第十一話「獣人のアスル」
翌日。特別出かける用事はないのだが、ミアリーからの依頼があった以上、城の中でダラダラしてるわけにもいかない。
というわけで、だ。
「ハヤトー! あれも食べたいぞ!」
「うん。それ以上はお金がなくなるから我慢しような、シアン」
「ハヤト! あの服激マブだから買いたいって感じなんだけど――」
「お前は自分で働いて買ったらどうだ、リリナ」
「なんであーしにはそんな辛辣なのって感じ!?」
長らく会えてなかったことだし、いい機会なのでシアンとリリナを連れてドルボザの城下町に出かけることにした。
さすが国の中心だけあって、城に近いこの辺りでは、繁華街のような賑わいを見せていた。
リリナは少し地味めの服を着せているので、おかしな行動をしなければサキュバスだとは思われないはずだし、シアンは例の如く【変装】で耳と尻尾を見えなくしてあるので、城下町を散策する分には問題ないのだ。
シアンは幸いにも顔が一般に知られていない。だが、魔王軍ならば基本誰でも分かるだろう。リリナもそこそこ立場的には上の方らしいから、この二人を連れて歩いていれば魔王軍ならば何かしらの反応を見せると思ったのだ。
しかし、朝イチから昼下がりまでずっとシアンの食べ歩きに付き合ってても変化があったのは俺の財布事情だけ。
「なあ、リリナ。ここら辺で知り合いとか見かけてないか?」
「んー? こんなところでブラブラ歩いてる魔族なんてあーしたちだけって感じっしょ?」
「……だよなぁ」
そもそもミアリーの話を聞く限り、表立った取引はやっていないはずだ。こんな街中をフラフラうろつく魔王軍なんているわけないか。
どうしたものかと俺がため息をつくと、何かの匂いを嗅ぎつけたのか、シアンの鼻がスンスンと鳴った。
「うまーな匂いがするぞ、ハヤト!」
「はぁ。どうせ収穫なしなら、昼飯にするかなぁ」
「あーしも賛成って感じ!」
足早に店の中に入っていくシアンの後に続いて、俺のリリナも入っていく。
そこそこ広い店だった。お昼時だからか、そこそこ人も多い。先に座っていた客のテーブルを見る限り、シアンの鼻が嗅ぎ取ったのはステーキの匂いだろう。
店の周囲を見回してみる。カウンターの席にはちらほらと空きがあるが、三人が腰掛けられるようなテーブルがなかった。
「あっ、あそこ空いてるって感じ?」
リリナが指差したのは隅の方にあるテーブルだった。たしかに空いているように見えるが、よくみるとそのまた隅に誰かが腰掛けていた。
室内の店なのに深くフードを被って食事をしている姿が周りから浮いており、ほとんどの席が埋まっているにもかかわらず、あそこだけポッカリと空いてしまっているようだ。
だがまあ、カウンターにシアンを座らせるとそのまま食材へ飛び出しそうなのでテーブルがいい。
申し訳ないが、相席のような形であの人には我慢してもらおう。
俺たちは隅のテーブルまで歩き、フードの人物へ声をかける。
「あの、すいません。よかったらここ、座ってもいいですか?」
「あっ、はい。すいませ――」
素直に返事をしようとしてくれたフードの人物は、俺の顔を見た瞬間にその動きが停止した。
ガタガタ! と音を立てながら後退りして、フードの人物は俺を指差す。
「サ、サイトウハヤト……!?」
ここではそこそこ有名になっているという自覚はあったが、こんな反応をされたのは初めてだった。
不思議に思ったのか、シアンとリリナがこちらへ近づいてくる。
それを見て、フードの人物はついに声を上げた。
「シ、シアンさんんんん!??!??!!」
あまりの衝撃に腰を抜かしてその場に座り込んでしまったその人のフードがストンと落ち、その顔があらわになった。
明るめの茶色の肌……ではなく、体毛。ピンと立った犬のような耳に、細長く前へ突き出た鼻と肉を断ち切る犬歯が覗く鋭い牙たち。
そんな見た目に、俺は見覚えがあった。
「お前、昨日戦った……!?」
闘技場の予選で戦った、四人の獣人の一人だ。たしか、名前はアスル……? だったか?
「あっ!」
アスルは慌ててフードを被り直した。しかし、その顔をシアンとリリナはバッチリと見ていたようだ。
「おー! アスルだー!」
「えっ? アスルじゃん! 久しぶりって感じ!」
あまりにも軽い挨拶をされたからか、アスルは困惑したようにシアンとリリナを交互に見ていた。
「とりあえず、座るか」
三人分の料理を注文して、俺たちはテーブルに腰掛けた。
妙にアスルがソワソワしてるので、シアンは俺の隣に座らせておいた。
理解が追いついていないのか、アスルは目を回したような顔で、
「あっ、えっと。これは、一体……?」
「普通に飯を食べにきただけだけど」
「な、なんでシアンさんとリリナさんが……?」
前の闘技場のときも思ったが、何かを勘違いをしているのかもしれない。
ここで面倒事に発展しても店に迷惑が掛かってしまう。誤解は早めに解いておいたほうがいいだろう。
「あのさ。お前たちはシアンについてどう説明されてるんだ?」
「シアンさんがあなたに洗脳され、それを利用してリリナさんまで強引に味方にし、夜な夜なあんなことやこんなことをして私利私欲の限りを尽くしてるって……」
「めっちゃ最低なやつになってんじゃん、俺」
本当の事じゃないとしても、さすがに泣きそうなんですけど。
夜にそういう展開があるなら俺はもっとリア充みたいなドヤ顔してるよ。
俺が頭を抱えると、ニヤニヤと笑うリリナが耳元でささやく。
「悩んでるなら、あーしが慰めてあげようか?」
「……本当?」
「あ、いや。その…………ドンマイって感じ!」
なんだか、余計に傷ついた気がする。
俺がさらにがっくりと肩を落とすと、苦笑いしたリリナがアスルへ説明を始めた。
シアンがリリナが魔王軍から離れ、俺と一緒に行動している理由を聞くと、アスルは驚きに目を見開いていた。
「そうだったんですか……」
「あーしもエルフの里に行くときには結構ハヤトの評判悪かったって感じだしねー。シーちゃんを連れ戻したいなら、そういうこと言うのもあり得るって感じかな」
確かに、事前にシアンを連れていったやつは悪い奴だと言われた方が、魔王軍側はためらわずに俺を攻撃できるからな。
アスルを責めるのもかわいそうか。こいつ自体はシアンのためにって思ってるんだろうから。
「アスル、だっけ? シアンの部隊だったんだよな?」
「はい。今はグレイ様の下になっていますけど」
「それで、どうして闘技場に来たんだ?」
俺が問いかけると、アスルはためらう素振りを見せた。しかし、ニコニコしながら肉を待つシアンを見て、アスルはおもむろに口を開く。
「グレイ様の命令だったんです。サイトウハヤトが闘技場に来るから、どれくらい強いのかを確認しろ、と」
グレイってシアンの父さんだったよな。それが俺の力を確かめようとしたってんなら、シアンを取り戻す計画とかを練るためってことか?
エストスとかに言ってシアンの周囲を警戒してもらうか。
そんなことを考えていて、俺はふとあることを疑問に思った。
「待てよ。その命令、いつ受けたんだ?」
「三日前です。一か月前のドーザへの襲撃に参加する予定だったんですけど、他にやることがあって行けなくなったので、代わりにグレイ様からこの命令を受けました」
「三日前だと……!!」
俺は思わず立ち上がってしまった。
どうしてグレイは俺が闘技場に行くって知ってたんだ。俺がラウムに頼まれたのは昨日なのに。
意味がわからなかった。しかし、何かしら仕組まれているのだとしたら、俺が闘技場にいくこともその計画のうちということになる。
ラウムが俺に助けを求めることまで計画のうちなら、ナナが闘技場にでることも仕組まれたこと。そして、ナナが闘技場に行くことになったのは、借金取りから強要されたからだ。
ってことは……?
「ナナさんに金を貸してるやつらが魔王軍と繋がってる……?」
思わぬ収穫だ。出来るだけ早くナナさんに話を訊いて、ミアリーに報告をした方がいいな。
俺に助けを求めたラウムに嘘をついてる素振りもなかった。
このままだと、ナナさんたちまで魔王軍とのいざこざに巻き込むかもしれない。
深呼吸をして席に座りなおした俺は、アスルにもう一つ問いかける。
「なあ、他に命令とかは受けてないのか? 例えば、物資の運搬とか」
もしアスルたちがその命令を受けていたら正解まで一気に近づく。
しかし、そう簡単にはいかないようだった。
「いえ。私たちはそこまで立場が上というわけでもないですし、もしそういう話があるとしたら元々グレイ様の下にいる部下の人が受けているかと」
「そっか……」
その後もいろいろ話をアスルとしたが、有益な情報はなかった。
他に話を聞いて分かったのは、とりあえずアスルたちの四兄弟全員がそこまで悪いやつらじゃないということだ。
闘技場でギラついていたのも、悪い噂を聞いてシアンが酷い目にあっていると思っていたかららしい。
それならまあ、仕方ないか。
「ハヤトー。シアンはお腹が減ったぞ……」
「えっ? 今ステーキ食べたよね?」
「食べたけどもっとお腹が減ったぞ!」
「リリナ、何言ってるかわかる?」
「ごめん。シーちゃんの胃袋の構造は魔王軍七不思議の一つって感じだから……」
「仕方ない。もう一つだけだからな」
「分かったぞ! 早く食べて他のお店に行こー!」
「あれ? もしかして何か勘違いしてないかいこの子」
いろいろ言っても仕方がない。
店員にもう一つステーキを頼んだ俺は、財布の中を確認する。
笑えないぐらい軽くなってきたな……。
がっくりとうなだれていると、それを見たアスルが笑いだした。
「あははっ。シアンさん、変わっちゃったって噂があったんですけど、昔からあまり変わらないですね」
「そう、なのか?」
「ええ。魔王軍でも食料がすぐになくって大変だったんですから」
俺と出会う前のシアンを知っているリリナは、「そんなこともあった感じねー」とうんうん首を縦に振っていた。
シアンのことを知ってくれている人と出会えてよかったとなんとなく俺は思った。
「せっかくだし、今日ぐらいはシアンの食べたいやつをいろいろと――」
「見つけた、ハヤトさんッ!」
俺がのんびりした声を出した瞬間、店の入り口から大きな声が聞こえた。
少年のような声だった。
振り返る。褐色の肌をした小柄の男の子、ラウムだった。
俺を探していたのか、汗まみれになったラウムがこちらへと走ってくる。
「どうしたんだ、ラウム」
表情を見ただけでも必死なのが分かる。
よく見ると、ラウムの体にいくつかの傷があった。
何かから逃げ出してきたのか。それとも。
ラウムは息を整える時間すら惜しいとばかりに、掠れ気味の声で俺にこう言った。
「大変、なんだ! お姉ちゃんが、攫われたんだ!」
アスルのキャラを掘り下げようと思ったんですけど、話の都合上入れられなかったので、セリフのみのSSという形で数話ほどアスルとの会話を後書きに入れていこうと思います。
「そういえば、どうしてアスルはシアンの部隊にいたんだ?」
「私たち四兄弟は、極東で冒険者に襲われたときにシアンさんに助けてもらったんです。結構多いんです、シアンさんに助けられた獣人って」
「そうなのか。確か、ラキノもそんなことを言ってたな」
「え!? ラキノ、無事なんですか!? ドーザに言ったきり帰ってきてないって聞いていたんですけど……」
「いろいろあったけど、ちゃんと生きてるよ。今頃、クソ勇者と一緒に仲良く冒険してんじゃねぇか?」
「ゆ、勇者と一緒ォ!? ドーザで何があったんですか!?」
「俺もよく分からん。気が付いたら仲良くなってた」
「変な子だとは思っていたけど、まさか勇者と冒険するなんて……」
「鍛えるとか言ってたから、もしかしたら泣きながら特訓してるかもな!」
「もしラキノが泣いてるなら私は今すぐ勇者を殺してやりますけどね……!」
「アスル、身内を大切にするって感じの子だから……」
「え? じゃあ、もしここで俺がシアンに変なことをしてるって思われたらやられてた?」
「ええ。刺し違えてでも殺すつもりでした。でも、そんなことないようなんで安心しましたけど!」
「……それはよかったよ」




