プロローグ
その少女は、どこにでもある、なんでもない家庭に生まれた。
妖精という種族であるけれど、特別美しいわけでもなく、特別な才能を持っているわけではなかった。
ただ違いがあるとしたら。
少女は、他の妖精と比べて異常に大きく育った。通常は人間の顔と同じくらいの大きさなのだが、少女はその比較対象である人間と同じほどの大きさにまで成長したのだ。
しかし、それだけ。
その異常な成長がゆえに魔力を多く持ってはいたが、役に立つスキルも、魔法のセンスも、何も少女は持っていなかった。
その代わりに持っていたのは、誰かを労わる優しい心だけ。
しかし少女はその異端な体のせいで、妖精の中で孤立した。異物だと、心無いことを散々言われた。
だからだろうか。
魔族狩りだと人間が魔族を襲った時に、迫害される魔族に自分が重なって見えたのは。
結果的に、世界各地に住んでいた魔族たちは逃げ場を求めて巨大な谷を越え、極東を拠点とした。そうして逃げた中の一人だった少女は、彼らを助けてあげたいと、そう思った。
自分たちを追いつめる人間たちと戦わなければならないと、そう思った。
そんな中、ある出来事が起こった。
目の前に現れたその人は、自らを女神と呼んだ。
彼女は力のない少女にある才能を渡したのだ。彼女はそれを【妖精の唄】と呼んだ。それの力を受け取った少女は、戦いの最前線に立ち、迫りくる人間たちをいともたやすく追い返した。
そうして人間たちと戦っているうちに、少女は人々から尊敬の眼差しを浴びるようになった。最初は楽しかった。今まで孤独だった自分にたくさんの友達ができた気分だった。
違和感を覚えたのは、人間の進行を魔族が押し返したあたりだっただろうか。
いつの間にか、一体となった魔族たちは少女のことを魔族の王、魔王と呼ぶようになった。そうして、魔族を護るために戦う組織は、魔王軍と呼ばれた。
次第にその違和感は、形となっていく。
数十年も戦い続けているうちに、魔王軍は人間を圧倒するようになっていった。そのうち、魔族たちの思考が護るを超えて攻撃するという形に傾き始めた。
少女は止めようとした。守るだけで充分なのだ。この極東に住み、みなで平和に暮らそうと。
だが、駄目だった。家族を、友人を、恋人を、ただ魔晶石を回収するためだけに殺されたのだ。魔族たちの復讐は、心優しい少女に止めることはできなかった。
そして魔王軍は、いつしか人々の恐怖する最悪の組織となった。
もう、少女は止まることができなかった。だから少しでも、これ以上魔族たちが復讐に囚われないよう、極東に留まるよう、東の果てに城を建てた。
世界はその城を魔王城と呼び、彼らの中心となったのだ。
全てを諦めた少女は、魔王としてその玉座に腰を掛けたのだった。
いつか来る平和な世界を、心の片隅で夢見ながら。
あの日からもう、二百年を超える歳月が過ぎた。
そして、少女が夢見た世界が、もうすぐそこにまで迫っている。
「お願いだよ、ハヤトくん」
誰もいない、東の果てにある城の中。
やけに広い部屋で寂しく座るその妖精は、こんなことを呟いた。
「どうか、私を許さないで」
待ち焦がれたその時は、もう、目の前に。
プロローグだけ先に投稿します。六章の開始まで、しばしお待ちを。




