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第八話「勇者を目指す者へ」

 ミラルドとエリオルの戦いが決着を見届けた観衆たちが静まり返る中、エストスが声を張り上げた。


「ハヤト! すぐに少年の治療をしろ!」


 そうだ。あいつ、ボロボロじゃないか。

 俺が慌てて闘技場へと飛び降りようと腰を上げた瞬間、硬直したように体が止まった。

 俺は思い出した。今はまだ、この試合に決着がついていないことを。

 そんな迷いに気づいたエストスはさらなる怒声を飛ばす。


「試合ならとっくに決着している! 私がどこに立っているのか見えないのか!」


 言われてから、俺はようやくその言葉の意味に気づいた。エストスが立っている場所は闘技場のステージから一段降りた、いわゆる場外に位置する場所だ。


「お前、いつの間に……!」


「そんなことはどうでもいい! 早くッ!」


「あ、ああ!」


 俺はすぐに観客席からステージへと飛び乗り、左手を挙げたまま立つエリオルの肩に手を置く。


「おい、大丈夫か!」


 しかし、返事はない。

 正面に回り込んで顔を覗き込むと、エリオルの焦点の合わない虚な双眸が見えた。

 まさか、立ったまま気を失ってるのか……?

 とにかく、今は怪我を治してやらなくちゃ。

 俺はエリオルの体をゆっくりと横にした。


「【全癒エルヒール】!」


 エリオルの一番の怪我はミラルドに貫かれた右肩だが、他にも打撲や擦り傷があった。俺がいなかったら命が危なかったかもしれない。

 回復魔法によって傷はほとんど癒え、気を失っているエリオルはすうすうと穏やかな呼吸を始めた。傷は完全に治ったから、少ししたら目を覚ますはずだ。

 それにしても、さっきまであれだけ冷静だったのにどうしてエストスは急にここまで……?


「おい、お前……」


 エストスの顔を見上げた瞬間、俺は思わず言葉を止めてしまった。

 なんで、お前がそんなに辛そうな顔をしてるんだよ。


「……これが、一番彼のためになると思ったんだ」


 そんなことを、エストスは呟いた。

 だが俺は、エストスがどんなことを考えていたのか未だに分からなかった。


「だからって、こんな怪我をするまで見てるなんてお前らしくないだろ……」


「君が戦っている間、少し彼と話したんだ。たくさん努力をした言っていた。その言葉が間違いないことも見てわかった」


 寂しげな顔で、エストスは続ける。


「勇者になりたいと、本気で彼は言っていたんだ」


 それはきっと、俺みたいな平凡な人生を生きてきた人間には分からない感覚なのだろう。

 俺よりも多くの死を見てきたからこそ、エストスはこう語るのだ。


「勇者という肩書きに拘るということは、強くなりたいからという理由だけでは足りない。誰かを守るための力には、相応の覚悟が必要になる。君みたいな特例を除けばね」


「……、」


「彼にその覚悟がないならここで立ち止まるべきだった。しかしその覚悟があるのなら、きっと今以上の死線をくぐるかもしれない。そんなときに誰かを守れるのは、誰かに守られない覚悟した者だけだ」


 俺も、他の誰も知らないほど遠い過去を思い出すように、エストスはどこかを見上げていた。


「背負う重みを知らぬままに戦えば、私のように後悔に飲み込まれる。あんな気持ちだけは、彼にはしてほしくなかった」


 天才学者だなんて思えないほど、不器用な優しさだった。自分を手を払わせることで、エリオルの覚悟を確かめるなんて。

 本当に、こういうところだけは馬鹿なやつだよ。


「ところで、ハヤト」


 今までとは違った雰囲気を感じる震えた声で、エストスは問いかけてきた。


「私は、彼に嫌われてしまっただろうか?」


「……え?」


「いや、あれだけのことをしたんだ。もう顔も見たくないと言われたらどうしようと思ってね……」


 今にも泣き出しそうな顔で俺を見つめてきやがった。なんで血だらけになるよりも嫌われたかもしれないってとこで泣きそうなんだよ。頭おかしいのかこいつ。


「なんで今更後悔してるんだよ」


「私だってやりたくはなかったんだ。でも、このまま彼が戦い続けると思うといてもたってもいられなかったんだ……」


 エリオルのための優しさを、昔に戦い続けてきた革命軍の心を経由して出力したからだろうか。例えば、退役した軍人が当時のことを思い出しながら育成をしたらやりすぎてしまったように。

 これ以上ないほど不器用な優しさに後悔しているエストスは、具合が悪そうにその場に座り込んだ。


「胸から腹にかけて痛みが……。まさか、陣痛か……?」


「いやなんでだよ」


「ハヤト、まさか、夜な夜な私が寝てる間に……!」


「変なこと言うじゃねぇよアホ!!!」


 エリオルに嫌われたかもしれないという恐怖をあるだろうが、それよりも生きていてくれたことにほっとしているのだろう。冗談をいうぐらいの元気はあるみたいだ。

 だが、こんな冗談で変な噂が立つのだけは避けなくてはならない。


「おい、司会の人! 見ての通りエストスは場外で失格だ! 進行してくれ!」


「は、はい!」


 司会の男は一気に息を吸い込んで声を張り上げた。


「予選二組目、勝者は勇者の弟、エリオル=フォールアルドだァァァァアア!!!!」


 司会の声からワンテンポ遅れて、観客が一気に声を上げた。

 その歓声とともに、俺はエリオルを抱えてステージから降りた。






 そして、それから二〇分ほど経った頃だ。

 俺は、再び闘技場のステージに立っていた。心なしか、観客たちも増えていた。


「それでは、これより決勝戦を始めます!」


 司会の男がそういうと、ざわざわと話していた観客たちが一斉に歓声を上げた。

 空気が震えているのが肌で分かる。やはり気分は良くない。

 だが、俺の前に立つ青い装備に身を包んだガキは仁王立ちで俺を睨みつけていた。


「ついに僕に倒される覚悟ができたようだな、サイトウハヤト」


「俺がお前の傷を治したこと、分かってるよな?」


「頼んだ覚えはない! よってノーカンだ!」


「そういう面倒なところがあいつに似てるのが一番腹立つ……」


 まったく。エストスが戦闘で崩れたステージを直すから、エリオルが目を覚ますまで決勝を待ってくれって時間を作ってくれたってのに。

 うんざりと俺は首を振って、観客席でこちらを見守るエストスを見た。

 まあいい。さっき、エストスは話をして……って、あいつ、ラウムを膝の上にのせて座ってないか? 横にいるナナさん、凄い気まずそうなんだけど。可哀そう。


「手加減は無用だぞ、サイトウハヤト! 全力でこい!」


「ああ。今回は手を抜くつもりはねぇよ」


 俺はエストスと視線を合わせた。向こうが頷くのを見て、俺も小さく頷く。

 守るための力を手に入れても、幼いうちから強大な力を得ると傲慢になることが多い。だから今回はその鼻っ柱を折るために、回復をさせて傷跡を残さないという約束の元に全力で戦っていいとエストスからゴーサインをもらった。

 俺は大きく深呼吸をした。


「両者、準備はよろしいでしょうか」


「おう」

「もちろんだ」


 俺たちの返事を聞いて、司会は声を闘技場へ響かせる。


「では、決勝戦、サイトウハヤトVSエリオル=フォールアルド、開始ッッ!」


 その直後、エリオルは右手を天へと掲げた。次いで、白い稲妻が避雷針のように伸びた手へと駆ける。

 なるほど、やっぱり最初から全力か。


「【勇者の煌剣(クラウ・ソラス)】!!!」


 白い光がエリオルの右腕を覆い、歪な形をした光の剣へと変わった。

 まるで腕の先にドでかい棍棒を取り付けたような見た目。

 ミラルドを吹き飛ばしたところを見るに、かなりの威力があるはずだ。


「行くぞ、サイトウハヤト!」


 右の肩甲骨辺りから滝のように光が噴き出し、猛烈な勢いで俺の方へと飛んでくる。

 息を整えて、俺は腰を回しながら右腕を引いた。


「受けてみろ! 僕の全身全霊の剣を――」


「おるらぁぁぁァァァァアアアアッッッッ‼‼‼‼」


 ガガガガギギギギギギギギギッッッッ!!! という弾けるような音とともに、俺の拳とエリオルの剣がぶつかる。

 痛い。痛いけどよぉ!

 俺は歯を食いしばって腕にさらに力を込める。そして。

 ガッッ! と。エリオルの光の剣は二つに折れた。

 そして、そのまま俺の拳がエリオルの顔へ向かう。


「てめぇのクソ兄貴のほうが、よっぽど強かったぞこんちくしょうがァァ!!」


 思い切り、俺はエリオルを殴り飛ばした。

 物凄い勢いで壁に衝突し、地面へと落ちたエリオルは気絶したのかその場で倒れたままだった。


「お前はまだまだ強くなれるよ。だが、今はまだあのクソ勇者の足元に触れたぐらいだ。もっと強くなって出直してこい」


 あまりにも一瞬の決着に、観客だけでなく司会もあんぐりと口を開いて沈黙していた。


「おい。終わったぞ」


 俺の声で我に返った司会の男は、すいませんと一言言ってから、


「け、決着! こんなに速く勝負がついたのが今まであったでしょうか!? 勝者、サイトウハヤトぉぉぉおおおお!!!!」


 そうして巻き起こる声援を浴びながら、俺はエストスが殺気を放つ前にエリオルの怪我を治した。

 これで、闘技場の試合が全て終わった。ナナと借金もどうにかできるだろうし、万事オッケーかな。

 控室へ通じる通路へ歩こうとすると、誰かに声をかけられた。


「優勝、おめでとうございます。サイトウハヤト様」


 痩せ型で身長の高い高そうな服を着た男が、丁寧な口調で俺に声をかけてきた。

 顔を見ると、目元が隠れるマスクのようなものをつけていて顔がよく見えない。どこかで聞いたことのあるような声だが、きっと気のせいだろうし。

 俺が返事を躊躇っていると、男は落ち着いた低い声で、


「優勝したハヤト様に、この闘技場を取り仕切っている主催者が是非会いたいとおっしゃっておりまして」


「主催者?」


「ええ。この闘技場は、その者が強いものを集めるためについ最近作られたものでして」


 つい最近? その割には多くの人がいた気がするけど。

 やっぱり金が多く集まるところには人がすぐに集まるのか?

 とにかく、これを運営してる野郎と会うってことか。でも、会う意味なんてないだろ。どうせろくなやつでもないだろうし。


「悪いけど、遠慮しておくよ。これから用事があるんだ」


 そういえば、城で食事の準備をしてくれているはずだ。闘技場でたいぶ時間も使ってしまったし、遅れてたら申し訳ない。

 しかし、男は顔色一つ変えず、


「今回、ハヤト様は参加者の一人の借金のためにこの闘技場へきたとか」


「そうだけど」


「あなたへの賞金の他に、その者への借金もこちらで全て負担しましょう」


「……まじ?」


「本気でございます。あなたの力を借りることができる可能性と比べれば安いものです」


 そう言われると、今度は断る理由がなくなる。

 俺は観客席に座るエストスへ声をかける。


「先に戻っていてくれ! ちょっと用ができた!」


 エストスは素直に頷いてくれた。ラウムとエリオルがいればそれでいいって感じか。まあいいや。エストスだけでも先に戻ってくれれば食事に遅れてもなんとか言い訳をしてくれるだろう。


「話が早くて助かります」


「用があるのは本当だから早く案内してくれ」


「かしこまりました」


 男は丁寧に頭を下げると、通路を歩き始めた。

 少し歩くと、木製の扉の前へ着いた。

 男はドアをノックして、


「お嬢様。今回の優勝者をお連れしました」


「ええ。入りなさい」


 帰ってきたのは女性の声だった。なんだ? 主催者は女なのか?

 俺は部屋の中へと入っていく。

 そこにいたのは、ドレスを着て男と同じく目元を隠したマスクをしている女性だった。


「……げっ」


 しかし、俺の顔を見た瞬間に主催者の女はそんな声を出した。

 なんだその反応? わざわざ俺を呼んだって反応じゃないよな。

 主催者の女は、マスク越しにでも分かるほど動揺をした顔で、


「ど、どうしてサイトウハヤトがここに……!?」


「今回の優勝はサイトウハヤト様でございます」


「はぁ!? それならもっと先に言っておきなさいよ! このクソ従者!」


 どういうことだ? ここまで慌てる必要ないだろ。

 訝しげに俺は主催者の女を見渡す。

 マスク越しにでも綺麗な人って分かるな。それにドレスも凄い豪華で……


「……あれ?」


「な、なにかしら? 私に何か?」


「いや、なんか。そのドレスどっかで見たことあるなって思って」


「は、はあ!? そそそそそんなわけないじゃない! いったいどこでこんなドレスを見るのよ!」


「うーん。あれはたしか……」


 つい最近見た気がするんだよな。あんな豪華なドレス、なかなか見ないし。

 一番最近に見た豪華なドレス…………え?

 俺はもう一度主催者の女の顔を眺める。


「な、なによ! そんな目で見つめないでよ! ぶっ殺すわよ!」


 めちゃくちゃ言葉遣いは物騒だけど、このドレスを見たのはあの時で間違いない。

 俺は、戸惑いながらもこう問いかける。


「もしかして、王女のミアリーさん?」


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