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第二十話「光と闇は二本ずつ」

 半ば強引に横っ飛びをした俺は、ミアリーを抱きかかえて転がった。

 攻撃を外して地面に突き刺さった剣を引き抜いたナナは、鋭い眼光をこちらへ送る。


「どういうことなの、ハヤト。あいつ、一昨日見かけて軽く話していた女でしょ。仲間じゃないの?」

「俺だって分からねぇよ。数秒前まで、そう思ってたんだから」


 俺の回復魔法は、傷を治すだけで疲労などが全て消え去るわけでない。わずかに疲労の見える立ち方で少しふらりと体を揺らしながら立ち上がったミアリーは、落ちていた剣を握って立つ。


「……で。あなたは敵ってことでいいの?」

「敵ではありませんよ。ただの取引相手です」


 淡々と、ナナはそう答えた。

 だが、俺は未だに信じられない。


「嘘ですよね、ナナさん。取引相手って。それじゃあまるで、あなたが――」

「魔王軍の一人みたいじゃないですかって?」


 褐色の整った顔から、真っ白な歯がのぞく。

 夜の闇の中でも、その笑みはやけによく見えた。


「もう隠す必要はないですし、改めて自己紹介をしましょうか」


 紫混じりの黒髪を揺らして、ナナは言う。


「魔王軍グレイ部隊幹部、ナナです。どうぞよろしく」

「そん、な」


 訳が分からなかった。

 どこまでが嘘だったんだ。最初から? そんなことあり得るのか。だって、闘技場では魔王軍の獣人たちと戦っているんだぞ。それに一昨日はギルラインとあんなにも圧力をかけられていたんだ。裏で繋がっているなんて思えない。


「思ったよりも驚いているみたいですね。なら、一つずつハヤトさんの疑問に答えましょう」


 まずは一つ、とナナは人差し指を伸ばした。


「今までのは全部嘘です。借金も本当はしてません。借金取りに襲われたときはわざと殴られました。あなたたちにギルラインへの疑いの目を向けてほしかったので」

「じゃあ、ラウムは! あいつも本当の弟じゃないのか!?」

「ラウムは正真正銘私の弟で、私が魔王軍であることも知りません。あの子も一緒に騙せば、ハヤトさんも騙されやすくなると思ったんです。どうです、いい演技だったでしょう?」


 単調な話し方のまま、ナナは中指を伸ばす。


「二つ目。こんなことをした理由は簡単です。あなたにこの取引だけは絶対に邪魔されたくなかったからです。サイトウハヤトさん」

「俺に……?」

「何もしなくても魔王軍絡みならあなたは間違いなく首を突っ込んでくる。だからグレイ様は恣意的に今回の件にあなたを介入させることにしました」

「そのために、ナナさんが……?」


 俺の問いかけに、ナナは無言で頷いた。

 だが、それだけでは疑問が尽きることはない。


「アスルたちと闘技場で戦っただろ。魔王軍と戦うことも知っていたのか?」

「はい。彼女たちは元々シアン部隊でしたから、使い勝手がよかったんです。仕事柄、極東へ行く機会が滅多にない私とは面識がないうえに、魔王軍と戦えばあなた方からの私への疑いすらなくなる。まあ、闘技場へ向かってもらった理由はそこではありませんが」

「なに……?」

「そこのお嬢様と一緒に行動してほしかったんですよ。そうすれば、警戒すべき対象を同時に監視することができますからね」

「待ちなさい」


 会話を遮ったミアリーは焦燥を露わにした表情で、ナナを睨みつけた。


「闘技場へハヤトを誘導した理由が私と行動をともにするため……? なら、最初からあの闘技場を私が仕切っていたことは分かっていたの……?」

「もちろんです。こちらには優秀なスパイがいますから。あなたのことは筒抜けでしたよ」

「スパイ……? もしかして、ライゼスやギルラインをずっと前から繋がっていたってこと……?」

「あら? どうやらまだ気づいていないみたいですね。可哀そうな王女様」

「な、なにを……!」


 クスクスとナナは口元を押さえて笑う。

 不愉快そうに顔を歪めたミアリーに対して、ナナは微笑を浮かべながら薬指を立てた。


「三つ目。私がこうして長々と話しているのも私の仕事だからです。最初に言いましたよね? 時間稼ぎだって」


 カツン、カツンと俺たちの周りを歩きながら、ナナは語る。


「あなたを恣意的に介入させれば、この場所に誘導して真に守るべき場所を守ることができる。グレイ様本人が来ているんです。勇者アルベルがランドブルクへ向かっている以上、グレイ様と互角以上に戦えるのはハヤトさんだけ。あなたさえいなければ、グレイ様は基本負けない」

「まさか、あなたたちは最初から取引するつもりなんてなかったの!?」

「もちろん。あの城の地下にある物資さえ回収できれば、あとはなんだっていいんです」

「でも、地下はルイドが見張っているわ。あいつもかなりの腕が立つから簡単には……」

「まさか、ここまで来てまだ気づいていないんですか?」


 ミアリーを見下すように笑いながら、ナナは言う。


「あなたが闘技場で何をしていたかだけじゃない。普段の生活や、サイトウハヤトとの繋がりも簡単に監視できる存在って、誰だと思います?」

「……嘘よ」

「あなたからの信頼もあって、地下の物資を回収するにあたって味方だと一番都合のいい存在って、誰だと思います?」

「……そんなわけ、ないじゃない。だって、あいつは私が生まれたときからずっと……!」


 信じたくないというように、ミアリーは首を振った。

 ここまでくれば俺でも分かる。誰が魔王軍へのスパイだったのか。

 ナナは思い出したように指をピンと立てて話を続ける。


「そうだ、安心してくださいね。彼はドルボザを裏切ったわけではないですから」

「どういうこと……?」

「ただ、忠誠を誓っていたのがあなたでなかったというだけです」


 その言葉を聞いた瞬間、ミアリーの顔が一気に青ざめた。

 両手に握る剣が震えている。疲労ではない何かが、彼女の体を揺らしている。


「まさか、そんな。じゃあ、もしかして」

「そうです。ルイドはずっとドルボザの国王、アルミード=フォン=ドルボザに尽くしてきただけです。その国王が魔王軍との取引をすると決めたんです。従うに決まってるじゃないですか」


 信じたくない現実が、ミアリーに襲い掛かる。

 最初から、彼女に味方なんていなかった。得体の知れない地下の物資がどうして今まで無視されてきたのか、今となっては考えるまでもない。

 国王も、王子も、従者も、最初から魔王軍と手を組むつもりだったのだから。


「それじゃあ、地下の物資は……?」

「ギルラインたちの時間稼ぎもありましたし、ここから城までも距離があります。今頃物資を回収し終わって、国王も殺してるんじゃないですか?」

「――ッ!!!!!!」


 顔を見なくても、ミアリーの体から溢れ出す憤怒を感じた。

 今すぐにでも殺してやるという意思を必死に抑えて、ミアリーは口を開く。


「ハヤト。今すぐ城の地下へ向かいなさい。あなたならすぐに着くでしょ」

「分かった。でもお前は……」

「私はこいつをぶっ倒す。これ以上こいつの話を聞く必要はない」


 そんなこと言ったって、ミアリーは傷が治っているとはいえあれだけの戦いの後だぞ。魔力も体力も万全じゃないのに、ナナと戦えるのか。

 ナナだって闘技場での戦いを見る限り戦闘も強いはずだ。しかも、あの時はわざと負けるために手を抜いていた可能性だってある。

 俺が動けずにいると、ミアリーは声を荒らげて、


「さっさと行きなさいッ! 国王を、私の父さんを救って!」

「……絶対に負けんなよ、ミアリー!」


 それだけ告げて、俺は踵を返した。

 俺が城へ向かって走りだすのを見たミアリーは、自信満々の声で、


「安心しなさい。私は負けないから」


 走り出した俺は、返事をすることは出来なかった。

 振り返らずに、夜の街を走り抜けていく。

 大丈夫だ。きっと、ミアリーなら勝ってくれる。だから俺は全力で城へ向かうだけだ。絶対に誰も死なせない。間に合わせてみせる。

 俺は舗装された道を壊す勢いで、まっすぐに城へ向かって走り続けた。





 そして。

 城へと走り出したサイトウハヤトを見送ったドルボザ国第一王女は、二本の剣を握りしめ、同じく二本の剣を構える魔王軍の女と向かい合っていた。


「いいのかしら。ハヤトを行かせて」

「ええ。もう指示された分の時間稼ぎは終わりましたから。それに、ハヤトさんと戦ったらすぐに負けてしまいます。それならあなたを挑発してここに残し、ハヤトさんを一人だけで城に向かわせた方がまだマシと判断しました」


 軽い声でそう答えたナナは、ミアリーとは対照的な小ぶりの剣の切っ先を遊ぶように揺らす。


「今までいろいろ戦ってきましたが、二刀流と戦うのは初めてです」

「奇遇ね。私も二刀流とやりあったことはないわ」


 両者はほぼ同時に腰を落としていつでも戦闘を開始できる体勢を整える。

 廃墟はもう跡形もなく崩れているため、二人の立つ場所には開放感があるが、ピンと張りつめた空気は息苦しさすら感じさせた。

 真っ白な肌のミアリーと褐色の肌のナナ。金髪と紫混じりの黒髪、王族と魔王軍。全てが対照的に月光に照らされる中、唯一の共通点である二本の剣がキラリと輝く。

 それはまるで、光と闇が相対しているかのようだった。


「ぶっ飛ばしてやるから覚悟しろッ!」

「自分が殺される覚悟もしておいてくださいねッ!」


 二人合わせて四本の剣が、闇夜の中で火花を散らした。


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