第十五話「ミアリーとデート」
「ぶっはぁ!! やっぱりあんなチマチマ食べるよりも、浴びるように酒を飲みながら肉を頬張るのが一番よねっ!」
「お、おう……そうだな」
ミアリーを引っ張って、昨日シアンたちと来た場所よりもさらに城から離れた地区に、俺たちは足を運んでいた。
先程のレストランとは打って変わって外観が質素な飲食店で、当然安酒と安価な肉が出てくるわけだが、ミアリーは幸せそうに飲食を楽しんでいた。
「いやぁ。あんた使えるわねぇ! 金なら私が出すから、じゃんじゃん飲みなさい!」
「ど、どうも……」
大きなジョッキになみなみ注がれた酒を、手渡された俺は、乾いた笑みを浮かべていた。
俺はまだ二〇歳にギリギリ到達していないのだ。日本ではないので未成年がどうのなんて話はないが、だからといって酒がグイグイ飲めるようになったわけではない。
違法ではないので罪悪感はないが、二日酔いを恐れた俺はちびちびと酒を飲んでいく。
……苦い。得意じゃないなぁ。
「なによその飲み方! 男ならぐいっといきなさい!」
「や、やめろ! 俺の肝臓がそんな量のアルコールを一気に処理できるわけな――」
「はい、ぐいーーーっっと!!!」
「うぎゃああああああ!!!」
それから何回も同じように飲まされ、一時間もしないうちに俺は路地裏に胃の中身を全て吐き出していた。
「いやぁ、悪いわね。ああやってお酒飲むのは久しぶりだったからつい興奮しちゃったわ」
「…………、」
頭も痛いし、内臓がめちゃくちゃにかき回されてるような吐き気が止まらない。
鏡を見なくても、自分の顔が真っ青になっているのが分かるほどだった。
だが、ミアリーはお茶目に笑って、
「まあ、酒が弱いあんたの方が悪いわよね!」
「これで自分の責任だと思ってないってのはさすがに……うっぷ」
「あー、ほら。背中撫でてあげるから許しなさい。ほらほら、王女様が酔っ払いのゲロを助けてあげるなんてドルボザ国の歴史でも初めてよー」
「そんな初めて嬉しくねぇ…………ダメだ。大声だせねぇ……」
「あはははっ! あんた面白いわね! ほら、さっさと吐いて! 他にも行きたい場所があるのよ!」
強引に全てを吐き出してなんとか吐き気が収まってきた俺の手を引いて、ミアリーは商店街を闊歩していく。
楽しそうに目を光らせて、キョロキョロと店を眺めていた。
まだ頭の中でガンガンとトンカチを打つような痛みが続いているが、その顔を見てしまうと怒るに怒れなかった。
「あっ、あったわ! あそこよ!」
ミアリーが駆け込んだのは、これまた質素なアクセサリー店だった。普段から家が一つ買えるぐらい高級な装飾で着飾るミアリーが、幸せそうに俺でも買える安物のアクセサリーを物色していた。
「もっと高いの、たくさん持ってるんだろ?」
「あんなの、高いだけで全然可愛くないわ。安くてもデザインが好みのやつが本当は付けたいのよ。でも、そんなわけにもいかないから、困ったものだわ」
ミアリーは近くにあった金色のネックレスを首元に当てて笑う。
「どう、似合う?」
「見た目変わってるから分からねぇよ」
「そうだったわ! ちょっと解除してもらっていい?」
「おいおい! それじゃあバレちまう――」
「嘘よ、バーカ」
ペロッと舌を出して、ミアリーはあざとく笑った。
クソ。見た目変わってても、こんな楽しそうに笑われたドキッとするだろうが。
どうせなら、俺もからかってやるか。
俺はいつものミアリーの姿に似合いそうなネックレスを探して、彼女の目の前に差し出す。
特別凝った装飾のない、銀色のネックレス。本当のミアリーには似合う気がした。
「ほら、これなんかどうだ? ミアリーに似合うと思うけど」
「確かに悪くないわね。でも、買えないわ」
「どうしてだ?」
「私はドルボザ国第一王女、ミアリー=フォン=ドルボザよ? どれだけ好みじゃなくても、王族としての品格を考えて身だしなみを整えなきゃいけない。気にいるものを買ったところで、安物をつける機会なんてないもの」
目の前でぶら下がっている銀色のネックレスをただ眺めるだけのミアリーに、俺はそれを押し付ける。
「だったら、俺と一緒にいるときだけつければいいよ。俺なら王女とかもう関係ないだろ?」
「は、はぁ!? お、俺の前でだけつけろって、なに、私の恋人にでもなったつもり!?」
「何言ってんだ。今は相思相愛の恋人だろ?」
渾身のドヤ顔でそう言ってやった。
言ってる俺も恥ずかしいが、案の定ミアリーにも効いたようで、彼女は顔を真っ赤にして、ネックレスを俺に押し返した。
「ち、調子に乗るんじゃないわよアホ!」
「ぐはッ! 膝を打ち込むんじゃねぇ! クッソ痛いんだからな!」
「闘技場で勝ったんでしょう? 余裕じゃない」
「痛いもんは痛いんだっての!」
ミアリーに攻撃された脇腹をさすりながら、俺は彼女から逃げるように店の奥へ進んだ。
入り口付近で未だにミアリーが攻撃してきそうな雰囲気で睨んでいるので、俺はその場にあったアクセサリーを見てみることにした。
理由は分からないが、なぜか淡い桃色のブローチが目についた。
落ち着いたデザインだが、大人びているわけでもない、ふわりとした形の花をモチーフにしたブローチ。なんとなく、シヤクに似合うと思った。
値段も高くないし、折角だから買っておこう。
ミアリーに返却されたネックレスと一緒に、桃色のブローチを購入した俺は、腕を組みながらタンタンと爪先で地面を叩くミアリーの元へ戻る。
「ほい。プレゼント」
「別に欲しいだなんて言ってないんだけど」
「いらないとも言われてない。とりあえず貰っとけ。あの絵の後ろとかなら隠せるだろ?」
「はぁ、分かったわよ。ありがと」
まだ少し不貞腐れた態度を取りながらも、ミアリーはネックレスを受け取った。
つける機会なんてないだろうけど、なんて言ってはいたが、嫌な顔はしていなかったので間違ったことはしていないのだろう。
「で、もう一つ買ってたわよね? それは?」
「ああ、これか。ここまで一緒にきたやつにシヤクって子がいてさ。その子に似合うと思って」
「ふーん。さっそく浮気するんだ」
「浮気って。前にたくさん迷惑かけて、その礼をする前にドーザに飛ばされちまったから、何かしてあげたいだけだよ」
「知ってるわよ。冗談ぐらいもっと面白く返しなさい」
つまらなさそうに、ミアリーは歩き出した。
そんな態度を取りながらも、次はどこへ行こうかという視線を周囲に向け続けている。
「そういえば、元はスワレアラにいたんでしょう? ドーザに飛ばされたって、一体どんな方法で?」
「ああ。魔王軍の幹部に瞬間移動が使えるやつがいてな。前にメリィが王都に来た時に飛ばされたんだ」
「メリィ? 誰よそれ」
「魔王だよ。知らないのか?」
ミアリーは首を横に振った。
「名前は知らないわ。そもそも、魔王軍が大々的に攻撃をしてくること自体、基本はないのよ。このドルボザ自体、極東からは距離があるから」
「そうなのか。魔王軍幹部のこととかも知らないのか?」
「入ってきているのは断片的な、能力や外見の特徴に関する情報だけ。個人の名前までは分からないわ」
それはスワレアラとそこまで変わらないようだ。スタラトの町でも、シアンの情報はあれど、ヴァンパイアとヘルハウンドのハーフだとか、血を吸うだとかの情報しかなかったからな。
それこそ、今回のドーザの件はかなり珍しい事例らしい。だからこそ、そんな数年に一度あるかないかの出来事への対応が異様に迅速だったことがミアリーの疑問に繋がったわけだが。
「そもそも、魔王討伐だと息巻いて極東に行って、帰ってきた冒険者なんてほとんどいないから、情報がないのよね。それこそ、六年くらい前に極東へ行った勇者アルベルも魔王を倒すに至らず帰ってきてるわけだし」
昔のアルベルに関しては、ドーザの復興を手伝っているときにラキノから聞いていた。ルルを含めた仲間三人を失ったと。
アルベル自身、それを語らないし、まだ勇者として名が世界に知れ渡る前だったからそこまで詳しい人はいないと聞いていたのだが、ミアリーはどうやら知っているようだった。
「詳しいんだな。昔の勇者ってあまり知られていないって聞いたけど」
「そうね。彼が世界中を駆け回って片っ端から魔王軍を倒し始めたはそのあとだから」
なら、どうして知っているのかと訊く前に、ミアリーは言った。
「彼の仲間の一人が、私の友人だったのよ。同じ王女として、信頼しあえる人だったし、剣の扱い方と練習の仕方を教えてくれたのも彼女だった」
本当に惜しい人を亡くしたと、ミアリーは小さく唇を噛んだ。
しかし、俺の脳裏には嫌な予感が分かんでいた。きっと、俺の予想が正しければ、その人は今も生きているのだから。
「もしかして、ルルって人か?」
「ええ。東の大国、ランドブルクの第一王女、戦姫ルル=アーランド。生きていれば今頃、どれだけの力を持っていたのかしら」さ
「王女、だったのか……」
ルルがかつてアルベルの仲間だということは知っていたが、王女というところまでは知らなかった。不用意に言っていいのだろうか。ルルが今、どんな風に生きているのかを。
かつての仲間だったアルベルは、その事実を受け止めるのに時間がかかっていた。
だが、俺はミアリーの心の強さを信じよう。
「実は……」
俺はルルについて知っている情報を全て伝えた。
ただ黙って俺の言葉を聞いていたミアリーは、泣くのでもなく怒るのでもなく、静かに笑った。
「なぁんだ。生きてたのね」
予想外の返事に、思わず俺は言葉を失った。
数秒を置いて、俺は思ったことをそのまま問いかける。
「……悲しくないのか?」
「悲しいわ。それに腹も立つ。でもね、それよりも嬉しいわ。死んだと思っていたんだから」
「でも、あいつは今、魔王軍幹部なんだぞ?」
問いかけると、ミアリーは得意げに笑った。
「だったら何? ちょうど魔王軍絡みの問題を追ってるんだから、そのうち会うかもしれない。それで私の前に現れたら、ぶん殴って公正させてやるわ」
「本当に強い王女様だな、お前」
「当たり前じゃない」
ふふんと、ミアリーは歩く速度を変えずに街道を進む。
出会うまでの過程が少々尋常ではなかったが、それでもこのミアリーと話せるのはよかった。クリファと同じだ。自分の信じる一本の芯をしっかり抱いて、自分というものに自信を持っている。
なんだか気分がいい。今日はとことんミアリーに付き合って――
「あれ? あそこにいるのって……」
町の中心に近づき始めたころ、建物と建物の間、いわゆる路地裏に見知った人影を見つけたのだ。
俺は反射的に足をそちらへと向けていた。
「ちょっと、どこに行くのよ」
「知り合いがいたから少し話してくる」
「そう。ならさっさと行ってきなさい」
ミアリーにはその場に待機してもらい、俺は駆け足でそちらへと進む。
「ナナさん!」
つい数時間前に襲われていたはずで、もう家に帰ったと思っていたのだが。
まあ、怪我は完治しているので、特別安静にする必要はないが。
それでも少し心配な俺は、挨拶程度に声をかけようと思ったのだが、
「誰ッ!」
異常な警戒心。
声を張り上げながらナナは背負っていた剣の柄を握って純粋な殺意を向けてきた。
ふわりとポニーテールに結ばれた紫混じりの黒髪が揺れ、路地の隙間から差し込む日差しが褐色の肌を映し出す。
そして見える鋭い目つきは、明らかに知人に向ける目ではなかった。
あれ? 嫌われるようなこと、したっけ?
「お、俺ですよナナさん」
「私にあなたのような知り合いはいない」
ナナは背負う二本の剣を両方引き抜いて、臨戦態勢を整えた。
そして、後ろにいる人影に向かって彼女は言う。
「ここは私がやります。下がっていてください」
ここまでナナが殺意を向けてきて、俺はようやく自分の姿がスキルによって赤の他人に代わっていることに気が付いた。
慌てて【変装】を解いた俺は、警戒をさせないように両手を上げる。
「ごめんなさい。俺です。サイトウハヤトです。ちょっとわけあって見た目を変えてて……」
「は、ハヤトさん……?」
突然見た目が変わった俺を見て目を丸くしたナナは、戸惑いながらも剣を鞘へと納めた。
我ながら悪いことをしたなと思って頭を下げると、ナナも申し訳なさそうに、
「ごめんなさい。今日はいろいろあったので、気が立ってしまっていて」
「いえいえ。俺が悪かったですから。後ろにいる人も大丈夫でしたか?」
下がっていてくださいとナナが言っていただろうし、遠目に見たときも誰かと話しているように見えた。
しかし、俺が覗き込むようにして確認すると、そこにいたのは褐色肌の少年だった。
「あれ? ラウムだったのか?」
「……、」
何も言わずに、ラウムはペコリと頭を下げた。
どうしたんだろう? もっと元気に返事をしてくれると思っていたんだけど。
「今日はもう疲れてしまったみたいですね。ごめんなさい。少し寄り道をしていたんですけど、もう帰ることにします」
「それがいいですね。今日は何かと大変でしたでしょうから」
「はい。ありがとうございます。それでは」
ラウムと一緒に頭を下げて、ナナはすぐに去っていった。
少し違和感を覚えたが、気にする程度でもないだろうと俺はミアリーの元へ戻った。
「あら。見た目戻ってるじゃない」
「あのまま行ったら敵だと思われて切られそうになったからな」
「なにそれ、滑稽ね。見ておけばよかった」
クスクスと笑うミアリーに文句を垂れながら、再び歩き始める。
俺が見た目を戻したことだし、ちょうどいいのでミアリーも見た目を戻すことになった。もういいのかと訊いたら、「充分楽しんだから構わないわ」と笑っていた。
息抜き程度にはなってくれたようだ。
王女様に戻ったミアリーはフードを深くかぶって隣を歩く。たった数秒で立ち振る舞いどころか歩き方や姿勢まで変わるのはさすがミアリーだと思った。
このあとはまっすぐに城に戻ることにしたのだが、その道中で不思議な出来事が起こった。
「あれ、ハヤトさんだ! 今日は本当にありがとうございました!」
「……え?」
声をかけてきたのは、先ほど見たはずのラウムだった。
何かを買ってきたのか、パンパンになった紙袋を両手に抱えて歩いていた。
おかしい。ラウムはさっきナナと一緒にいたはずだし、帰るからと歩いていた方向は反対だ。
だがあれか見間違いなんてことはありえない。路地裏で少し薄暗かったというのはあるが、それでもラウムだと判別できる程度には顔が見えていたはずだ。
俺が動揺していることに気づいていないラウムは不思議そうな顔で、
「ハヤトさん? どうしたんですか?」
「あっ、いや。ついさっきナナさんに会ったんだけど、お前も一緒にいたよな?」
「え? 僕はお姉ちゃんにお遣いを頼まれて買い物に行っていたので、一緒にはいなかったはずですけど……」
どういうことだ。
なら、ナナと一緒にいたあの子は一体誰なんだ。
「どうしたの、ハヤト」
きっと俺の顔が引きつっていたのだろう。少し心配そうにミアリーが俺の顔を覗き込んできた。
なんでもない、と一言言って、俺はラウムに話しかける。
「あのさ、ラウム。今ここで俺と会ったこと、ナナさんには秘密にしてもらえるか?」
「え? はい。わかりました」
素直に頷いてくれたラウムの頭を撫でて、俺は再び歩き出す。
ナナと一緒にいた誰かを、ナナはラウムと呼んでいた。ならば、嘘をつかなければならない理由があるはずだ。どんな意味があるのか分からないが、俺がその嘘について知っているとナナが認知しないほうがいい。
荷物を抱えたラウムを見送った俺は、小さな声でミアリーに話しかける。
「今日ってもう少しだけ、時間あるか?」
「ええ。今日一日なら問題ないわ」
「だったら一つやりたいことがあるんだ」
「なにかしら? 夜の相手ならしてあげないわよ」
ミアリーの冗談をスルーした俺は、真剣さを低い声に乗せて呟く。
「ギルラインの私室を、調べようと思うんだ」
もうすでに日は沈み始めており、店も閉まり始めている。
昨日に引き続き様々なことがあったが、まだまだ今日は濃い一日になりそうだ。
ミアリー本人によるスキル解説!
「なあ、ミアリー。さっきレストランでコップを割ったりしたのはどういう理屈なんだ?」
「ああ、それは私のスキルよ。【剣の残り香】って呼んでるわ。簡単に言うなら、『その場に太刀筋を残せる』力ね。まあ、自然に武器に魔力をまとわせる必要があるけど」
「すまん。よく分からん」
「じゃあ見せてあげる。例えば魔力をまとわせた短剣を横に振ってみる」
「おお! 刃が通った後が紫色の塊になってる!」
「そう。そして、ちゃんとこの塊は物を切れるし、私の都合でその場に固定して盾にしたり、飛ばして飛び道具にしたりできる」
「ならさっきのレストランでは、ナイフで作った斬撃をコップやシャンデリアに飛ばしたってことか」
「ええ。兄たちには言ってないんだけど、鍛錬はしてるからあれくらいなら造作もないわ」
「ってことは、かなり汎用性が高そうだな」
「そうね。空中でも触れていればその場に固定できるから、足場にもなるしね」
「足場……! そんな使い方もできるのか! 階段とかいらねぇな!」
「もしかして、あなたって馬鹿?」
「ば、馬鹿って言ったほうが馬鹿だからな!」
「はいはい。そういうことにしておいてあげるわ」




