第六話「向かい合う剣士たち」
控室でラウムと合流した俺とナナは、選手用の観客席に座っていた。他の観客席とは仕切りがつけられており、俺たち以外にはほとんど座っている人はいなかった。
「痛むところはもうないですか?」
「はい。ハヤトさん、回復魔法まで使えるんですね」
ナナの隣にはラウムが静かに座っていた。負けたとは言え、無事に帰ってきてくれたことに安心したようだ。
「火を起こす以外は基本何でもできるみたいですよ」
他人事のように俺は言った。
まあ、努力を何もしていないので未だに自分の力という実感がないからだと思うが。
俺は視線を闘技場中央へ向ける。もう間もなく試合が開始されるところだった。
エストスに関して心配はないが気になるのはさきほど言っていた、別に心配するべき何かだ。あんな表情をするのは見たことがなかった。
「皆さま、お待たせいたしました! ただいまより、地下闘技場予選二組目を開始いたします! 決勝でサイトウハヤトと戦うのは誰なのか!」
司会がそう言うと、観客たちが歓声を上げ始めた。相変わらず好きにはなれない人種だな。
「それでは、予選二組目を開始します!」
選手たちが一斉に戦い始めたが、先ほどとは違い、誰か一人を真っ先に狙うという展開にはなっていないようだった。
数カ所に固まるように乱戦が起こる。おそらく、これが正しい形なのだろうなと思った。
しかし、そんな定型を一方的に壊す力が声を上げる。
「【会心の一撃】!!」
光でできた巨大な斬撃が地面を抉りながら選手たちの塊を切り裂いていく。
たった一撃で数人が場外まで吹き飛ばされた。やはりあのクソ勇者の弟なだけあって、幼いながらもそこらの大人よりはよっぽど強い。
「どうだ! 見たかサイトウハヤト! 必ず決勝へ行きお前を倒す!」
これでもかと胸を張ってエリオルは言った。
強くなりたいだとか言っていたけど、こういったところはまだまだガキだよなぁ。
俺はエリオルの宣戦布告に返事をせず、エストスを探す。
魔弾砲の弾丸が視界に映っていないということは、まだ本気を出しているわけではないはずだ。
赤いドレスなんて戦闘に不向きで派手な服を着ているからか、エストスはすぐに見つかった。
どうやら、敵の攻撃を回避し続けているだけのようだ。エストスの目にかかればあの程度の攻撃を見切ることは簡単なはずだし、やはり心配はないか。
一つ不思議なのは、エリオルとの距離が離れていることだ。てっきり、敵を蹴散らして過保護なまでにエリオルを守ると思っていたのだが、エストスにそんな素振りはない。
ナナの隣に座るラウムのためにここに来ているのだ。拗らせたショタコンが治ったわけではないはずなのに。
そんなことを思っていると、戦闘に変化が生じた。
「――【一閃】!」
参加者の中で、異様な速度の攻撃を放つ剣士が一人。居合のような太刀筋で屈強な男の体に大きな切り傷ができた。
俺は思わずその剣士へと目を向ける。そこにいたのは、俺も見覚えのある人物だった。
あいつは確か、スタラトの町で戦った……!
「賞金稼ぎのために軽い気持ちで参加してみてら、まさかこんなところでお前らと出会えるなんてなァ!」
鮮血の滴る剣を観客席で座る俺へ向けて、その剣士は言った。
「スタラトの町でお前たちに完敗してから四ヶ月以上。お前たちを倒すことだけを考えて俺は技を磨き続けた」
後ろから攻撃しようとしてくる敵を瞬く間に切り刻み、剣士は声を張り上げる。
「改めて自己紹介させてもらおう。俺の名前はミラルド=ジョアメルン。もう一度俺と殺し合おうぜ!」
ミラルドの送る視線は俺とエストスに交互に送られていた。
しかし、エストスは無表情で高揚するミラルドを眺めるだけ。冷め切ったような顔をしていた。
対して、ミラルドの眼中の外にいる少年が剣を強く握る。
「僕のことを忘れてもらっては困るぞ!」
小柄を生かした素早い動きでミラルドへの距離を詰めたエリオルは、ミラルドの喉元へ躊躇いなく剣を振るが、
「遅い」
キィン! とエリオルの剣が簡単に弾かれ、ガラ空きになった腹部へと容赦なく蹴りが入る。
「カハ……ッ!!」
ステージから落ちることはなかったが、吹き飛んだエリオルはその場で腹を押さえてうずくまっていた。
「仕事以外でガキを切るつもりはない。さっさとそこから降りて家に帰りな」
「なん、だと……!」
震える足で剣を杖にして立ち上がるエリオルは、悔しそうに歯を噛み締めてミラルドを睨みつけた。
エリオルが強くなるために努力をし、ああやって戦いを挑む姿は前に見てきた。だからこそ、敵として認められないことは彼にとって相当な屈辱なのだろう。
だが、俺の視線はエリオルよりも、その様子を眺めるエストスに向かってしまう。
ただ無表情で、エリオルが攻撃されるのを眺める理由はなんだ?
「……少年」
おもむろに、エストスは呟いた。
自分に向かってくる敵を攻撃をいとも容易く避けながら、エストスはエリオルの横に立つ。
そして、冷たい声でこう問いかける。
「……強くなりたいと、思うかい?」
「え……?」
予想もしない問いかけに、エリオルは思わず目を見開いた。
「勇者と呼ばれるような強い存在になりたいと、そう思うかい?」
「……、」
エリオルは無言で頷いた。
それを見て、エストスは続ける。
「私は君の味方だ。君のために、君が強くなるために何をすればいいのか、私は考えた」
淡々と話すエストスは、その視線をミラルドへ向ける。エストスの目にはおそらくミラルドのステータスまで、何もかもが見えているはずだ。
それを含めて、エストスは言う。
「どうやら本当に強くなったようだね。君からの挑戦、受けよう」
「面白い。じゃあさっそく――」
「ただ、一つだけ条件がある」
ミラルドの動きを言葉で制したエストスは、赤いドレスから艶やかに露出する胸の間に手を入れて、金属片を複数個取り出した。
「【神の真似事】《組立》」
ガチャガチャと音を立てて、瞬く間に四肢を武装したエストスは二丁の魔弾砲を手に持ち悠然と立つ。
その、直後。
ドガガガガガガガッッッッ!!!!!
数秒にも満たない、常人では何が起こったのか分からないほどの速度で、エストスはミラルドとエリオル以外の参加者を一瞬で場外へ叩き出した。
魔弾砲の衝撃を推進力に変えて鷹よりも速く宙を舞い、蜂よりも鋭い攻撃を的確に相手の急所へと叩き込んでいく。
きっと、その姿をちゃんと目で追えたのは俺以外には数人しかいないだろう。
あまりにも現実離れした実力に、観客たちも歓声を上げることすらできない。
「ハヤトさん。今のは、一体……」
隣に座るナナも絶句していた。
俺も、久しぶりにエストスの戦闘を見たので思わず笑ってしまう。
「あいつがいなかったら、俺はここにいないってぐらい優秀で、最高に強いやつなんですよ」
それが、数百年前にスワレアラ国の王族をほぼ全て皆殺しにした反乱軍の頂点、エストス=エミラディオートだ。
圧倒的な力で参加者を蹴散らし終えたエストスは、まるで天使のようにふわりとステージの中央に着地した。
気味の悪い静寂の中で佇むエストスは、頬に汗を流すミラルドへ向かってこう言い放つ。
「私と戦いたければ、この少年と戦え。この少年に勝てたのなら、私は君と全力で戦ってあげよう」
その言葉を聞いて、ミラルドは幸せそうな笑みを浮かべた。
「最ッ高じゃねぇか。いいぜ。やろう」
ミラルドは防具をほとんどつけていない。動きやすさと軽さだけに特化させているのか、少し厚めの布でできた服しか身につけていない。しかし、それでもその上からわかるほどに筋肉で体が覆われていて、外見だけでも強者であることがよく分かる。
俺と戦ったときと同様に剣を二本所持しているが、ミラルドが手に持っているのはずっと一本だけだった。それだけでまだ本気を出していないことがよく分かる。
そんなミラルドが切っ先をエリオルへ向け、殺意のこもった低い声を放つ。
「構えろ。不意打ちで勝ってあの女と戦うなんて俺のプライドが許さない」
初めて自分へと向いた鋭い殺意に、エリオルは思わず一歩後ろへ下がる。
しかし後ろに立つエストスの気配を感じたのか、エリオルはそこで足を止めて剣を握る。
「やってやる……!」
不敵に笑ったエリオルは、力強く剣を握りしめ、
「僕は勇者になる男だ。お前のような小悪党に負けるわけにはいかないんだ」
「なんだ、お前も面白いじゃねぇか。これなら楽しめそうだ」
直後、ぶつかり合う両者の剣が甲高い金属を響かせた。




