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第十七話「青は藍より出でて藍より青し」

 ダンッ、という乾いた音が、隻腕の機械が握る鉄の塊から放たれた。

 目にも留まらぬ速さで飛び出したそれは、俺の体の横スレスレを通過してミドロルの機体の左肩あたりに命中した。関節部の繋ぎ目に当たったところを見ると、おそらく狙い通りの位置に着弾したように思えるが、引き金を引いた本人はまったくの無表情だった。


「……やはり、浅いようですね」


 小さく呟くと、魔弾銃を下ろしてミドロルの横に回り込むように走り、その間に数発の弾を打ち込むが、ルーシェの顔にも、ミドロルの様子にも変化はない。


「ハヤトさん。どうやら魔弾銃の威力ではあの機体に弾を打ち込んでお父さんと機械の接続を切ることは困難なようです」


「何度も打ち込めばいいって話じゃないのか⁉︎」


 ミドロルと一定の距離を保つように走るルーシェと並走しながら俺がそう問いかけると、ルーシェは淡々と、


「撃ち込み続けていけばわずかに可能性はあるはずですが、最初から言っている通り私の力でお父さんを助けられる可能性は限りなくゼロです。撃ち込み続ける中で一つでも狙いが外れてあそこまで衰弱している本人に当たったらその時点で終わりです」


「それでも他に作戦がない今はやるしかないじゃないのか⁉︎」


「そうは言っても、魔弾銃の弾にも限りが……」


 と、そこでルーシェの言葉が止まった。

 走りながらも思案を巡らせるように遠くを見つめるルーシェは、不意にこんな言葉を零した。


「……ああ、そうか。そうだったのですか」


「どうしたんだルーシェ。何か思いついたのか?」


「思いついた、というよりはようやく自覚した、というべきでしょうか」


「……? どういうことだ?」


 ルーシェの言っている意味がよく分からない。

 一体、何を自覚したっていうんだ。


「思えば、違和感しかなかったはずなのです」


 独り言のようにそう言ったルーシェは、自分の不甲斐なさを嘆くように続ける。


「自分が機械であるということに直視したくなったのか、無意識のうちに無視をしてしまっていたようです。なぜ、こんな当たり前のことを疑問に思わなかったのでしょう」


 言って、ルーシェは右手に握る魔弾銃を顔の横に持ち上げた。

 それだけでは理解ができない俺は思わず眉間にシワを寄せ、ルーシェの言葉を待つ。

 ルーシェは魔弾銃に視線を送りながら、


「なんで、私の魔弾銃は弾切れを起こさなかったのでしょうか」


「……え?」


 言われるまで、俺も気づいていなかった。

 こうして言われてみれば確かにそうだ。最初に俺たちを助けてくれたときも、レアドの操る魔物たちと戦ったときも、ルーシェは弾を補充することなく打ち続けていたではないか。

 そして、その理由にルーシェは気づいたということだろうか。


「私の体は機械です。そして、私の中にはこんな機械をここまで完成させた『女神の心臓』があります。推測ですが、『女神の心臓』は物を生み出す力があるかもしれません」


「女神の、創造をする力……」


 そう言われて思い出したのは、同じような力を持つエストスだった。前に聞いたことがある。エストスの力は女神とは違ってゼロから何かを生み出すことは出来ない。しかし、元から存在するものの形を造り替えることが出来る。故に【神の真似事(リアナイテーション)】なのだと。


 では、真似事ではない本当の女神の力の、その一部でもルーシェに宿っているとするのなら。

 その力の可能性に恐怖すら覚えた俺が思わず唾を飲み込んだことは、ルーシェは気づいていないようだった。


「魔弾の弾切れを起こさないのは、機械の私自身が弾を補充していたから。魔力も、おそらく無自覚のうちに『女神の心臓』から供給していたのでしょう」


 そう言ったルーシェは、持っていた魔弾銃を強く握りしめて笑う。

 皮肉なまでに人間臭い、不敵な笑顔で。


「そして、それを自覚した私がそれを応用しない手はないでしょう?」


 エッジをかけるように右足で強引にブレーキをかけると、ルーシェはこちらへ向かってくるミドロルと相対する。

 次いで、ルーシェは俺に視線を送ってきた。どうやら、ほんの少しだけの足止めをしてほしいようだ。何をするのかは分からないが、あんな表情をされたら信じるしかないだろう。


 立ち止まったルーシェの前に出た俺は、ミドロルの動きを止めるために体を捻って拳を放つ。もちろん、直接打撃を当てるわけではない。お得意の拳による風圧だ。

 案の定、鉄の塊を風だけで飛ばすことは出来ない。だが、御望み通りに数秒は稼げた。


 俺の拳で起こった風を受けたルーシェのボロボロの白ワンピースが美しいドレスのように膨らみながらはためいていた。

 そんな中、凛と立つルーシェはまっすぐにミドロルを見据えて、


「弾と、弾を発射する魔力を生成できる能力が『女神の心臓』によって私にあるとするのなら。そして、私の機械の体と、お父さんの積み上げてきた知識がここにあるのなら」


 ルーシェは、ミドロルの生み出した魔弾銃を突進し続ける機体へ向けた。 


「私は――『ルーシェ=アルフィリアという名の機械』は、さらに進化できます……‼」


 すぅ、と大きく息を吸い込んだルーシェは強く魔弾銃を握りしめて声を上げた。

 今までの淑女のような雰囲気を一息で吹き飛ばすかのような声で。


「ちっぽけな機械の私に心を与えやがったクソッタレな心臓ッ! 私に感情を与えた罪滅ぼしだ。力を寄越せッ!」


 その直後だった。

 呼応するように、ルーシェの体から紫の煙が溢れ出した。

 それは今まで何度も見た、魔力の気配。

 そして、奇跡が起こる。


 ガチャガチャ、と。

 ルーシェの体からそんな音が響き始めた。

 変化していたのは、ルーシェの体だった。右手に握っていた魔弾銃を飲み込むように、ルーシェの右腕が変形し、無機物が膨れ上がっていく。

 配管がずらりと並ぶ機械室の一部を切り取ってきたかのように、彼女の体積を優に超える部品たちがそれを形作っていく。


 例えば、俺のいた世界に存在する神たちの話をするとして。科学では説明できない奇跡が起こった時、人はそれを神のせいにすることがある。

 だが、これは逆だ。

 起きた現象が神のせいになるのではない。

 今まさに、目の前で神が奇跡を起こしていると思う他に、その現象を説明できないのだ。

 右腕に宿った奇跡を構えたルーシェは、その奇跡をこう名付ける。


「【魔力増長蓄積型可変連射式魔弾射出銃】」


 娘が父を超えた瞬間だった。

 その右腕そのものが巨大な銃のように変形していた。だが、その見た目は俺が前に見た魔弾砲とは別物だ。巨大に膨らんだ銃身とは反対に、針のように尖る銃口。言われなければそれを巨大なアイスピックだと勘違いしてしまう人だっているかもしれない。

 そして、そんな異常な形態をした銃口をミドロルに向けたルーシェは、容赦なく魔弾を放つ。


 ドン、なんて鈍い音は一切しなかった。

 俺が感じたのは、閃光のような紫の輝きと、わずかな熱だけ。音は、聞こえなかった。

 気づいた時には、ミドロルを覆う機械に小さな風穴が空いていた。

 その攻撃にミドロルが気づいた時には、もう既に次の弾が機体を貫通していた。

 何度も何度も、レーザーにも見える紫の光が放たれていた。

 俺はその光景を、ただ呆然と見つめていた。


 後に、エストス=エミラディオートは俺にこう語った。

 自分が魔弾砲を開発したときに参考にしたのは『女神の心臓』なのだと。魔弾砲の構造は『女神の心臓』を参考にして作られたものなのだと。

 つまり、だ。

 魔弾砲における最も重要な機能である循環による魔力の無限増長は、『女神の心臓』を真似たものであるということだ。

 ならば、今のルーシェ=アルフィリアは。

 その機械の体の全てが『女神の心臓』の起こす奇跡によって魔弾砲になっていると言っても過言ではない。


「必ず助けるよ。お父さん」


 自らの思考で進化していくその姿を、もう機械とは呼べないだろう。

 父を救うという覚悟を背負うその姿を見たときには、反射的に俺の口は動いていた。


「ルーシェ! 五体満足で息があれば俺が回復魔法で治してやれる! 細かいことは気にせずぶっ放せ!」


「――ふッ‼」


 薄暗い下層に煌めく紫の光線はまるで、こどもの頃にみた流星群を思い出させた。

 強烈なまでに暴力的な美しさを孕むルーシェの攻撃は、正確に、そして精密にミドロルと機械の隙間に無数の穴を空けていく。

 五秒ほどで、埋まっていたミドロルの右腕が機械から切り離され、ぶらりと垂れ下がった。


 右手の制御を失った機械の右腕部が鉄の塊となり果てたことで大きくその機体が傾くが、それでもルーシェの射撃は止まらない。むしろここで時間をかけてしまうほうがミドロルの負担になるからこそ、止まるわけにはいかないのだろう。


 針の穴に糸を通すような……いや、そんなちっぽけな例えではその精密さのほんの一部として例えられないだろう。

 さらに一〇秒。

 今度は左腕が機械から解放され、だらりと体が下へと向いた。


「見えました。やはり首から神経への接続をしているようですね。あれを外すのが最終目標です」


 古典的な幽霊のような体勢になって初めて、ミドロルの後ろ首の中心にチューブのような管が接続されているのが確認できた。

 だが、知識のない俺ではあれを取り外すことは出来ない。

 俺が何かを手伝おうと考えを巡らせていると、ルーシャが苦々しい声を漏らす。 


「下半身の接続さえ切れれば、ほぼ終わりなのですが……!」


 ルーシェがそんな言葉を言うのはミドロルの様子を見れば明らかだった。

 両手を機械から切り離すことに成功したのはいいものの、上体がだらりとぶら下がってしまっているために機械の上半身の制御ができなくなってしまっているらしく、機械ごと前のめりになっていた。


 このままでは上半身が邪魔をして下半身へ魔弾銃の弾を打てないどころか、倒れた衝撃でミドロルの本体が潰れてしまう危険性すらある。

 なら、俺の出番だ。


「うらぁ‼」


 倒れる直前のミドロルの懐に入った俺は、ミドロルの体に触れるギリギリの場所で拳を振った。

 ブォ! と風が巻き起こり、前のめりだったミドロルの体が後ろへと大きく反れた。

 それを確認した俺は、すぐに横っ飛びをしてミドロルとルーシェの間から抜け出す。


「完璧です……ッ!」


 この機を絶対に逃さない、という気合が、魔弾銃と化した右腕を構えるルーシェに見えた。

 俺が横に避けたと同時に、紫の光線が再びミドロルを呑み込む機械へと放たれていく。


 無数の光線はミドロルの体と機械を繋いでいる部分を体に最も負担のかからない位置から繋がっている神経を傷つけないように切断し、さらに同時進行のように接続の切れた場所から埋まっている足の周囲を破壊して隠されていた脚部を掘り起こしていく。

 そして、ついに。


「これで……ッ‼‼」


 両足が完全に機械から離れた。

 まだかろうじてミドロルの息もある。残るは、彼の首につながった管を外せば、完全にミドロルを救出したことになる。

 ルーシェがミドロルへと走りだすと同時、巨大な鉄塊となっていた右腕部が外側からはがれていき、元々の女性らしい華奢な腕に戻った。

 そして、『女神の心臓』による創造なのだろうか。右とは逆にミドロルによって吹き飛ばされた左腕の切断面から機械があふれ出し、瞬く間に左手を完全に修復させた。


 腕が回復したルーシェは、首のみが機械に繋がっているミドロルも元へ着くや否やすぐに機械に跨るようにして彼の体を抱きしめ、その首筋に手を回す。

 おそらく、俺があれを引き抜こうとすれば、ミドロルの体を壊してしまうだろう。しかし、繊細さならば機械のルーシェの独壇場だ。


 ルーシェはミドロルの首に繋がっている管を掴み、外科医のような精密さでそれを引き抜いていく。今までのどの動きよりも丁寧に見えた。

 三〇秒近い時間をかけて、ルーシェはその管を完全にミドロルから引き抜いた。


「……、」


 ルーシェは言葉を発することなく、ミドロルの命を吸い取り続けていた機械から距離をとり、ミドロルをそっと地面に横にした。

 苦痛に歪んでいた顔は幾分か良くなり、衰弱こそしているものの死を感じさせるような気配はなかった。

 俺はすぐにでもミドロルに回復魔法をかけるために近づこうとしたが、ミドロルを見つめるルーシェの顔を見て足を止めた。


 ルーシェはあれだけの戦闘をした後とは思えないほどに穏やかな顔をしていた。

 そして、口を開く。自らの父にかける、最初の言葉を言うために。

 娘の無事を願い自ら機械に乗った父親の、ちっぽけな願いに答えるために。


「……ただいま、お父さん」


 そう言って、ルーシェは彼女の父をそっと抱きしめた。


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