第二十一話「機械仕掛けの」
「啖呵切ったはいいけど、やっぱり怖えっす……!」
自分たちが先ほどまで進んでいた建物を動くだけで壊してしまうほどの巨躯だ。ラキノのことなど、道端の石ころのような存在だろう。
だが、ここで引くわけにはいかない。
震える足で強引に地面を踏みしめて、ラキノは拳を握る。
と、そこで龍を見上げたラキノはあることに気づく。
「あれ、この龍って……」
薄暗い中からその全貌が現れてようやく、その龍の肌が見せた。だが、その肌はラキノの知っている鱗で覆われた外皮ではない。
光沢のある灰色。どう考えても、自然が生んだ存在ではない輝きをその龍は放っていた。
どこに視線を移しても、全てが同じ色で統一されており、気味悪さすら感じるほどに無機質な存在。
それは、つまり。
「本当は、こいつの魔晶石も魔王さんのところに送るつもりだったんだが、相手が勇者ってんなら話は別だ」
鉄塔の上から彼らを見下ろすレアドは、そんなことを呟いた。
そうして、ラキノは確信する。
この龍は生物ではなく機械だ。どこに眠っていたのかは知らないが、それを見つけたレアドが魔晶石に干渉して操っているのだ。
だが、あの龍が機械であることを知ったラキノは思わずといった顔で笑みを浮かべる。
「機械なら、私にも倒せるかもしれないっすね……!」
もし、この龍が本物の魔物だったのなら、絶命まで追い込む必要が出てくる。しかし、機械ならばその中にある魔晶石さえ砕いてしまえばそれだけであの巨躯は動きを止める。
さらに機械であるということは、どこかに魔晶石を壊せる隙があるはずだ。生物ならばどうやっても届かない位置で本能的に守られている魔晶石でも、機械ならば鉄の塊をかき分けるだけでその心臓に辿り着ける。
ならば、話は早い。
「ほら、こっちっすよ、機械の龍!」
ラキノはスキルで自分を強化するよりも先に、龍から離れるように走り出した。
(まずはアルベルさんからあの龍を引き離すのが先っす。あの機械は倒せたら倒すぐらいの気持ちで、アルベルさんが回復してくれるまで時間を稼げれば……!)
あの機械の龍を簡単に倒せるとは思っていない。逃げているうちに隙が見つかれば狙うつもりでいるが、そうでなければ逃げた方がいい。
手負いとはいえ、アルベルならばこの敵も倒してくれるはず。そんな期待を持ってラキノは走る。
ここが工業地区なのは救いだったかもしれない。何に使うのか見当もつかない鉄の塊や鉄塔が詰め込まれているおかげで、機械の龍はそれを壊しながら進まざるを得ない。
一撃でそこらの家よりも大きな鉄の塊がいとも容易く吹き飛ばされる様子を見て冷や汗をかきながら、ラキノは走り続ける。
「どこか、どこかに攻撃の糸口は……!」
走るなかで何度も振り返りながら、ラキノは機械の龍を動かしている魔晶石にたどり着く術を探す。しかし、残念かなこの龍人は馬鹿だった。
「なんにも、分かんねぇっす……!!!」
きっと、アルベルならば今頃解決策を見つけているだろうに、自分は逃げているだけ。
焦燥感だけがひたすら積み上がってくる中、ラキノは強引に思考を回す。
自分の頭ではどうにもならない。ならばせめて、あの勇者ならどう立ち回るかを考えよう。きっとそれが正解に最も近いはずだ。
(アルベルさんなら、魔晶石の場所がどこにあるかをまず見つけようとするはずっす。私には一撃でそこまでたどり着けないかも知れないけど、それでも一直線に進めば望みはあるはずっす)
ラキノはもう一度振り返り、機械の龍を凝視する。今も轟音とともに鉄の塊が薙ぎ払われ、自分の走っていた場所がめちゃくちゃに壊されていた。
(もの凄い力。でも、あんな大きな体を動かしながらあんな力で鉄塔とかを壊すってことは、かなりの量の魔力が使われているはずっす。それなら、それだけ魔晶石も大きいはず……)
あれだけの力だ。本当に龍の中にあったであろうラキノの体よりも数段大きな魔晶石が埋まっているに違いない。それならば、あのタンクのような胴体のどこかにあるはずだ。
ラキノは視線を龍の胴体に固定し、さらに逃げていく。
そろそろ息も切れてきた。早く魔晶石の場所を見つけなくてはならない。だが、対して龍は止まることなく鉄の塊を壊しながらこちらへと進んで……
「あれ……?」
胴体に視線を固定していたラキノが、そんな声を漏らした。彼女の視線の先にあるのは機械の龍の左脇だ。建物を破壊しようとするときに振り上げた腕の根元から、紫の煙が溢れているのを見つけたのだ。
あの煙は、ラキノはよく知っている。
(あれは魔力の煙……? 他のところからは出てないのに、あそこから煙が出ているということは……)
ようやく、ラキノは結論へたどり着く。
走ること以外の要因で心臓が高鳴っているのが自分でも感じ取れた。
(分かったっす……! 魔晶石は龍の左胸の中。あの煙が出てるってことは間違いないっす!)
そこで、ラキノは自分が逃げているうちに大きくぐるりと工業地区を回ってアルベルのいる場所まで戻ってきていることに気づいた。
これ以上進むとアルベルが巻き込まれる可能性もある。それに、走り続けるのもそろそろ限界だ。
ラキノはそこで走るのをやめると、こちらへ迫ってくる機械の龍と向かい合う。
迷いなくこちらへ突進してきているあたり、さすが機械といったところか。だが、見たところスピードのない大振りの攻撃のみなので、懐に入るのは容易なはずだ。
「――【恐龍の爪】‼︎」
ゴァ‼︎ と一瞬にしてラキノの腕と足がえんじ色の鱗に包まれ、凶暴な龍の爪がその四肢に現れた。
灼熱を帯びる爪によって発生する風をまといながら、ラキノは機械の龍を見上げる。
このスキルの力は自分の魔力を限界まで使っても一分間が限界だろう。
だが、一分間であの左胸を貫くぐらいならば。
「私にも、出来るはずっす……‼︎」
ラキノは力強く地面を蹴り、猛スピードで機械の龍の左胸めがけて突進した。
機械の龍はそのスピードに対応することは叶わず、振った腕は空振りして空を切る。
そして、懐に入ったラキノはまず突進の勢いを使って両手の爪で龍の左胸を切り裂いた。
案の定、それだけでは表面の鉄板部分を切っただけで魔晶石は見えない。そこでラキノは背中の翼を使うことで空中での体勢を変え、龍の体へ足を向ける。
「ふッ――‼︎」
両手を挙げて自らの爪に宿る熱の温度を急激に引き上げることで爪を発火させ、燃え盛る炎が突風を巻き起こし、ラキノの体を機械の龍へ押し込んでいく。
その勢いによる力を両足に乗せて踏みつけるような蹴りを高速で何度も叩き込んでいく。
最初にラキノが作った切り傷をきっかけに、機械の体が熱と衝撃で少しずつくぼんでいく。
ガガガガガガッ‼︎ という鈍い音が鉄からの悲鳴のように響き渡る。
どこまで行けば魔晶石にたどり着くのだろうか。だが、この先にあるのは確実なのだ。
不安は当然ある。が、アルベルを助けるためにラキノは歯をくいしばる。
そして――
少し遠くに映る光景に、アルベル=フォールアルドは違和感を覚えていた。
ラキノが自分を守るために必死に機械の龍への攻撃を続けている。助けに行けない自分が情けないが、それよりも先に思考すべき問題があるのだ。
全身を襲う激痛のせいで動けないままだが、震える手で懐から薬草を取り出して嚙み潰しながら、アルベルは考える。
どうして、今も自分は無事なのだろうか。
レアドの目的はアルベルの消耗だったはずだ。しかし、これだけの傷を負わせたにもかかわらず、レアドはアルベルを無視して機械の龍を使ってラキノを追わせたのだ。
機械に対して命令を飛ばせるのなら、どう考えてもおかしい。
レアドの余裕のある表情を見ても、制御が出来なくなったようには思えない。
おかしい。ラキノをどうして放置させるのか。あれだけの攻撃を受けてる龍を無視するのか。
いや、もし。
もし、ラキノが龍の魔晶石にまでたどり着くことを待っているのだとしたら。
「――ラキノッッ‼︎‼︎」
そんな叫びは、もう遅かった。
「馬鹿なやつってさ、物事が上手くいってるときに『全部自分の力で出来ている』ってよく勘違いするんだよな」
「――ッ⁉︎」
渾身の蹴りによって機械の龍の魔晶石にまでたどり着いたラキノは、唐突に後ろから聞こえた声の方向へ慌てて視線を移した。
機械の龍の内部に出来たトンネルのようなくぼみの中、魔晶石の目の前でラキノは立ち止まった。
視線の先にいたのは魔王軍幹部レアド。見下すような視線でラキノの立つ空洞にいつのまにか足を踏み入れていた。
「俺がどうして勇者を無視してお前を追わせたか、分かってないだろ?」
「知らねぇっすよ、そんなこと」
ラキノはレアドへの警戒を怠ることの無いように、魔晶石への攻撃を我慢して臨戦体勢を作る。
だが、
「――【転送】」
一瞬のうちにラキノの横に移動したレアドは、ラキノの顔に手を押し付け、そのまま魔晶石に叩きつけた。
ガッ、という鈍い音が痛みとともにラキノの頭に響く。
「だったら教えてやるよ、半端もんの龍人」
すでにスキルの効果時間が過ぎてしまい、抵抗の力を失ったラキノの頭をグリグリと押し付けながら、レアドは言う。
「少し前から魔王さんに言われて、俺はあることを練習してたんだ。だからさ、ちょっと練習させてくれよ」
「な、にを……ッ」
「俺の持つ力は【転送】と【従魔】だ。だが、【従魔】を使っている間は遠くに飛べねぇし、【従魔】じゃあ魔族を操れねぇ。でもよ」
ニヤニヤと溶けたように口角を歪ませるレアドは、ラキノの頭を力強く掴みながら、
「魔晶石の中に魔族をぶち込んで俺が干渉できる魔力に浸すことで、中の魔族の力までひきだすっていうどうしようもなく外道な方法を思いついた魔王さんがいたんだよなぁ⁉︎」
その言葉の意味を、ラキノは即座に理解することが出来なかった。
だが、ラキノはそれを身をもって体感することになる。
「――【転送】」
瞬く間に、レアドが触れていたラキノが自分の体よりも数段大きな魔晶石の中へ移動した。
苦しんだ顔のまま魔晶石の中に固定されたラキノは、完全な拘束の中でもがくことすら出来ない。
そして仕上げをするように、レアドは龍人を包む紫に煌めく宝石を優しく撫でた。
「【従魔】」
「――――――‼︎‼︎‼︎」
悲鳴を上げることすら許されないラキノの顔が、拷問を受けたかのように痛々しく歪む。
そしてラキノの意識が無くなり、眠りについたかのように目を閉じた。
その、直後だった。
ぐちゅり、と。
形にならない血肉が、魔晶石から溢れ出した。
「あははっ」
乾いた笑い声を上げたのは、それを見たレアドだ。
好奇心に身を委ねる少年のような澄んだ瞳で、レアドはその変化を見守る。
「中で爆発的に生まれた魔力を外に向けると、こうなるのか……‼︎ いや、今回は龍の魔晶石と龍人という相性が良かったのかもしれないな。だが、それにしても……」
ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ‼︎‼︎ と魔晶石を肉のようなものが包み込んだことで、大きな肉団子のような姿になったラキノを見て、レアドは嬉しそうに声を上げる。
「まさか、機械だらけの町で新たな命を生み出してしまうなんてな」
『それ』が龍となり目覚めるまでに、そう時間はかからなかった。




