第二十話「龍は立ち上がる」
その現状に理解が追いつかないまま、その戦いは始まった。
今すぐにでも鉄塔からこちらを見下ろすレアドの元へ向かいたいのだが、事態はそう簡単ではない。
「ラキノ! 僕の後ろから離れるなよ!」
「もちろんっす!」
アルベルの動きに支障がない程度の距離を保ちながら、ラキノは周囲への警戒を続ける。
自分たちがやってきた場所はレアドが壁を壊して作った道なので後方はほとんど壁のために警戒する必要はない。
つまりは、目の前からくる魔物と機械を片っ端から倒し、その後にレアドを叩けばいいという簡単なこと。
故にアルベルはためらいなく剣を振り上げる。
「【会心の一撃】‼︎」
魔物と機械がいかに多くとも、所詮は有象無象。勇者の繰り出す斬撃に為すすべもなく吹き飛ばされ、魔物は塵に、機械はガラクタに変わっていく。
魔物が魔晶石を残さずに消えていくところを余裕のある表情でレアドが見下ろしているということは、どうやらこの弱い魔物たちでアルベルたちを倒す気などないらしい。
ならば、狙いは先ほどレアドが言っていたようにこちらの消耗か。
だが。
「これぐらいで疲れましたと弱音を吐けるほど、勇者という肩書きは軽くないぞ……‼︎」
汗の一つも流すことなく、アルベルは迫り来る敵を容赦なくなぎ払っていく。
それにしても、納得がいかなかった。
従魔族のレアドが魔物を従えているのは元々聞いていた話だ。どれだけの大群が来ても別に驚きはしない。
だが、問題なのはこの機械たちだ。
アルベルはその能力を探ろうと自分の倒した機械たちを見つめる。
だが、特別機械に何かしらの細工をしたとは思えないし、そもそも一つ一つに手をかけていてはこの大群は生まれない。
小さな舌打ちをしたアルベルは、迫る敵を倒しながら後ろにいるラキノへ問いかける。
「ラキノ。どうしてあいつは機械まで従えることが出来るのか分かるか⁉︎」
「全く分からねぇっす!!」
「期待した僕が馬鹿だったよ!」
ストレスを剣に乗せて魔物を切るアルベルの背中を見ながら、ラキノは「でも」と続ける。
「レアドさんが機械を従えてるのは、絶対に従魔族の力っす! だから、力を使うときに魔物と機械に共通することがあれば、きっとそれが正解っす!」
「共通点、か」
アルベルは魔物と機械を同時に視界にいれる。だが、生物と無機物という命の有無すら変わるこの二者に共通する点などあるのだろうか。
と、思考に意識を向けすぎて、つい一つの機械を倒し損ねたアルベルは、軽やかな身のこなしで機械を両断する。
ドラム缶のような胴体に、取ってつけたような無骨な手足。それが縦に切られて中にあった管や配線が露わになった。
そして、その中心にある紫色の光を宿す美しい宝石。
「魔晶石……‼︎」
この町の機械の動力源はなんだったのか。それは今まで散々話題に上がってきたではないか。そして、全ての魔物の中に共通して魔晶石が存在するということも、ラキノは話していたはずだ。
この二者を繋げる共通点は、これしかない。
「ラキノ! あいつはおそらく魔物を直接操っているのではなく魔晶石に干渉して間接的に魔物を動かしている!」
「つまり、どういうことっすか⁉︎」
「あいつは機械の中にある魔晶石を使って機械を操ってるんだ。中の魔晶石を砕かない限り、あの機械は止まらない!」
言いながら、アルベルは迫る機械に剣を突き刺した。機械の中心を貫いたその剣は、レアドが干渉している魔晶石を破壊し、動力を失った機械はただのガラクタと成り果てた。
剣を振って機械を横に投げ捨てるアルベルを鉄塔から見下ろすレアドは、能力の仕組みに気づかれたにもかかわらず、依然として余裕のある顔だった。
「やっぱり、勇者アルベルは馬鹿じゃないな。サイトウハヤトは馬鹿だって話は聞いていたけど」
「あんな馬鹿と一緒にするな。不愉快だ」
遠くに立つレアドに向かって、アルベルは切っ先を向けるが、レアドは嘲るような笑みを浮かべる。
「そんなこと言っても、俺の能力の仕組みが分かっただけで対抗策があるわけじゃないだろ? 分かっても分からなくても結果は同じさ」
「いいや、そんなこともない」
「…………なに?」
怪訝そうに、レアドは眉を寄せた。
反対に、アルベルはわずかに口角を上げた。
「もし機械そのものをその能力で操っていたのなら骨が折れるが、魔晶石を媒体にしているというのなら、別に機械を粉々にする必要もない」
そう、もしもレアドが機械そのものを動かしていたのなら、魔晶石を壊した後の機械すらも動かせるかもしれない。だが、動力を失ってしまえばそこでおしまいだというのなら、機械の中心に風穴を空けてしまえばいいだけだ。
アルベルは、握る剣を高々と天へ掲げた。
「ラキノ。下がっていろ」
そう言い切った瞬間、アルベルの剣に向かって天から稲妻のような光が落ちてきた。
目が眩むほどの光を浴びたラキノは、両手で光を遮りながらジリジリと後ろへと下がり、巻き添えをくらわぬようにアルベルの背中に注目する。
そして、津波のように迫り来る機械たちへ切っ先を向けると、アルベルは小さく呟く。
「出力は最小限。細く、それでいて魔晶石を砕けるように……」
グッと剣の柄を握り直したアルベルは、強くその剣を突き出した。
「【勇者の一撃】」
例のように、音はない。
ただ、今度はいつもとは形式が違う。いつものような力強い光線ではなく、細長いハリガネのような白い突き。
もしこの場に勇者の大嫌いなアイツがいたとしたら、それをルーシェの変形した魔弾銃に似ているという感想を漏らすかもしれない。
そんな突きを、勇者は雨のように細かく放つ。
それらは迫り来る機械たちの中心を正確に射抜き、内部にあるだろう魔晶石を砕く。
指ほどの太さしかないその攻撃でも、機械はたちどころに崩れ落ちていく。
異常なほど精密なその攻撃は、おそらく機械でもない限りは不可能なはずだ。だが、勇者はそんな人間の限界を軽々と超えていく。
いや、軽々と超えていると周りが錯覚するほど、人知れず鍛錬を積み続けてきたのだ。
かつて失った仲間たちの十字架を、たった一人で背負い続けながら。
「こ、れ……は」
魔王軍幹部でさえ、言葉を失うほど圧倒的だった。多勢に無勢どころではない。彼の後ろに立つラキノはただその姿を見守っているだけなのだ。
たった一人で、汗ひとつ流すことなく夥しい数の魔物と機械を数分で屠る。
実際にこうして対面してよく分かる。あの男は本物だ。おとぎ話のような一騎当千を本当にやってみせる、真の勇者だ。
だが、
「後ろにいるお荷物を連れてきたその甘さは、お前の致命的なミスだろうな」
彼らに届かない声で、レアドはそう嗤った。
たった数分で全ての機械と魔物を倒したアルベルの後ろ姿を、ラキノは目を輝かせながら見ていた。
こんな勇者に守ってもらえると思うだけで、他のことなんて全て忘れてしまうと思うほどに。
そう、例えば。
自分の真後ろから強大な敵が迫ってきていたとしても、攻撃される直前まで全く気づかないほどに。
「――ラキノッ‼︎‼︎」
体が震えるほどの声で、ようやくラキノの意識の全てがこの世界に戻ってきた。
直後、本能的な寒気を感じたラキノは反射的に振り返る。
「……ぇ」
凶器のような牙。
鋭い眼光。
力強く天を衝く角。
太く長い首。
それを支える楕円型の胴体。
その背から生える強靭な翼。
一枚岩から削りだしたかのような強固な爪。
人間など道端の草のように踏み潰してしまうだろう足。
一振りで一軒家を平地に出来そうな尻尾。
そんな存在が、アルベルたちの進んできた壁の穴をさらに破壊し、建物全てを壊す勢いで現れ、その腕を横に振った。
それら全てを一つの巨躯に宿すその存在を、ラキノはよく知っていた。
「…………龍」
猛スピードで自分に向かっている爪に気づいていながらも、ラキノはそんな言葉を口にした。頭で分かっていたとしても、完全に油断しきっていた今、瞬時に避けるなんて奇跡は叶わない。
しかし、勇者は奇跡などに頼らない。
ドン、とラキノの体が勇者によって押された。体に力など入っていなかったラキノは軽く押されただけで龍の攻撃の当たらない場所まで飛ばされた。
その、直後だった。
「アルベルさんッッ‼︎‼︎」
アルベルが龍の攻撃を受け止めることは叶わなかった。ラキノを突き飛ばし、無防備なアルベルは龍の攻撃によって吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
あれほどまでの強さを誇る勇者がなぜこうも簡単に蹴散らされたのか、ラキノはきっと分からなかっただろう。
だが、きっと同じような状況で勇者の顔面に拳を叩きつけたことのある青年ならば分かるはずだ。【勇者の一撃】は使ったあとの反動で一時的に体の自由が奪われること。そして、その一瞬の遅れが故にラキノを守るために勇者のできる最善が今の行動だったことを。
「…………まだまだ、僕は未熟、だな……」
あれだけの巨躯から繰り出される攻撃を無防備な状態で受けたのだ。普通の人間だったら見るも無残な肉塊になっていてもおかしくない。それでもまだ意識もあるところが、やはり勇者か。
だが、打ち所が悪かったのかすぐに起き上がれる様子ではない。今、さらなる追い討ちがアルベルを襲えば、間違いなく敗北するだろう。
「私の、せいっす…………ッ‼︎」
気が狂いそうなほどの後悔に苦しむラキノは、無意識のうちに起こっていた過呼吸のせいでさらに目の前の視界がぼやけていた。
流れる涙を拭うことすら出来ずに、ただその場で目の前の龍を見つめる。
そんな。
そんな彼女の耳に、こんな言葉が届いた。
「……逃げろ」
全ての感情が一瞬で吹き飛び、ラキノは瞬時に視線を血だらけの勇者へ向けた。
今にも意識が途切れてしまいそうな怪我のはずだ。骨だって数本は折れているはずだ。
それなのに、あの勇者は。
「安心しろ。僕が、守るから」
そう、笑ってみせたのだ。
親が子をなだめるような、そんな優しい笑顔で。
「嫌……っす」
自分が弱いことは知っている。
あの龍へ勝てる可能性などほとんどないことなど、痛いほど分かっている。
でも、それでも。
「約束、したっす。私は絶対、アルベルさんを一人にしないって……‼︎」
一人で戦い続けてきた勇者を、これ以上一人にさせてはならない。
もう二度と、勇者に孤独を味わってほしくない。
そんな、ちっぽけな願いを胸に。
「同じ龍だろうが容赦はしないっすよ。今の私は、人間の血が騒いでるっすから」
龍人の少女は、自分の胸をトンと叩いた。
その場所が魔晶石ではなく心臓のある位置であることなど、言うまでもない。




