表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
122/168

第五話「獣人四兄弟」

「シアン部隊? ってことは、お前たちはシアンの部下なのか?」


 剣を持った赤毛の獣人は頷いた。


「ああ。まあ、今はグレイ様の下ってことになってるけどな」


 なるほどな。シアンが家出したから、シアンの部下たちはシアンの親の部隊に配属されていったってことか。

 赤毛の獣人は強めの口調で言う。


「俺の名前はアクル。んで、こっちの青い方がガクルだ」


 赤毛のアクルは弓を持って連携攻撃をしてきた青毛の獣人を指差した。

 目元がキツいアクルに比べて、ガクルはやる気のない脱力した目をしていた。しかし、それ以外は毛の色ぐらいしか違いがなく、まるで双子のようにも見えた。


「そんで、こっちの背が高い茶色がミモザ姉。ちんちくりんの茶色がアスルだ」


 ミモザと呼ばれたのは俺たちに四足歩行で攻撃をしてきた獣人。そして俺から一番遠い場所で攻撃せずに立っていた背の小さい獣人がちんちくりんという言葉に少しムッとした顔をしていた。おそらく彼女がアスルなのだろう。

 だが、どうして戦闘を中止してまでこんな会話を?

 俺は首を傾げた。


「なんで急に自己紹介なんか……」


「当たり前だろうが。これからぶっ倒されるってのに、相手の名前も知らねぇんじゃあ可哀そうだからだよォ!」


 好戦的な笑みを浮かべて、アスルは一気に走り出した。

 両手剣を力強く握りしめて、アスルは大きく振りかぶった。


「そうやって勝手に動かないでよ。合わせるのはこっちなんだよ、兄さん」


 アスルの動きに合わせて、弓を持ったガクルが動き始めた。

 剣の動き自体は速くない。ちゃんと見ればパンチだけで倒せるはずだ。しかし、問題はさきほどナナを攻撃した際に起こった不可解な現象だ。本来はあり得ない方向に矢の軌道が動いたのは、何かしらの能力のはずだ。

 おそらくスキルだろうけど、何が発動条件なのだろう。それが分かれば、隙を見つけられるはずだ。


「【双生撃ツイングリフ】!」


 また同じ攻撃だ。ガクルの放った弓が、アクルの剣に当たる直前に軌道が曲がった。曲がると分かっていれば、対応すること自体は難しくない。

 俺は弓を弾いて、アスルからが振る剣を避けた。


「そりゃあ避けるよなぁ!」


 アクルがそう叫んだ瞬間、彼の後ろから別の矢が飛んできた。反射的に体を動かしたが、完全な死角からの攻撃に反応が遅れ、肩に矢が当たり鋭い痛みが走る。

 どういうことだ。矢を自在に動かせるのか? いや、それならわざわざアスルの体や剣に当てるように矢を放つ必要はないはずだ。

 クソ。こういうときに頭が悪いと辛いな。

 肩を押さえて下がった瞬間、再び俺の死角から殺気を感じた。


「【這這クロスト】!」


 四足歩行で両手に短剣を持ったミモザが、回転しながら攻撃をしてきた。

 タイミングが悪く、避けることが出来ない俺は、両手で防御の体勢を取った。

 怪我をしないとはいえ、腕に激痛が走り続ける。

 めちゃくちゃ痛いじゃねぇか。このままだと厳しいぞ。

 しかし、少し耐えていると回転の速度が落ちてきた。その隙に俺は腕を振り上げてミモザを宙に飛ばした。ミモザは少し焦った顔で地面へと視線を移す。

 なんだ。俺からの攻撃よりも地面を気にしたのか? 四足歩行になった途端素早くなったことと関係があるとすれば……。


「よく分からないけど、とにかく地面に触れさせないほうがいいみたいだな!」


 俺は渾身の力で上へと拳を突き上げた。巻き上がる風によって、ミモザの体が空中で静止する。やはりミモザにとって都合が悪かったらしい。険しい表情でこちらを見下ろしていた。

 とにかく、これであと少しはあの攻撃を気にする必要はないはずだ。

 俺と同じくミモザの戦線復帰が遅れると感じたのか、アクルは遠くでこちらを見るアスルへと叫んだ。


「アスル! ミモザ姉の分を俺に持ってこい!」


「うん!」


 言って、アスルは集中するように目を閉じた。やはり、俺には分からないが何かしらの後方支援をしてるようだ。ミモザの攻撃がかなり素早く感じるのはそのせいか。

 なら、先にそっちを叩くべきだな。

 剣を構えたアクルを無視して、俺はアスルへ向かって走り出す。想定外だったのか、焦ったようにアクルは声を上げた。


「しまっ……! アスル、逃げろ!」


「……へ?」


 俺が拳を握って真正面まで来た瞬間に、アスルは目を開いた。

 一気に青ざめたアスルの顔から、震えた声が俺へと放たれる。


「私、戦闘要員じゃないのでお手柔らかに……」


「安心してくれ。シアンの仲間ってんなら手加減するよ」


 ビッ! っと俺は放ったパンチをアスルの目の前で止めた。その衝撃によって発生した風によってアスルの体が浮かび上がり、そのまま壁へとぶつかった。


「きゃうんっ!」


 犬の悲鳴のような声を出して、アスルは地面へと倒れた。本当に戦闘は得意でないのだろう。これだけで気を失ってしまっていた。

 さて、次は……。


「おらァ!」


 振り返ると、後ろから向かってきたアクルが剣を振り上げていた。

 しかし、俺は姿勢を低くしてこの攻撃をスルーし、そのままアクルの横を通り過ぎる。

 こちらへと向かってくるアクルに真面目に対応していては、また予想外の方向から矢が飛んできてしまう。

 本当はもっと頭良く戦う方法もあるのだろうが、俺には単純な方法しか思いつかない。だから、アクルではなく先にガクルを叩く。

 やはりアクルの背後に矢があったが、それを強引に手で払いのけてガクルへと距離を詰める。アクルとは違い素早い動きが得意ではなかったのか、ガクルは諦めたように脱力した。


「アスルみたいに吹き飛ばしてくれると痛くなくて助かるんだけど」


「当たっても文句言うなよ」


 俺は走った勢いを強引に止めてガクルの目の前でパンチを止めた。

 ゴォ! という風でガクルも耐えきれずに場外へ。そして、残るはアクルとミモザというわけだが。

 俺は二人の位置を確認した。ちょうどミモザが地面へと着地し、アクルが俺に向かって突進を始めていた。

 二人を同時に確認できたということは、もう不意打ちはあり得ない。

 なら、細かいことを考える必要はない。

 俺は地を蹴り、一気にアクルへと近づいて拳を握った。


「こいやサイトウハヤトォ!」


「歯ァ食いしばれよ!!」


 ゴッッ!! という鈍い音とともに、俺のパンチがアクルの顔面に直撃した。そのままアクルの体が吹き飛び、ミモザへ向かっていく。

 四足歩行になろうとしていたミモザは体勢を上げて両手でアクルの体を受け止めるが、


「アスルのスキルも私のスキルもなしじゃあ、ちょっと支えきれないわね……ッ!」


 そのままアクルと一緒に吹き飛ばされて、二人は場外へと落ちた。

 そして、闘技場のステージの上に残ったのは俺だけ。

 それを確認して、司会の男が声を張り上げた。


「決着ゥーーー!!! 予選一組目、決勝進出はサイトウハヤトだァァァーーー!!」


 地面が揺れるような歓声が一斉に空間を埋め尽くした。

 俺は足早にステージから降りて、壁に寄りかかるナナへ駆け寄る。


「大丈夫ですか、ナナさん」


「はい。ダメージを多く受ける前に場外になったので。ハヤトさんは大丈夫ですか?」


「俺はこの通り無傷です。体は頑丈なので」


 俺が笑って答えると、ナナもつられて笑った。


「ふふっ。ならよかったです。すいませんでした、お力になれなくて」


「問題ないです。このまま俺が優勝しちゃえばいいだけですから」


「本当にありがとうございます……」


 ナナは深々と頭を下げた。

 さて、ナナが無事だと分かったなら、次はあいつらか。

 俺は歩いて場外で座り込む獣人に話しかける。


「大丈夫か? えっと、ミモザだっけ」


「心配は無用よ、サイトウハヤト」


 俺の手を借りずに立ち上がったミモザは、まだ意識のあるガクルへと声をかける。


「私がアクルを連れていく。あなたはアスルを」


「分かったよ、姉さん」


 小柄のアスルを背負うと、ガクルはミモザの横に並んだ。

 すらっとした長身のミモザは、俺のことを睨みつけて、


「必ずお前からシアンさんを取り戻す」


「え。何を言ってんだ」


 俺の言うことを無視して、獣人たちは去っていった。

 少し誤解されているような気もするが、まあ相手が魔王軍なら仕方ないか。

 俺はナナと一緒に闘技場の横の通路を抜けていく。

 いつの間にか、青のメダルの参加者たちが次々に入れ違いでステージへと上がり始めていた。その集団の中に、赤いドレスで眼鏡をかけたエストスも歩いていた。


「案の定だったね」


「まあな。エストスも気をつけろよ」


「どうやら、今回心配すべきは私ではないようだけれどね」


「どういうことだ?」


「見ていれば分かるよ。君は外から見守っているといい」


 そう言って、エストスはステージへと歩いて行った。

 なんだろう。少しいつもと雰囲気が違った気がする。

 一体、何を企んでいるのだろうと首を傾げながら、俺はナナとともに選手用の観客席へと向かった。


 獣人四兄弟のスキル説明です。長くなってしまったので興味がなかったら飛ばしてもらって構わないです。五章のストーリー自体に特別関わってきませんので。もし関わるとしたら最終章です。


 すらっとした高身長のミモザ姉さんの持つスキルは【這這クロスト】と言います。

 これが最も単純なもので『両手両足が地面についている間、身体能力を強化する』というものです。四肢のどれか一つだけでも地面から離れてしまうとスキルが発動しません。ハヤトによって宙へ飛ばされたときに嫌がったのはスキルが発動しないためです。

 アクルを受け止めたときも、両手でアクルを受け止めてスキルが発動しないために一緒に吹き飛ばされてしまいました。また、回転しながらの攻撃で少しずつ威力が落ちているのは、四肢が地面から離れ続けているからということになります。


 赤毛のアクル、青毛のガクルは双子で、実は二人とも【双生撃ツイングリフ】というスキルを持っています。そして能力は大きく分けて二つ。『同じスキルを持つ二人の心の中で会話が出来ること』と『同じスキルを持つ者からの攻撃は当たらない』という能力です。ゲームとかでよくある、自分の攻撃が味方をスルーして相手に届くやつの延長線です。

 これによって、アクルの剣はガクルには決して当たらず、ガクルの弓は決してアクルには当たりません。それを利用してガクルはアクルの体や剣に向かって矢を放ち、強引に軌道をねじ曲げていました。

 四話ではアクルがガクルに向かって剣を振り下ろしましたが、ガクルに剣は当たらないために剣がその場で止まり、シーソーのようにアクルが飛び上がったというわけです。

 ちなみに、攻撃がどのように曲がるかの調節は彼らが心の中で会話をしながらかなり繊細にやっているために、意図した方向に攻撃が曲がったり止まったりしています。


 最後にちんちくりんの茶色ことアスルちゃんです。四兄弟の末っ子で甘いものが好きらしいです。夜中につまみ食いをしてしまうクセのせいで少し太ってきてしまっているとか。

 そんな彼女のスキルは【不平等な博愛(フィリゲール)】です。これが最も説明が難しいので、具体例を挙げながら説明します。端的にスキルの能力を言うと『心から信頼し合っている、自分を含めた対象の間でステータスの数値を自由に移動できる』というものです。つまり、

 ガクル【力】150、アクル【力】400を、

 ガクル【力】25、アクル【力】525

 にできるというものです。他のステータスも同様に操作できます。

 最強に近い能力なんですけど、【力】などが上がったときに対応できる技術が必要なので、基本的にはミモザとアクルにガクルとアスルのステータスを渡しています。アスルとガクルが簡単にハヤトのパンチで吹き飛んだのは、このスキルでステータスをミモザとアクルに渡していたため、身体能力がそこらへんの人と同じかそれ以下まで下がっていたからです。

 ガクルに関しては、弓を弾ける限界ギリギリまで数値を下げています。一見とても便利に見えますが、いくつか欠点もあります。まず、アスルの力は『ステータスの数値を操作』するだけで、エストスのようにステータスを視認することができない、ということです。

 アスルは練習をたくさんして感覚でステータスを操作してきます。考えなしに使うとステータスを下げすぎて普通に動く力すらなくなったりしてしまうので、扱う際にはちゃんと集中しないといけません。もう一つの欠点は『スキルの使用対象は心から信頼し合っている相手だけ』ということです。

 つまり、ステータス操作は兄弟の間でしかできない、ということになります。信頼し合える、という基準は少し曖昧ですが、その人のためなら命を投げ出せるくらいの信頼が必要です。それだけ四兄弟の絆は深いです。

 アスルは未だに夜に雷が鳴るとミモザのベッドで寝ています。アクルとガクルも、アスルが少し馬鹿にされただけで相手をボコボコにしたのことあるみたいです。そんな感じです。ちなみに本当はもう一つ能力があるのですが、それが見れるのは最終章なので今は伏せておきます。長々とすいません。読んでくださった方、ありがとうございます。では、続いてはエストスとエリオルたちの組です。楽しんでいただけることを祈っています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ