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エピローグ

 ミドロル博士の救出。レアドとの戦闘。そして、ルル=アーランドの登場。

 様々なことがあった数日間だった。そして、ルルがレアドとともに姿を消してから、もう一ヶ月半の時間が過ぎていた。


「もう少しぐらい手伝っていけよ。まだ仕事は山ほどあるぞ」


「もうすぐ君の仲間がやってくるんだろう? 僕がその場にいるのは邪魔なだけだ」


 町の中心に立つアルベルは、四方で壊れた建造物の復興に励む人々を見回しながら言った。俺が来たときにはほとんどが崩れていた建物も、レンガと石で丁寧に整えられた壁で修復され、人々たちは荷物や食料、家具などの運搬を主に行っていた。もうすでに魔王軍からの侵略の痕跡は消え去っており、近くを歩くこどもたちには笑顔すら見えた。

 その姿を見て、俺は言葉にできない達成感に満たされた。

 それにしても、あっという間だった。

 シアンたちがこのドーザに来るまでに必要だと言われた一ヶ月半という実質上俺の休暇だったはずの時間は、あの騒動が落ち着いた後、この町の復興のためにほぼ全てが費やされた。


 数日後に戻ってきたドーザの住人たちに頭を下げて事情を話し、ミドロルとルーシェによる説明を経て、町人全員による復興が開始された。

 機械による著しい発展を遂げたはずのドーザに、作業が出来るような機械がほとんど残っていなかったため、俺とアルベルがほぼ休みなしで働いた。一週間ほどでこの町のインフラと呼べるものは全てが元通りになり、最低限の生活はできるようになった。

 問題は一番損害が酷く、ほぼ更地となっていた工業地区だったのだが、それももうほぼ完全に直っていた。

 理由はもちろん、あの少女のおかげだ。


「見送り、遅れてすいません。どうしても手が離せない場所がありまして」


 申し訳なさそうな顔でこちらへと走ってきたのは、真っ白の可憐なワンピースをまとい、藁で織られた麦わら帽子を被った文字通り人形のように整った風貌の少女だった。

 初めて出会ったときにはボロボロだったワンピースも、ミドロルが新調して純白のものへと変わっていた。だが、彼女の頭にある麦わら帽子は見たことがなかった俺は、大きく首を傾げる。


「あれ? その帽子どうしたの?」


「これ、博士が手編みで作ってくれたんです! どうです? 可愛いでしょう?」


 満面の笑みでルーシェはクルリと一周して見せた。ふわりとワンピースの裾が柔らかく膨らみ、すらっとした脚が現れた。

 俺はニコニコと笑うルーシェに向かってグッと親指を立てる。


「ああ、めっちゃ似合ってるぞ」


「ふふっ、知ってます。博士もそう言ってくれましたから」


 こんな可愛らしいルーシェだが、この町の復興に最も貢献したのは彼女だ。

 わずかに残った痕跡とミドロルの記憶から元の工業地区のデータを作り上げ、大胆に、されど効率的に工業地区を急速に修復させた。

 ……まあ、ちょっとしたミスがあったときにルーシェの持つ『女神の心臓』の力を使って強引に直していたのがもっとも大きいと思うが。


「ルーシェは現場を離れて大丈夫なのか? 指示は基本お前が出してるんだろ?」


「博士もいるから大丈夫です。それに、アルベルさんが行ってしまうのに見送らないわけにも行きませんから」


 ルーシェがそう言って視線をアルベルに送ると、彼は残念そうな顔で、


「すまない。本当はもう少し手伝いたいんだが」


「とんでもない。むしろ今まで手伝ってもらって本当にありがとうございます。本当はやることがたくさんあるはずなのに」


 それについては同感だった。

 あの日はルル=アーランドが目の前から消えたあとも、ラキノがどれだけ話しかけても何かを考えているようで一言も返事をしなかったのだ。

 次の日からはいつも通りになったが、それでもアルベルの中では今でもルルのことが気になって仕方がないはずだ。だが、そんな素振りなどアルベルは一切見せずに言う。


「ルルの件は、結局は私情だ。目の前で困っている人たちが優先だよ」


「おーおー。さすが勇者様。聖人だねぇ」


 俺がそう言うと、アルベルは不機嫌そうに俺を睨みながら剣へと手を伸ばす。


「相変わらずうるさいな、君は。切り落とすぞ」


「できるもんならやってみやがれってんだこの野郎! お前の攻撃なんて全部ぶん殴って吹っ飛ばしてやるからな!」


「……上等だ」


 アルベルが剣を抜こうとしたその瞬間、背丈が小さく、未熟な翼と角を持つ少女が声を上げながらこちらへと走ってきた。


「ダァー! まぁ〜た喧嘩してるっすかこの馬鹿二人!」


「「お前に馬鹿とは言われたくない」」


「なんでそこだけ息ぴったりなんすか⁉︎」


 それだけでは宙に浮くことすらできない翼をバタバタと動かすラキノが、両手いっぱいの荷物を地面に置いた。

 魔晶石の中から救出したときはかなり衰弱していたが、今はもう全快してアルベルと一緒に復興作業に参加していた。まあ、どうやっても頭が悪いのでずいぶんとアルベルに馬鹿にされていた気がするが。


「それより、もう荷物はまとめたのか?」


「はいっす! どんな長旅でもどんとこいっす!」


「そうか。ではランドブルクまで歩きでも大丈夫だな」


「はいっす! ……え? ランドブルク、っすか……??」


 今日、アルベルとラキノはこのドーザを出発し、東にあるランドブルクという国に向かうらしい。なんでも、ルルの故郷がランドブルクにあるため、行く必要が生まれたのだとか。

 たしか、馬車で一日中進み続けても三日はかかると聞いたが、それを歩きとなると一体どれだけの期間がかかるのだろうか。

 まあ、あのラキノの汗の量を見るとどれだけ辛い道のりかは大体想像できるが。


「あ、あのぉ。アルベルさん。馬車とかは使わないんすか?」


「移動も体力鍛錬の一つだ。まだまだ僕は未熟だからな。馬車なんかで楽をするわけにもいかない。それに君ももっと体力をつけるべきだ。僕が訓練をつけてやろう」


 とても、楽しそうな顔をアルベル君はしていましたよ。

 とても、悲しそうな顔をラキノちゃんはしていましたよ。

 だから俺は、爽やかな笑顔で応援してあげましたよ。


「……死ぬなよな、ラキノ!」


「嫌っす‼ ただ別の国へ行くだけで力尽きて死ぬなんて私は嫌っす! 助けてくださいっす! まだ私は死にたくないっすぅ‼」


「ほら、駄々をこねるな。慣れるまでは辛いだろうが、慣れてくると戦闘における体力もつき、魔力の総量も増える。守ってやるとは言ったが、万一には備えるべきだ」


 ボロボロ泣き始めたラキノの首を片手でがしっと掴んだアルベルは、もう片方の手でラキノが持ってきた荷物を持ち上げた。


「世話になった、礼を言う」


「なんだお前。俺はお前のことを世話した覚えなんてねぇぞ」


「君じゃない。ルーシェに言ったんだ」


 なんだこいつ、喧嘩売ってるのか?

 だが、俺ももうすぐ二十歳だ。大目に見てやろう。

 とりあえずムッと睨みつけていると、ルーシェは笑顔で、


「はい。こちらこそありがとうございました。またいつでも来てください。歓迎いたします」


「ああ、ありがとう」


 アルベルはそういうと、視線を俺の後方、少し遠くへと移した。

 そして、大きなため息を吐いて、


「……どうやら、昨日に出発したほうがよかったみたいだ」


「は? 何言ってんだクソゆうし――」



「ハヤトォォォォォォォォォォォォォォォォォォオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!」



 なんだか、とても懐かしい声が聞こえた。

 でも、なんでだろう。どうしてこんなに、冷や汗が止まらないんだろう。

 後ろから聞こえた声の主を確かめるために、俺はゆっくりと後ろを向いて――


「うごぉぉぉおあああ!?」


 まるで大砲に打ち出された弾のような勢いで、黒い何かが俺の体に直撃した。

 凄まじい衝撃とともに俺の体が勢いよく吹き飛び、アルベルとラキノの横を風のように通り過ぎた。

 せっかくドーザの人々が直してくれた道をガリガリと大胆に削り、ようやく俺の体が停止した。

 体中がひりひりする。

 すぐに体を起こし、俺は自分の体に抱き着いているその少女を引き離す。


「うぉぉおおおい! いきなりそれはねぇだろうがシアン!」


「バヤドぉぉお……! もう、会えないかと思ったぞ……」


 そうか。そうだよな。

 たしか、最初にエストスからの通信が来たときも、あの時はショックで眠ってるって言ってたっけ。

 たくさん心配をかけてしまったことを、改めて感じた。俺はそっとシアンの頭に手を乗せて、


「久しぶり、シアン」


「ハヤドぉぉ……」


 シアンからあふれ出ている鼻水と涙が全て俺の服に染み込んでいっているわけだが、だからといって突き放すわけにもいかない。

 というよりも、抱きしめる力が前よりも強くなってないか?

 シアンを改めて見ると、どうやらスキルで体を大きくしている状態でここに来たようだ。エストスたちも来ると言っていたのに、彼女らはどうしたのだろうか。


「シアン。エストスたちはどこだ?」


「さっきこの町が遠くに見えたから、ハヤトに早く会いたいって言ったら、エストスがスキルで足を速くしたらいいって言ったんだ。だからみんなはもうすぐ着くと思うぞ!」


「なるほどね」


 シアンが少し冷静になってきたところで、突然シアンがモジモジと体を動かし始めた。

 抱き着かれて体が密着しているため、俺には相当刺激が強い。普通でもヤバいのに、スキルで体が大きくなっているせいでなおさらヤバイ。ってか、ルーシェとかアルベルとかに見られているのが恥ずかしくてたまらないのだけれど。 


「ハヤト。……いい?」


「え!? いいって、なにが!?」


「なんだか、はっきり言うのは恥ずかしいぞ……」


 なんですかなんですかなんなんですか。

 ついに女性に囲まれながらそういったことがずっとなかった俺にそんな展開がやってきたってのか!

 これは、なよなよと慣れていない顔をするわけにはいかないな。


「ごめんな、シアン。さあ、おいで」


「……うん。それじゃあ……」


 シアンはトロンとした顔で、


「――いただきます」


 そう言って、頬を赤くしながら俺に顔を近づけてくる。

 思わずドキドキして目をつむった瞬間、俺はふとこう思ったのだ。

 あれ、なんだかこんな展開前にもあった気がするな、と。


 かぷっ。


「ぶぁにゃぁあああああああああ?!!?!??!!!!」


「うままーーーー‼︎‼︎‼︎」


 強烈だった。

 それはもう、強烈で激烈だった。

 バタバタと暴れてシアンを引きはがした俺は、首元を手で押さえながら、


「ちょぉっと待てやシアン! これは聞いてないぞ! 吸うなら何か事前に言ってくれよ! 俺知ってるんだからな! 献血するときっていろいろな書類とか必要なんだぞ!」


「でも、エストスが言ってたぞ! ハヤトがたくさん血を吸ってもいいって言ってたぞって!」


「……え? 言ったっけ……?」


 身に覚えはなかった。

 だが、シアンが嘘をつけないことは俺が一番よく知っている。

 ならば、エストスが言ったのか? いや、それならもっとマシな嘘をつくはずだ。


「そういえば、そんなことを言ってなかったか? 最初に誰かと君が通信していたときに」


「……まじ?」


 これまた嘘をついているようには思えない口調で、アルベルが言った。

 それを聞いてアルベルの方を向いたシアンが声を上げて立ち上がり、彼に向かって指を差す。


「ああー‼ 誰かと思ったらあの時の嫌なヤツがいるぞ! ハヤト、またコテンパンにしてやれ!」


「まあ落ち着け。ほら、君の知り合いがいるだろう?」


 冷静なアルベルは、自分の隣に立つラキノの背中をポンと押した。

 トトっと二歩前に出たラキノは、オロオロと頭を下げる。


「……お、お久しぶりっす……!」


「おー! ラキノか! 元気にしてたんだな! シアンはうれしーぞ! ……でも、なんでラキノがこの嫌なヤツと一緒にいるだ?」


「と、友達っす!」


「そうか! 友達ならだいじょーぶだな!」


 ニコッと笑ってそういうと、シアンは俺の方を向いて、


「ハヤト! あの嫌なヤツもラキノの友達なら嘘をつかないぞ!」


「謀ったなクソ勇者……ッ‼︎」


「事実を述べて文句を言われるのは心外だな」


「ちくしょう……!!!」


 実際、今回に限ってはアルベルに非はない。なんだか血を吸ってもいいという旨の言葉を言ったような気もする。

 あの痛みには未だに慣れないが、それでも腹をくくるしかない。


「よぉし分かった! さあ来いシアン! 俺が全力で受け止めてやらぁ!」


「おー! それでこそハヤトだぞ!」


 笑顔のシアンは、勢いをつけて俺の元へ来るつもりなのか、なぜか走りだす体勢を整え始めた。


「……あれ? ちょっと待って。その大きな体のまま来るの? 威力が倍増するとかない? さすがに俺、死んじゃうんじゃない?」


 有無を言わさず、シアンが俺の元へ走り出した。

 なんだか死すら感じてきた俺は、涙目でアルベルの方を見る。


「……助けてください勇者様」


「『俺みたいな人間の手なんて借りずに立ち上がらなくちゃならねえ』……だったか? 安心しろ。出発する時間を遅らせて見守ってやろう」


「覚えてやがれ血も涙も無き悪に染まった勇者! いつか立ち上がったときに貴様の命をこの俺が奪い去っ――ギャァアアアアアア!!!!!!!!」






 次に目を開いたときに俺の視界に映ったのは、真っ白な天井だった。

 貧血だからか、ひどい頭痛にこめかみを抑えながらうめき声を出すと、その声を聞いて横になる俺の隣に座る少女がこちらへ微笑みかけた。


「起きましたか、ハヤトさん」


 膝の上に乗っている麦わら帽子を見た瞬間に、彼女がルーシェだと気づいた。

 どうやらここは天国ではないらしい。

 少し落ち着いてきた俺はゆっくりと体を起こした。


「あれ、ここは……」


「研究所のベッドです。相当激しい吸血だったみたいで、意識を失ってしまったようなので私が看病を」


「……シアンは?」


「もうすぐ遅れていた仲間が到着するそうなので、お迎えに行くと言っていました。ここへの案内もしてくれるそうです」


「そうか。ありがとな、ルーシェ。忙しいだろうに」


 ルーシェは「いいえ」を首を横に振った。


「ハヤトさんを助けずにこの町の復興へ向かえるほど、私の心は合理的ではないので」


「ははっ。そりゃあ嬉しいね」


 この一ヶ月半で、ルーシェは心というものをなんとなく理解したようだった。

 最近はミドロルと楽しそうに食事をしてる姿も見るし、町の人たちとも上手くやれているようだ。きっと、機械的な思考だけではあんな人望を得ることは出来なかっただろう。

 何かを想うということ。その強さを俺は改めて実感した。


「そうだ。アルベルさんたちはもう出発しましたよ。『お大事に』だそうです」


「クソ。絶対あいつ笑いながら言ってただろ」


「凄いですね。正解です」


「次に会ったときは一言いう前に殴りつけてやる」


 不貞腐れた俺は唇を突き出した。

 言葉が途切れて数秒してから、ルーシェが遠くを見ながらおもむろに口を開いた。


「……シアンさん、でしたか。面白い方ですね」


「ああ。変わってるけど素直で面白い子だよ」


「ならお仲間の方も、面白い方々なのでしょうね」


「ああ、おかげで退屈した日は一日もないよ」


 俺がそう言って笑うと、ルーシェは穏やかに笑う。


「ハヤトさんたちと出会えて本当に良かったです。あなたのおかげで、私はこの世界の美しさに気づくことができました」


「俺は何もしてねぇよ。ミドロル博士の言葉を伝えただけだ」


 本当に、俺は何もできてない。

 あのとき俺がしたのは、届けただけ。救ったのは、ミドロルだ。

 俺はただ、譲らなかっただけだから。

 だが、そんな俺にそれでもルーシェは優しく笑いかける。


「では、これからもたくさん教えてもらわなくてはなりませんね」


「教えるって……、なにを?」


「そんなの、決まってるじゃないですか」


 ルーシェは笑った。

 それが心から溢れたものだと誰にでも分かるような、そんな笑顔で。


「この美しくて愉快な世界のことを、ですよ」


これにて砂と機械の町編、完結です。四章も読んでいただき、ありがとうございました。もう一年連載してるみたいです。今も読んでくださっている方々、本当にありがたいです。……どうでしょう。自分的には手ごたえのある出来だったのですが。感想などを聞かせていただけるとありがたいです。よろしければレビューやブックマーク、評価(最新話の一番下のところ)もお願いします。してもらえると、もうちょっと頑張ろう、って気になるので。次は五章、「ドルボザ国編」です。エストスたちも合流するので、五章ではがやがやワイワイすることが増えると思います。四章の細かい後書きは後日に活動報告で。

 それでは、次の章もよろしくお願いします。



……五章では半端ねぇお姫様が出てくるぞ!!!

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