第一話「ランドブルクへ」
今まで一人称(ハヤトが語り手)で書いてきましたが、話の展開や構成を考えて三人称で書いていくことにしました。どんどん書きたいこと書いていきます。最終章まで全力で駆け抜けるので、どうぞよろしくお願いします。
メリィの突然の襲撃によってドルボザ国王が暗殺され、シアンを奪われたあの日から一日が立った。本当は一秒でも早く魔王城に行きたかったが、王が殺されたという緊急事態が発生したドルボザで、すぐに出発することは出来なかった。
心を入れ替えてこれから頑張っていこうという決意を台無しにする最悪の事件。一晩にしてドルボザ国は不安や怒りで満ち、早急な対応をしなければならなかった。
「悪い、何もしてやれなくて」
「あなたの責任じゃない。悪いのは全て魔王軍だから」
ミアリーと肩を並べて、サイトウハヤトは城の廊下を歩いていた。
新たな国王にはギルラインがなるということになった。あの人も改心をして頑張ろうと言っていたから心配はなかった。それよりも心配なのはミアリーの方だ。
目元はわずかに赤く腫れていた。当然だ。目の前で父親があんな呆気なく殺されてしまったのだから。
それでも王女として前を向くミアリーの逞しい精神に、ハヤトは尊敬すら覚えていた。
「もうすぐに出るのか?」
「ええ。準備が整い次第、すぐに」
メリィの宣戦布告によって、スワレアラに帰ろうとしていたハヤトの予定は全て変わった。
さきほど、ギルラインたちとの会議に参加し、ドルボザ国は正式に魔王軍を迎え撃つこと、きたる二ヵ月後に備えた準備、それまでにメリィに勝利するためへの極東遠征が決定した。
そして、メリィからの宣戦布告に対する各国の方針を確認し、今度魔王軍との戦いに向けて手を取るのかどうか、という判断をするために各国の王がランドブルクへ集まることになった。
なんでも、全ての国から一番集まりやすい国がランドブルクなんだそうな。
「スワレアラとドルボザはかなり距離があるけど、東のランドブルクまではそこまで距離がないのよ」
「でも、リーンリアラは西にあるんだろ? めちゃくちゃ遠いのに大丈夫なのか?」
「あそこは馬車じゃないから事情が違うのよ。問題ないわ」
そうとだけ、ミアリーは言った。まあ、現地に着いたときに明らかになるのだろう。
ランドブルクへは、ハヤトもミアリーと一緒に行くことになった。ランドブルクでの話がまとまり次第、彼はそのまま極東へと向かうつもりだ。もし可能ならミアリーもついてくるつもりらしい。
激しい戦いになるだろうから、少々不安ではあるがミアリーは折れそうにない。
他に来るのは、エストスとリリナだ。もちろん戦力になってくれるし、シアンを奪われたことを黙っている二人ではない。
そして、あのピンク色の姉妹についてなのだが。
「ハヤトさん!」
歩いている横から、可愛らしい高い声が聞こえた。
こちらへと駆け足で向かってきたのは、シヤクだった。その後ろには、姉であるボタンもいる。
「どうした? 何かあったのか」
「い、いえ。問題はなくて、準備も終わったなのでございますけど」
もじもじと何かを言おうとするシヤクの後ろから、ボタンが軽い声で、
「これからしばらくあなたに会えなくなるから、話したいってことらしいなのですよ」
シヤクとボタンはスワレアラのスタラトの町にある家にまで戻ることになったのだ。
まあ当たり前だ。今まで二人は巻き込まれていただけで、本来は戦いに身を投じるべき人たちではないのだ。
だが、魔王軍との戦いが二ヶ月後である以上、次にスワレアラに帰るのは早くてもそれに近い日数がかかるということ。当然、シヤクたちに次に会うのもそれだけの期間が開くということだ。
「そうだよな。ごめんな、シヤク」
「い、いえ! 頑張ってくださいなのでございます!」
シヤクは自分の頬を見にまとうピンクの服と同じくらい赤らめながら、
「絶対、絶対に無事で帰ってきてくださいなのでございます! あのお屋敷をちゃんと綺麗して待ってるなのでございますから!」
「ああ、ありがとな。絶対に帰るから、待っててくれ」
「はいっ!」
ハヤトがシヤクの頭を撫でると、彼女は口元を緩めて笑っていた。
帰らなきゃいけない理由がまた増えた。絶対に魔王軍を倒そう。
「それじゃあ、行ってくるよ。シヤクとボタンも気をつけてな」
「はい、なのです! 魔王なんてさっさと倒して帰ってこいなのですよ!」
ふん、と鼻息を荒立ててボタンは言った。
わかった、と一言返事をして、ハヤトは再びミアリーと歩き始めた。
そういえば、エリオルもスワレアラの方へ行く用事があるとか言っていたが、気にする必要はないだろう。
少し歩いて馬車へと着くと、先にエストスとリリナが待っていた。
「二人とも、準備は大丈夫か?」
「ああ。早く彼女を助けに行こう」
「私も大丈夫って感じ。あの魔王、シーちゃんに何かしたら許さないんだから」
二人とも、準備は万端のようだ。
ミアリーが用意してくれた馬車へと乗り込み、俺たちはランドブルクへと向かった。
ランドブルクまでは二週間ほどで着くらしい。ランドブルクから極東へと続く谷まではすぐ近くらしいので、二ヵ月というメリィが設定した期間はかなり余裕のあるものらしい。
思いのほか、ミアリーとエストスたちはすぐに打ち解けた。リアナが自分は魔族だと普通に言ったときは少しひやひやしたが「この男の仲間って時点でどうせ規格外だと思ってたわ」と意外とすんなり受け入れてくれた。
ドルボザを出て、いつくかの町や村を中継地点としてランドブルクへ進んでいく。
本来ならば護衛の兵士たちを連れていくらしいのだが、ハヤトたちがいるなら大丈夫だとギルラインが許してくれたようだ。ミアリーも、兵士たちが多いのは疲れるからこの方が楽でいいらしい。
短期間でいくつかの山を越えた。極東へ近いため、ランドブルクは他の国よりも魔物が多いらしい。ランドブルクも山の中にそびえ立つ城塞国家で、領土自体は少ないが、兵力は他の三国と同格かそれ以上だとミアリーは言っていた。
特に問題もなく、ちょうど二週間で俺たちはランドブルクにたどり着いた。
最初に城塞国家と言われていた通り、それは山の中に巨大な壁で囲まれた都市だった。もし戦争をするとなったら、ここを落とすのはかなりの時間を要すると素人のハヤトでも分かるほどだ。
流石王女というだけあって、ミアリーが一声かけるだけで円滑に物事は進み、すぐに国の中心へと案内された。
ミアリーが猫かぶりを止めたということを知らないランドブルクの兵士たちは、想像とはまったく違う高圧的な態度に圧倒されていた。
しかし、そんなことは知ったことではないとミアリーは悠然とした態度で馬車から降りる。
「女王はもうすぐ帰ってくるそうよ。先に城で待つわよ」
「え? そんな簡単に王様って国を空けて大丈夫なのか?」
「この国はね、魔王軍との戦いのために出来た、他に比べてかなり歴史の浅い国なの。住んでいるのも冒険者や傭兵ばかりだし、大量の魔物を倒して得た魔晶石をドルボザやスワレアラに売って利益を得てるの。だから、この国のトップも戦える人材でないといけない」
本来ならば、魔王軍幹部となったルル=アーランドが次の王になるはずだったが、アルベルの仲間として極東へ行ったことで、その妹が女王となったらしい。
「ランドブルクの戦姫ルル=アーランド。少し前には知らない人はいないほどだったわ。まあ、今はルルの妹が戦姫と呼ばれているけど」
「なるほどな。じゃあ、今はその女王様が遠征とかでいないから待っていてくれってことか」
「この国は間違いなく魔王軍の宣戦布告を受け取れば国を挙げて戦うはずよ。もうあの日から二週間経ってるし、極東の谷付近の偵察と魔物の掃討とかでもしてるんじゃないかしら?」
ハヤトはメリィの言った言葉を思い出した。
二週間が経過して、彼女の宣言した一斉攻撃まであと約一ヶ月半。それまでに極東及び魔王城を攻略してメリィを倒す。
言葉にする分には単純だが、簡単なことではないことは俺でも分かる。
山の上に位置するランドブルクからなので、東に視線を向けると荒野が見えた。
あの先が、極東。
難しいことを考える必要はない。
メリィを倒し、必ずシアンを救う。
考えるのは、これだけでいい。
「あら、噂をすれば戦姫のお帰りじゃないかしら?」
ミアリーの言葉を聞いて、ハヤトは城の正面の門へ視線を移した。
なにやら人だかりができており、その中心には綺麗な列を作る兵士たちがいた。
そして、その列の先頭を歩くのは、鎧でがちがちに固めた兵士たちとは全く別の世界に住んでいるかのように上品に赤いドレスを着こなし凛々しく歩く女性だった。
彼女は自分の左右に並ぶ国民たちに目をくれることもせず、ただ正面を見て静かに歩く。それがさらに威圧感を生み、異質な緊張感がそこには生まれていた。
ハヤトたちの方へと近づくにつれて、女性の外観がはっきりと見えてくる。
ミアリーの金髪よりも透明感のある、白に近いプラチナのようなブロンド。出るところが出ているミアリーに比べ、すらっとしたスタイルは余計に兵士の前に立つには違和感を覚える。
見事に赤いドレスを着こなしたその女性は、ハヤトの隣に立つミアリーを見つけて立ち止まった。
「お久しぶりです、ミアリー王女。もう着いていましたか。迎えに出向けなくて申し訳ありません」
「いいのよ、別に。あなたが忙しいのは知っているから」
ミアリーのその答えを聞いて、赤いドレスの女性は目を丸くした。
「……! その喋り方は……」
「いろいろあったのよ。後で話すわ」
「そう、ですか。して、隣の方は?」
「彼がサイトウハヤトよ。連絡は行っているとは思うけど、彼も会議に参加するわ」
ハヤトが軽く会釈をすると、彼女は彼の目をまっすぐ見つめて、
「初めまして。ランドブルク王国、国王ルージュ=アーランドです」
女王ルージュは、引き締まった表情のままそう言った。




