第十六話「裏切り者たち」
改行の仕方ちょっと変えました。前の方がよかったら言ってください。何もない限りは今回のままこれからいきます。
俺とミアリーは、王族だけが知っている隠し通路を使って城の中へ戻ってきていた。万一城が攻め落とされそうになったときの保険らしいのだが、俺がそれを知ってしまっていいのだろうか。
「別に今更あなたに何かを隠しても意味ないでしょ。それよりも、あの兄たちに私たちがまだ仲良くデートしてると思ってもらう方が大事よ」
実はここに来る前に変装を解いたミアリーが大げさに俺の腕に抱きついてきて死ぬほどドキドキしたのだ。だが、それはミアリーが外にいるという噂をつくための口実だったらしい。なんとも器用な人だ。
デコボコした、石で舗装された地下通路を通るミアリーは、ある階段の前で立ち止まった。
「本当はギルラインの部屋に直接繋がる道もあるけど、使った痕跡を残したくないから少し離れた位置に出るわよ」
「ああ、分かった。またスキルで姿を変えておくか?」
「いや、ここならむしろ私は私のままの方がいくらでもごまかせるから不要ね」
俺は頷き、ミアリーの後ろに立つ。
ゆっくりと階段を進むと、出口が木で防がれていた。おそらく、棚か何かで入り口が隠されているだろう。
「私が先に様子を見るわ。もし誰かいるなら、私だけで対処するからあなたは一旦待機」
ライゼスに見つかってしまったときの二の舞にならぬように、今度はミアリーが先に外へ出る。
一〇秒ほどして、コンコンと木製の棚の向こう側からノック音が聞こえた。大丈夫という合図。俺は音立てないようにゆっくりと棚を動かして外に出る。
薄暗く埃の匂いのする道から、塵一つない眩しさすら感じる華やかさの廊下へ。
少し先にいたミアリーに追いついた俺は、そのまま足音を立てないように廊下を歩く。
「ここよ。ギルラインが戻ってくるまではしばらく時間があるはず」
ギルラインの従者は、日中に部屋の掃除をした後、休憩を挟んで食事の準備へ向かうらしく、日が暮れ始めた今はギルラインの部屋には誰もいないらしい。
まあ、そもそも王族やその従者しか立ち入りできない場所を厳重に警備などする必要などないので、誰もいない時間があるのは当たり前だろう。
「それにしても、どうして急にギルラインの部屋を調べたいなんて言い出したのよ。怪しいのは分かるけど、こんな急だとさすがに不思議だわ」
「さっき会った知り合いが、つく必要のない嘘をついていたんだ。今思えば、何か焦ってるようにも感じた」
ナナはどうしてラウムではない少年をラウムと呼んだのだろう。答えは分からないが、何かを隠しているのは間違いない。
そして昼間、襲われていたナナへ異常な圧力をかけて質問をしていたギルライン。もしまたナナが何かを抱えなくてはならない事情があるのなら、まずはギルラインを調べるべきだと思ったのだ。
「俺がミアリーとこうして色々と調べていることが気づかれていない今、動くなら早い方がいいと思った」
「そうね。変に時間をかけて機を逃すわけにはいかない。なら、さっさと手がかりを探しましょう」
ミアリーは音を立てずにギルラインの部屋の扉を開けた。広く過ごしやすそうな部屋だった。ごてごてと装飾があるわけでもなく、落ち着いた雰囲気がある。
この部屋を見ただけでも真面目な性格だと分かるほどに、不要なものが何一つないきっちりとした部屋。
「探すなら、ゴミ箱か本棚か。まあ、従者が掃除した後だからゴミ箱は空だろうけど」
部屋の隅に置かれたゴミ箱を覗き込みながら、ミアリーはため息を吐いた。
「じゃあ本棚ね。取引をするっていうのなら、何かしらその内容を書いた紙があってもいいはず。さすがに他の人が多く出入りする公務用の書斎には置かない。私なら、私物の本の間とか、普通なら従者も見ない場所に隠す」
「さすが絵の後ろに大量の酒を隠してるだけあるな」
「うっさい。殺すわよ」
一応、本棚や絵の裏など、スペースを作れるような場所を探してみたがそれらしきものはなかった。
時間も多くあるわけではない。俺とミアリーは本棚の本を一つずつめくって中を確認していく。
すると、一冊の本の中からひらひらと一枚の紙が落ちた。ミアリーはそれを拾い上げると、淡々と内容を読み上げる。
「……食糧の準備。魔晶石と交換。日付は追って連絡」
静かに読み上げるミアリーのその紙を持つ手が、小刻みに震えていた。
俺でも分かる。これだけでも、重大な証拠だ。だが、それ以上にこの手紙が魔王軍と直結している文字を、ミアリーは最後に口にした。
「……以上が、取引の内容である。――グレイ」
その名前を聞いて、俺は確信した。
間違いない。裏切り者は、ギルラインだ。
「ハヤト。グレイって、誰」
「魔王軍幹部だよ。俺はまだ会ったことないけどな」
「……そう」
寂しげに、ミアリーは呟いた。
力のない瞳で、彼女は取引の内容が書かれた紙を見つめていた。
「ミアリーのことだから、怒ると思ってたよ」
「多分、信じたくなかったのよ」
ギルラインの部屋を見渡しながら、ミアリーは静かに語る。
「どれだけ疑わしくても、どれだけ嫌いでも、やっぱり血の繋がった家族だもの。魔王軍と繋がって悪に手を染めてるなんて、勘違いだって思いたかった。証拠が見つからなくて、私の杞憂だったなら、それでよかった」
嘘でよかった。心配しすぎだと笑われるくらいでよかった。それなのに、見つけてしまったのだ。
本当に裏切っているのだという証拠を。
「こうなったらもう、後には引けない。ハヤト、今日からギルラインの監視をするから――」
と、ミアリーが言い切る直前、廊下から小さく話し声が聞こえた。
俺からは誰の声か分からなかったが、ミアリーの顔色が瞬時に変化したのを見て、事の重大さに気づいた。
「どうして! まだ戻ってくるには早いはずなのに!」
「誰が来たんだ!」
「ギルラインよ! ここの廊下を歩いてるってことは、間違いなくここに来る!」
慌てて周囲を見回すミアリーは、とりあえず扉から離れて俺の腕を掴んだ。
「と、とにかく隠れて!」
「隠れるってどこに!」
「どこでもいいわよ! とりあえずこっちに!」
ミアリーに引っ張られた俺は、ギルラインの部屋にあるベッドに下に滑り込んだ。
外から見えないようにするために中心に体を寄せるが、狭いために俺とミアリーの体が密着し、弾力のある胸が俺の体に押し付けられる。
吐息すら当たる距離で、顔を赤くしたミアリーは小さな声で、
「(ち、近いんだけど……!)」
「(だからって離れられないだろうが……!)」
そんな文句を言っている間に、扉の開く音が聞こえた。
俺とミアリーは息を殺して音を立てないように体全身に力を入れる。
集中した俺の耳は、二人分の足音を聞き取った。どうやら、部屋に入ってきたのはギルラインだけではないらしい。従者かと思ったが、会話の内容からもう一人が誰かはすぐにわかった。
「ライゼス。どうだ、ミアリーの方は」
「外でサイトウハヤトと仲良く出かけていますよ。つい先ほどミアリーを見たという国民がいたと連絡が入りました」
どうやら、ギルラインと一緒にいるのはライゼスのようだ。
王族がここの場所にいるのは特に問題はないが、わざわざこの部屋で会話をする理由は何なのだろうか。
「そうか。すまないな、わざわざ」
「構いませんよ。私としても、あの二人にウロウロされるのは気になっていましたから」
気になっているという言葉を聞いて、俺とミアリーは同時に嫌な汗を顔ににじませた。
俺たちの行動を気にしているということは、何かしらを疑われているか、何もないからこそ知られたくないことがあるか。
その答え合わせは、次のギルラインの言葉で明らかになった。
「それで、取引の日付は?」
「はい。ついさっき魔王軍の女が来て連絡を受けました。明後日の夜。兄上が昼間に行った廃墟で、ということです」
「……わかった」
俺の目の前にあった赤く美しい顔が、真っ青になっていた。
言語化できない感情がミアリーの表情から溢れる。言いようのない絶望と、憤怒と。
裏切っていたのは、ギルラインだけではなかったのだ。
この国の内部は、ミアリーの想像以上に腐っていたらしい。怒りに気が動転しそうなミアリーの手を握り、俺は彼女の眼をじっと見つめた。
今は感情に任せて外に出るべきではない。ここは耐えて、取引の現場を押さえたほうがいい。グッと唇を噛んだミアリーは、長い深呼吸をして心をどうにか落ち着かせた。
そうしている間にも、ギルラインとライゼスの会話は続く。
「問題はサイトウハヤトだ。あいつがこれを嗅ぎつけてしまうと面倒なことになる」
「何、ミアリーとイチャイチャさせておけば問題ありませんよ。何も知らないあの子でも、それくらいなら役に立つでしょう」
「それもそうだな。扱いやすくて真面目な妹は本当に楽だよ」
痛い痛い。我慢しようって気持ちは分かるから音が出ないように俺の手をつねったり腹を殴ったりするのやめてください。
綺麗だったはずの顔が鬼の形相になっていて俺の背筋に寒気が走る。
今度は俺の耐え忍ぶ番が来てしまったようだ。
そして、そんな恐怖が数分続いたころ、話が終わったのかギルラインたちは部屋から出ていった。おそらく、本来は公務である時間の隙間を使ってこうした話をしていたのだろう。
長居されたらどうしようと思ったが、想像以上に早く戻れるようだ。
ベッドの下から出て、俺は何かを考えて遠くを見るミアリーに話しかける。
「これから、どうするんだ」
「ギルラインが昼間に行った廃墟というのは?」
「俺が今日行ったから、場所は分かる」
「そう。なら明後日、日が暮れる前に私のところに来なさい」
「明日はどうするんだ?」
「明日は準備に専念するわ。せっかく闘技場で何人か雇える人間を確保したことだし、相手がギルラインとライゼスのどちらもだと言うのなら、生半可な準備では返り討ちにあう」
部屋の扉に手をかけたミアリーは、外に誰もいないことを確認すると、わずかに視線を俺へと向けてきた。俺はミアリーが次の言葉を紡ぐ前に口を開く。
「安心しろ。最後まで付き合うよ」
「……ごめんなさい。本当にありがとう」
「こりゃあ、スワレアラへの道中はさぞかし美味しいものが食えそうだな」
「あなたって本当に変な人ね」
「お前に言われるのはちょっと違うと思う」
「は? 殺すわよ?」
笑いながら言ったミアリーは、強気に背筋を伸ばしてギルラインの部屋から出た。しかし、俺にはその背中がどうにも寂しく見えた。
「おー! ハヤト戻ってきたのか!」
「おう。ただいま」
「は、ハヤトさん! おかえりなさいなのでございます!」
「お、シヤクか。ただいま。……そうだ。今日町でシヤクに似合いそうなアクセサリーがあったんだ」
「ブローチなのでございますか……?」
「おう。王都でシヤクにはたくさん世話になったからな。遅くなったけどお礼」
「あ、ありがとうなのでございます……」
「ハヤトさん。私には何かないなので
「なあ、エストス。話があるんだ」
「ん? なんだい? 可愛い少年でも見つけたのかな?」
「(魔王軍がシアンを取り戻すために動き出してるらしい。俺もずっとシアンを見てあげられるわけじゃないから、リリナとエストスでシアンを見ていてあげてほしい)」
「(なるほどね。分かった。警戒はしておこう)」
「ねえ、ハヤトさん? 私への扱い酷いなのですよね?」
「……ほしいものは?」
「お金なので
「さあて、今日は疲れたから寝るかな!」




