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第十七話「ごきげんよう」


 準備のための一日は、あっという間に過ぎた。別に俺は特に何もせずに一日を過ごしただけなのだが、のんびりするというのは意外に時間が早く過ぎていってしまうのが常だ。

 したことと言えば、シヤクに買い物に連れ出された程度で、あとは基本城の中にいた。実際、魔王軍に動きがあるとアスルから言われている以上、出来るだけシアンの近くにいた方がいいというのもあった。

 まあ、結果的には何もなかったのだが。


「準備はいいかしら?」

「ああ。ってかそっちこそ大丈夫なのか? 他にも味方がいるんだろ?」

「そっちはルイドを通じて時刻に合わせて取引現場でそのまま戦闘に参加してほしいと伝えたわ。あまり大人数で動きたくないから」


 街中を歩くミアリーは、フードを深く被り直した。

 日が沈む頃にミアリーの元を訪ねた俺は、既に準備を整えていた彼女とともに歩いてギルラインたちの取引現場である外れの廃墟まで歩いていた。

 シアンのこともあるので、ミアリーに同行するのは俺だけで、エストスとリリナには事情を説明して残ってもらっている。万一何かがあっても、あの二人がいればみんなを守ってくれるだろう。

 というわけで、俺が集中するべきはミアリーとの共闘だけだ。


「そっちの準備はばっちりみたいだな」

「ええ。昨日のうちに剣の手入れも終わらせたから、いつでも戦えるわ」


 ミアリーは腰に差した二本の剣の柄を軽く撫でた。

 女性で剣を二本というのはナナを思い出すが、剣の形が彼女とは全く別だった。

 剣の長さは軽く見ただけでも一メートルは優に超えている。しかし剣自体は細く、ミアリーの華奢な腕の半分以下しかない。刀身も薄く、何かを切る前に折れてしまうのではないかという不安すら感じる剣だ。それが二本というのも不思議だが、一番不思議なのは柄頭の形だった。だいたいは剣を振った時に剣が抜けないよう、バットのように先が太くなっているが、その太くなった箇所に指を二本ほど通せるような穴があったのだ。


「ねえ、その剣の穴ってなに? ぶら下げるのが楽になるから?」

「はあ? ふざけたこと言わないでくれる? 私が使いやすいように特注した剣なのよ」

「あ、そう。なんかごめん」

「すぐに見れるだろうから楽しみにしていなさい」


 そんな会話をしているうちに、外れの廃墟まで来た。

 建物が密集している町の中心と違い、周囲に建物はあまりなく、木製の廃墟がやけに寂しく見えた。しかし、誰かがいる雰囲気は感じられる。やはり、ここが本当に取引現場のようだ。


「どうする? 裏から入れる場所を探すか?」

「いいえ。正面からよ」

「え、いいのか?」


 ミアリーはフード付きのマントをその場で脱ぎ捨てた。

 夜の闇を呑み込もうとするような漆黒のドレスをまとうミアリーが凛と立つ。妖艶にドレスを着こなしながら、腰にはそんなドレスには似合わない二本の剣の柄を軽く撫でる。

 まるで、王女としてのミアリーと彼女の本性が同時にそこに立っているかのような感覚だった。


「どうせ戦うつもりでここまで来てるのよ。ここまで来たら、もうこそこそする必要はないわ」


 ミアリーはためらわず両開きの扉を開け放った。

 倉庫のような作りになっているため、建物の中を仕切る壁が一つもなく、小さな体育館に入ったような気分だった。そして、その奥に立つ二つの影。


「……先にお前が来るとはな、ミアリー」

「あら、お兄様。こんな廃れた建物で奇遇ですわね」


 王女のときに見せる上品な立ち振る舞いで、ミアリーはギルラインの方へと歩く。

 ミアリーが来るのを知っていたのか、ギルラインが驚いていないことは暗闇の中でも分かった。


「ここで引き返して、何も見なかったことにしろ。それが一番いい」

「……嫌だと言ったら?」

「お前を切らなくてはいけなくなる」


 ミアリーの威圧感のある低い声に対して、ギルラインは剣を抜いて答えた。

 両者一切引く気はない。暗闇が質量を持って俺の体を押し付けるような緊張感。そんな中、ミアリーはこう問いかける。


「どうして、魔王軍なんかに手を出した」

「国のために必要だったからだ」

「ドーザから魔晶石を正当なルートで買えばいいだけでしょう。わざわざ襲わせる必要なんてなかった」

「……それが両者にとって最善の選択だと判断した」


 ギリ、とミアリーは歯を噛みしめた。こめかみに血管が浮かび上がる。


「ふざけるなッ! ドルボザの一部であるドーザが襲われるのを黙って眺めているのが最善だと!」

「本当に何も分かっていないのですね、あなたは」


 ミアリーの怒声に対して冷たく平坦な返事をしたのは、ギルラインの後ろから姿を現したライゼスだった。

 細身の体で姿勢正しく立つライゼスは、元々悪い目つきをさらに鋭くした。


「ドーザでの人的被害は迅速な避難によりほぼゼロ。さらにドーザで奪った魔晶石の一部はここに戻ってくる上に、さらに極東で回収された魔晶石もここへ運ばれてきます。さらには、ドーザ以降は一切ドルボザに攻め込まない保障もあります」

「それが、国のためだと……?」

「スワレアラ、ランドブルク、リーンリアラの三国との睨み合いをしている中で我々だけ魔王軍への警戒をせずに済む。さらに、魔王軍がヒール役をしてくれるおかげで他の国へのヘイトが下がり外交への抵抗も少なくなる。共通の敵をつくるというのは手っ取り早くて助かります」


 まったくドルボザと関係のない俺からしたら、ライゼスのいうことは正しいのかもしれないし、合理的なのかもしれない。

 しかし、ミアリーはそれではダメなのだと声を上げる。


「王族である私たちは国を、国民を守る義務がある! 私たちの国を犠牲にして得た利益などなんの価値もない!」

「そんなの理想論に過ぎない。いつ、どこにでも犠牲は生まれる」

「理想論だとしても、それを成し遂げてこその王でしょう!」

「……私たちは妹を少々甘やかしすぎたようだ」


 残念そうに首を横に振ったギルラインは、抜いた剣の切っ先をミアリーに向ける。

 彼が王族だと一目で分かる絢爛なマントが翻る。


「悲しいな。肉親を切る日がくるとは」

「やれるものならやってみなさい。準備ならしてきた」


 得意げに笑うミアリーだが、ギルラインとライゼスは呆れたため息を吐いた。

 ライゼスがパチンと指を鳴らす。すると、入り口から武装した男たちが入ってきた。

 ミアリーの表情からするに、どうやら闘技場で作り上げた人脈のようだが、どこか様子がおかしい。剣を構える者の切っ先が、ミアリーへと向いているのだ。

 徐々に、その違和感が形になっていく。


「あなたがずっと猫を被っていたことは知っていました。そして、闘技場なんてくだらないことをこそこそとやっている情報もありました。それなら、やることは一つ」


 ライゼスは悠然とした表情でミアリーを見下していた。

 どうやら、なんとなく感じている嫌な予感は俺の杞憂ではないらしい。


「あなたがこうしてくるのを読んで、こちらが逆に雇えばいいだけの話です」

「……!」


 ミアリーの顔が途端に青ざめた。

 味方であることを確認しようと視線を送るが、帰ってくるのは小さな嘲笑のみ。

 間違いない。ミアリーが予定していた味方は、全てやつらに買収されてしまったようだ。


「嘘、でしょ……?」

「あなたが取引の噂を嗅ぎつけて情報を集め、今日ここに来る予想をしていました。案の定、あなた自身は気づかれていないと思っていたようですけど」

「……、」


 ミアリーは悔しそうに唇を噛みしめた。今まで必死に積み上げてきたものを全て否定され、努力は水の泡となり、周囲は敵で囲まれている。

 ここに来ることも、闘技場で仲間を集めることも向こうからしたら想定内で、俺たちはまんまと漁のように網に引っかかったわけだ。

 何かに怯えたような表情をしたミアリーは、慌てて俺の顔も見た。何を言いたいのかは言葉にしなくても分かった。

 きっと知りたいことは一つだけだ。俺が味方か、そうでないか。

 味方だと思っていたやつらが寝返ったのだ。ここに立つ俺が敵に回る可能性が脳裏によぎったのだろう。ミアリーの頬に汗が流れる。


「安心しろ。俺はお前の味方だよ」


 闘技場で偶然本性を知り、なりゆきでここまで来てしまったが、ミアリーの味方でいようとずっと思ってきた。

 本当なのか、とミアリーの顔が不安で暗くなる。

 ……と、ミアリーを見ていて俺はあることに気づいた。

 一昨日俺がデートをしたときに買ってあげたネックレスを、ミアリーが着けていたのだ。高級感のある美麗なドレスには不釣り合いな銀色の安物のネックレス。つけるつもりはないと言っていたのに。

 それなのにつけてくれたのは、俺のことを仲間だと、少しでも大切な友人だと思ってくれたからだろうか。そんな思いを無下には、決して出来ない。


「最後まで付き合うって言っただろ。俺はあんなやつらにほいほい釣られたりしねぇよ」

「でも……」


 自分の不安を拭いきれないのか、目線が泳いでいた。

 弱気なミアリーなんて似合わないだろ。お前はもっと、図々しくて勇ましくて、誰よりも自分に誇りを持ってる、最高の王女だろうが。

 俺はミアリーの背中を軽く叩いた。


「胸を張ってけ、ミアリー。ぶん殴るんだろ、あいつらのこと。あの野郎どもは俺に全部任せておけ。すぐに全員ぶん殴って加勢するから」


 こんな状況だからこそ、俺はこれでもかと口角を上げて笑う。

 少しでも、ミアリーが楽になってくれるように。


「さっさと終わらせて、美味い酒、一緒に呑もうぜ」

「本当にあんた、バカなのね」


 ミアリーは口元を隠さずにクスリと笑った。


「でも、おかげでいろいろ吹っ切れた」


 そう言ったミアリーは、二本の剣を鞘から抜いた。

 両手に剣を握るミアリーは、右手の剣の切っ先をギルラインへ、左手をライゼスへ向ける。

 黒いドレスに細い剣。不釣り合いな二刀流。

 だがそれこそが自分なのだと言うかのごとく、ゆっくりと口を開き、開戦の狼煙を上げる言葉を紡ぐ。

 王族として、上品で気高く。

 ミアリーとして、強烈で逞しく。

 ミアリー=フォン=ドルボザは、笑う。


「ごきげんよう、お兄様。ぶっ殺して差し上げますわ。覚悟しやがれ」


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