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行間「人知れず少年と少女は邂逅する」

 ドルボザ国の中心。この国の権威を示すかのようにそびえ立つ城には、来客用の宿泊部屋がいくつか存在する。

 その中でも最も大きな部屋をハヤトたち一行は使用しているわけだが、その部屋を出て廊下を少し歩いた場所に、虹をバラバラに散りばめたような美しい色彩の花々が並ぶ中庭が見下ろせる窓がある。

 その窓に体を預け、シヤク=ベリエンタールはその中庭をぼーっと見つめていた。


「……暇なのでございます」


 ハヤトは今朝からシアンとリリナを連れて出かけてしまうし、エストスはいつものように紅茶の飲みながら鉄をいじって遊んでいるし、姉であるボタンは家事をしなくていいからと今もなおふかふかのベッドで爆睡している。

 エストスとは特別仲がいいわけではないので、二人きりで話すことが意外となく、沈黙に苦しんだシヤクはふらふらと部屋を出ていたのだ。

 ここに来るまでの道中でレイミアから借りた本は三週ほど読んでしまったし、どうせならハヤトと出かけて本を買ってもらおうと思っていたのに、先約があったようだ。


「ようやくハヤトさんに会えたのに、全然話せてないなのでございます」


 シヤクは、スワレアラでメリィが現れた際、すぐに避難をしたためにハヤトがドーザへと飛ばされてしまったと聞いたのは泣き崩れるシアンを見てからだった。

 言葉に出来ない後悔がずっと胸にあったというのもあるが、ここに来た理由は簡単だった。

 自分でその理由を改めて思い返して、シヤクは無言で頬を赤らめた。

 好きだとはっきり言ったわけではないが、一度スワレアラの王都でハヤトにキスをしている身なのだ。一ヶ月も前のことなのでハヤトはもう気にしてないようだが、一四歳の思春期ど真ん中のシヤクは未だに思い出すだけで体中が熱くなる。

 だが、何もしないわけにもいかない。今日、ハヤトが帰ってきたら明日こそお出かけに誘う。そんな決意をしたシヤクが、グッと拳を握った瞬間だった。


「は、はなせ! 僕はサイトウハヤトに用があるんだ!」


 城の門の辺りだろうか。少年の叫び声のようなものが聞こえた。中庭から門までが近いためにその声を聞いてしまったシヤクは、気になってそちらへと歩いていく。

 案の定、門の近くで門番二人に押さえつけられる、青い装備に身を包む自分と同じぐらいの歳をした少年がいた。


「ここにサイトウハヤトがいるんだろう! 今度こそは負けない! 早く中へ入れろ!」


「剣を抜いたガキを通すわけないだろ! 馬鹿か君は!」


 新調したのか、日の光を美しく反射する片手剣を掲げる右手を押さえつけられた少年は、さすがに門番相手に剣を振るわけにもいかないのか、その剣を奪われてしまった。


「か、返せ! 今朝買ったばかりなんだぞ!」


「仕方ないだろ! こっちだって仕事なんだ! おい、この剣、地下の物資倉庫に持っていってくれ!」


 少年の剣を没収した門番の一人が、その剣を持って城の中へと入っていく。

 よほど剣がお気に入りだったのか、押さえつけられた少年はさらに騒ぎ立て始めた。


(なんだかすごいことになってるなのでございますが、あの人、ハヤトさんに用があるって言っていたなのでございますよね……?)


 面識のない少年の細部まで観察してみると、どこかその特徴に覚えがあった。

 確か、ハヤトが昨日帰ってきたときに勇者の弟に会ったというような話をしていた気がする。エストスも何か言っていたし、もしかしたら彼がそうなのかもしれない。

 一歩前に進もうとして、シヤクは足を止める。もし勘違いだったらどうしようと。

 しかし、


(ハヤトさんなら、きっと無視なんてしないなのでございます……!)


 すぐに、シヤクはもう一歩目を踏み出した。


「あ、あの! その人、私のお知り合いの方なのでございます!」


 シヤクのことを知っていたからか、その門番の動きがピタリと止まった。

 そして、シヤクの知り合いでもなんでもない少年もキョトンとした顔で動きが停止する。シヤクは少年の顔をじっと見つめて話を合わせろという念を送った。


「そ、そうだ! よく来てくれた!」


 強引に知り合いの振りをした少年は、拘束の手が緩んだ門番から抜け出す。


「し、知り合いの方でしたか?」


「はい。ご迷惑をおかけして申し訳ないなのでございます」


 ペコリと丁寧にシヤクが頭を下げると、門番は少年を軽く睨みながら戻っていった。ハヤトが後ろ盾にいるということのありがたさを改めて知ったシヤクは、その力を借りて少年の前に仁王立ちをする。


「それで、なのでございます」


 ふんす、と鼻息を荒立てたシヤクは、目の前の少年に問いかける。


「あなたは、誰なのでございますか?」


 その言葉を聞いて、やっぱり知り合いじゃなかったのかと少し安心した顔をした少年は、コホンと咳払いをして、


「僕の名はエリオル=フォールアルド! 勇者だ!」


「なるほど。やっぱりあなたがハヤトさんの言っていた勇者の弟さんなのでございますね」


「勇者の弟ではない! 僕は勇者だ!」


 図々しく威張りたてるエリオルを見て、シヤクは眉間にシワを寄せた。


「門番に剣を没収される勇者がいてたまるかって話なのでございます!」


「あ! そうだ、僕の剣! 取り返さなくては!」


 その言葉で門番に剣を奪われたことを思い出したエリオルは城の中へ走り出そうとするが、その腕をシヤクはがっしりと掴んで引き止める。


「何言ってるなのでございますか! 今から行ったらそれこそお城には入れないなのでございますよ!」


「それは困る! 僕はサイトウハヤトと戦うんだ!」


 やたらとハヤトのことを口にすることを不思議に思ったシヤクは、エリオルの腕を握ったまま問いかける。


「どうして、そんなにハヤトさんにこだわるなのでございますか?」


「サイトウハヤトの強さが僕の兄と同じかそれ以上なら、あいつに勝てれば僕は最強ということだからな!」


 ほとんど同じ歳の自分が言うのもあれなのだが、随分と子供じみた考え方だなとシヤクは思った。

 ハヤトを倒すと連呼する少年が勇者になりたいと言い続けることに、シヤクは違和感を覚えた。


「それで、ハヤトさんに勝って強くなったらどうするなのでございますか? 勇者だって威張り倒すなのでございますか?」


「なにを言っている。苦しむ人々を助けるに決まってるだろう」


 エリオルは、そう即答した。

 その目に、迷いと呼べるものは一つもなかった。本当に心の底から、彼は誰かを守るために強くなろうとしているのだ。

 まあ、その手段と方法があれではまだまだ幼いと言わざるを得ないが。

 だがそれでも、誰かを守るということに誇りを持っていることは間違いない。胸を張るエリオルは自信満々の笑みで、


「お前も困ったら僕に言うといい! 助けてやろう!」


「私は魔法を使えるからあなたなんかに守られなくても大丈夫なのでございます。それと、私の名前はシヤク=ベリエンタール。お前なんて名前じゃあないなのでございます」


 ふん、と拗ねるようにシヤクは首を背けてエリオルの手を離した。しかし、彼はそんなことよりも魔法という言葉に反応したようだった。


「ま、魔法! お前、魔法が使えるのか!」


「ええ。なにせ、あのレイミアさんから直々に教わったなのでございますから」


 ドヤ顔をしながら、シヤクは腕を組んでみせた。これで少しはエリオルの態度も小さくなるかと思ったが、青い装備に身を包む自称勇者はさらに胸を張って、


「そうかそうか! 僕の兄も昔はパーティを組んで冒険をしていた! いつかお前が最強の魔法使いになったら、僕のパーティにいれてやろう、シヤク!」


「なっ! 勝手に何を言ってるなのでございますか!」


「はっはっは! 勇者の仲間だぞ! 胸を張れ!」


「私は別に冒険なんてするつもりはないなのでございます!!」


 そもそもハヤトの後をついてきただけで、シヤクは家で本を読むのが好きなただの少女なのだ。冒険なら小説を読めばいくらでもできる。わざわざこんな人と冒険に出る必要などどこにもない。

 シヤクの言葉を聞いて、エリオルは難しそうな顔をした。


「むぅ。そうか! 気が向いたらいつでも言うといい!」


「一生気が向くことはないなのでございますけどね!」


 ぷんすかと怒声を放つシヤクだが、エリオルはまったく気にしていないようだった。


「それで、サイトウハヤトはどこだ? この城にいるのだろう?」


「生憎なのでございますが、ハヤトさんは今朝からお出かけしていてまだ帰ってきてないなのでございます」


「なに! じゃあ僕はただ剣を奪われただけということか!?」


「自業自得なのでございます」


 呆れたような声でシヤクは言った。

 すこし悩むように首を傾げたエリオルは、今すぐにハヤトに会うことを諦めたのか、軽く頷いて、


「じゃあ、僕はまた夕方サイトウハヤトが戻ってきた頃に来るとしよう!」


「もう二度と来るな、なのでございます。べーっだ」


 根っこが見えるぐらいまで大きく舌を出したシヤクは、追い払うように手を縦に振った。

 それを見たエリオルは、わずかに不快そうな表情を浮かべながらも、すぐに笑って、


「ではまた会おう! 魔法使いシヤク!」


 はっはっはー! と高笑いをしながら、エリオルは城下町の雑踏の中へ消えていった。

 

「本当になんなのですかあいつは……」


 はぁ、と大きなため息を吐いて、得体の知れない疲労感に襲われたシヤクは姉が爆睡する部屋へと戻り始める。

 本当になんだったのだろうか、あの少年は。勇者がどうとか言って、あんなことをしても説得力がない。

 いつか危機が訪れたとしても、あの少年にだけには助けられたくないな、とシヤクは素直に思った。

 ただ、エリオルの陽気な笑顔を思い出したシヤクは、口元に手を当てる。


「まあ、ほんの少しだけ面白いやつなのでございましたが」


 ふふっ、と笑ったシヤクは、中庭の花たちの甘い香りに包まれながら歩いていく。

 シヤクはつまらなそうに部屋へ戻り、ボタンが爆睡する横に転がり、ゆっくりと目をつむる。


  ハヤトがいない今日は、特別なことは何もない、平凡な一日で終わるのだと、そう思った。

 が、しかし。

 こんな小さな出会いが、この二人の人生の道をほんの少しだけ動かした。

 このわずかなズレが、今ではない遠い未来で特異点となることなど、この世界の誰も知ることはない。


 すぅすぅと自然と眠りについたシヤクはこんな夢を見ていた。

 自分が世界で一番偉大な魔法使いとなり、その隣に歳の近い男の子が世界で一番偉大な勇者となる、そんな夢。

 この夢が本当になるのかは、また別の物語だ。

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