第二話「少年ラウムのお願い」
門番の兵士から追われていた少年は唐突に俺にそんなことを言った。
「お姉ちゃんを助けてほしい?」
「は、はい!」
大きく頷く少年だが、なんの脈絡もなくそんなことを言われても困るな。
詳しく話を聞かなければどうしたらいいのか分からない。
「どうする、エストス? この子、追われてるみたいだけど」
「命に代えても守れ。そしてこの子の願いを全て聞くんだ」
そうだ。一ヶ月以上も会わない時間があったから忘れていた。
この学者、重度のショタコンだったな……。
とはいえ、どんな事情があるのかは聞いてみないと判断はできないだろう。
それに、ここで兵士にこの子を差し出したら生きて帰れる気がしないし。
「わかった。まずは話を聞くよ。ちなみに、どうして兵士に追われてるんだ?」
「サイトウハヤトさんがこの城に来ているって聞いて、今しかないって思って勝手に入ったらバレちゃって」
「なるほどな。じゃああの兵士はなんとかするから、とりあえず口裏合わせてくれ」
少年がこくりと頷くと同時、少年を追っていた兵士たちが追い付いた。
俺は少年の庇うように立つ。
「あなたは、サイトウハヤトさんですか? ありがとうございます。その子ども、勝手に城の中へ入ってしまって」
「あ、すいません。こいつ、実は俺の連れなんですよ。俺が言い忘れていたせいで迷惑をかけてしまって」
俺が軽く頭を下げると、兵士は少し困ったような顔をした。
「そ、そうだったんですか。失礼いたしました」
「あ、いや。言ってなかった俺が悪かったんで。すいません。ほら、お前もちゃんと謝って」
「すいませんでした」
少年は深く頭を下げた。それを見て、兵士たちは困ったように頭をかいた。
先に王様の元へ顔を出していたのが正解だったようだ。
俺がペコペコしているうちに、兵士は「次からは先に言っておいてください」という言葉を残して去っていった。
「さて、これでちゃんと話ができるな」
俺は改めて少年を見た。よれた布の服の隙間から覗く、シアンのような褐色の肌が目についた。ずっと同じ服を着ているのだろうか。あまり裕福には見えない。
褐色肌の少年は、口を開くよりも先に深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「それで、お姉ちゃんを助けてほしい、だっけ」
「はい。実はもうあまり時間がないんです。歩きながら説明をさせてもらってもいいでしょうか?」
この後は城で食事が待っているのだが、隣にエストスがいる以上は断れないだろう。
仕方ない。出来る限り早くこの子のお姉さんを助けて食事にするとしよう。
「わかった。案内してくれ。エストスも来るよな?」
「当たり前だ」
「そういうわけで、よろしくな、……えっと」
「あ、僕、ラウムって言います」
「よろしく、ラウム」
というわけで、俺たちはラウムの先導の元、城の外ヘと歩き出した。
本当は馬車で待っているシアンたちに顔を出す予定だったが、準備ができたら馬車まで呼びに来てくれるらしいからまだ放置でもなんとかなるだろう。もし、シアンが暴れ出したらボタンとシヤクに死ぬほど謝らなくてはならないが。
「どこへ向かってるんだ?」
「地下闘技場です。そこに、お姉ちゃんがいます」
「地下闘技場?」
そんな物騒なものがある国なのか?
首を傾げていると、ラウムは補足する。
「最近、この国の非公認で作られたみたいです。そこで、お姉ちゃんが戦うことになってしまって」
「何があったんだ?」
「両親が借金を残してどこかへ行ってしまったんです。それで、お姉ちゃんが肩代わりすることになって」
見た目が貧しく見えたのは、借金のせいだったのか。
それにしても、借金と闘技場ってどんなつながりがあるんだ?
「本当はすぐに身売りをしろと言われていたんです。でも、その前にあの闘技場で優勝したら、その賞金で借金を帳消しにすると言われて」
「不思議な提案だね。普通はそのまま身売りに出されそうだけれど」
エストスの言葉に、ラウムは辛そうな顔で、
「その闘技場では賭博も行われているみたいで、借金取りたちもその賭博でかなりのお金をかけてるみたいなんです」
借金取りたちの娯楽のために戦うだけ戦わされるってことか。
こりゃあ、見捨てるわけにはいかないな。
「わかった。俺がなんとかするよ」
「あ、ありがとうございます!」
まずは闘技場へ行って、ラウムの姉さんに会ってどうするかを決めよう。助けると決めても、何をどうすればいいのかがまだ分からない。
歩いて一〇分くらい経った頃だろうか。ラウムが足を止めた。
「ここのお店の奥から繋がっているんです」
錆びた蝶番のついたドアを開けて、古びたバーのような場所へラウムは足を踏み入れた。
重苦しい雰囲気。俺とエストスの着飾った服が浮いてしまうような空間だった。
場違いな俺たちが入ってきたからか、バーで座っていた人たちの視線が一気にこちらへ向く。
その視線で、バーの店主もこちらへ気づいたようだった。
「おやおや。ここには高い酒は置いてませんよ」
俺が返事をする前に、ラウムが口を開く。
「連れてきましたよ、強い人」
「ん……? なんだ、さっきのガキか。どんなやつを連れてこようと、金もないガキなんか入れられるか。事情があるやつなんてごまんといるんだよ」
「連れてきたのが、サイトウハヤトさんだと言ったら……?」
ピクリと、店主の顔が動いた。
ドーザの件からもう一ヶ月。やはりある程度話は広がっているらしい。
周りも見てみると、皆がこちらを見ながらヒソヒソと話をしていた。
「サイトウハヤトって、勇者アルベルと互角かそれ以上って噂の……?」
「一応、あのクソ勇者には一回勝ってるからな」
どんな噂をされようが気にしないが、とりあえず俺が勝ったっていう噂が流れた方が気持ちがいいから、付け加えておく。
嘘はついてないし、今度あいつに会ったときにまた煽れる材料が増えるだろう。
店主は不敵な笑みを浮かべた。
「なるほどな。強い奴が来てくれるなら大歓迎だ。盛り上がれば金の周りも良くなるからな」
店主はカウンターの横についたスイングドアを開き、俺たちを招き入れる。
俺が先頭で、ラウム、エストスと続いていくが、エストスが通る直前にドアが閉じられた。
「待ちな。選手と付き添いで入れるのは一人までだ。入りたいなら金を出しな」
「な……ッ! そんなルール聞いたことないぞ!」
「お前が知らないだけだろ? ここを任されているのは俺だ」
おそらく、今ここで考えた出まかせだろう。こうして小遣い稼ぎのようなことをしているのだろうが、吹っ掛ける相手を間違えたみたいだな。
塞ぐように立つ男をエストスは睨みつけて、
「私も選手として入れば、問題ないな?」
「何言ってんだ。あんたみたいな人が戦ったらすぐに男たちに食われちまうぜ」
ゲラゲラと笑う声が聞こえる。
エストスは不快そうに顔を歪めた。
「ならば、試してみるといい。貴様ら程度なら数秒で片がつく」
「面白い。おい、誰かやれ!」
バーで酒を飲んでいた男たちの中から、三人ほど立ち上がる。
「へっへっ。最近ご無沙汰でさぁ。綺麗な女は楽しみだなぁ」
男たちは懐から武器を取り出した。
それを見て、ラウムが慌てたように俺の服を掴んだ。
「は、ハヤトさん! 助けないと!」
「ん? ああ、別に必要ないだろ」
やっぱり、見た目は綺麗なお姉さんだからな。外見から強さを感じ取れるのはごくわずかだろう。
俺はラウムの頭に手を乗せて笑う。
「あいつ、戦う技術なら俺よりもずっと上だから」
直後、だった。
エストスは蓄えられた大きな胸の間からサイコロ程度の小さな鉄の塊をいくつか取り出して握りしめた。
「【神の真似事】《組立》」
それから決着がつくまで、五秒ほどしかかからなかった。
ガントレットとグリーブ、そして魔弾砲を展開させたエストスは、一瞬で男たちの後ろへと回り込み、うなじに向かって魔力の塊を放った。
エストスが魔弾砲の出力を手加減をしたからか、全員が気を失って倒れただけだった。
「これで、文句はないな?」
それを見た店主は大笑いして、
「あっはっは! これは失礼しました! 強い奴なら大歓迎! さあ、入ってください!」
店主は再びスライドドアを開いた。
武器と防具を再びサイコロほどの大きさに圧縮して胸の間にしまうと、エストスはこちらへと歩いてくる。
「そこに武器、入れてたんだ」
「ああ。普段は白衣のポケットなのだが、生憎このドレスにはポケットがなくてね」
エストスは赤いドレスを肩筋から撫でた。
妙にいやらしくて、俺の視線が胸へといってしまう。
そんな視線に気づいたエストスは、悪戯な笑みを浮かべて、
「よかったら、ハヤトもこれで挟んでやろうか?」
「あの、子どもの前で好感度の下がるような発言は控えてもらっていいですか?」
戸惑うような目でこちらを見上げるラウムを見て、エストスは俺を睨んだ。
「……貴様、謀ったな?」
「勝手に自爆しただけですよね?」
得体の知れない殺気を感じながら、俺たちはバーの奥から地下闘技場へと繋がる階段を下っていった。




