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第十九話「魔を従える者」

 時間はハヤトとルーシェがミドロルと別れたところから少し遡り、研究所入り口で落とし穴に落ちたラキノとアルベルが機械を倒し、先へ進み始めた時点まで戻る。


「なんか、落とし穴のところにいたやつ以降、まったく機械が出てこないっすね」


 四足の巨大な機械を倒し、地下から出口を探すために歩き始めて五分くらいが経過したが、その道中では別の機械が一切出てこなかったのだ。

 このまま研究所内に戻ることが出来たら逆に拍子抜けしてしまうと感じるほど、その道は単純で、ただ二人は道なりにまっすぐ進み続けていた。


「あの機械で大抵の敵は倒せるだろうから、その先にも機械を配置していなかったんだろう。そもそも、あのレベルの機械をこの通路にたくさん配置するよりも研究所内の警備を固くする方が理に適っているしな」


「それもそうっすね~。いよっ、さすが勇者アルベルさん!」


 なぜかこうしてラキノになつかれてしまったアルベルは、見事すぎる太鼓持ちをするラキノを一瞥してから大きなため息を吐いた。

 返事をするのも面倒だと黙って歩いていると、その沈黙に耐えかねたラキノが口を開く。


「あ、そうだ! アルベルさんって、どうしてそんなに強いのに魔王城に直接乗り込まないんすか? それだけ強かったら誰にも負けない気がするっすけど」


 魔王城。この世界の極東に位置すると言われている魔王軍の総本山だ。

 そこへ行き、帰ってきた冒険者は数えるほどしかいないために詳細な情報がまったく出回ることのないその場所には、数多の魔族と魔物が住み、一般人は近づくことすら出来ない。


 大昔に魔族とそれ以外の種族の間に出来た大きな溝を象徴するように、極東には巨大な峡谷があり、それが魔族たちとの境界線になっていた。

 この世界でその溝を超える存在は魔王軍か命知らずの冒険者ぐらいだ。

 もう一度言うが、その谷を越えて帰ってきた冒険者は数えるほどしかない。

 だが、その数は決してゼロではないのだ。


「行ったよ、一度。もう六年も前になる」


 遠くを見ながら、弱い声でアルベルはそう言った。独り言のように、アルベルは続ける。


「あの頃の僕は未熟だった。技術も、心も」


 アルベルは背負っている剣を支えているベルトを探るように掴むと、それをぎゅっと握りしめた。


「冒険者の僕がなぜ、誰ともパーティーを組まずに一人で旅をしているか疑問に思ったことはあるか?」


「え? あ……、そう、なんすか?」


 突然の問いかけに驚いたのか、ラキノは思わずといった形の曖昧な返事をした。そして、その言葉を消化しきってから再び口を開いた。


「そーいや、私がアルベルさんの噂を聞いたときも、『魔王軍の部隊を一つ、たった一人で壊滅させたやつがいる』って感じだったっす」


「ああ、きっと魔王軍に流れている噂は僕一人だけのものがほとんどだろう」


「…………仲間が、いたんすか?」


「フィオリオ=ベルダ。ミア=ルーズリア。……ルル=アーランド。僕よりもずっと勇敢な戦士たちだ」


 アルベルは最後の一人の名の呼ぶことにすらどこかためらいを感じられているように見えた。六年前にアルベルが訪れた極東。そして、今はいない三人の仲間。

 自分の頭の悪さを自覚しているラキノでも、想像するのは容易だった。


「じゃあ、そのお仲間さんたちって……」


「僕だけが生き残った。いや、生かしてもらったと言うべきか。彼らのような勇敢で屈強な冒険者でなかったら、僕は今ここにいない」


 峡谷を越えて魔王城の付近へ進む冒険者が帰らぬ者となったという話は珍しい話ではない。半分魔族のラキノでさえ居場所のなくなるような世界だ。ただの人間が足を踏み入れて歓迎される訳がない。


「周りから勇者と呼ばれ始めてから、僕は知らぬうちに調子に乗っていたのかもしれない」


「…………勇者」


 ほんのわずかな期間でしか魔王軍に所属していないラキノでさえ、勇者アルベル=フォールアルドという名は知っていた。

 魔王軍に所属せず、戦いを好まない魔族たちは『勇者と出会わないために極東を出ない』という者すらいるほどだ。

 無慈悲なまでに正義を貫くその勇者は、魔族たちから見れば恐怖でしかなかった。

 だが、そんな勇者が勇者と呼ばれ始めた頃の話を、アルベルは始める。


「世界のあちこちで悪事を働く魔王軍の拠点の多くを潰した僕たちは、自然と周りから勇者と呼ばれ始めていたんだ。そして、その名声は僕たちの実力を超えて大きくなった。まるで泡のように。しかし、当時の僕たちはその泡の全てを自らの実力と勘違いしてしまった」


「……、」


「今でも忘れない。僕たちはたった一人の魔族に負けた」


 アルベルの握るベルトからきしむような音が響いていることにラキノは気づいた。

 そして、その手がわずかに震えているということにも。


「あの種族は、そう……ヘルハウンドだったか」


「ヘルハウンドってことは、幹部のグレイさんっすかね。確か、シア――」


 そこまで言っておいて、ラキノは慌ててその口を全力で押さえつけた。あまりの勢いでパチンッ、と軽快な音を鳴らしたラキノはぎこちない笑顔を浮かべた。

 怪訝な顔をするアルベルだったが、記憶を掘り起こすことに意識が向いていたのか、ラキノの言葉が途切れた先を追求することはなかった。

 ほっ、とラキノは安堵の息を漏らす。


(ここでグレイさんがシアンさんのお父さんだなんて言ったら、シアンさんと仲のいいハヤトさんがアルベルさんに殺されちまうかもしれないっす……!)


 人知れず心地の悪い汗をかくラキノの心境など知らぬまま、アルベルは「そうか」と口を開く。


「やはり幹部だったのか。遠征初日に出会うなんて、まるで運がなかったんだな」


「じゃあ、他の皆さんはグレイさんに……」


「あの時ほど、自分の無力を嘆いた瞬間はない。情けなく生き延びた僕は、彼らの分まで全てを背負って戦い続けると決めた。誰にも負けないほどの力を手に入れ、全ての魔王軍を根絶やしにするために」


「そう…………っすか」


 それ以上、ラキノにはどんな言葉をかければいいのか分からなかった。

 それと同時に、魔族である自分を救ってくれたアルベルがどれだけの自問自答の後にその決断を下したのか、ということを改めて痛感した。


「あの、アルベルさん」


「なんだ」


「どうして、私にこんなに話してくれたんすか。だって私は……」


 魔族なのに。そんな言葉を紡がずとも意図を察したアルベルは、遠くを見つめたまま、


「僕は過去に囚われすぎていた。だから、僕は自分の過去に区切りをつけるべきだと…………いや、違うか」


 そう言ったアルベルは凝視しないと分からないほど小さく笑って、


「ずっと一人だったから、話し相手が欲しかったのかもな」


 そんな。

 そんな寂しそうな笑みを浮かべた勇者を見て、思わずラキノは彼の手を握っていた。

 独りぼっちの寂しさは、居場所のない辛さは、痛いほど知っていたから。


「私、絶対にアルベルさんの味方っすから……! 絶対、アルベルさんを一人にしないっすから……‼︎」


 ギュッと手を握るラキノの小さな手のひらを軽く握り返したアルベルは、自分の剣を支えるベルトからそっと手を離した。

 そして、その手をそのままラキノの頭に置いてくちゃくちゃと撫でたアルベルは、静かに笑った。


「いつか魔族たちと分かり合える日が来るとしたら、どちらの血も引いているラキノがあの深い谷を繋ぐ橋になるのかもしれないな」


「…………はいっす!」


 頬を赤らめて大きく頷いたラキノは、踊るようにアルベルの前に出ると、楽しそうにぴょんぴょんと跳ねて、


「ほら! さっさと進んでハヤトさんたちと合流するっすよ! 早く『女神の心臓』ってやつを回収しないと、レアドさんとかが来て――」


 瞬間。

 一本道だった通路にもう一つの道が現れた。

 いや、正確な表現をするのならば。

 魔王軍幹部、レアドの使役する魔物たちによって、通路の壁がぶち抜かれた。

 ドゴォォア‼︎ と建物全体を揺らすような振動とともに、それは現れる。

 ずらずらと隊列をなしている魔物たちの後に続くように、魔王軍幹部レアドは彼らの前に現れた。


「…………クソ。サイトウハヤトに訳の分からない機械ときて、次は勇者かよ。こりゃ帰ったら好き勝手に贅沢させてもらえないと割に合わないぞ」


 既に剣を構え、自分の後ろにラキノを移動させていたアルベルは、その様子に違和感を覚えてわずかに首を傾げた。

 ブツブツとボヤいてる内容も気にはなるのだが、それよりも目を惹くのはレアドにあった生々しい傷たちだ。

 まるで一つの戦闘が終わった直後のような、どう見ても万全とは言えない姿。

 だが、だからといって手を抜くような油断など勇者にはない。


「行くぞ、魔王軍。最初から全力だ」


 直後、勇者の握る剣が黄金に煌めいた。

 たった数秒の間に魔力を刀身全てに送ったアルベルは、それを全力で振り下ろす。


「【会心の一撃(クリティカルヒット)】ッ‼︎」


 白と黄金の中間点。まさに光と呼べるような色彩の斬撃が、飛び道具となってレアドの従える魔物たちを一網打尽にした。

 吹き飛ばされていく魔物たちを見たレアドは、ためらいなくアルベルたちとは逆方向へと走り出す。


「追うぞ、ラキノ!」


「はいっす!」


 レアドが逃げたのは自分が作った横穴の先だ。方向的には、研究所の入り口からは離れていくような方向だが、一体どこへ向かっているのか。

 走って数分もしないうちに、視界の先に光の差す穴が見えた。どうやら、レアドは外へと逃げるつもりらしい。


「どうやら、壁を壊して外に出たようだな。屋外のほうが物を壊す危険がなくて僕としてもありがたい」


 剣を抜いたままアルベルが外に出た瞬間、薄暗い屋内を歩き続けたせいか、外の光の眩しさに思わず目を閉じた。

 ここまでまっすぐに光が差すということは、どうやらいつのまにか下層の位置から最初の高さまで上がっていたようだ。

 光になれた目がその景色をようやっと正しく映す。アルベルは周囲を見回し、現在位置を確認した。


「ここも工業地区の中、か。確かに視界は広いが、どうしてあいつはここまで逃げて――」


「あ、アルベルさん……!」


 アルベルの疑問を遮ったラキノは、真正面を指差した。はっきりとした視界で改めて正面を確認すると、そこにいたのは。


「俺としてはもう帰りたいところなんだけど、さすがに手ぶらで帰るわけにもいかないからもう少し食い下がらせてもらうよ。お前の言葉を借りるなら、最初から全力、ってやつか」


 魔王軍幹部レアドは、アルベルたちの前にそびえ立つ鉄塔の上に立ちながら、そう言って笑った。

 だが、反対にアルベルとラキノの表情に余裕はない。理由は単純だった。


「どうして、こんな数の機械がいるんだ……⁉︎」


 そう、従魔族テイマーであるレアドを守るように囲んでいたのは魔物だけではなかったのだ。

 おびただしい数の機械すらも、魔物に混じってアルベルたちと相対していた。


「さあ、せいぜい頑張るんだな。疲れ切ったところで俺がトドメをさしてやるよ」


 勇者たちの返事を待たず、レアドの従える魔物と機械が彼らに襲いかかった。

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