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第三話「作戦会議」

 ランドブルクの女王、戦姫ルージュ=アーランドはきらびやかな会議室の隅でしくしくと泣きながら小さく丸まっていた。


「うぅ。久しぶりに姉さまたちに会えるから楽しみにしてただけなのにぃ」

「まあまあ、もう過ぎたことは仕方ないじゃない」


 のんびりとした声でテリアは言った。

ハヤトの隣に座るミアリーも、やれやれという顔でルージュの背中を見ていた。


「元々、戦姫って異名はルルにつけられたものなのよ。王女なのにどの冒険家よりも強く勇敢でたくましく、この国を象徴する存在だった」


 そんな人がアルベルとともに極東へ乗り込み、帰らぬ人となった。

 元々引っ込み思案でルルの後ろをついていくだけだったルージュだが、ルルのいなくあったランドブルクで向けられた期待はすさまじく、重圧に苦しむ日々が続いたらしい。

 数年前に集まったときにそのことについての相談をミアリー達にし、それでルージュは表だけでも戦姫でいようと、硬い自分のイメージを作り上げたのだそうだ。


「毎日毎日戦ったり重い空気だったり、私そういうの苦手なのに……。だから、気の置けない姉さまたちが来てくれてとっても嬉しかったの」

「あー。まあ、ミアリーも似たようなもんだったし、いいんじゃないか?」

「少し腹の立つ言い方だけど、気にしなくていいってところは私も同じよ」

「……ううぅ」


 戦姫なんて言葉を忘れそうなくらい弱弱しい雰囲気をまとったルージュは、ちょこんと椅子に腰かけた。

 こんな空気で作戦会議をするのだろうか。テリアとミアリーはいつも通りという顔だが、ハヤトはどんな面持ちで座っていればいいのだろうか。

 どうにかこの空気が変わってくれないかと願っていると、会議室の扉が再び開いた。


「妾じゃ!!」

「あらあら。大きくなったわねぇ、クリファ」

「テリアではないか! 元気にしておったか!」

「ええ。それなりにね~」


 ハヤトの知り合いの中では、最も気楽に話せる王族がニッコニコで入ってきた。

 スワレアラにいたときはレアドに飛ばされたせいで別れの一言も言えなかったから、ちゃんと話したいと思っていたのだ。


「久しぶりだな、クリファ」

「おお! 無事であったか、ハヤト!」


 元々笑顔だった顔をさらに朗らかにしたクリファは、空いていた俺の隣に腰かけた。

 クリファとは王都に行ったときにも忙しくてほとんど話せなかったから、この機会にいろいろと積もる話を消化できればいいのだが。


「あの時は大変だったからの。こうしてまた会えて妾は嬉しいぞ」

「そっちも元気そうで俺も嬉しいよ」

「う、うむ。それなら、まあ、会議が終わったらまた話すとしようかの」


 わずかに頬を赤らめて言葉を詰まらせたクリファを見て、ミアリーがニヤリと笑った。


「ははーん。なるほどね。そゆこと」

「ど、どうしたんじゃミアリー」

「スワレアラからの文書を読んだとき、どうしてこんなに手厚く支援するのかと不思議だったのよね。ダメじゃない、クリファ。私情は他の国には見えないようにしないと」

「な、なんの話じゃ! 妾はハヤトに恩があるからそれを返そうと……」


 嫌な笑みを浮かべるミアリーは、ハヤトの腕にすっと華奢な腕を絡ませて甘い声を出した。


「じゃあ、ドルボザで私とハヤトはデートする関係になったっていうのは気にしないわよね?」

「ぶほぉ!?」


 予想を超えたミアリーのからかいに、思わずハヤトは噴き出してしまった。

 案の定、テリアは「あらあら~」ってニヤニヤしているし、ルージュは「そ、そそそそんな! ミアリー姉さまとサイトウハヤトがそんな関係に……!?!?!?」って目を回している。

 そして、一番動揺しているクリファは顔を真っ赤にして立ち上がった。


「な、なななななんじゃとぉ!? そ、それは本当なのかハヤトよ!」

「本当だけど別にミアリーの言い方に悪意がある! 誤解をする前に説明を――」

「説明など不要じゃ! 貴様、女をはべらして旅をするだけでは飽き足らず、ミアリーにも手を出したというのか!」

「それが誤解だって言ってんだろうがぁぁぁああ!!!!」


 思わず叫び声をあげたハヤトを見て、ミアリーが可笑しそうにケラケラと笑いだした。

 からかい終わって満足したのか、クリファにいろいろと説明をしてくれたおかげで、なんとか場は収まった。


「なんじゃ。それならそうと早く言わんか、この馬鹿が」

「言わせてくれなかったのはお前じゃんか……」


 やけに重い疲労感にぐったりとしていると、テリアが仕切り直すように口を開いた。

 どうやら、関係のない話をする時間はここまでらしい。


「それじゃあ、始めましょうか。これから、世界の舵を切るとしましょう」


 その一言で、空気が一変した。

 さすが国をまとまる人物たちというところか、この切り替えはさすがというほかなかった。

 仕切るのは一番年長であるテリアのようだ。

 まず確認するのは、メリィの宣戦布告についてのリアクションだ。


「全ての国が把握していると思うけど、魔王によって宣戦布告が全世界にされたわ。そして、一斉攻撃がされるのは今から約一ヶ月半後。それについてはどうかしら」


 間髪入れずに返答したのはミアリーだった。


「ドルボザは全面戦争のつもりよ。国王が魔王の手で殺されている以上、引いたら国民に示しがつかない」

「えっと、ランドブルクも受けて立つつもり……です。あの、この国はそもそも、魔王軍との戦いの中でできていった国ですし、国民のみなさんたちもやる気に満ちているというか……」


 控えに、ルージュも続いた。

 それを聞いて、クリファは少し迷いの見える顔で、


「申し訳ないが、魔王軍に対抗する意思はあれど、スワレアラは参戦することができん。じゃが、他の国に手は一切出さず、できる限りの支援をさせてもらおう。今は守りを固めるので精一杯なのじゃ」

「リーンリアラも同じね。私みたいに大きな魔物を扱える人も少ないし、そもそも戦力にならないのよ。だから、運搬とかで支援させてもらうわ。こちらも魔王軍に対抗する意思はあるということで」


 こうして、四国の意思は整った。

 これで正式に、全世界が一つになって魔王軍と戦うということになる。

 軍を出すのはドルボザとランドブルク。そしてその支援にスワレアラとリーンリアラ。

 一斉攻撃に合わせて、ドルボザとランドブルクは極東へ軍を送るようだ。そして、その兵糧を広大な土地を持つスワレアラが、運搬をリーンリアラが受け持つという形になるということだった。


 リーンリアラは魔物を使った伝達、運搬が特色で今回の会議の連絡もリーンリアラの魔物によって伝わっている。

 各国の主要部にはリーンリアラ出身の魔物使いが働いていて、伝達業で生計を立てている人もいるのだとか。

 早ければ半日もあれば連絡が届くらしい。


「それじゃあ、もう一つの本題ね」


 艶やかな笑みを浮かべるテリアは、ハヤトへと視線を向けた。


「魔王が直接指名したというサイトウハヤトを、どう扱うべきかということね」

「お、俺……?」

「当たり前じゃろう。聞いたところによると、おぬしが魔王に勝てば完全降伏ということではないか。妾たちも無駄に戦をするつもりはないからのぉ」


 改めて考えれば当然だろう。ハヤトが勝てばそれで戦争は起こらない。

 どうやら四国の中に、戦争をした方が都合がいいという国はないようだ。

 テリアも何度も頷きながら、


「せっかく四国のトップがこうして私たちで揃ったのだから、平和な世界を作っていきたいのよ。みんなで話をしていた夢がもうすぐそこまで来てるのに、魔王軍が余計なことをするんだもの。何もせずに終わるならそれが一番いいわ」

「じゃあ、俺は一足早く極東に乗り込んで戦うってことか?」

「そうなるわね。だから、どれくらいの兵をあなたにつけるのか、どの国がどうあなたを支援するのか、それを決めなくちゃいけないのよ」


 やはり、ハヤトが中心になって兵士をつけてもらうという形になるのだろうか。

 そういった方面への知識はないので、正直彼女たちに任せることになると思うが。


「それで、私から一つ話があるの」


 切り出したのはミアリーだった。

 冗談を言うつもりはない、という真剣な表情で彼女は言う。


「魔王城へ向かうのは少数精鋭にして、五~六人で行きたいのよ」

「……本気で言ってるの?」

「ええ。本気よ」


 ピりついた空気が会議室を一気に埋めた。

 ルージュも戸惑った表情を浮かべている。

 困惑した顔のクリファは、背もたれに付けていた背中を椅子から離して、


「たった六人で魔王城へ向かい、万一負けた場合、戦争が確実に始まるということはもちろん承知なんじゃよな?」

「当たり前よ」


 ミアリーはそう断言した。

 クリファは眉間にしわを寄せて考え込むように椅子にもたれかかる。

 戦争をしたくないという方針であるにも関わらず、その命運をたった十人にも満たない者たちに委ねると言っているのだ。クリファが悩む気持ちもよく分かる。

 ハヤトもどういう反応をしたらいいのか分からずに、曖昧に視線を動かしていた。


「私は目の前で魔王を見た。そしてその力も。クリファ、あなたも見たのよね?」

「う、うむ。わずかではあったが」

「あの時、私は思ったのよ。有象無象が向かったところで、ただ無駄に命を散らすだけだって」

「それは……、」


 その点については、ハヤトも反論はなかった。

 魔王軍の幹部たちと何度か戦ってきたが、ただの兵士では太刀打ちできないだろう。それこそ、アルベルのような規格外の力を持っている人間でなくては、ミアリーの言うとおりただ無駄に死んでしまうだけだろう。


「だから、魔王軍に対抗できる力を持つ人間だけで極東に乗り込むべきよ。食料の問題もあるし、少人数なら不意を衝ける可能性も増える」

「じゃあ、その少人数には誰を用意するつもり? 理由はわかったけど、その名前を聞かないと納得はできないわ」

「当然、まずはハヤトと一緒にきたエストスとリリナの三人。それと、私が行くわ」


 はぁ、とため息をついたのはテリアだった。


「あのねぇ。死ぬかもしれない戦地に王女を送り出すことに賛成する馬鹿がいると思うの? ルージュならまだしも、あなたはそもそも戦い向きの人間じゃないでしょ?」

「私はルルを、連れ戻さなきゃいけないから」

「……ぇ?」


 なんとなくだが、ミアリーが少数精鋭に拘っていたその真意をハヤトは理解できた。

 しかし、ルルという名を聞いて一気に表情が変わったテリアは、先ほどとは打って変わって余裕がなくなっていた。


「ルルを……連れ戻す?」

「驚いているのがテリアとクリファだけということは、ルージュは知っていたみたいね」

「は、はい。少し前にアルベルさんが来たときに……」


 何度か聞いたように、彼女たちは旧知の仲だ。それならもちろん、ルージュの姉であるルルのこともよく知っているはずだ。

 当然、六年前にアルベルとともに極東へ行き、帰ってこなくなったことも。

 だが、そんな死んだはずの人間を連れ戻すと言われたら、もちろんこの結論にたどりつきざるをえない。


「ルルは生きていたっていうの……?」

「ええ。今は元気に魔王軍の幹部をやっているわ」

「は……?」


 死んだと思っていた旧友が生きていて、さらに敵の幹部だと言われたのだ。

 ルルと始めて会った時のアルベルを思い出した。やはり、それだけ衝撃だったのだろう。


「もし大人数で行けば、ルルのことは世界に知られてしまう。そうしたら、あの子の帰る場所はもうどこにもない」


 ドルボザでミアリーは言っていた。ぶん殴ってでも改心させて、連れ戻すと。

 そのためには、その事情を知っている人間だけで魔王城へ乗り込み、決着を付けるのが最もいいと考えたのだろう。


「でも、洗脳されているってことにすれば、ルルを裁くことはないんじゃ……」

「裁かれないことと、居場所があることは別よ。連れ戻して、実は生きて囚われていたっていう筋書きが一番いい」

「だから、あなた自身が行くと?」

「ええ。あの人は私の手で連れ戻す」


 そんな会話に、細い声が割り込んだ。


「なら、私も行きたい……です」


 控えめながらも、ルージュははっきりとした声で、


「アルベルさんから聞いた時から、お姉ちゃんと会いたいってずっと思ってたから」

「……まったく、本当に手のかかる子たちね」


 うんざりとした表情をしたテリアは、ミアリーとルージュにそれぞれ視線を送って、


「一つだけ約束して。命の危険を感じたら必ず逃げる。絶対に、生きて帰ってくること」

「当たり前よ。今のドルボザを放置して死ぬつもりはないわ」

「私もまだ、やることも、やりたいこともありますから……」

「相変わらずね。そうしたら、仕方ないわね」


 テリアは再び艶やかに笑って、


「それなら私も行くわ。私の魔物がいれば簡単に谷を越えられるし、荷物も持っていけるでしょう?」

「おいおい。大丈夫なのか? さすがに三つの国のトップが最前線は……」

「安心して。私はあくまで何かあったときにこの二人を連れて帰るために一緒に行くだけだから。戦い自体はあなたたちに任せるわ」


 テリア自体、戦えないわけではないが強いわけではないと本人は言っていた。

 だが、こうして年長者がストッパー役としていてくれるのはありがたい。もしルルと対峙したときに、ハヤトの言葉よりもずっと説得力があるはずだからな。

 こうして、みんなで力を合わせて戦おうという空気になってきてしまったわけだが、


「すまないが、妾はいけん。スワレアラをこれ以上空けるわけにはいかないのじゃ」

「もちろん、それで構わないわよ。戦闘訓練をしていない女王様を戦場へ連れていくつもりはないから」

「じゃから妾は、おぬしたちの帰りを待つとしよう。宴の準備をしておくから、必ず全員無事で帰って――」


 そんなクリファの言葉を遮るように、ドンドンドン! と会議室のドアが叩かれた。

 一気に表情を変えたルージュが、凛々しい声を出す。


「入りなさい!」

「会議中申し訳ありません! 失礼いたします!」


 従者と思われる男が、息を切らして入ってきた。

 何か手紙のようなものを握りしめた彼は、頬を流れる汗を無視して声を上げる。


「たった今、スワレアラからの伝令が届いたのですが……!」

「スワレアラじゃと!? 一体どうしたんじゃ!」


 ガタっと立ち上がったクリファは、声を荒らげた。


「そ、それがにわかには信じがたいのですが……」

「いいからさっさと言わんか!」


 クリファの圧に、従者の男は思わず一歩下がってしまう。

 しかし、呼吸を整えた従者ははっきりとした言葉でこういった。


「スワレアラが全域に渡り、魔王軍によって侵攻されています!」


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