第二十一話「止まってやるものか」
数秒にも満たない剣の交わりののちに、二人の二刀流は同時に後ろへと下がった。
本来、遠距離からの攻撃を軸に戦いを組み立てるミアリーが最初から直接剣を交えたのは、ナナの力量を確かめるためだった。
おそらく、スキルの都合から三回同じ場所に攻撃を当てる必要があるナナがたった一度剣を交えただけで距離を取ったのも、その交わりから受け取った情報を消化するためだろう。
そして、二人は同時に確信する。両者の身体能力はほぼ同じで、その中で優劣をつけるとするならば、彼女たちの持つ個性とそれを使いこなす技術であると。
「【剣の残り香】ッ!」
先手は当然ミアリー。
片手で足場を作り、もう一方でナナへ紫の斬撃を放つ。
身軽なナナは、踊るようにその攻撃を避けながら空を走るミアリーへの隙を伺う。その視線を気味悪く感じたミアリーは横なぎに大きな斬撃を飛ばした。
それを見たナナは、待ってましたと言わんばかりに不敵に笑って、
「【三度目の正直】」
キキキキキンッ! とその場で独楽のように回ったナナは瞬きほどの間に紫の斬撃を何度も斬りつけた。
直度、紫の斬撃は反射したかのように弾き飛ばされ、ミアリーへ向かう。
だが、ミアリーに特段驚いた表情はない。
「私がこの斬撃を足場にしてるってことは、触れば動きが停止するってことなの、わかるでしょ?」
跳ね返った紫の斬撃は、ミアリーが片手で優しく触れただけでその場で停止した。
しかし、ナナも想定外という顔はしていない。むしろ、そうやって受け止めてくれるのを待っていたとばかりに全力で距離を詰める。
小ぶりの剣を振り上げたナナが目の前に現れ、ミアリーは斬撃を盾にしようと体を捻るが、
「私は今、その斬撃を五回攻撃しました」
ナナのスキルは、同じ場所に三度攻撃すると三度目の威力が跳ね上がる力。
最初の三回で弾き返しながら、後押しするように追加で二度、ナナは斬撃を攻撃した。
それはつまり。
「ふッ――」
振り下ろした片手の剣だけで、ミアリーが盾にしようとしていた斬撃が砕けた。
かなり近距離のため、長剣を扱うミアリーの間合いのさらに内側にいるナナへ紫の斬撃は飛ばせない。
ナナは体を回転させながら、両手を合わせて二本の剣を同時に振る。
ミアリーは右手に握る剣を直接の防御に回し、左手で紫の斬撃の準備をするが、
「最初に一度、私はあなたの剣を攻撃しました」
ナナの小ぶりな二本の剣がミアリーの長剣に当たった瞬間、刀身がガラスのように砕け散った。
明らかに剣が攻撃を受けただけの壊れ方ではない。足場を作っていたミアリーは横っ飛びをして強引に距離を取る。
「あなたの口ぶりからして、蓄積した攻撃を三回目で一気に発散させるとかかしら」
「半分正解です。蓄積ではなく、三回目の威力が跳ね上がります。一回目、二回目は普通の攻撃です」
「随分と簡単に喋るのね」
「言ったじゃないですか。あくまでの時間稼ぎ。会話は大事です」
説明をしているナナの笑顔が作りものの笑顔だということは、ミアリーにはすぐわかった。
お手本のような整った笑顔で、ナナは言う。
「それにしても、残念ですね。せっかく二刀流とやりあえると思ったのに、もう一本になってしまいましたね」
「そうね。私たちはよく似てるのに、勿体ないことをしたわね」
ピク、と。ほんのわずかにナナの頬が震えた。
だが、すぐに自然な笑顔に戻ったナナは、視線を下げてミアリーへと進む。
「足場と斬撃を同時に出せる二刀流だったから厄介でしたが、攻撃か防御かどちらかしかできないのなら、もう私の勝ちです!」
正面から斬りかかってくるナナの攻撃を防ぐため、穴の開いた柄頭に指を通したナナは剣を回転させて円形の盾を生成した。
だが、ナナは回転切りで瞬時に三回攻撃を当てて盾を破壊する。
「防御の直後なら、攻撃を回避もできませんよねぇ!?」
「勝手に言ってろッ!」
ミアリーが何も持っていないはずの右腕を横に振った瞬間、細長い紫の斬撃が横向きに放たれた。
彼女が握る右手の指の隙間に、砕けた剣の破片が挟まっていた。
「剣の破片だけでも、それを出せるんですねッ……!!」
「なんなら、バターナイフでも出せるわよッ!」
不意を衝かれたナナは反射的に左の剣で防御をした。その隙を、ミアリーは逃さずに左の剣で突きを放つ。弾丸のような紫の塊が、ナナの左手を襲う。
ガキン! と、ナナが左手に握っていた剣が、宙を舞いながら放物線を描く。
「ははっ! これでまたお揃いね!」
自分と同じく片手のみに剣を持つナナを見て、ミアリーは愉快そうに笑う。
そんな笑みが、ナナには一体どう映ったのだろうか。
「ヘラヘラ笑いやがって、このクソ野郎が……ッ!」
丁寧な口調だったはずのナナが、吐き捨てるように言った。
初めて彼女の本性の一部を垣間見たミアリーは、煽るような表情で、
「あら、それが本当のあなた? 随分と滑稽ね」
ナナはこめかみに血管を浮かび上がらせた。
「お前みたいに何不自由なく生きて、幸せそうに笑ってるやつを見ると吐き気がするんだよ!!!」
激しい憎悪に身を焦がすナナは、体中が不規則に震えていた。
ミアリーに負けず劣らずの整った顔は、身の毛がよだつほど歪んでいた。
「お前みたいなやつに私の何が分かる! 親からなすりつけられた借金に追われ、明日も自分が生きているのか怯えるなんて、お前は一生経験できないだろうが!」
「……借金は、嘘だったんでしょう?」
「今は借金なんてしてない! 散々体を使って、ずっと前に全額返済してやったからな!」
ナナから発せられる圧力に、思わずミアリーは後ろに引いてしまった。
彼女がどうして魔王軍としてここに立つのか。なぜここまでミアリーに対して牙を剥くのか。なぜ、あんなにも完璧な作り笑いが出来るのか。
その片鱗が、顔を見せる。
「親すらも私を裏切った。何も信じられなかった。借金なんて返すあてもない。でも、ラウムを泣かせるわけにはいかなかった。だから私は、死に物狂いでごみみたいな男たちに取り繕った」
言葉だけでは到底理解することのできない苦痛を、ナナは語る。
「都合の良い女を演じて笑って言うことを聞いていれば、金だけは手に入った。そのおかげで、演技も上手になった。死んでも感謝はしないけど」
「それなら、ドルボザの兵士に助けを求めれば――」
「てめぇらが見て見ぬ振りをし続けたせいで、どれだけ苦しんだと思ってる!」
怒りに任せて、ナナは正面からミアリーへと進む。
動揺しているのか、ミアリーの動きが鈍い。紫の盾を生成するが、ナナはすぐさま三度切りつけ破壊し、猛進し続ける。
「助けを求めて素直に救われていたら、今頃私は剣なんて握ってないッ!」
「……ッ!」
助けなんて、なかった。
せめて弟だけでもと頭を地面に擦り付けても、彼女が背負う借金の貸主を知るとすぐに逃げていった。
人間が憎くて醜くて、堪らなかった。
だがしかし。
ある日突然彼女の前に現れた悪が、全てを変えた。
「偶然だった。私を買った男が魔王軍と繋がっていたらしいけど、途中でバックレようとしてその組織ごと潰された。そこで私は、グレイ様と出会った」
まるで自分の初恋を思い出すような蕩けた顔で、ナナは口元を緩ませる。
ミアリーはその不気味さに本能的な恐怖を覚え、必死にナナから距離を取る。
しかし、グレイを語るナナは異常な高揚からか、今までよりも身体能力がわずかに上がっていた。
ミアリーが苦し紛れに放つ紫の斬撃を枯木から舞い落ちる葉のように避けながら、ナナは迫る。
「どんな屈強な用心棒たちも、あの方が腕を振るだけでただの肉塊になった。私を辱めた男たちがたちまち死んでいくのを見ていくのは最高だった。私が今まで感じたことのない強烈な快感だった!」
悪寒が走るほどに歪んだ笑み。
これが、本当の顔だ。ずっと彼女が隠してきた、心からの笑顔だ。
一体、どれだけ苦しめばあんな笑顔ができるのだろう。
考えるだけで、ミアリーは血の気が引いていく気がした。
「グレイ様には返しきれない恩がある。あの方と出会わなければ、私もラウムも今頃死んでいた!」
ミアリーが放つ紫の斬撃の間をかい潜り、ナナは剣を振る。一度、ミアリーはナナの剣を受けた。
「そして、ようやく私はグレイ様の側近になることができた!」
猛追は続く。
狂気的な笑顔を浮かべるナナ。
紫の斬撃を避けながら、攻撃に手数を回すせいで足場を作れないミアリーへの距離を詰める。
二度目が、当たる。
「お前たちみたいなクソ王族の国に生きるぐらいなら、魔王軍の方がよっぽど幸せ。私はあの方のために生きる!」
揺るぎない覚悟が、ナナの太刀筋をより一層鋭くする。
盲信という洗脳にも近い鋭利な思考が、彼女の行動を極限まで最適化させていた。
そして。
「【三度目の正直】ッッ!!」
三度目が、当たる。
ギャン! と耳鳴りがするような音とともに、ミアリーの剣が砕け散る。
武器を失ったミアリーを見て、蔑むようにナナは高笑いを始めた。
「あははッ! どうだ! 折ってやったぞお前の剣を! ぬるま湯に使って世の中を知ったつもりになってるクソみたいな王女さん! 気分はどうだ! お前たちが散々無視してきた底辺の女にこれから殺される気分はッ!」
全身を大きく使って、ナナはミアリーを煽り続ける。
ナナは未だに小ぶりの剣を右手に持っている。もう一本も折れたわけではない。余裕があれば、拾って再び二刀流として戦うことだって可能だろう。
客観的に考えれば、ミアリーに勝ち目などない。
だが、しかし。
剣を失ったミアリーに、逃げる気配はない。
その姿を見て、ナナは薄気味悪そうな顔をした。
これから自分のことを殺そうと嗤う相手と相対するミアリーの態度が、ナナの想定していたそれとは真逆だったから。
「ははっ」
ミアリーは、笑っていたのだ。
王女には決して似つかわしくない、白い歯を剥き出しにした笑顔。
「少しだけ。あなたがどうしてここで剣を握っているのか、ほんの少しだけ分かった」
「だったらさっさと死ねばいい! 私の受けた苦しみの欠片だけでも、お前に味わせて殺してやるッ!」
「嫌よ。私は、こんなところじゃ絶対に止まらない。私の夢は、全ての人が幸せになる世界を作ることだから」
目の前で剣を握る彼女が、どれだけ辛い思いをしてきたのかは、きっとミアリーには一生分かることは出来ないだろう。
彼女の怒りと憎しみを、間違っていると一蹴することは出来ないだろう。彼女がこんなにも歪んでしまった原因はきっと、この国の王族として生きてきた自分にもあると、ミアリーは思っていた。
だからこそ、だ。
この国に住む者を、いや、この世界で生きる人々に笑って欲しいと夢を見る一人の王女は、決意するのだ。
絶対に、目の前にいるこの悲しい一人の女性を見捨ててはいけないと。
「止まってやるものか。私は、あなたを救ってみせる。私の目の前にいる限り、これ以上不幸になんてしてやるものか」
「何を……」
「だから、まずは喧嘩するぞ。あなたを知るには、痛みが足りない」
至るところが焦げてボロボロになった黒いドレスを纏う王女は、拳を握りしめる。
魔王軍にしか居場所を見つけることのできなかった、悲しい彼女を救うために。




