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第二話「集まる女王たち」

 凄まじい威圧感だった。戦姫と呼ばれる理由は女王ルージュのまとう雰囲気だけで分かった。

 圧倒されたハヤトはただ「どうも」とだけ不器用に言うことしかできなかった。

 そんなハヤトを見て、ミアリーが助け舟を出す。


「やることまだあるんでしょ? 私たちは先に行ってるからそれを片付けておきなさい」

「そうですね。それでは、また」


 それだけ告げて、ルージュは踵を返した。

 四国のトップが集まる会議、重い空気になりそうだ。まあ、クリファもくるだろうし大丈夫だろう。四人のうち、二人が知人なのはありがたい。

 大きく俺が深呼吸をすると、隣に立っていたリリナが肩を叩いた。


「ねえねえ、ハヤト。魔王が攻めるまで、あと一ヶ月以上あるって感じだよね?」

「ああ、そうだけど」

「でも、あそこで飛んでるの魔物って感じじゃない?」


 リリナが指を差したのは、西側の空。

 山の中に位置するランドブルクの城よりも高い場所に、巨大な翼を持つ生物が飛んでいた。

 エストスはわずかに眼鏡をずらしてそれを見る。


「確かに、あれは魔物だね」

「おいおい、マジかよ! ヤバいんじゃないのか?」


 ハヤトが騒ぎ立てると、落ち着いた様子でミアリーが言う。


「大丈夫よ。あれは敵じゃないわ」

「でも魔物だぞ!?」

「魔物だけど敵じゃないのよ。リリナ、あなたなら分かるんじゃない?」


 いつの間にか、名前で呼び合う仲になっていたらしいリリナは、目を凝らして空を飛ぶ魔物を見る。


「……本当だ。ハヤト、あの魔物、背中に誰か乗せてる感じ。しかも魔族じゃなくて、人間って感じなんだケド」

「え? 人間が魔物の言うことを聞くなんてあり得るのか?」

「それが出来るから、あんなに離れたリーンリアラがこのランドブルクで会議をすることに反対しないのよ」


 城の正面であるこちらへ向かって、巨大な魔物が降下してくる。

 本当に、その背中には人が乗っていた。しかも大人の女性だった。

 深い森に佇むような深い緑色の髪に、エストスに負けないくらい栄養の行った胸に、豪奢なドレスによって強調される引き締まった腹部。

 滑らかな挙動で翼を持つ魔物から降りてきたその女性は、ミアリーを見て艶やかに微笑んだ。


「あらあらぁ。ドルボザからはあなたが来たのね。これなら緊張しなくて済みそうだわ」

「そもそもあなたは緊張するような人じゃないでしょ」

「あらぁ? 外でもその喋り方をするようになったのね」

「ええ。いろいろあったから」


 二人の会話を聞くに、本当のミアリーを知っているということはかなり親密な仲なのだろうか。それか、昔からの知り合いとか。

 訝しげな視線を送る俺に気づいたのか、緑髪の女性はこちらを見て、


「ん? そちらの方は?」

「彼がサイトウハヤトよ」

「……なるほどね、彼が」


 女性は不敵に笑うと、ハヤトの前へと歩き、


「初めまして。私はリーンリアラの盟主、テリア=ルーズリアよ」


 この人がリーンリアラのトップだったのか。どうりでミアリーに似た雰囲気があると思った。

 それにしても、この視線はなんだろう。いつも浴びているサイトウハヤトに向けたものには感じない。もっと別の何かを見られている気分だった。


「えっと、どうしました?」

「なんでもないわ。ただ、あなたから不思議な魔力を感じるのよ。いや、あなただけではないようだけど」


 テリアは妖しく笑いながら、後ろにいるエストスを見る。

 もしかして、女神リアナのことを知っているのだろうか。


「不思議な魔力って、もしかして」

「自覚あり、って感じね。ならそちらのあなたも?」

「エストス=エミラディオートだ」


 やはりリーンリアラをまとめているだけあって知識が豊富なのか、その名前を聞いただけで表情が変わった。


「本当に、あのエストス=エミラディオートだと……?」

「ああ、本人だよ。数百年ほど閉じ込められていてね」

「……なら、リアナ様があの時代に力を与えた四人のうちの一人が、あなただと……?」

「四人かどうかは分からないが、私と私の友人が力をもらったのは間違いないね」


 どういうことだ。今まで、女神の話なんて出てこなかったのに、どうしてテリアはこんなにも女神について知っているのだろう。

 それに、あの時代というのも分からないし、一体どういう話をしているか分からない。


「あの、ちょっと俺にも分かるように説明してほしいんですけど」

「え、ああ、ごめんなさいね。女神リアナを信仰しているのはリーンリアラぐらいだから、説明をしないといけないわね」

「それは私も気になるね。私が力をもらったときはスワレアラでも女神リアナを信仰している者は多かったはずだ。しかし、スワレアラでは古びた歴史書にその名が乗っている程度だったからね」


 確かに、女神という肩書きなのに宗教として成立していないのは気になるところだった。話を聞く限り、リーンリアラではリアナ教があるのだろうか。


「あなたのいうように、私たちの生まれるずっと昔は、リアナ様はこの世界全てから信仰を得ていたと言われてるわ。それまで、リアナ様はたびたびこの世界に現れ、世界の人々の苦しみを救い、崇められてた」


 そこで言葉を区切ったテリアは、「でも」と切り返す。


「スワレアラの大虐殺、そして魔王軍の発生。世界的な戦争と内乱が起こったあの時代から、リアナ様がやってきたという記録は一つも残っていないのよ。一番人々が助けてほしいときに、リアナ様は手を差し伸べてくれなかったの。だから、数百年という時間が経って、リアナ様は忘れられていった」

「君たち、リーンリアラの人々を除いて、ということかい?」

「ええ。リーンリアラは森の中にある村がいくつも集まってできた国なんだけど、その奥に女神の祭壇と呼ばれるリアナ様を祀る場所があるのよ。それから得られる加護のおかげで私たちは生きていけるから、廃れなかった」


 加護とはなんだろう、と俺が首を傾げると、テリアは自分の乗ってきた魔物を指差して、


「リーンリアラには女神の祭壇の加護があるから、そこに生息する魔物は私のようにリーンリアラで生まれ育った人のいうことを聞いてくれるのよ。おそらく、共通した質の女神の魔力が体に宿っているからだと思うわ」

「なるほどな。魔物に乗ってここまで飛んで来られるから、ランドブルクでの会議も問題ないなのか」

「加護はあくまでリーンリアラ内だから、他の場所にいる魔物には一切意味がないんだけどね」


 軽い笑みを見せながらテリアは言った。

 簡単な説明を終えた彼女は、話を戻すためにこほんと咳払いして、


「ってことで、私の体にはほんの少しだけど加護の力でリアナ様の魔力が宿っているのよ。でも、あなたたちからはそんな次元ではない量の魔力を感じた。それに、そこにいる可愛い子も人間じゃないようだし」


 魔物を扱えるということは、魔晶石に関しても常人よりも敏感なのだろう。リリナが魔族だということも見抜いているようだった。


「まあいいわ。サイトウハヤトがそこらにいる普通の人間じゃないというのなら、アルベルくんと互角以上というのも納得がいくし、あなたたちが味方で困ることは何もないから」


 テリアは肩甲骨の半ばまで伸びた緑の髪を揺らして城の中へと進み始めた。

 続くように、ハヤトたちも城の中へと入っていく。一足先に、エストスとリリナは客室へと案内された。

 本来は四人で行われる会議なので、その中にハヤトが入るというだけでも特例らしい。

 さすがにエストスたちも同席するということは難しいとミアリーは言っていた。


「そのうちスワレアラの王もくるだろうし、揃ったらさっそく話し合いね。まあ、おそらく意見が割れることはほとんどないと思うけど」

「そうだろうな。でも、この会議は必要なんだろ?」

「ええ。中身がどうであれ、四国がすべて揃った正式な決断があるというのが大事なのよ」


 二週間もかけてランドブルクへ来ているのだ。その重要性は言わずもがなだろう。

 ハヤトとミアリーとテリアは、案内を務める従者が開いた大きな扉を抜けて円形のテーブルが中央に設置された部屋へと案内された。

 腰かける場所は特に指定はないらしい。俺はとりあえず、ミアリーが座った隣に腰かけた。


「なんか、こんなすごいところで座ると緊張するな」

「多分、すぐに緊張しなくなるから安心しなさい」


 脱力して頬杖をつくミアリーを見て、テリアが愉快そうに笑う。


「この四人で集まるのは何年振りかしら。あの時は誰も王でもなんでもなかったのにねぇ」

「ちなみに、私は第一王女のままよ。先日ギルラインが王位を継承したからやることが多くて代理できたの」

「それでも、私もクリファも、ルージュもここに来る。運命って面白いわね」

「確かにそうね。最後に四国でちゃんと集まれたのは確か、ミアやルルのいた七年前とかかしら」

「昔からの仲だから、ミアリーの喋り方にびっくりしてたのか」


 ミアリーはこくりと頷いた。


「ええ。何年かに一度王たちが集まるときに、父に連れられて来たときに色々相談してたりしたのよ。それがきっかけで、ルルに剣を教わることになったわけだし」

「結局、ずっと猫被ってたのに、久しぶりに会ったらこれなんだもの、びっくりするわ」

「魔王軍についての話が落ち着いたら、腐るほど話してやるわよ」

「ふふ、お酒が進みそうで楽しみだわ」


 そんな思い出話をしながら数分経って、再び扉が開いた。

 入ってきたのは、先ほどあった戦姫ルージュ。従者はいなく、一人でやってきたようだった。

 ゆっくりと、両開きの扉が閉まっていく。

 そして、無言で立つルージュは扉が完全に閉まった瞬間に鉄仮面のように強張った顔から一気に力を抜いてこちらへ走り出した。

 そして、瞳にうるうると涙を浮かべてミアリーに抱き着いたルージュは威圧感の欠片もない高く可愛らしい声で、


「ミアリー姉さまぁぁあああああああ! おひざじぶりでずぅぅぅううう!!」

「はいはい。お疲れ様。ところで私の隣には彼がいるけど大丈夫?」

「……え?」


 目をぱちくりと開閉したルージュは、すっとミアリーから離れて姿勢を正した。


「こほん。よく来たな、サイトウハヤト。此度の魔王軍との戦いでは期待しているぞ」

「いや、さすがにもう手遅れじゃない?」

「……うぅ」


 弱弱しく体を丸めたルージュは、今にも泣きそうな顔をしていた。



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