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第九話「淑女なお姫様は優雅にお酒を嗜む」

「もしかして、王女のミアリーさん?」


 目元はマスクで覆われて判断できない。

 しかし、夏の気配を感じる若葉のような黄緑色の髪と、マスクで隠しても強烈に俺の心を刺激する美貌、そして触れるのも躊躇われる純白のドレス。

 その姿に俺は既視感を覚えた。

 記憶を遡ってそれに当てはまるのは、ドルボザ国の王女ミアリーだ。

 しかし、


「は、はぁ? そんなわけないでしょ! あんた馬鹿じゃないの!? どうしてこんな場所で、さらには闘技場の主催者が王女なのよ!」


「た、たしかにそうだけどさ」


「あーもう! うっさいわね! 普通こういう裏の場所で相手の素性を探るとかありえないでしょ! どうしてあんたみたいなやつがここにくるのよ!」


「どうしてって言われても……」


「もういいわよ! 話はおわり! さっさとここから立ち去りなさい!」


「ええ!? あんたらに呼ばれたから来たんだぞ! それにナナさんの借金の話も!」


 なんだこの自分勝手な女は。むちゃくちゃじゃないか。

 俺が声を荒らげて主催者へ距離を詰めると、細身の男が割って入ってきた。


「申し訳ございません、ハヤト様。借金についての約束は必ず守りますので」


 深呼吸をして、後ろへと下がる。

 元々、ナナの借金があったからここに来たんだ。それをどうにかしてくれるってんなら、俺がここにいる意味はもうない。


「わかった。じゃあ俺はこれで帰るよ」


「かしこまりました。それでは、こちらへ」


 男は入り口の扉を開けた。

 少しだけ主催者の女を睨みつけて、俺は出口へと向かっていった。

 そして去り際、細身の男は俺の耳元でこうささやいた。


「それでは、また後ほど」


「は?」


 俺が振り向いたときにはもう扉は閉まっていた。

 まったく、なんなんだ本当に。

 もやもやとした不満を胸に抱えたまま、俺は外まで歩く。

 最初にここに入ったバーから外へ出ると、エストスたちが待っていてくれた。


「おや、ずいぶん早かったじゃないか」


「ああ。なんかすぐに追い返されたから」


「ふむ。なにああったようだけど、問題はないのかい?」


「まあ大丈夫だろ。ナナさんの借金はどうにかしてくれるって言ってたし」


 俺がそういうと、横で聞いていたナナが飛び上がった。


「ええ!? 借金が!?」


「ああ。なんか優勝した賞金とかだけじゃなくて、借金全部を面倒みてくれるみたいだったぞ」


「ほ、本当ですか……!?」


 俺の言葉を聞いて、ナナは腰を抜かしたようにその場に崩れた。

 そうだよな。あんな場所で戦わなきゃいけないくらい追い込まれてたんだもんな。

 とりあえず、俺がやるべきことは終わったみたいだ。


「もし、他に困ったことがあったら俺に行ってください。あと数日は城にいると思うので。俺ができることなら手伝いますから」


「あ、ありがとうございます……!」


 泣き崩れるナナの頭を、俺はそっと撫でた。

 よかった。少しでも力になれたみたいだ。

 俺は隣にいるラウムと視線を合わせて、


「ナナさんのこと、ちゃんと守ってやれよ」


「うん! 僕、ハヤトさんみたいに強くなって、悪い奴らをドカンってぶっ飛ばすよ!」


「よーし! その意気だ! 頑張れよ!」


 大きく頷くラウムに俺はぐっと親指を立てた。

 泣き止んで落ち着いたナナは、何度も頭を下げてラウムとともに帰っていった。

 ふう、と追い付いて息を吐く。なんだかやることが全て終わって腹が減ってきた。


「そういえば、料理を城で作ってくれてるんだっけ」

「そうだね。もう出来ていてもおかしくない時間だ。遅れてしまっているかもしれないから早く戻るとしようか」

「おう。……あれ、そういえばエリオルは?」

「彼ならもう返したよ。あれだけ戦いをしたんだ。ゆっくり寝た方がいい」

「思ったよりすんなりと返すんだな」

「一番は彼の体だからね」


 言っていることが至極真っ当なことなんだけど、こいつが言うといかがわしく聞こえてくるのはなぜだろう。

 とにかく、今は城へ戻るとしよう。



 結果から言うと、ギリギリ間に合った。

 ちょうど俺が戻ったときに、門番をしている人に『さきほどお仲間が呼ばれておりました』と教えてもらい、少し急ぎ足で俺とエストスは城内へと向かった。


「お待ちしておりました。ハヤト様」


 食堂はかなり広く、テレビでよく見る細長いテーブルが中心にある構造だった。

 そして、そんな食堂の扉を開いて出迎えたのは、従者のルイドだった。

 ……なんだか、さっき俺を闘技場の主催者まで送ったやつに似てる気がする。

 やっぱり、さっきの人はミアリーだったんじゃないか?

 訝しげにルイドを眺めながら食堂へと入ると、そこにはいつもの光景が広がっていた。


「んがー! やはく食べたいぞ! 今食べてもハヤトは食べれるんだ!」

「いいから座ってって感じなのシーちゃん! やらかして出禁になったらあーしが困る感じだから!」

「そうなのですよシアンちゃん! あなたの胃袋のせいで今まで私たちがどれだけ苦労を強いられてきたと思ってるなのです! 今回ばかりは私も全力で止めさせてもらうなのです! ほら! シヤクも手伝って!」

「は、はいなのでございます!」


 テーブルに準備された料理へ食らいつこうとするシアンをリリナとボタンとシヤクが三人がかりで抑え込もうとしていた。

 相変わらずやんちゃしてるなあ、あいつらは。

 思わず笑ってしまったが、彼女たちはそんな場合ではない。


「おーい。シアンさーん」


「あ、ハヤト! 遅いぞ!」


「すまんすまん。待たせたな」


 俺が部屋に戻ってきたことに気づいたシアンは、押さえつける三人の手を振り払って俺の元へ走ってきた。

 俺の胸元辺りまでの低身長から、ぐっと背伸びをして俺に顔を近づけてくる。


「みんながハヤトが来るまで食べちゃダメだった言うんだ! 早く食べたいから座ってほしいぞ!」


「おう。すぐに食べような」


 俺が自分の席を探そうとすると、奥から黒いドレスを着たミアリーが出てきた。


「大変お待たせ致しましたわ、ハヤト様」


「あ、どうも。ありがとうございます。こんなご馳走を」


 俺は改めてテーブルの上を見る。ドでかいステーキに多種多様な野菜が盛られたサラダ、おしゃれなソースで飾り付けられたいかにも希少ですと言わんばかりの見たことない肉料理。

 何もしていないのにこんなにももてなしてもらうと、少し申し訳なくなる。


「とんでもありませんわ。お客様ですもの。ドルボザは良い国だと知ってもらうにはこれくらいは当たり前ですわ」


 ミアリーは上品に笑いながら言った。

 相変わらず綺麗な人だなぁ。主催者の口の悪さを考えると、やっぱり俺の勘違いなのかな。ドレスが一緒だったってだけだし。

 ……まてよ。

 俺は改めてミアリーのドレスを見た。

 確か、前に会った時は白いドレスだったはずだ。そんな短時間でドレスって着替えるものなのか?


「ハヤト! 早く!」


 シアンに急かされて、考える暇もなく席へと誘導された。

 ただ幸運にもミアリーとの席が近かった。手を合わせていたたきますと俺が言った瞬間、シアンが待てから解放された犬のようにステーキにかぶりついた。


「うまうまー!!!!!」

「ちょっ、シーちゃん。もうちょい行儀良くないとヤバいって感じじゃない? あんたらもなんか言ってやって――」

「美味しいなのですぅ! 久しぶりにこんなご馳走を食べたなのです! いやぁ、やっぱりお城で食べる料理は格が違うなのです!」

「お、お姉ちゃん。もう少し静かに食べた

「あーもう! なんであーしは誰かを注意する側じゃないってのにぃ!」


 わちゃわちゃと騒ぎ立てるシアンたちを見てると不安になってくる。メアリーからの印象が悪くなるのは避けたい。

 恐る恐る俺はメアリーの様子を伺う。

 メアリーは上品に小さく切ったステーキを口に運んでいるところだった。

 俺の視線に気づいたメアリーは、軽くシアンたちを眺めて、


「とても元気の良い方々ですね」


「あ、はい。ごめんなさい、うるさくて」


「構いませんよ。いつも食事のときは空気が固いので、こういったのは新鮮ですわ」


 優しくミアリーは笑った。

 なんだこの人、天使か? 

 思わずミアリーに見惚れていると、彼女は照れ臭そうに笑う。


「そんなに見つめないでください。恥ずかしいです」


 ダメだ。やっぱりこんな人が主催者だなんて思えない。

 疑っている時間だって無駄だろう。変に考えても仕方がない。この際、はっきりと聞いてみよう。


「あの、ミアリーさん」


「はい。なんでしょうか?」


「この町の地下にある闘技場のことは知っていますか?」


 問いかけると、ミアリーは訝しげに眉をひそめた。


「闘技場、ですか? いいえ。初耳ですが」


「で、ですよねー。いやぁ、ごめんなさい」


 ほらな。こんな人があんな血生臭い闘技場の主催者だなんてありえない。

 そう思って、ほっと一息ついた瞬間だった。

 気が緩んだからか、俺の手元からナイフが床へ落ちてしまった。

 しかもよりによって落ちたナイフがミアリーの足元まで転がってしまった。


「あっ、すいません」


「いえ、お気になさらず」


 わざわざミアリーは椅子から腰を離し、ナイフへ手を伸ばした。

 おいおい。お姫様に落ちた物拾わせるのはまずいだろ。

 俺が慌ててナイフを取ろうと動いた瞬間、ミアリーと体が軽くぶつかってしまった。

 体勢が悪かったのか、かがむような姿勢になっていたミアリーがぺたんと尻もちをついてしまった。


「ごめんなさい! 大丈夫ですか!」


「ええ、大丈夫ですわ。私こそよく見ていなくて……」


 ミアリーの言葉が、突然止まった。

 なんだかやってしまったというような青ざめた顔をしている。そんな表情の中の視線の先を追うと、そこにあったのは目元を隠すマスクだった。

 それは、ついさっき俺がみたものと同じ物で――


「――ッ!!」


 慌ててそれを拾ったミアリーは、険しい顔で俺を見つめる。


「……見た?」


「い、いやぁ、何も」


 幸い、俺もミアリーも床に座りこむような体勢なので、何が起こっているのかはテーブルの視覚となって他からは見えていない。

 だから、周りからはミアリーがマスクを落としたことは知らないはずだし、そもそもそのマスクの意味を知っているのは俺だけのはずだ。

 いや、そもそも、これを見られて慌てるということは……


「もしかして……」


 俺が次の言葉を紡ごうとした瞬間、ミアリーは立ち上がって俺の手を掴んだ。


「そうですわ! 思い出しました! 私、ハヤト様に渡したいものがあったんですの!」


「え? 何を――」


「また忘れてしまうのも嫌ですので、すぐにこちらへ来てくださいませんか、ハヤト様!」


「お、おいっ。その前に説明を……」


 強引に掴まれた手を振り払おうとした瞬間、ミアリーはよろけたふりをしてわざと俺の耳元でこう囁いた。


「いいから来い。殺すぞ」


「ひっ……」


 なんだなんだ! 人ってこんな優しい笑顔でこんな言葉を言えるものなのか!?

 笑顔のままのミアリーだが、俺の手を握る手の強さが明らかにお姫様ではない。

 逆に笑顔が怖くなってきた。ここで王女が俺たちを追い出せと一言言ったらもうおしまいだ。

 俺は、それ以上の言葉は発することなくミアリーが引く手に導かれるまま歩いた。そうしてやってきたのは、ミアリーの部屋だった。

 豪華な家具にふかふかのベッド。様々なところに細かく施された装飾がそれだけで高級品ですと主張していた。

 そんな部屋のど真ん中で俺の手を離したミアリーは、鬼のような形相で、


「誰にも、言ってないでしょうね」

「言ってないって……?」

「全部よ全部! 闘技場のことも、私のことも!!」

「い、言ってねぇよ! 本当にあんたが主催者だって確証はなかったから!」

「知ってるわよ! 気持ち悪くじろじろ私のこと見やがって! どれだけ私が我慢してニコニコしてやったと思ってんだ! クソ素直に受け取って鼻の下伸ばしやがって! 童貞かてめぇ!」

「おまっ! それだけは、それだけは言っちゃあいけねぇだろうがぁぁあああ!!!」


 一気に変貌したミアリーに思わず俺は声を荒らげてしまった。

 だって仕方ないって。こいつは言ってはいけないことを言ったんだぞ。

 だが、ミアリーはまったく気にしていないという素振りで俺の横を通り抜け、壁に掛けてあった絵を取り外した。

 どうやら絵の裏に収納スペースがあるらしく、そこからビンを取り出してミアリーは片手で豪快に栓を抜いた。


「クソ。どうしてこんなことになるのよ」


 ビンに入っている飲み物を、ビンに口をつけてグビグビと飲むと、ミアリーは大きなため息を吐いた。

 俺の鼻に酒臭い匂いが一気に染み込んでくる。


「もしかして、酒飲んでるのか……?」


「当たり前でしょう! 酒飲まなくきゃ接待なんてやってられないわよ!」


 そう吐き捨てたメアリーは、もう一度ビンを真上に向けて酒を胃袋へと流しこんでいく。

 ものすごい飲みっぷりだ。お淑やかなお姫様の本性がこんなだったなんて。

 期待を裏切られた俺は眩暈のようなものを感じてふらりとよろけた。対してミアリーはあれだけ一気に酒を飲んだのにまったく動じずにベッドに勢いよく腰かける。


「バレたなら仕方ない。こうなったらあんたにはとことん付き合ってもらうわ」


「な、なんで急にそんな」


「あんたらの物資の担当が誰か忘れたの? ここで私の言うことを聞かないとスワレアラには一生帰れないわよ」


「お、脅すのか……?」


「元々こっちがあんたに脅される材料握られてるのよ。あなたは物資の補給。私は秘密を守ってもらう。これで対等よ」


 ニヤリと笑ったミアリーは、再び酒を一口飲んだ。

 ぷはぁあ! と気持ちの良い声を出してから、ミアリーは俺を睨みつけて、


「秘密を知ったのなら、これ以上知る内容が増えても変わらないわよね」


「ど、どういうことだ」


「数日間でいい。あなたにはこれから、ある目的のために動いてもらうわ」


 そういうと、ミアリーはベッドに腰かけたまま酒の入ったビンを床に置き、足を下品に開いたまま前のめりになってこういった。


「この国の王族で魔王軍と繋がっている馬鹿野郎がいる。私と一緒に、そいつを見つけてぶっ潰すわよ」


 その言葉だけは、今までの暴言とは違った芯のある力強い、そして決意のこもった声だった。


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