第十話「ハリボテの向こう側」
「魔王軍と、繋がってるだって?」
「ええ、そうよ」
もうすでにミアリーは二本目のビンを空けて、豪快に酒を胃袋へ流し込んでいた。
目の前で荒ぶるミアリーについて言いたいことはいくつもあるが、それよりも魔王軍という言葉の方が俺にとって重要に聞こえた。
「一体、誰が?」
「そこまでは分からない。でも、王か、二人いる兄のうちの誰かってことは間違いない」
ミアリーははっきりと身内の悪事を断言した。
王族内での裏切りについては、俺は一度目の前で見たことがある。
「偽物が王族の誰かと入れ替わってるとか?」
「それも疑ったけど、公務の内容も変わりないし、周囲の人も誰も違和感を覚えてない。この城の中には本物しかいないはずよ」
「全員本物だって分かってるのに、内通は確定なのか?」
俺がそう問いかけると、ミアリーは順を追って説明を始めた。
「最初の違和感は前にあったドーザの襲撃だった。あなたもその場にいたのよね?」
「俺がドーザに来たのは襲撃にきたやつらをクソ勇者が追い払った後だったけどな」
俺がメリィとレアドによってスワレアラから飛ばされてすぐにあった魔王軍によるドーザの襲撃。もう一ヶ月以上も前の出来事だ。
それでも事情を知っているのなら構わないと、メアリーは話を進める。
「ドーザが襲撃されたという連絡が届いて、勇者の誘導もあったおかげで次の日には住人たちのこの町への避難が完了した」
「それがどうしたんだ? いいことだろ?」
「私もその時はさすがだと思ったわ。でも、後になって考えてみるとおかしなところがいくつかあった」
もうミアリーの手に持つ二本目のビンにはほとんど酒は残っていなかった。
ビンを持っている方とは反対の手の指を一本、ミアリーはピンと立てた。
「一つ目は、避難があまりにもスムーズすぎる。あれだけの人数がいて、突然の避難で混乱もなく全員の場所を確保するのはそう簡単なことじゃない」
ただ、それだけでは魔王軍と繋がっている決め手にはならない。勇者が関わっているからこその奇跡だとまとめられたらそれで終わりだろう。
ミアリーもそれを分かっているのか、すぐに二本目の指を立てた。
「次は、ドーザの襲撃以降ドルボザ周辺の魔物の数が激減し、物資の運搬がこれまでにないほど楽になったこと。今まで一定数あった魔物の被害が、この一ヶ月間はほとんどなかった」
たしかに、今までは移動のときに魔物に遭遇することは何度かあった。俺たちの場合はそこらにいる魔物程度ならば問題ないのでスムーズに移動ができていたが、一般の商人たちでは手を焼くかもしれない。
思い出してみれば、ドーザからドルボザへ来るときに魔物を見ていない気がした。今になって考えてみれば、不自然に思える。
「そして、最後」
ミアリーは三つ目の指を立てた。
正体のわからない何かへの嫌悪感を露わにしながら。
「私は王や兄たちから物資の管理などを今回みたいに任されることが多々ある。それなのに、私の知らない大量の魔晶石が異常な安さで仕入れられていた。さらには、ここの地下に誰も認知していない大量の物資がある」
「誰も認知してないって、王様も知らないのか?」
「王子である兄二人も、王である父も知らないと言っていた。そもそも、その存在自体あり得ないというような態度だった」
「全員が嘘をついてるってことか?」
「分からない。本当に知らないのか、冗談だと軽くあしらわれているのか、知っていて嘘をついているのか」
いずれにせよ、実在する違和感が地下に存在していることだけは確かだとミアリーは言った。
これ以上は酔いが回りすぎてしまうのか、二本目を完飲したところでミアリーの手は止まっていた。
「この違和感は、魔王軍との取引という一言で一本の線になる」
避難が不自然なほどにスムーズだったのは、事前に魔王軍から知らされていたから。
周辺から魔物が消えたのは、それらの魔物を全てドーザへの襲撃に使い、勇者に倒させたから。
格安の魔晶石たちは、魔王軍がドーザから奪ったものを横流ししたものだから。
地下にある物資は、それらへの対価として魔王軍へ送られるものだから。
淡々と、ミアリーはそんな説明をした。
「じゃあ、ドーザが襲われることを知っていて何もしなかったやつがいるってのか……!」
実際にどれだけドーザが壊滅的な被害に遭い、どれだけ人々が復興のために尽力してきたかを見てきたんだ。
言いようのない不快感が腹の底から湧き上がってきた。
あまりの悔しさと怒りに歯を噛み締めると、それを見たミアリーがポツリと言った。
「私も、腹が立つわ」
空になったビンが、カラカラと音を立てて高級そうなカーペットの上を転がっていた。
わずかに唇を噛み締めて、メアリーはどこか遠くを見つめていた。本当にこの人は、怒っているのだ。自分ではない、他の人のために。
言動は良くないとは思うが、俺はメアリーを嫌いになれそうにはなかった。
「俺の目の前にいるのが本当のお前なんだよな?」
「そうよ。てか敬語使いなさいよ。敬いなさいな。私は王女よ?」
「そう言われると使いたくないな……」
「冗談よ。別に話し方なんてどうでもいいわ」
メアリーは鼻で笑った。
王族である誇りはあるが、話し方一つで汚れるような安いプライドではないと言っていた。
クリファとは毛色は違うが、立派に王としての素質を持つ人材だと素直に思った。
「どうして本当はそんな性格なのに、猫を被ったりしてるんだ。大変じゃないのか?」
「はぁ? あんた、私が好きでこんなことやってると思ってんの? 馬鹿なの? 処刑されたいの?」
「あ、いや。死ぬのだけは勘弁してもらえると助かります」
ミアリーは深いため息を吐いて、壁に掛けられた絵を指差した。
そこに描かれているのは、ミアリーと先ほどみた王様、そして若く凛々しい顔出ちをした男が二人。王子が二人と言っていたので、彼らが兄たちなのだろう。
とても上手に描かれた絵だ。ミアリーの顔がそっくりなので、きっと彼らの顔もこの絵に描かれている通りなのだろう。
「長男のギルラインは騎士としても力のある、軍事を任された男。次男のライゼスは聡明で政治を任せている。軍事と政治を兄たちが行い、私は何を任されたと思う?」
「……」
分からないという意図を沈黙から受け取ったミアリーは、目を細めて言った。
吐き捨てるような、冷たい声で。
「マスコットよ。少し見た目が良く生まれたからって、この国の印象を良くするための看板として私は育てられた。作法や礼儀は小さい頃に泣くほど叩き込まれた。そりゃあ、ストレス溜まって酒を飲むに決まってんじゃない」
足元に転がっていた酒の空き瓶を、ミアリーは軽く蹴った。
「そんな私には、権力も軍事力も一切与えられていない。だから、裏切り者を見つけたときにそれに対抗する戦力を見つける必要があった」
「まさか、あの闘技場を作ったのって」
「そうよ。優勝者をスカウトして、兵士として雇う。危険な賭けだけど、私が単騎で挑むよりはよっぽどマシ。まさか、あなたが来るとは思わなかったけど」
あの闘技場が最近できたっていうのは、ドーザの一件から急ピッチで仕上げたからなのか。
万一、王族内で魔王軍と繋がっている者がいたとき、力を持つ者がいなくて戦うことができないという状況を回避して、なおかつ王子や王に気づかれないために裏社会という場所を使ったってことか。
でも、そこに俺が来るのが予想外だったとして、どうして俺が優勝したことすら知らなかったんだろう。
「主催者なのに、試合を見てはいなかったのか?」
「私だって暇なわけじゃないのよ。それくらいわかりなさい、馬鹿。公務の間のわずかな時間で顔を出してるのよ。ちなみに、あんたらの料理の手配のせいで今日の私は忙しかったんだけど」
「なんかごめん」
「手伝うなら許してあげるわ。私、優しいから」
「それ、自分で言うのはやめたほうがいいぞ」
「普段は死ぬほど謙遜してるからこういうときぐらい好きに言わせなさいよ」
本当に日々の公務のストレスは果てしないらしい。
まあ、今更気を使われても変な感じがするし、いいけど。
一つ間を置いたミアリーは、低い声で俺に問いかけた。
「あなた、魔王軍の知り合いがいるって本当?」
「ど、どこでそれを……?」
「まだ初めて日は浅いけど、裏の仕事をしていればいろいろな情報が入ってくるのよ」
確かに、シアンやリリナと行動をともにしてもうだいぶ長い時間が経っているし、今はラキノもアルベルと一緒にいるくらいだ。
俺に魔王軍の知り合いがいるという噂があっても仕方ないか。
ただ、シアン個人の名前までは知られていないみたいだ。一応そこは伏せておこう。
「魔王軍の知り合いというよりは、魔王軍から抜けて俺と一緒に行動してるって感じだ。あまりあてにはならないと思う」
「ふぅん。使えないわね」
「悪いな、使えなくて」
俺が不貞腐れた返事をすると、「別に、期待してないから」とミアリーは切り替えて、
「私は今まで通り中から内通者を探す。あなたは魔王軍側から敵を探してほしい」
断る理由はなかった。ミアリーの気持ちは本物だ。
力になってあげたいと素直に思った。
「分かった。とりあえずやるだけやってみるよ」
「よろしい。何かあったら私に直接言いに来なさい。数日は特に遠出する予定はないから、城に来れば基本的に会えるはずよ」
それだけ告げると、ミアリーは自分と家族が描かれた絵を外し、転がっていた空き瓶をそこにしまった。ビンの存在すら誰にも知られたくないのだろう。
「そろそろ戻らないと不審に思われるわ。さっさと戻るわよ」
グッと背伸びをしたミアリーは、ドアに近くに置いてある植物の葉を一つ口に放り込んだ。
これを食べると、酒の匂いがほとんど消えるらしい。
深呼吸をして外に出る準備を整えたミアリーがドアに手をかけた瞬間、雰囲気から表情に至るまでの全てが変化した。
廊下に出てたミアリーは、先ほどとは違う美しい笑顔で俺へと手を伸ばした。
「さあ、まいりましょう? ハヤト様」
「あ、ああ」
思わずドキッとしてしまった俺の顔を見て、ミアリーは綺麗な笑顔のまま、
「誰かに言ったら即死刑だから」
「はい。肝に銘じておきます」
俺は本能的な恐怖に怯えながら、ミアリーの後ろをついていく。
どうやら、またやらなければならないことが増えるようだ。
食堂に戻った後も上品にミアリーは食事を取っていた。あれがさきほどまで酒をビンから直接飲んでいたと思うと信じられないが、
「どうかなさいましたか? ハヤト様」
「い、いえ! なんでもないです!」
あの笑顔に裏に隠れた殺意が分かるようになってから、なぜか食欲が湧かず、シアンに半分以上俺の分の食事を食べられてしまい、さらに精神的ショックが増えたのはまた別の話。




