魔物に荷物を載せていた。どうやら、極東の谷も超えるらしい。


「極東の魔物だったらあーしもある程度の命令はできるから、荷物はあとでそっちで載せ替えてもいいって感じかも」

「あらあら。まさか魔族さんとまで一緒に冒険することになるなんてね」

「あーしもまさかこんな戦争の最前線に行くなんて思ってもなかったって感じなんですケド」


 想像以上にみんなの空気がよかった。

 これなら、極東へも問題なく行けようだ。

 大きな魔物の背中に俺たち六人が乗り、空へと浮かび上がる。

 ランドブルクでせわしなく準備する兵士たちの仕草がどんどん小さくなっていく。

 あっという間に魔物の高度が上がり、極東へ向かって進み始めた。

 数分もせずに、こちらと極東を分ける巨大な谷が見えた。


「あれが、極東」


 左右のどちらを見ても谷の終わりは見えず、その底も暗闇だけで見えない。

 これが、何百年も人間と魔族を分けてきた極東の谷だ。

 そしてその先にある荒れた大地の続く土地が、魔王の待つ極東。


「魔王城は極東の最奥にあるらしいから、とりあえず進んでいくわよ」


 魔物に小さく支持を出しながら、ハヤトたちは谷を越えて極東の空へと侵入した。

 下を見ると、小さな集落のようなものがいくつか見えた。きっと、極東で暮らす非戦闘員の魔族がいるのだろう。

 ちらほらと人影のようなものがあった。

 だが、その中で気になったのは、岩石などが並ぶ中にポツンと立つ二つの墓石のようなものと、そこにたった一人で立つ人物。

 普通の村とは違う異質な雰囲気を感じた。


「テリア姉さま! 魔物を止めてください!」


 ハヤトと同じ方向を見下ろしていたルージュが急に声を上げた。

 こんな遠くから、あそこに立つ人物の顔を判断するのは難しいだろうに、ルージュはもうそれが誰か確信しているのか、顔が青ざめていた。

 遅れて、テリアとミアリーがその人影の正体に気づく。


「……本当に、生きていたのね」


 その言葉で、ハヤトもその人物の正体を捉えた。

 魔物が地上に降り、ハヤトたちは地面に足を下ろした。

 そして、辺りに何もない荒れた大地にポツンと立つその人物は、懐かしそうにテリアたちを見ていた。


「六年、いや、七年ぶりかしら」


 余裕のある声色でその人物は言った。

 返事をしたのは、ルージュ。


「久しぶりだね、お姉ちゃん」


 姉であるルルを、ルージュは寂しそうに見つめていた。

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